86、宴2
ありとあらゆる料理をその口に含ませていた弟妹たちは、リスのように頬袋をパンパンにした状態で林に視線を送っている。
「ふぉへはふさりひに?」
「あ?何つってんのか全然分かんねーんだよ。ちゃんと食い切ってから喋れ」
皓然がもごもごと問いかけるように言ったが、どちらの言語かも分からないレベルなので、林は呆れた様な視線を弟妹たちに注ぐ。
「林……急に来るので驚いたのだ。流石に早いであるな」
「アタシの脚力を舐めんじゃねーよ。幸い、交渉もさっさと終わったしな」
林は皇帝をぶん殴った後、小走りで亜人の国へ向かったので、全速力と比べると寧ろ遅い方なのだが、それでも常人離れした速さなので、アデルは感心した様に言った。
「にしてもお前、酒弱すぎだろ。さっきすれ違ったカマ野郎は、三十杯飲んでも平気な顔してたってのに、えらい違いだな」
「カマ野郎?」
「えっと……恐らくリオ様のことでは?」
「……あぁ、なるほど。……そうか、リオは酒に強いのだな。一つリオに敵わないことが出来てしまったのだ」
不本意ながらも、メイリーンには林の言うカマ野郎の正体が分かってしまったので、彼女は控えめに説明した。僅かな沈黙の後、理解したアデルは穏やかに呟いた。
「お、おいアデル」
「ん?」
「あ、あのよぉ……お、お前が言ってた大事な話って、結局何なんだ?」
突如挙動不審になった林は、頬を染めつつ本題に入った。亜人の国に向かう最中も、言ってしまえば皇帝と交渉している際も、林はアデルの言っていた〝大事な話〟の内容を常に気にしていたのだ。
「あぁ……もし林が良ければ、我らの仲間にならないかと思ってな」
「仲間……」
林にとってその誘いは願ってもないことだったが、何故か彼女はほんの少しだけ落胆してしまう。その理由は、彼女がいそいそと期待していた、胸高鳴るような展開では無かったからなのだが、本人にその自覚は無い。
本来であれば無条件で了承するところなのだが、林には気掛かりなことがあり、中々返事をすることが出来ない。
「……林?」
「……お前たちの仲間になりてぇのは山々なんだが……コイツらのこと、守ってやんねぇといけねぇからな」
そう言った林は、見たことも無い様な優しい眼差しを弟妹たちに向けた。ポンっと頭を撫でられた皓然は、何か言いたげな瞳で林を見上げている。
華位道国から弟妹たちを救い出したものの、その脅威が完全に消え去った訳ではない。再び華位道国に住むとなると、いつまた同じことが起きるとも限らない。その為、林は弟妹たちを華位道国から逃がし、どこか安全に国に住まわせようと考えているのだ。
だが慣れない土地での生活の中、弟妹たちを置いて旅に出るというのは、林にとって憚れることだった。
「だから。コイツらを鍛えて、アタシがいなくても大丈夫だって思えたら、お前らの仲間になりたいと思う。アデルたちには、それまで待っていてほしい…………駄目か?」
「駄目なことなどあるものか……林が仲間になると約束してくれただけで、我は嬉しいのでな。いくらでも待とうでは無いか」
「……あんがとよ」
林の思いは十分すぎる程アデルに伝わり、彼は快くそれを了承した。アデルの優しく、溶けてしまいそうな笑顔を目の当たりにした林は、俯きがちに頬を赤くして呟いた。
林の助けが無くても生き延びられる程に弟妹達が強くなれば、林の心残りは無くなるので、彼女は彼らを鍛えることに決めたらしい。林のような天才型に教えを乞うことになる弟妹たちは若干哀れでもあるが、生きる為には熟して損は無いだろう。
こうして林は、将来的なレディバグの仲間に加わるのだった。
********
宴の最中、別行動をしていたレディバグメンバーはいつの間にか全員集まり、そこに孫家族を含めた大所帯になってしまった。
戦争での疲れを癒すように宴を楽しむ彼らだったが、思いがけず口を開いたルークの発言によって、そもそもの目的を忘れていることを自覚することになる。
「アデル様。折角華位道国出身の孫林様がいるのですから、件のダンジョンのことを聞いてみてはいかがでしょうか?」
「「…………あ」」
その瞬間、ルーク以外のレディバグメンバーは思った。完全に忘れていたと。
元の元を辿ってしまえば、奴隷として隷属されていたナギカに出会う前まで遡ってしまう。彼らが華位道国に向かったのは、神々が住まう天界への入り口が存在するという話を、アマノから聞いたことがきっかけであった。
