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レディバグの改変<L>  作者: 乱 江梨
第二章 仲間探求編
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75、コノハ1

 メイリーンに林の件を頼む為、彼女の気配を追いつつ走っていたアデル。


 何故か一人ぼっちで立ち上がろうとしていたメイリーンを見つけた時から、アデルは心臓に直接触れられるような不気味な感覚――嫌な予感を覚えていた。


 その嫌な予感はどれだけ速く走っても払拭されることは無く、寧ろコノハに近づくにつれてどんどん大きく膨れ上がっていった。


 そしてとうとうアデルたちは、亜人や華位道国の兵士たちが密集している目的地に到着した。


 戦場というだけで酸鼻な光景は広がるものだが、彼らは視界の端で起きていることに意識を向けることが出来なかった。華位道国との戦いで疲弊している亜人たちを気遣う余裕も無いほどに、アデルたちは動揺していたのだ。


 何故ならアデルたちの視界には、無慈悲に飛び込んできたコノハと(ルイ)の姿しか映っていないから。



「「…………」」



 驚きと、困惑と、その事実を受け止めたくない程の絶望感と、焦りと、怒りと……。その感情を言い出せばキリが無かった。受け止め切らない程の衝撃と感情の激流に飲み込まれた二人は、茫然自失とその光景を目に映すことしか出来ない。


 睿が握っている剣は溢れる程の血で染まっていて、その刃先は振り下ろした直後なのか下を向いている。そんな彼の目の前で一瞬ふらついたコノハは、そのまま後ろへ呆気なく倒れてしまった。


 ――上半身と下半身が、斬り裂かれた状態で。



「っ……コノハ様っ!?」

「っ……」



 あまりのショックに、メイリーンは甲高い声で叫ぶようにコノハを呼んだ。悲痛と絶望に顔を歪ませるメイリーンは、今すぐにでも睿に襲い掛からん勢いである。


 コノハは左肩から右腰までを一直線に斬られており、斜めに身体を分けられた状態だ。その酸鼻な光景を前にコノハの身を案じない者など睿以外におらず、アデルも顔を真っ青にしている。



「っ、ヒーリング!」



 メイリーンは咄嗟にコノハの身体を治癒する為に詠唱したが、彼の身体に変化は一切起こらなかった。理由は簡単である。神の力を行使できる一定時間が過ぎてしまったのだ。



「こんな時にっ……コノハ様待ってください!今すぐ歌って……」

「メイリーン。よいのだ」

「何が良いのですかっ!?このままではコノハ様がっ……」



 コノハの命に関わる緊急事態だというのに、治療しようとする彼女を制止するアデルに、メイリーンは思わず批難の視線を向けた。何故か落ち着いているアデルが、まるでコノハが死んでも良いと思っているように見えてしまったのだ。


 そんなはずないと頭では分かっているのに、動揺しているメイリーンは湧いてしまった怒りを抑えることが出来ない。



「落ち着くのだ、メイリーン。この程度でコノハは死なぬ」

「えっ……?」



 だがすぐに、それが勘違いであることをメイリーンは悟った。キッパリと断言された彼女は、呆けた表情でポロっと溜めていた涙を零す。


 何故アデルがそのような確信を持っているのかは分からないが、彼が落ち着いているのはコノハが無事であると信じているからなのだろう。メイリーンはそれに気づけた。


 一方、メイリーンが激情を少しだけ抑えられたその時。死にかけのコノハは身体の感覚が薄れていく中、何故か信じられない程クリアな思考であることを思い出していた。



(この感覚、覚えてる……いつだっけ?……あぁ、そうだ。ナツメが危ないと思って、それで……守ろうとして、心臓を抉られた時…………あの時もすごく痛くて、死ぬかと思った。でも、死ななかった……。あの時、どうやったんだっけ?)



 〝死〟がはっきりと、コノハの眼前に迫っているというのに、本人は酷く冷静だった。何故ならコノハは既に、()()を知っていたから。()()に対する、立ち向かい方を知っていたから。


 ()()を、既に経験していたから。



(そうだ……あれをもう一度すればいいだけなんだ)



 コノハにとってそれは酷く簡単なことだった。何せ、同じことをするだけなのだから。何でもないように。どうということも無い様に。コノハはそれを実行した。



「「っ!?」」



 変化は顕著に表れた。メイリーンも、コノハをこんな目に遭わせた睿も、衝撃で目を見開くことしか出来ない。そんな中アデルただ一人が、冷静にその様子を眺めていた。


 斬り裂かれたはずの傷口からジュクジュクと脳に響くような音が鳴り、臓器が一気に再生されたかと思うと、骨、筋肉、皮膚までもが流れるように構築されていき、気づけばコノハの下半身が元の状態に戻っていた。


