70、暴れ馬、襲来1
※冒頭の『』内は、華位道国の言語での会話になります。
翌日。華位道国のとある小屋には、豪快ないびきが響き渡っていた。その小屋に用のあった楊静――亜人の国に宣戦布告した男は、小屋の狭さに似つかわしくない五月蠅さに顔を顰める。
小屋に入り、先客を視界に捉えると、静は眉間に皺を寄せて増々顔を歪ませた。
『そろそろ時間ですよ。孫林』
孫林と呼ばれた彼女は、とても年頃の女性とは思えないような格好でぐーすかと眠っていた。
百七十センチ越えのその背を大の字に伸ばしている彼女は、お世辞にも女性らしいとは言えない。だが手足はスラっと長く、肌の色も白いのでとても美しい容姿ではあった。
青みの強い紺色の髪は地面についてしまう程長い為、彼女はそれを頭のてっぺんで束ねてポニーテールにしている。静と同じ軍服を身に纏っているが、女性用なので系統は少し異なっていた。彼女が履いているミニスカートは、一周回って勇ましさを感じてしまう程短く、色々と心配になってしまう。だが、スカートに隠れる程度の長さに調整されたレギンスを履いているので問題は無かった。
名前を呼ばれ、鬱陶しそうに目を覚ました彼女は、髪と同じ色の瞳でギロリと彼を睨み据える。
『あ゛?』
『あ゛?じゃないんですよ。もう子供でも無いんだから、さっさと一人で起きてください。僕はこれでも忙しいんですから』
『……てめぇらときたら、口を開けば忙しい忙しいって。だったらその忙しさの元凶である戦争をやめろよ。三歳児でも分かる単純な話だろーがよ。この国には三歳児以下の馬鹿しかいねぇのか、あ?まったく頭痛がするぜ』
『……』
嘲るように棘のある言葉を吐いた林だが、彼が反論できない程度には正論であった。それでも正論であればある程、煽られた際の苛立ちは増幅するというものである。彼は絶対零度の瞳で寝転ぶ林を見下ろすと、彼女の長い髪を乱雑に掴んでその身体を無理矢理起こした。
『調子に乗るなよアバズレ。その不遜な言動一つ一つが、お前の家族の寿命に直結するんだ。僕がその気になれば、今すぐにでもあのガキ共を殺すことだって……』
射殺さんばかりの視線を向けらている上、髪を引っ張られている頭には耐え難い痛みが走っているはずだというのに、林は酷く冷静に彼を見つめ返していた。林は怯えるどころか、哀れみと失望の込められた瞳で彼を捉えている。
すると林は自身の髪を掴む忌々しい腕を掴み返し、力づくでその腕を髪から放させた。
『てめぇ、馬鹿の一つ覚えみてぇに脅ししかしねぇのな。そもそも今アイツらに手ぇ出しやがったら、アタシがこの戦に協力することは絶対にねぇ。そうなったら困るのはそっちの方だろうが。やっぱ馬鹿だな』
『ちっ……』
男は林相手に物理的な反撃をできる程の力を持っていないので、舌打ちでしか苛立ちを発散することが出来ない。
言葉遣いが荒い彼女はその印象に反して頭がいい。その為林が発する暴言は全て正論なので、彼にとってこれ程質の悪い存在はいないのだ。
『それならせめて愛する家族のために今回の戦争には尽力してください』
捨て台詞を残すと、彼は逃げるようにその小屋を後にする。しばらく歩いていると、静は腕に違和感を覚えて足を止めた。
軍服の袖を捲って腕を確認してみると、痛々しい程の手形が赤黒くついていて、静は思わず顔を引き攣らせてしまう。
『……あの暴れ馬、力強すぎんだろうが』
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林の馬鹿力に彼が恐れ戦いている頃。当の彼女は一人小屋の中、けだるそうに立ち上がっていた。
『クソ情けねーやつ』
そしてこちらもこちらとて、静に対する不満を零しながら思い切り顔を顰めているのだった。
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相変わらず不穏な空気が流れる華位道国の森に、リオたちは転移術で訪れていた。メンバーはもちろん作戦で決まった通りリオ、アマノ、ナギカの三人である。
快晴ではあるが、秋風吹く朝は中々肌寒く、森ではそれが顕著に表れる。
だがそんな肌寒い環境には似つかわしくないテンションの者が一人いた。当然リオである。
「ぬふふふふふふふふふふふふ……」
「気持ち悪い笑い声を出すな。気持ち悪い」
「二回も気持ち悪いって言われたよぉ、ナギ助ぇ……慰めてぇ」
「嫌です」
「俺に対して温かい子が一人もいないんだけど!?」
昨夜の出来事を思い出したのか、不気味な笑みを抑えることが出来ないリオに対し二人は酷く辛辣である。