華位道国に存在するとあるダンジョンを攻略出来れば、天界へと通ずる道が開かれるという、都市伝説に近い噂話ではあったが、アデルは藁にも縋る思いでそのダンジョンに向かうことにしたのだ。
神と呼ばれる存在に出会うことが出来れば、エルを生き返らせる手立てが見つかるかもしれないから。
……の、はずだったのだが。
「ルーくんは流石ね!俺らなんて色々あり過ぎてすっかり忘れてたわ!あははっ」
辿り着いた華位道国でナギカと出会い、彼女を亜人の国に送り届けるために華位道国を離れ、亜人の国では戦争に巻き込まれ……と。
目まぐるしい日々であったことは確かなので、本来の目的を忘れてしまうのも無理は無かった。
「笑い事では無いのだが……そうハッキリ言うでない、リオ」
まるで他人事のように笑ってのけたリオ程の精神力は無かったのか、アデルは項垂れるように苦言を呈した。
「お前ら何の話してんだ?」
「あぁ……林は、華位道国に存在しているという、天界へ通ずるダンジョンのことを知っているか?」
「知ってっけど」
「!……本当であるか?」
「おう」
まさかここまで都合よく手掛かりが転がっているとは流石に想定外で、アデルは思わず張り上げた声で尋ねた。
「知ってるも何も、アタシそのダンジョン攻略、挑んだことあるぞ」
「……それはまた……何故?……何か、天界に行きたい理由でもあったのか?」
思いがけない情報に当惑したアデルは、目を回しつつ尋ねた。件のダンジョンを攻略しようとしたということは、林も天界へ向かう目的があったのではと、アデルは勘ぐったのだ。
「あ?ちげぇよ。ただ滅茶苦茶つえー災害級野獣共と戦いたかっただけだ」
「ハハッ……林らしいな」
「それでそれで?リンリン攻略できたの?」
「無理だったな」
「……林が、か?」
興味津々といった感じでリオが尋ねると、林はあっさりと否定した。
華位道国が恐れる林の実力をもってしても、そのダンジョンを攻略することは出来なかったようで、アデルは信じられないように目を見開いて尋ねた。
「あぁ。途中で滅茶苦茶つえー災害級野獣がいてな。真面にやり合ったら死んじまうと思って、逃げた」
「逃げた……?林が、か?」
「おめぇさっきから何が言いてぇんだよ」
「いや……林であれば例え死の危機に瀕したとしても、強者との戦いを欲して逃げないと思っていたのでな」
「アタシもそこまでイカレてねぇよ。コイツらを残して死ぬわけにもいかねぇからな」
林と戦ったことがあるのはアデルだけで、彼女の狂気性を知っているのもアデルだけなのだ。アデルの知る彼女は、血を血で洗うような強者との殺し合いを好む傾向にあったので、林がダンジョンでの激しい戦闘から逃げたことが彼には信じられなかったのだ。
アデルは誤解していたが、林は死を恐れていないわけでは無い。死んでしまえば大事な家族を置き去りにしてしまうので、彼女とて、死は出来るだけ避けたい事態なのだ。
「そうか……それにしても林でも攻略できなかったとなると、そのダンジョンを攻略するのは、相当骨が折れそうであるな」
「まぁあのダンジョンの難易度が高いのは確かだけどよ、お前らなら攻略できるんじゃねぇの?」
「林にそう言ってもらえると心強いのだ。ありがとう」
「……ふん」
飾らない笑顔と共に感謝を告げられ、照れた林は素っ気無い返事をしてしまう。
林は励ます為に口から出まかせを言ったわけでは無く、アデルたちであればダンジョン攻略も可能だと、経験者の視点から分析しているのだ。
実力者とは言え、ダンジョン攻略に挑んだのは林一人。だがそんな林と同等、そしてそれ以上の実力者が八人も揃っているレディバグであれば、確実に彼女以上の成果を上げることが出来るという訳だ。
「それで、そのダンジョンは華位道国のどこにあるのですか?」
「あ?あぁ……後で地図かいてやるから、それ見て自力で行って来い。コイツらを連れて、ノコノコ華位道国に行くわけにはいかねぇからな」
ルークに尋ねられ、林は少し当惑しながら答えた。ルークとは初対面で、言葉を交わすのも今回が初めてだったので、彼の冷静な態度に少し驚いたのだ。
「林。何から何まで感謝するのだ」
「別に……お前らには恩があるからな……これぐらい大したことねぇよ」
林が顔を赤くしていると、つい先刻まで口の中に詰められた食事を飲み込むのに必死になっていた皓然がアデルの目の前まで歩み寄った。後ろに、悠然と思然を引き連れて。
「?どうかしたのか?」