 驚異的な再生に対する衝撃で、周りの兵士や亜人たちも動きを止めてしまう程であった。

 〝再生〟なので斬り裂かれた下半身は、地面の上で行先を失ったまま残っている。


 コノハはゆっくりと上半身を起こすと、再生されたばかりの真っ新な下半身に目を向ける。パンツは地面に転がっている下半身の方に残っているので、冷静に考えるとコノハは今、下に何も着ていない状態なのだ。この状況で冷静なのはコノハぐらいなので、そんなことを気にするのもコノハだけだが。



(服、作らないと……どうしよう……あ、そうだ。あの時……)



 考えることに夢中なコノハは、周りからの視線に一切気づいていない。そんな中コノハが思い出したのは、またしてもナツメを救った時の記憶である。


 あの時コノハを襲ったケイトが制止しなければ、到達するはずだったその()()のことを、彼は朧気に思い出した。



『……第二段階、解放』

「「っ……!」」



 メイリーンの耳には、まるでそれが別人の声のように聞こえた。全く同じ声だというのに、初めて聞いたような違和感と迫力があったのだ。


 コノハがぼそりと呟いた途端、メイリーンたちはその変化に更に目を見開いた。斬られた際に大半が破れてしまったシャツが、見る見るうちにその裾を伸ばしていき、最後にはコノハの太ももをすっぽりと隠す程の長さになったのだ。


 ジルで作ったことは明らかであったが、その速度はとても空気中のジルを集めて作られたものとは思えない。コノハは自分でジルを作り、それを利用したのだ。自らが作り出したジルを外に放ち、ありとあらゆる現象を引き起こす――これが第二段階であった。



(あ……かかに酷いことした奴、まだいる)



 ふと、怯えきった表情で自身を見下ろしている睿に気づいたコノハは、徐に立ち上がる。弱々しい存在から、一気に化け物じみた得体の知れない存在へと変化したコノハ。そんな彼が唐突に動きを見せたことで、睿は震えながら後退ってしまう。

 コノハの認識では、睿は自身に苦痛を与えた存在ではなく、大切なメイリーンを蹴り飛ばした悪なのだ。



(それに、亜人の皆に酷いことしようとしてる奴らも、まだたくさん……)



 コノハには、敵がまだこんなにも残っている理由がよく分かっていなかった。今の自分であれば、その全てを一瞬で倒せるという、根拠のない確信を持っていたからだ。


 コノハは周りをぐるっと見渡し、見える限りの敵をしっかりと目に焼き付けると、ゆっくりとその手を掲げる。刹那、華位道国の兵士たちの頭上に一人一つずつ、氷刃のようなものが現れる。


 彼らは、突如仲間に危機が現れ当惑しているが、頭上なので自身にも同じ危機が迫っていることを自覚できていない。


 だが兵士たちがその事実に気づける程の猶予を、コノハが与えてくれるわけも無かった。


 スパンと、掲げた手を振り下ろすと、それに合わせるように頭上の氷刃が物凄い速度で彼らに襲い掛かる。氷刃は勢いよく兵士たちの頭にぶつかり、その衝撃で彼らは次々と倒れていった。氷刃の刃先はそれ程尖っていなかったので、それが彼らの頭を貫くことは無く、ぶつかった衝撃で氷刃はただの氷へと砕け散っている。


 コノハの広範囲の攻撃でほとんどの兵士が戦闘不能に陥り、残ったのは睿を含めた数人だけだ。彼らは既の所で氷刃を避けた者、剣で砕きその難を逃れた者がほとんである。



「まだ……いる」



 未だ睿含めた敵が残っている事実に眉を顰めると、コノハは再び手を掲げる。すると、残った兵士たちそれぞれを取り囲むように数え切れない程の小型剣が姿を現し、彼らが逃げる隙間が一瞬にして消え去ってしまう。


 睿たちは避けようのない死の恐怖を前に顔を真っ青にし、中には足腰の力が抜けて尻餅をついている者もいた。


 だがコノハには理解できていなかった。このまま攻撃を繰り出せば彼らが死に、もう元のコノハ(自分)には戻れないということを。

 敵を倒すことしか頭に無く、その過程で彼らが命を落とすという考えに至れていないのだ。即死してもおかしくなかった自分が今、何事も無かったかのように息をしているのだから、彼らがこの程度で死ぬわけがないと思っているのかもしれない。