「まぁでも今日の俺はご機嫌だから許してあげるわよ。なんせ俺はアデルんの、大大大親友だからね!」
「は?」
「おっとクソガキ、羨む気持ちは分かるわよ?でもこればっかりはしょうがないのよ……だって俺は唯一無二のベストフレンドだからさー」
「……無視してもいいのでしょうか?」
「いいに決まってるだろう」
一人別世界にいるリオを前にナギカは当惑気味に尋ねるが、アマノがきっぱりと断言してくれたおかげで、塩対応を取ることに一切の躊躇が無くなる。
一方二人に冷たい視線を向けられているリオは、その鋼のメンタルのおかげで一切のダメージも受けておらず、相変わらず上機嫌である。
「幸運は俺たちに味方してるみたいだし、ナギ助も不安がる必要無いからね!俺がナギ助のことしっかり守ってあげるから!」
「別に不安がってはいませんが」
「あ、そう?じゃあ二人でがんばろー!」
「サラッとアマノを省くな」
何食わぬ顔で嬉々とした声を上げたリオからいない者とされてしまい、アマノは思い切り顔を顰めた。
一方、リオの励ましに冷静に返したナギカは内心彼の気持ちを嬉しく思っていたが、素直になれなかっただけである。
これから戦争が始まるというのに、呑気に手を掲げたリオの明るい声が華位道国に響き渡るのだった。
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華位道国が指定した〝明日のこの時間〟がやって来た。静は降伏を提案していたが、華位道国は彼らが降伏するなんて欠片も思っていないので、亜人の国の答えを聞く前に開戦することにした。
不機嫌面で亜人の国へ向かう林は一人全力疾走しており、その速さは馬が二度見してしまう程である。彼女に課せられた任務はただ一つ。亜人の国で力の限り暴れ回ることだ。
亜人を大量に殺すもよし、戦力を大幅に削るもよし。具体的な命令は無かったが、彼女の絶対的で圧倒的なその力を亜人の国で大暴れさせればそれでいいのだ。
これ程シンプルな指示も無いのだが、それでも林の心にかかる靄が晴れることは無い。
そもそも林は下らない戦争に興味などないし、ムカついてもいない相手を痛めつける趣味もない。それでも林にはこの戦争に参加しなければならない大きな理由があった。
そのせいで今回の戦争に無理矢理参加させられているのだから、気分が晴れるわけも無いのだ。
「っ……ムシャクシャしやがる」
いっそのことこの苛立ちを戦争で発散してしまおうかと思ってしまうが、理不尽に苛立ちをぶつけられる亜人の気持ちになるとそうもいかない。だからといって亜人と敵対しないなんて選択肢を林に取ることは出来ず、増々苛立ちが増幅する悪循環である。
「っ!」
ふと、とんでもない気配を察知した林は思わずその足を止めた。衝撃で目を見開く彼女は、次第に期待と興奮で胸を躍らせていく。
「何だよこの国……めちゃくちゃつえー奴いんじゃんか……華位道国の奴ら、アタシがいなかったらマジ勝負にもならなかったんじゃねぇか?」
顔を紅潮させ、漏れ出る笑みを堪えることが出来ない林。彼女が感じ取ったのは自分と同等、あるいはそれ以上の力を持つ強者の気配だった。
強者との戦いに何よりも愉悦を感じる林は、これまで出会ってきたどんな人物よりも強い存在がすぐ近くにいるという事実に、興奮を抑えることが出来ない。
「なんだよこれなんだよこれなんだよこれ……最っ高じゃねぇか……アタシをここまで興奮させるなんて、どんな奴だよ……早く会って戦いてぇ!」
この時既に林は、華位道国と亜人の国との戦争などどうでも良くなっていた。先刻まで自身の精神を支配していた苛立ちもすっかり忘れ、すぐ傍まで迫っている強者に全ての興味を注いでしまっている。
目をギラギラと輝かせ、興奮のあまり呼吸を荒くすると林は再び走り始める。顔も性別も種族すら分からない、その強者の元へと。
********
その頃アデルは一人、だだっ広い荒地で周囲を警戒していた。因みに単独行動なのはアデルだけで、他四人は二人一組で行動している。
華位道国がどこから攻めてくるか分からないので、亜人たちも何人かの集団をいくつも作って別行動をしているのだ。アデルは戦力的に一人でも問題ないという判断になったので、寂しく単独行動中である。
バンっ。ドンっ。
「っ……始まった、のだろうか?」
銃声にも似た物騒な音が微かに聞こえ、アデルはどこかで戦闘が始まったことを悟った。一刻も早く駆け付ける為、その場から走り出そうとしたその時。
それは激烈に、唐突に、まるで暴走機関車のように、やって来た。
『あはっ!!!!!!』
「っ!?」
ドーンっ!!!!!!!!!!!
