77、戦場の再会1
メイリーンによる神の力が無事効力を発揮すると、アデルはゆっくりと地上へと降りていった。下で待機していたギルドニスは、その動きに合わせて視線を下ろしていく。
「メイリーン、ギルドニス」
「「はい?」」
「林を連れてくるので少し待っていてほしいのだが……」
「分かりました。お気をつけて」
「あぁ」
アデルは早速林の家族を捜索する為、彼女を華位道国に連れてくることにした。今林がいるのはアデルが一度訪れたことのある場所なので、転移術を使えば一瞬でここに戻ることが出来る。
ギルドニスと今二人きりになるのは気まずいメイリーンにとって、短時間でアデルが戻ってくることは不幸中の幸いであった。
早速アデルは転移術を行使すると、彼女たちの前から姿を消すのだった。
********
「おっせぇなアイツ……何ちんたらやってんだよ」
その頃、アデルが作った人形と戦っている振りを一人で続けていた林は、鬱陶しそうに人形の相手をしながら不満を口にした。
退屈は林が最も嫌うことの一つなので、刺激の無い戦いは彼女の苛立ちを募らせるばかりなのだ。それでも林がアデルの提案に乗ったのは、やはり家族のことを第一に考えているからである。
「待たせたのだ。林」
「うおっ!?はっ?え、おまっ、どっから……」
突如背後からアデルが現れたので、林は柄にもなく驚いてしまいその動揺を露わにした。林はアデルの転移術を知らないので、その驚きは仕方の無いものでもある。
「説明は後である。一刻も早く林の家族を探した方が良いのだろう?」
「お、おう……」
家族が連れ去られて以来、林は一度たりとも家族に会えていない。それはつまり、彼らがどのような状態なのかも一切分かっていないということだ。最悪、既に殺されているという可能性もゼロでは無いが、林の力を恐れている華 位道国がそのような愚行に走るとは考えにくい。
林が戦争に参加しようとしまいと、最初から家族を殺していたのなら、それが彼女にバレた際に華位道国はただでは済まないからだ。林に完全なる敵意を向けられ無事でいられるとは、流石の華位道国も高を括っていない。でなければ、華位道国は脅迫してまで林の力を欲したりしないから。
以上の点から家族が殺されている可能性は低いが、無傷でいる保証はどこにもなかった。もし家族が何らかの傷を負っていれば、一刻も早く治療する必要があるので、急いで損は無いのだ。
「では」
「……?」
突如手を差し出され、林は当惑気味に首を傾げる。「一体その手をどうしろと言うんだ」という疑問を孕んだ眼差しがビシビシとアデルを突き刺すが、当の彼もキョトンとしているので話が進む気配が皆無であった。
「あんだよこの手は」
「あぁ……華位道国に向かうには林が我に触れなければならないのでな」
「はぁ?どういう意味だよ」
「先刻我が突然現れたのは転移術を使ったからである。転移術は一度訪れたことのある場所であれば一瞬で転移できる術で、自分以外の者も一緒に移動させることが出来るのだが、術を行使する者に触れていないと干渉できないのだ」
「……何言ってんのかよく分かんねーけど、要はアタシがアデルに触れれば移動できるって言いてーのか?」
「そうである。林は理解が早くて助かるのだ」
「……」
転移術は操志者の中でも限られた者しか行使できない高難度の術なので、存在自体を知らない者にとって、その原理をすぐに理解するのはほぼ不可能である。なので林も未だ首を傾げているが、要点のみはキチンと把握してくれたので、アデルは感嘆の声を漏らした。
いつもの林であれば〝転移術〟の存在そのものを疑うのだが、アデルの性質をある程度は理解し始めているので、彼がそんな器用な嘘をつけるとも思っていない。つまりはアデルの発言に嘘が無いということになるのだが、その事実が余計に林を困惑させていた。
「……握って移動してなかったらぶん殴るかんな」
「了解である」
林はほんの少し頬を染めつつ、乱暴に差し出された手を握る。そういった羞恥心は持ち合わせているのだなと、アデルが微笑ましく思っていることなど林は露程にも知らない。
林が自身に触れていることを確認すると、アデルは転移術を発動するのだった。
********
アデルが転移術で林の元へ向かった直後。メイリーンは何か言いたげな意味深な視線をギルドニスに注いでいた。
それに気づけないギルドニスでは無いが、メイリーンから切り出さない限り無視するつもりなのか、どこか素知らぬ顔である。
「……あの、ギルドニス様。どうして、悪魔を探していたのですか?」
「……」
メイリーンが気になっていたのは、始受会を破門になったギルドニスが悪魔を探していた理由である。