 兎に角この時のコノハには、自分の攻撃で彼らが死ぬこと。自身がいとも簡単に人を殺そうとしていること――その認識が欠如していた。



 掲げた手を氷刃の時と同じように振り下ろそうとした、その時――。



「っ…………と、と?」



 コノハは唐突に、自身の視界が遮られたことに当惑する。だが、目元を覆うその優しい感触には覚えがあり、コノハはそれを拒絶しなかった。


 コノハが尋ねた通り、彼の視界を封じたのはアデルだ。足音を立てずにコノハの背後に忍び寄ったアデルは、スッと彼の目元を優しく左手で覆い隠しながら、彼が掲げた手を力強く握り締めている。



「コノハ、もう良い。コノハは十分頑張ってくれたのだ……だからもう、後のことは我らに任せて……休め」

「っ、うん……」



 耳元で優しく囁かれたコノハは、骨の髄まで染み渡るような安心感に浸った。アデルが任せろと言ってくれたのだから、もう大丈夫だと。コノハの中の緊張の糸がプツンと切れたのだ。


 促されるように瞼を閉じると、コノハは意識を失うように眠った。すると、コノハが作り出した大量の小型剣が一斉に地面へ落ち、ガシャンと激しい音が鳴り響く。その轟音に彼らはぎゅっと目を閉じるが、危機が去ったことを理解すると、再びその瞼を開き始めた。


 一方、アデルは倒れそうになったコノハを支えると、ゆっくりと彼を地面に寝かせてやっている。

 そのまま残った敵へと視線を動かすと、アデルは驚きと怯えで固まっている彼らを捉えた。



『眠れ』

「っ……」



 アデルが声にジルを乗せて命ずると、彼らは一人残らず意識を失いその場に倒れ込んだ。その場に静寂が訪れるが、心穏やかな者など一人たりともいなかった。


 皆、どうすればいいのか。どう反応するのが正解なのか分からず、立ち尽くすことしか出来ていないのだ。



「……アデル、様」

「……」



 そんな中、ふらつく脚でアデルたちの元へ歩み寄ったメイリーンは、焦点の定まらない声で呼びかけた。不安気な彼女の瞳と、揺らぐことの無いアデルの視線が交錯する。


 メイリーンにはどうしても、確かめなければならないことがあった。だが、真実を受け止める自信が十分に無く、メイリーンは核心をつくことが出来ない。


 それでも勇気を振り絞って、彼女は震える口をゆっくりと開いた。



「コノハ様は……あ……」

「おや。これはこれは、お久しぶりですね。アデル様」

「「っ!」」



 彼女の声を遮るように現れたのは、アデルたちにとって想定外且つ懐かしい顔だった。アデルは純粋な驚きで目を見開いているが、メイリーンの方は衝撃と共に、行き場の無い危機感を抱いている。



(このタイミングでどうして彼が……)



 何故なら、倒れた兵たちをかき分けながら姿を現したその人は、悪魔教団〝始受会〟かつての第一支部主教、ギルドニス・礼音=シュカだったから。



「ギルドニス……どうしたのだ?このような所で」

「私、つい先日まで華位道国を訪れていたのですが、何やら戦争が始まるとかで騒がしくなっておりまして。少し興味があったので、兵の後をつけてみたのです。そうしたらこの国に辿り着きまして。まさかその先でこうしてアデル様と再会できるなんて……運命でしょうか?」

「そんな訳が無いだろう」



 アデルの素朴な疑問に、ギルドニスは限りなく本気に近い冗談で返した。思わずアデルは顔を顰めて否定するが、その間でさえもメイリーンは生きた心地がしていない。


 破門になったとはいえ、悪魔を信仰する彼が、今この瞬間現れたことが大問題だからだ。


 メイリーンの不安を余所に、ギルドニスはゆっくりとした足取りでアデルの元へ進んでいく。正確には〝アデルのすぐ傍で眠っているコノハの元に〟である。


 コノハの元へ辿り着くと、ギルドニスはスッと片膝をついてしゃがみ込んだ。その、まるで敬意を払っているかのような動きに、メイリーンはひゅっと息を呑む。嫌な予感が、起きて欲しくなかった事態が、ついに訪れてしまったから。



「……お初にお目にかかります」


(やめて……)



 メイリーンは、それ以上を聞きたくないわけでは無かった。その先を、既にメイリーンは察していたから。ただ、ギルドニスの口からそれを聞き、その後訪れてしまうであろう事態の方を彼女は危惧し、恐れているのだ。


 だがメイリーンはその想いを口に出すことが出来ず、ギルドニスを制止する者は一人たりともいなかった。



「現代の悪魔様」



 ギルドニスの、コノハに向けたその言葉は、メイリーンの心に深く深く突き刺さり、彼女を一時の絶望に叩き落とすのだった。




 コノハくんの正体を漸く明かせました……。恐らく読者様は薄々気づいていたとは思いますが。これからもコノハくんをよろしくお願いします。


 次は明後日投稿予定です。


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