61、奴隷の亜人1
「――それにしても。その爆破を引き起こした人物、一体何者なのでしょうか?」
「そうですね……コノハさん、顔は見られたんですよね?」
「うん。男の人……でもなんか難しいこと言ってて、よく分からなかった」
ルークにとって気掛かりだったのは、ナツメとコノハを襲撃した敵の存在である。敵の特徴をナツメは尋ねるが、ただでさえ殴られ続け、ナツメを守ることに必死だったコノハに、敵が何者か思考している余裕は無かったようだ。
「爆弾ということは、イリデニックス国の関係者の可能性が高いですね」
「まさか……ミカド兄上はまだ、私の暗殺を諦めていないということでしょうか?」
「……可能性は否定できませんが、あのミカドがあれ以上の深追いをするとは……正直信じられないですね」
イリデニックス国の関与の可能性を提示したのはルークだが、それはミカドという人間を知る彼にとって到底信じられるものでは無かった。
爆破犯の正体が一向に掴めない中、アデルただ一人が全く別の可能性に気づき、口元を手で押さえてその動揺を隠すのだった。
********
それから一週間ほど。アデルたちはゼルド王国でゆっくり過ごしつつ、それぞれがコノハに修行をつけてやっていた。
リオは剣術を。ナツメは銃の扱い方を。ルークは体術を。アデルとアマノはジルの扱い方を。それぞれがそれぞれの得意な分野をコノハに教えてやり、〝強くなりたい〟というコノハの望みの為尽力していた。
因みにメイリーンは、修行で疲弊したコノハに美味しい食事を作ってやる役目である。
「コノハ様は覚えが良いですね」
「本当?」
「えぇ。一気にいろんなことを学ばれているというのに、まるで一点集中している様な上達ぶりです」
ルークに褒められ、コノハは思わず嬉々とした相好を露わにした。
一気に多種多様なことを覚えると、器用貧乏になってしまう可能性もあるのだが、コノハは学んでいるどれにおいても目覚ましい進歩を遂げていたのだ。
それはルークだけではなくアデルたち全員も感じていたことで、各々目を瞠っていた。アデルたちがコノハの上達ぶりを褒めるように頷くと、コノハは増々頬を緩ませてしまう。
「リオ。ルーク。船の設計はもう済んだのであるか?」
「うん。明日には出発できるわよ」
「そうか。感謝するのだ」
リオに確認を取ると、アデルは安堵と感謝の込められた笑みを浮かべる。
リオとルークは修行の合間に着々と船の設計を進めており、その大部分が既に完了していたのだ。
――こうして、アデルたちによる華位道国への旅立ちが始まろうとしていた。
********
――数か月後。
季節はすっかり秋になり、段々と風が冷たくなってくる頃合いである。まさかゼルド王国から華位道国までの道のりが、船で数か月もかかるとは流石のルークたちも想定していなかったので、辿り着いた時は全員一斉にため息をついてしまった。
道中、迷って時間を無駄にしてしまったことも原因ではあるが、やはりその距離が凄まじかった。
冬になる前に辿り着けたのは不幸中の幸いであったが、それにしてもルークたちの精神的、身体的疲労は計り知れないものであった。
だが――。
「みな、疲れてしまったのであるか?大丈夫であるか?」
アデルは彼らの疲労を欠片も共感してやれずにいた。悪魔の愛し子としての力のおかげで、アデルは疲労というものを感じにくい体質なので仕方が無いのだが、それでも彼らはその差異に気が遠くなってしまう。
「みんな大丈夫?俺ずっと寝てたから寧ろ超元気なんだけど」
そしてアデルとは全く別の理由で、もう一人の異常人が存在していた。船ですることと言えば、コノハに対するちょっとした修行だけなので、リオは暇を持て余して寝てばかりいたのだ。
「どこでもすぐに寝られる馬鹿は疲れなくていいな」
「羨ましいでしょう?」
「ちっ……」
嫌味で煽ったにも拘らず得意気な表情で返してきたリオに、アマノは舌打ちで対抗することしか出来ない。
「にしてもコノハちんも平気そうじゃない?分かりにくいけど」
「うん。大丈夫だよ」
「コノハ様……ずっと自主鍛錬をしていたというのに、凄いですね」
コノハは表情筋が硬めなので分かりにくいが、彼もまた長旅に疲れている様子が見受けられなかった。誰よりも疲れていておかしくないコノハの返答に、ルークは思わず感嘆の声を漏らした。
「ふむ……適当な場所に家を建てて休息を取るとするか」
「申し訳ありません。アデル様」
「気にするでない。メイリーンたちの方が正常なのだからな」