「あの。ちゃんと言えていなかったので。改めて…………俺たちを助けてくれて、ありがとうございました」
「うむ。礼が言えて偉いであるな」
『ほら。悠然、思然』
「「?」」
弟妹たちを監獄から救い出した林の手助けをしたアデルたちに、皓然は改めて感謝を述べた。思わず目尻を下げて彼の頭を撫でるアデルだったが、後ろでモジモジとしている悠然たちを前に、思わず首を傾げた。
すると、悠然たちはゆっくりとアデルの前まで歩み寄り、その小さな口を開く。
「「……あ、ありがとっ」」
「っ!」
華位道国の言葉しか話せないはずの二人が、アンレズナの共通言語で感謝を告げたので、アデルは驚きで目を見開いた。緊張しているのか、二人は顔を赤くしながら、繋いだ手をギュッと握り締めている。
「上手であるな……皓然が教えてやったのか?」
「はい。悠然と思然も、皆さんに伝わるようなお礼が言いたいって」
「そうか……ありがとう。悠然、思然」
アデルは二人の目線に合う様にしゃがみ込むと、彼らの頭を撫でて破顔一笑した。その柔らかい表情を目の当たりにした二人は、安堵した様にぱぁっと顔色を明るくする。互いにその嬉々とした顔を見合わせる姿は、とても微笑ましいものであった。
それから宴は滞りなく進み、楽しい一夜はあっという間に過ぎて行くのだった。
********
戦争による事後処理に助力したアデルたちが、亜人の国を離れる日がやって来た。
優れた操志者というのは、こういった際凄まじい労働力になるので、亜人の国は一日もしない内に元の状態に戻り、とうとう亜人たちはレディバグ一行に頭が上がらなくなってしまった。
「いやぁ。何から何まで世話になってしもうて、感謝してもしきれんのじゃ」
「グレイル殿には師匠の話を聞かせてもらったのでな。お互い様である」
「……もう……行ってしまうのか?」
「うむ。かなり寄り道をしてしまったのでな。師匠を生き返らせる方法を探す為にも、華位道国に向かおうと思う」
「そうか……」
アデルたちを見送りに来たグレイルは、別れを惜しむように尋ねた。エルのことに関してはグレイルも思うところがあるのか、一言では言い表せない感情を滲ませている。
亜人の国で生まれた愛し子――サクマを殺したのは確かにエルだが、その責任を全てエルに背負わせてしまったことをグレイルは後悔しているのだ。だからこそ、アデルがエルを生き返らせようとしている事実を知った時、グレイルはそんな無謀な賭けが成功するわけが無いと思うと同時に、その無謀な賭けに勝って欲しいとも思ってしまった。
エルにもう一度会えるのであれば、その心残りを払拭したいと願ってやまないから。
「ねぇナギ助は?」
「ナギカであれば、両親に掴まっていたのじゃ……なに、その内戻って来るじゃろうて」
「これを逃したら、家族水入らずで話せる機会も少なくなっちゃうもんね……よし!今日だけは、ナギ助のこと譲ってあげるとするわ」
「何故上から目線なのか理解に苦しみますね」
「あれナギ助……もういいの?」
リオがドヤ顔でいると、そんな彼をジト目で見つめながらナギカが戻ってきた。意外にも短かった一家団欒に、リオは思わず目を見開く。
「はい。別に今生の別れでも無いですし」
「やっぱりドライね」
無表情でサラッと言ってのけたナギカを前に、リオはどこか遠い目をしてしまう。
「では。我らはそろそろ向かうのだ」
「息災に過ごすのじゃぞ」
「あぁ」
グレイルを始めとする亜人たちに別れを告げると、アデルたちは再び華位道国へと赴くのだった。
――エルを生き返らせるという、アデルの揺るぎない目的の為の戦いが、静かに始まろうとしていた。
第二章「仲間探求編」は今回で完結です。第二章は中々長かったので、この章が終わるのは何だか感慨深いですね。第三章は「レディバグの改変<L>」の最終章となっております。ですが、<L>完結後は<W>も控えておりますので、レディバグの物語はまだまだ終わりません。第三章は一章、二章に比べるとかなり短くなっております。タイトルは「神界編」です。
次回は二章本編で入れられなかったお話を番外編として投稿いたします。通常通り明後日投稿です。番外編の後、第三章のお話を投稿させていただきます。
これからも「レディバグの改変<L>」をどうぞよろしくお願いいたします。
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