84、新たな仲間と戦争の終わり
「悪魔を信仰していた理由は分かったが……結局。お主は今、一体何を糧にして生きているのだ?」
「……本当にお気づきになられていないのですか?」
「?あぁ」
アデルには、何故ギルドニスがそのようなことを問いかけてくるのかが分からなかった。
一方のギルドニスは、想像以上のアデルの鈍感っぷりに少々戦いてしまっている。同じような会話を交わしたメイリーンでも勘付いていたというのに、当の本人が完全な自覚無しとなれば、その驚きは一入である。
だが、それこそがアデルという人間なのだと再認識し、ギルドニスはクスっと破顔する。
「仕方ないですね……恥ずかしいですが、教えて差し上げますよ。私が始受会を破門になった原因の台詞を」
「?」
『……私の信仰心は丸ごと全て、アデル・クルシュルージュ様お一人のものになってしまったようです』
「っ!」
思い出話を語るように言うと、アデルは驚きで目を見開いた。その真実に対する純粋な衝撃と、悪魔を絶対神とする始受会でそんなことを言ってのけた、ギルドニスの無鉄砲さに対する呆れが原因である。
悪魔に対する信仰心より、アデルに対する思いの方が上回ってしまったギルドニスは、悪魔を神として信仰できなくなったと断言したようなものなので、破門されて当然なのだ。
「……どうして、そこまで我に傾倒したのだ?」
「一概にこれが理由とは言えませんが……ただ単純に、あなたの人柄にとことん惚れ込んでしまったのですよ。例えあなた様が悪魔の愛し子でなかったとしても、きっと私はアデル様に惹かれていたと思います」
穏やかに微笑みながら言ったギルドニスに、アデルは思わず目を奪われる。彼が忠義を尽くそうとしているのは、悪魔の愛し子のアデルだと思っていたからだ。
だがギルドニスは、アデルという一人の人間に対して、抑えきれない程の畏敬の念を抱いているのだ。
ギルドニスと初めて会った頃では想像出来ない様な、その純粋な好意を向けられ、アデルは不覚にも嬉しいと感じてしまった。胸が温かくなっていくような感覚に、アデルは目を丸くする。
「ははっ…………我の負けである……」
「?」
「……ギルドニス。……我らの仲間になるか?」
「……え」
ギルドニスの顔を下から覗き込んだアデルは、酷く穏やかな相好でそんな提案を持ちかけた。思わず茫然自失としてしまうギルドニスは、しばらくそのまま硬直してしまう。
声も発さず、一ミリも動かず、呼吸さえしていないのではないかと不安になってしまう程の状態が、数十秒続いた。
「……わ、たくしには……そのような資格はありません」
「資格?」
ようやく声を振り絞ったギルドニスに、アデルは思わず首を傾げた。彼の言う資格の意味が分からなかったからだ。
「……お忘れですか?私はかつて、アデル様にとって何よりも大事だったあの方を……殺そうとしておりました」
「……忘れる訳が無いであろう」
エルはかつて亜人の国に生まれた悪魔の愛し子を殺したことで、始受会からその命を狙われていた。それはもちろんギルドニスも同じで、彼がエルを殺そうと試みたことは何度もあるだろう。結果的にエルの命を奪ったのは悪魔ルルラルカだが、だからと言って、決して許される行為では無いと、ギルドニスは自責の念に駆られているのだ。
「その件に関しては……許す許さないの話では、無いと思うのだ」
「?」
「件の愛し子を殺すと決心した時から、師匠は覚悟していたのだと思う。故郷の者たちに責められることも、信者から命を狙われることも。……だから許せるという話でも無いし、過去の過ちを悔いているお主を責める気にもならぬ。そもそも師匠は、かつて自身を脅かしたからと言って、お主が我の仲間になることを厭う狭量な者では無いのだ」
「で、ですが……」
「ギルドニス」
アデルは尚も言い淀むギルドニスを射抜くような、鋭い眼差しを向ける。肌が粟立つようなその深い声に、ギルドニスは目を見開いた。
「お前はどうしたいのだ?我は、ギルドニスの意志が知りたいのだ」
「……私は…………」
そんなもの、答えは一つしか無かった。だがそれを口にすることは甘えでは無いのかと、ギルドニスは一歩を踏み出すことが中々出来ない。
それでも。真摯に自身と向き合ってくれるアデルの望みを叶えぬまま、剰え嘘を口にすることなど、ギルドニスに出来るはずも無かった。
「私は……アデル様にお仕えしたく存じます」
「あぁ……それでよい」