アデルたちが平気でも、他四人は顔を見るだけでその疲労が犇々と伝わってくるので、彼は気を遣ってそんな提案をした。
申し訳なさそうに言ったメイリーンを励ますように、アデルは彼女の頭を撫でた。自分が全く気にしていないことを伝えるように。
「そうそう!皆も俺みたいにいっぱい寝ればいいんだよ」
「リオは寝過ぎである」
アデルの貴重なツッコみが炸裂し、その場に笑い声が木霊する。メイリーンたちを励ます為に言ったリオは、アデルの指摘にプクっと頬を膨らませた。
こうして。華位道国に到着したアデルたちはまず最初に、家で休息を取ることになったのだった。
********
殺伐。混沌。不浄。喧騒――。この華位道国を一言で表そうとすると、どうやってもネガティブな単語が浮かんできてしまう。
この大国でおおよそ静かと呼べる街は無く、静寂を求めるのであれば自然に囲まれた場所を訪れなければならない。
慣れていない人間で無ければ、近寄りたいとは到底思い至らない、そんな華位道国の街に足を踏み入れた変わり者が二人程。
リオとコノハである。
リオとコノハは華位道国の森に建てた家から最も近い街を訪れており、その異様な空気の悪さに顔を顰めていた。
「♪きっもち悪いわ~……空気もきったなくって最悪~……血っ生臭いし~」
「変な歌」
「だぁって、歌でも歌ってないと気分悪すぎてどうにかなっちゃいそうなんだもの」
妙なメロディに、センスの欠片も無い歌詞をつけて歌うリオに、コノハは怪訝そうな視線を向けている。
大気が汚染されているせいで視界は悪く、その空気は呼吸するのが嫌になる程不味い。街には人がごった返しており、いつも通りの音量ではとても会話が成立しそうに無いので、二人は声を張り上げている。
因みに、リオがこの街を訪れているのは単なる暇つぶしである。そしてコノハはリオの暇つぶしについて行っただけなのだ。
「あーあ。こんなことなら皆と家でのんびりしておくんだったわ」
「帰る?」
「お土産買っていくって約束したもの。せめてそれを用意しないと」
リオはアデルたちへの土産を繕うため、街の店を見て回っているのだが、まだめぼしい物を見つけられていないのだ。
腕を頭の後ろで組み、どこか不満気な相好で街を練り歩いていると、リオはとある場所でその足を止めた。
「……なにこれ」
「……」
目の前の光景を瞬時に理解することが出来なかったリオはとても落ち着きながらも、どこか怒気を孕んでいるような声で呟いた。
衝撃を受けているのはコノハも同じで、その光景を前に茫然自失としてしまっている。
リオたちが足を止めたのは、人一人が入れる程度の檻がいくつも並んでいる通り――奴隷市場だった。
檻の上にまた同じ檻が乗っていて、縦に三つの檻が並んでいた。そしてその三つの檻の塊が、道に沿う様にズラーっと並んでおり、数え切れない程の人がその中に一人ずつ閉じ込められていた。
〝人〟と言っても、奴隷の中に純粋な人族は数名しかいなかった。檻に囚われている奴隷の大半は、獣の特徴を持つ種族――亜人種だったのだ。
********
亜人。かつて動物のジルを生み出す力を欲した彼らの先祖は、動物と交わりを持って亜人を生み出した。生まれてきた子供は動物のジルを生み出す力と、人間としての知能を持ち、先祖の何倍もの力を得ることが出来た。
簡単に言ってしまえば亜人は、劣化版の悪魔の愛し子という感じである。
亜人はその特性から寿命も長く、外見からその年齢を当てることがほぼ不可能でもある。無性の亜人であるエルも十代後半から二十代前半にしか見えない若い容姿であったが、実年齢は六十歳を超えていたのがいい例である。
無性の亜人は普通の人間と見分けがつかない程人間らしい容姿をしているが、大多数の亜人はそうではない。先祖から引き継がれてきた獣の特徴である耳や尻尾があり、その毛が腕や足に生えている者も中にはいる。
亜人は悪魔の愛し子と同じで一目でその種族を断定されてしまうので、差別対象にもなっている。もちろん悪魔の愛し子ほど酷い差別は無いが、それでも多くの亜人がこうして奴隷として囚われていることが何よりの証拠でもあった。
「**********」
奴隷市場に目を奪われている最中、突如華位道国の言語で話しかけられ、リオたちは当惑気味に首を傾げた。
「……?俺たち華位道国の言葉知らないんだけど」
「!……他国の方でしたか。失礼しました。お客さん、どのような奴隷をお探しで?」
話しかけてきた奴隷商人は幸い、アンレズナの共通言語も話せたようで、リオとの会話を始めることが出来た。