破門されても尚悪魔を信仰し、その人に仕えたいと思っているのであれば、ギルドニスはまずコノハにその意思を伝えるはずなのだ。だがギルドニスはそれさえもせず、「連れて行くつもりは無いのか?」という問いを肯定した。
つまりそれは、コノハに仕える気が無いということである。だがそうなると、悪魔を探していた理由が終ぞ分からなくなってしまう。だからメイリーンはずっと不思議に思っていたのだ。
ギルドニスを動かすその源は一体何なのか、と。
「……何故私が始受会を破門になったのか、分かりますか?」
「?いえ……」
突然そんなことを尋ねられ、メイリーンは当惑気味に首を傾げた。
「始受会にとっての神は悪魔様です。始受会は悪魔様の意思を何よりも尊重し、悪魔様が黒と言えば、例えそれが白でも黒になる。始受会はそういう組織なのです」
「……」
「私も当時はそれでいいのだと思っていました。悪魔様を信仰している時点で、彼らがどこか逸脱しているのは明らかでしたし。ですが……」
ギルドニスにとって、悪魔は全てだった。何も持たず、暗い暗い世界しか知らなかったギルドニスにとって、悪魔という存在は唯一の光だったのだ。だから彼自身、始受会の理念に疑問を抱いたことは無かったのだが……。
「ある日を境に、私にとっての一番が悪魔様ではなくなってしまったのです」
「えっ……」
「その旨を伝えると、あっさりと破門されてしまいました」
「あの、それって……」
一番が悪魔ではなくなった。言葉の通りに解釈するのであれば、ギルドニスの信仰対象が別のものになったということである。もし本当にそうならば、始受会を破門になったというのにも納得がいく。だがそれは同時に、ギルドニスが悪魔以上の存在を見つけたことを意味した。
そしてメイリーンには確信のようなものがあり、その存在について尋ねようとした時。彼女の言葉は無慈悲にも遮られた。
転移術でアデルが戻ってきたのだ。
「っ、アデル様」
「戻ったのだ」
「……マジで移動できた」
突如アデルが見知らぬ女性を連れて戻ってきたことで、二人は呆けたように目を見開く。一方、初めて転移術を経験した林は信じられないような表情である。
見知らぬ美女がアデルと手を繋いでいるという状況に、メイリーンはとてもでは無いが心中穏やかでいられない。
「アデル様……その方が?」
「あぁ……林、この者がメイリーンだ」
「あぁ、アンタか。神の力がどうのって奴は」
「え、えぇ……」
ただでさえ林は背が高く、迫力があるというのに、その乱暴な口調のせいでそれが倍増している。小さく大人しいメイリーンにとって林は、第一印象だけではどうしても怯んでしまう相手であった。
「孫林だ……あんがとな。アタシの家族のために協力してくれて」
「あ、いえ……私にできることをしただけですので」
(良かった、普通にいい人……)
予想に反して素直に礼を言われたので、メイリーンはホッと胸を撫で下ろした。人を見た目で判断してはいけないとはよく言ったものである。
「では早速、リオたちと合流して探すとするか」
「悪いがアタシは先に行っておく……一刻も早く見つけてやりてぇからな」
「……分かったのだ。我らもすぐに追いつくので、それまで待っていてほしい」
「おう」
リオたちと合流する時間も惜しいのか、林は一足先に捜索を開始することに決めた。林はその場から駆け出すと、目にも止まらぬ速さで走り去ってしまう。
その身体能力の高さにメイリーンたちは思わず目を瞠った。
「では行くとするか」
「「はい」」
こうしてアデルたち三人は、華位道国で戦っていたリオたちと合流するため、その場から距離を取るのだった。
********
それから数分後。戦場で呑気に寝息を立てていたリオだが、突然目を覚ましたかと思うと勢いよく起き上がった。
「あっ!アデルん!」
「っ!……急に起きないでください、リオ様」
まだアデルの姿が見えない内に、彼の気配を察したリオは大声を上げた。思わずナギカはビクッと肩を震わせてしまう。見回してもアデルたちの姿は見えないので、ナギカは当惑気味に首を傾げる。
「アデルんの匂いするぅ!」
「変態ですか」
「信頼関係が強いって言って欲しいわね」
ナギカがリオの変態性に冷めた目を向けていると、向こう側から複数人の足音が聞こえてきた。思わず視線をそちらに向けると、走りながらリオたちの元へ近づいて来るアデルたちの姿が見え、ナギカは思いきり苦い相好になる。
本当にアデルの匂いだけで彼らの来訪を察知したのかと、リオの変態性を本気で危惧し始めたのだ。
「アっデルん!久しぶりぃ!会いたかったわぁ!」
「まだ一日も経ってないのだが」
アデルが目の前までやって来ると、リオは我慢できなくなったように彼に抱きついた。別行動をしてから一日も経っていないというのに「久しぶり」などと言ってのけたリオに、アデルは呆れたような眼差しを向けている。