ギルドニスの真っ直ぐな本心を受け止めたアデルは、満足気な表情で微笑んだ。
初めて相対したあの日。ギルドニスはただの信仰対象として。アデルは目的を阻む敵として出会い、互いに剣を交えた。そんな二人が今こうして心を通わすことなど、あの日の彼らは予想だにしていなかっただろう。
********
メイリーンが〝フェイント〟を行使してから丁度一日が経過した華位道国。神の力によって気絶させられていた人々が当惑気味に意識を取り戻す中、林はとある場所にいた。
それは華位道国の皇帝の執務室で、林は彼が目を覚ますのをずっと待っていたのだ。
そして今、皇帝が腰掛けている煌びやかな椅子の背に、林は片足を押し付けている。目を覚ました皇帝は、自身の顔すれすれに林の足が迫っている状況に一瞬固まるが、慌てふためくことは無かった。
寧ろ、傍に控えていた従者や騎士の方が動揺しており、訳の分からぬまま林に剣を向け、警戒心を露わにしている。
『……誰かと思えば、孫林か』
『よう。皇帝』
互いに一切視線を逸らすことなく、林と皇帝は言葉を交わした。
『孫林っ!皇帝陛下から即刻離れろ!』
『皇帝陛下に対してなんて無礼なっ……』
『五月蠅いぞお前ら。少し静かに出来んのか』
従者たちが林の言動を大声で咎めたが、皇帝はそれに対して鬱陶しそうに苦言を呈した。皇帝にそう言われてしまえば、反論できる者などいるはずも無く、彼らは一斉に口を噤んだ。皇帝を思って発言したというのに、従者たちはとんだとばっちりである。
『それで?これは一体どういう状況なのかな?』
『アタシ、アンタらに宣戦布告すっから』
『……ほう。なるほど……おい、そこのお前』
『はい』
『孫林の家族の様子を見てこい…………大方あの監獄の中はもぬけの殻だろうからな』
『っ!かしこまりました』
林のぶっきら棒な物言いだけで状況を把握した皇帝は、最終確認をするため、傍にいた騎士にそう命じた。
漸く彼らも林の言葉の意味を理解したのか、各々驚きと焦りで目を見開く。林の家族が監獄から抜け出したということは、彼女を華位道国に従わせる道具が無くなったことを意味する。つまりはあの最強暴れ馬――孫林が敵になるということなので、彼らの動揺は当然であった。
『ふん……参ったな』
『全然参ったって顔してねぇじゃねぇか』
『いや。本当に参っているぞ?華位道国の降伏と同時に、孫林程の武人を手放すことになるのだからな……損失としては大きすぎる』
そう言いつつも、皇帝の表情筋はピクリとも動いていないので、林は疑わしそうな眼差しを堪えることが出来ない。
『ま。どうでもいいけどよ。さっさと降伏するんだよな?』
『もちろん。私が孫林を敵に回すような愚か者だとでも?』
『いや。それにしたって賢明な判断だよ。もしこのまま手を引かなかったら、ついでに悪魔の愛し子まで相手しなくちゃならなかったからな』
『悪魔の愛し子?……それはまた…………賢明な判断をした先刻の自分を、柏手を打ちつつ褒めてやりたいものだな』
悪魔の愛し子の存在を窺い知った皇帝は漸く、ほんの少し顔を顰めて見せた。一歩間違えれば林だけではなく、悪魔の愛し子程の脅威を相手にしなくてはならなかったのかと思うと、漏れ出るため息を抑えることが出来ないようだ。
『……なぁ』
『なんだ?』
『いっぺん殴ってもいいか?』
椅子に押し付けていた足を下ろした林から唐突に尋ねられ、皇帝は一瞬ポカンと呆けてしまう。だが林からしてみれば、その願望は突然湧いて出た様なものではない。家族を人質にする方法を思いついたのは十中八九皇帝で、家族を危険に晒した彼を、林が許せるはずも無かったから。殴ったぐらいで溜飲が下がるわけでは無いが、何もせずに華位道国を離れることは憚れたのだ。
『……一発殴れば、お前が華位道国に手を出すことは無いと?』
『てめぇらがまたふざけたことをしなければな。約束してやんよ』
『安いな。その程度で良いのなら好きにするといい。顔中の骨が砕ける覚悟はしておいた方がいいだろうか?』
林の拳一発がどれ程の威力か理解しているというのに、その代償を安いと言ってのけた皇帝に、彼女はうっかり感心してしまいそうになる。良くも悪くも華位道国の繁栄にしか興味のない男なので、国の為であれば自身が傷つくことも厭わないのだ。
『アタシもそこまで残酷じゃねぇよ。拳打ち込むのは腹にしてやる。あばらの心配でもしてろ』
『気遣い感謝するとでも言っておけばいいのか?』
『きめぇ。いらねぇ』