でぷっと肥え太り、頭を禿げ散らかしている中年の奴隷商人は、申し訳ないがリオにとって生理的に受け付けないタイプである。
「別に探してないけど」
奴隷商人に話しかけられたリオは、思わず嫌悪感丸出しの鋭い眼光で睨み据えてしまう。偶々足を踏み入れただけで客だと勘違いされたことも癪に障った原因だが、そもそもこんな商売をしている人間に対する嫌悪感が溢れて仕方が無かったのだ。
殺気が込められているのではないかと思える程のリオの睨みを受けてしまった奴隷商人は、営業スマイルを引き攣らせてしまう。
「っ……まぁまぁ……そう言わずに。お、男前な旦那たちにも見合うようなべっぴんどころが揃っておりますので」
媚びを売るようなそのヘラヘラとした表情に、増々リオはムスッと顔を顰めたが、その表情のまま奴隷市場をぐるっと見回した。
どうやらこの奴隷市場は手前の檻に入れられている奴隷が安く、奥に行けば行くほど値の張る奴隷が並んでいるらしい。
不機嫌なまま値段を見たリオに分かるのはそれぐらいだった。そしてふと、一番近くの檻へと視線を移したリオは、あまりの衝撃でそこから全く動けなくなってしまう。
目を奪われ、その瞳を動かすことが出来ない。瞬きも出来ないまま、手足を動かすことなど出来る訳もなく、リオは当に硬直してしまった。
そんなリオを心配そうに見つめるコノハだが、彼もリオの視線を追うと、同じように目を見開いてしまう。
何故ならリオたちの視線の先にある檻。そこに囚われていた亜人が、今にも息絶えてしまいそうな程ボロボロの状態だったからだ。
「「…………」」
顔は何度も殴られたように腫れ上がり、元々どのような顔をしていたのか分からないほど。身体中に青痣があり、出血しているところもある。左腕、右脚は骨折しているのか酷く腫れあがり、見るのも辛い様な色になっている。
女性であることは分かるが、男と見間違えてしまう程髪を乱雑に切られており更に痛々しい。その上彼女は、とても服とは呼べない程ヨレヨレで汚れきった布を巻いているだけで、それは女性に対する扱いとは到底思えなかった。
そして極め付きは、亜人を象徴するその獣耳だ。灰色の髪と同じ色の耳は恐らく猫の耳と思われるが、その片方が欠損していたのだ。
「なに……この子……」
「?あぁ。それはもう売り物にならないんで処分予定の奴ですよ。一度は売れたんですが、あろうことかお客様に反抗して怪我を負わせたって言うんで、その有様なんです。こうなるともう買い手なんてつかないですし、また暴れる可能性もあるので処分するしかないんですよ」
(こんのクソ野郎……)
奴隷商人は迷惑しているとでも言いたげな口調で、腸が煮えくり返りそうな暴言を吐いた。リオはそんな彼に斬りかかりたい気持ちを必死に抑えていた。
普段怒ることなど一切無いコノハでさえも蛆虫を見る様な目で奴隷商人を睨み据えていて、そのどうしようもない怒りが犇々と伝わってくる。
「……処分って、殺すってこと?」
「はい?そうですが、それが何か?」
「……」
その一言で、リオの瞳から一切の光が消えた。その瞳孔からは怒りすら感じられず、当に〝無〟という感じである。
リオは悟ったのだ。目の前の男は自分が怒る価値すらない、救いようのない人種であるということを。
こういう人間にいくら良識を説いたところで無駄なのだ。この奴隷商人の価値観では奴隷は商品でしかなく、それ以上でもそれ以下でも無いから。
「っ……」
ピクっと、檻の中の彼女の身体が震え、ゆっくりとその顔がリオを見上げるように露わになった。ぐちゃぐちゃの前髪の隙間から窺える、そのガラス色の瞳を目の当たりにしたリオは、言いようのない感情の波に呑まれてしまいそうになる。
今にも息絶えてしまいそうだというのに、リオを見上げるその眼差しに絶望の色は見られなかったのだ。「助けて」「死にたくない」と訴えかけているような、生きることを諦めていない彼女の強さをリオは感じ取った。
だから――。
「あっそう。じゃあこの子俺が買うわ」
「あぁ、はいはい。ご購入ですね…………って、はぁ!?」
「この子を買うって言ったのよ。悪い?」
リオの突拍子もない決断に、奴隷商人は驚きのあまり目を引ん剥いて声を張り上げた。彼ほどでは無かったが、やはり少し驚いてしまったコノハもその目を見開いて、当惑気味の視線をリオに送るのだった。
次は明後日投稿予定です。
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