「……どうしたのだ?ナギカ。物凄い顔をしているが」
中々離れてくれないリオをどうしたものかと頭を捻るアデルは、ナギカがとんでもなく苦い相好で彼を見つめていることに気づき、心配そうに尋ねた。
「いえ。少しリオ様の脳が心配になっただけですので」
「ナギ助酷ーい」
「?」
ナギカの酷い物言いに、リオはケラケラとした笑い声で軽く返すのみなので、それはそれで心配になってしまう反応である。
経緯を知らないアデルには会話の意味が理解できなかったので、彼は早々に思考を放棄し、近くにいないアマノを探す為、辺りを見回した。
するとアデルは視線の先に、木に凭れかかっているアマノを見つけ目を見開く。
「っ!アマノっ……」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。俺が適当に治療しといたから。今は眠ってるだけ」
思わず駆けよろうとしたアデルだったが、リオが制止したことでホッと胸を撫で下ろした。結局あの後リオは意識を失ったアマノを治療してやり、そのまま寝かせておいたのだ。
「そうか……良かったのだ」
「ていうかアデルん、そいつ誰?」
アデルと一緒にやって来たギルドニスを探るように見つめると、リオは直球に尋ねた。レディバグの中でギルドニスと面識があるのはメイリーンだけなので、彼の疑問は当然のものであった。
「あぁ。我の知り合いでギルドニスという。先刻偶々会ったので、少々協力してもらうことにしたのだ」
「ふーん」
「ギルドニス・礼音=シュカと申します」
「俺はリオ・カグラザカよ」
「ナギカと申します」
各々簡易的な自己紹介を済ませたものの、リオは変わらず値踏みする様な瞳でギルドニスを捉えている。アデルが彼との関係性を詳しく伝えなかったことが引っ掛かっているようだ。
ギルドニスは始受会の元第一支部主教なので、そのことを馬鹿正直に伝えれば話がややこしくなってしまう。今はそんなことで揉めている場合では無いので、アデルは敢えて言わなかったのだ。
「そだ。さっきメイメイが力使ってたけど、何かあったの?」
「あぁ、そのことなのだが……」
辺りで気絶している戦士たちに目を向けたリオは、メイリーンが神の力を行使したことを思い出し、ついでに尋ねた。
いい機会だったのでアデルは彼の問いに答えると同時に、林の件を説明することにした。
「――じゃあ俺たちはそのリンリンって子の家族を一緒に探せばいいわけね?」
((リンリンになった……))
自身が関与する隙さえ与えてもらえないまま、林は知らぬ間に妙なあだ名をつけられてしまったので、全員が心の中で彼女を哀れんだ。
「あぁ、早速向かっても良いだろうか?」
「もちろん……あ、クソガキどうしよ」
「我がおぶるのだ」
とてもでは無いが、一人で動くことの出来る状態ではないアマノをどうしたものかとリオが頭を捻っていると、アデルは迷いなく彼の元へ歩み寄ってそう言った。
そのままアデルは眠っているアマノを軽々とおぶる。普段のアマノでもアデルは難なく持ち上げてしまうだろうが、今の彼はジルの使い過ぎで少年のように小さくなっているので重荷にもならないのだ。
「むー。クソガキズルい。俺だってアデルんにおんぶして欲しいのに」
「今度してやるから、今は我慢してくれ」
「ホント?やったー!約束だかんねっ」
リオは普段からおぶってもらっているだろう、だとか。アデルも今度ならやってやるのか、だとか。ツッコみ所はいくつかあったが、完全に二人の世界が出来上がっている状態でそれを言える勇者はいなかった。
「あぁ……それよりもリオ、ナギカ」
「うん?」
「?」
「実はコノハのことで大事な話があるのだ。皆で集まった際、話そうと思っている。聞いてくれるだろうか?」
「そりゃもちろんいいけど……」
「ありがとう」
アデルが意味深なことを宣言した為、リオたちは当惑気味に首を傾げた。一方のメイリーンとギルドニスは対照的に、彼の言う大事な話が何なのかを嫌と言う程理解しているのだった。
コノハくんの正体を明かせたので、これまで散りばめてきた伏線を紹介できる喜びが沸き上がっています。気分が乗ったらこれからもちょいちょい紹介しようと思います。
取り敢えず今回は、第60話「幼子の羽ばたき」という回のサブタイトルについて。この話はアマノくんが少し成長する回でもあるのですが、コノハくんが修行する意思を見せた回でもありました。〝幼子〟というのはコノハくんのことで、産まれたばかりの悪魔であることを示唆していました。流石にこれは分かりにくいと思ったので、紹介した次第です。
次は明後日投稿予定です。
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