『……そうか。私が感謝することなどそうそう無いというのに。勿体無いことをする』
皇帝は軽口を叩きながら徐に席を立った。それを視認すると、林は両手の指をコキコキと鳴らし始める。
すると、先刻皇帝に指示されて執務室を飛び出した騎士が早くも戻ってきたようで、執務室の扉がコンコンっとノックされた。
入室すると、その騎士は跪いて報告を始める。
『ご報告いたします。孫林の家族を監禁していた監獄に彼らの姿は無く、見張りを担当していた兵士は意識を失っておりました』
『相変わらずはえーな』
『あぁ。ご苦労……丁度いいタイミングだったな』
皇帝は彼を労いつつ、殴られる直前に確認が取れたことに安堵した。可能性はほぼゼロだが、もし万が一林が法螺を吹いているのなら、皇帝としては殴られ損なので確認を取っておきたかったのだ。
その騎士の仕事の早さに感心しつつ、林は力強く拳を構えた。
合図無しに、その拳を皇帝の鳩尾に向けて素早く打ち込むと、彼は一気に部屋の端へと吹き飛ばされてしまう。ビュン!と心地の良い音がし、まるで隼が目の前を高速で通り過ぎたようであった。
壁に打ち付けられた皇帝は「ゴホッ……」と吐血し、呆気なくその場に倒れこんでしまう。慌てた従者たちは一気に皇帝の元へ駆け寄るが、対照的な林は彼らに背を向ける。
『じゃあな。皇帝』
ぶっきらぼうに告げた林はスタスタと扉へ歩き出した。皇帝が重傷を負ったことで執務室が騒がしくなる中、一人平静を保ち続けた林は、一九年過ごしてきた華位道国に決別するのだった。
********
華位道国の皇帝が降伏を宣言したことで、亜人の国に留まっていた兵士たちはぞろぞろと帰って行った。戦争が終結したことで、亜人たちは心底安堵したのと同時に、被害の修復などに追われることになった。
激しい戦闘の影響で破損した住居の修繕や、戦った者たちの鮮血で染まった村の清掃などで、休む暇も無いのだ。
だが、そういった事後処理を本格的に始める前に、華位道国の脅威が去ったことを国民一同で祝おうということになり、彼らは宴を開くことにした。
真面な形状を保っていて、且つ多くの国民を収容できる程広い建造物は避難所しか無かったので、彼らは避難所を含むその周辺で宴を開くことにした。
今回の戦争を、亜人の国の勝利へと導いた功労者であるレディバグ一行もその宴に招待され、特に断る理由の無かった彼らは、有り難く参加させてもらうことにした。
冬が近づこうとしている秋の夜は少し肌寒く、酒で身体を火照らせている者にとっては丁度いい気候であった。
そして今。当に宴の真っ只中なのだが、アデルたちレディバグ一行は各々自由行動をしていた。簡単に言うと、今回の戦争で分かれた際と同じようなメンバーで宴に参加しているのだ。
そんな中、避難所のど真ん中で、酒の注がれたグラスを片手に神妙な面持ちになっているリオは、犬猿の仲であるはずのアマノと共にいた。
「……」
「お前、何酒に向かってガン飛ばしてるんだよ?」
グラスと見つめ合っているリオに向けている、その怪訝そうな瞳を一切隠すつもりのないアマノは直球に尋ねた。
「ねぇクソガキ……俺酔ってる?」
「お前は年中酔ってるようなものだろうが」
「真面目に聞いてるんだけど」
「何を議論なさっているのですか?」
軽口をたたき合っていると、そんな二人の間に割り込むようにナギカが姿を現した。宴が始まってからナギカは姿を晦ましていたので、リオたちはほんの少しの驚きで目を見開いた。
「あ。ナギ助。さっきまでどこ行ってたの?」
「家族のところに。……この国を出て、リオ様たちの仲間になると伝えてきました」
「「…………え?」」
喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったもので、犬猿の仲である二人の声がピッタリと重なる。それ程までにナギカが投下した爆弾発言のような代物は、彼らにとって驚嘆せざるを得ない事態であったのだ。
コノハくんに関する伏線紹介その三です。今回は第45話「何ものにも代えがたい者」からのご紹介。
食事の食べ方も知らなかったコノハくんが、これまでどうやって生き延びてきたのかと、メイリーンちゃんは疑問を覚えるのですが、それは悪魔のほぼ不老不死という特性が原因だったという微妙な伏線でありました。以上。
次は明後日投稿予定です。
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