突如やって来た林に力強く蹴り飛ばされたアデルはその凄まじい力に圧倒され、遥か遠くの後方へと吹っ飛ばされてしまった。
突如蹴りかかられたアデルに分かったのは敵が女であることと、彼女が狂気じみた満面の笑みを浮かべながら攻撃してきたことだけである。
『っ……あ?んだよ。どんな強者かってわくわくしてたのによぉ……とんだ期待外れじゃねぇか。つーかどこまで飛んでんっ……』
刹那、林の独り言がプツリと途切れる。飛ばされた場所から目にも止まらぬ速さで全力疾走してきたアデルから、お返しとでも言わんばかりの激しい蹴りが繰り出されたからだ。
ドーンっ!!!!!!!!!!!
今度は林が吹っ飛ばされる番だった。突如反撃された林に分かるのは、自身に向けられた精悍な眼差しだけである。
「人間、であろうか……?それにしては力が強すぎる気がするのだが……能力者か?」
林に反撃したアデルは当惑気味に呟いた。何故なら蹴られたアデルには、彼女がジルによる身体強化を施しているように感じられなかったから。
普通の人間は愛し子や亜人と違い、自分でジルを生み出すことが出来ないので、意識的にジルを集めなければその力を増強させることも出来ないのだ。
呑気に林の力について思考を飛ばしていると、アデルは最初と同じような危機感を察知して表情を険しくする。
「っ……」
「あはっ!お前最っ高だな!!」
アデルと同じように全力疾走して戻ってきた林は、蹴りではなく力強い拳で殴りかかってきた。今度はその殴りを掌で受け止めることが出来たアデルだが、二人の力がギリギリのところで鬩ぎあっている。
一方の林は、自身の全力を片手で対処しているアデルに対して込み上げてくる喜びを抑えることが出来ず、狂気的な笑みを相変わらず浮かべている。
林がアンレズナの共通言語で語りかけてきたので、言葉が通じないという問題は発生しなかった。
「……華位道国の者であるか?」
「あ゛?今はそんなことどうでもいいだろうが」
「どうでも良くは無いのだ。其方が華位道国の戦士で無いのなら、我は其方と戦う理由がないのでな」
「は?んなの駄目に決まってんだろうが。はぁ……あぁ、はいはいそうだよ、華位道国の戦士ですよー」
「……」
アデルと戦闘出来ないのは嫌だったのか、林は渋々といった感じで彼の質問に答えた。その投げやりな態度にアデルは目を白黒とさせるが、その間も二人は拳と掌の攻防を続けていた。
アデルは回し蹴りで起死回生を試みるが、それをすぐに察知した林が後方に下がったことで彼の脚は空を斬った。
「っ……あ?てめぇよく見たら悪魔の愛し子じゃねぇか。通りで強いわけだぜ」
アデルと距離を取ってようやくその事実に気づいたのか、林は頭をガシガシと掻きむしりながら言った。そのどうでも良さそうな態度に、アデルは思わず目を丸くしてしまう。
アデルが愛し子だからと言って蔑むわけでも、哀れみで優しくするわけでも無い林は本気で興味が無さそうだったのだ。林にとって重要なのはその強さだけで、いかにしてその強さを手にしているのか等といった問題はどうでもいいらしい。
林がジロジロと不躾に見てきたので、アデルも彼女の全身をジッと観察してみる。
「……其方は……その格好、寒くは無いのか?」
下半身に注目すると、アデルは眉を顰めながら素朴な疑問を投げかけた。林は短すぎるミニスカートにショートブーツという、防寒性皆無な格好をしているので、秋風冷たいこの環境下ではその心配をせざるを得なかった。
「鍛え方がちげぇんだよ。そこらの腑抜け共と一緒にすんな」
「なるほど。道理で力が強いわけである」
林の力が異常に強いことにも一応説明がついたが、彼女のそれには鍛えただけでは到底理解しきれない迫力があった。天賦の才なのか、鍛え方が違うのか。或いはその両方なのか。詳しいことは分からないが、〝ただの人間〟とは到底表現できない程の実力を彼女が秘めているのは紛れもない事実であった。
次は明後日投稿予定です。
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