59、アマノの怒り2
「化け物は貴様らだろうが。クソ神官共」
「な、何じゃと……?」
いつもと様子の違うアマノの雰囲気に呑まれながら、神殿長は不満を露わにした。神に仕えていることを誇りに思っている神官たちにとって、〝化け物〟と称されること以上に不愉快なことは無いからだ。
「お前たちのくだらない欲で神子たちを殺してきたんだ。そんなお前たちを化け物と呼ばずして、一体どこの誰が化け物だって?」
「っ……神子だからと下手に出ていれば馬鹿にしおって……やってしまえ!お前たち!」
神殿長がその顔を苛立ちで歪め、神官たちに命令すると、アマノに途方も無い殺気が向けられる。数人の神官が剣で斬りかかり、他多数の神官がジルによる攻撃を仕掛けようとしたことで、アマノは咄嗟にぎゅっと目を瞑るが、彼の身体に傷がつくことは無かった。
「っ……?……っ!お前……」
そうっと目を開くと、アマノは飛び込んできた光景に当惑してしまう。操志者の攻撃の方は、アデルがジルの操作権を奪って無力化したことで問題無くなっていたが、斬りかかってきた神官たちの方はリオが対処していたのだ。
リオはアマノが目を閉じている間の一瞬で、彼らを素早い斬撃で倒しており、静かに刀を鞘に納める彼の背中が、アマノの視界に鮮烈に飛び込んできた。
「はぁ……助けちゃったわよ」
「流石である。リオ」
ついうっかり嫌いなアマノを助けてしまい、リオは苦虫を噛み潰したような表情でため息をついた。だが、そんなリオの複雑な心境など関係なしに、アデルは彼の剣の腕を褒め称えているので、彼は余計に心の糸が絡まってぐちゃぐちゃになってしまう。
リオの剣技に神官たちが目を奪われている隙に、アデルは彼ら全員に拘束の術をかけ、その動きを封じる。
「「っ!?」」
「アマノ。これで良いだろうか?」
「あぁ」
突然の拘束に倒れこむ神官もいる中、アデルはそんな彼らに一瞥もくれずにアマノに尋ねた。
アマノはこちらを睨み据えている彼らにゆっくりと近づくと、とても冷ややかな眼差しで反撃にかかる。
「くっ……何をする気じゃ?」
「〝くっ……〟とか本当に言う奴いるんだ。リオリオびっくりよ」
「リオ、少し静かにするのだ」
「はいはい」
「「…………」」
アデルは口元に人差し指を立てると、子供を宥める親のようにリオを咎めた。この状況でどうでも良い会話を繰り広げている二人に、アマノは何か言いたげな視線を向けるが、すぐに神官たちの方を振り返る。
「……アマノを殺そうとするなんて、馬鹿な奴らだ。手を出してはいけない相手の判断もつかないのか、痴れ者め」
「な……」
「このアマノの逆鱗に触れたんだ。それ相応の覚悟をしておくんだな。……まぁ安心しろ。お前たちに相応しい天罰を下すのは、お前たちが焦がれてきた存在だからな」
「なにを……」
不敵な笑みを浮かべて告げられたものの、神殿長にはアマノの発言の意味を理解することが出来ない。その真意を尋ねようとする神殿長だが刹那、アマノの瞳が怪しく光ったことでそれは遮られた。
『街に行け』
メイリーンとはまた違う意味で、アマノのその声には人を惹きつける魅力があった。陶然としてしまうようなその声を聞いてしまえば、彼の命令に従ってしまうのも仕方が無いと思える程に。
神官たちにとっては謎の命令をアマノがすると、彼らは一人残らずその場から消え、神殿にはアデルたち三人だけが残された。
すると、一気に大勢に向けて力を使ったせいで、アマノはアデルたちと初めて会った時のような少年の姿になってしまった。
その小さな背中を見つめていると、徐にアマノがアデルたちの方を振り向き、何か言いたげな眼差しで見上げてくる。
「……アマノ?」
「お、おいお前……」
「え、なに?俺?」
「お前以外誰がいると言うんだっ」
「だって俺お前じゃないもの。名前知らない訳じゃないでしょ?」
顔を赤くしながら勇気を振り絞ってリオを呼んだアマノだが、リオの尤もな返しでぐっと歯噛みしてしまう。
正直苦手なリオに話しかけるだけでもアマノにとっては難題だったのだが、遠回しに「ちゃんと名前で呼べ」と言われ、彼の拳を握り締める力が増々強くなっていく。
「り、リオ……」
「なによ?」
「そ、その……さ、さっきアマノを守ったこと……ほ、褒めてやってもいいぞ!」
「「…………」」
耳まで真っ赤にしながら踏ん反り返ったアマノを目の当たりにし、アデルたちは思わず目を点にしてしまう。
アマノなりに何とかリオに礼を言おうとしているのは伝わってきたが、不器用すぎるその様に当惑してしまったのだ。
そして同時に、あのアマノが。あのリオに感謝しているという事実が、彼らには何よりも信じられなかった。
「え。今のまさかデレ?分っかりにく……」
「な、何を言っているんだお前」
「……助けられて感謝するのは当然でしょ?なにドヤ顔決め込んでるのよ」
「なっ……お、お前……アマノの礼を受け取れぬと言うのかっ!?」
「その感謝してやってる感が癪に障るって言ってるの」
「っっっ……もう知らん!お前なんかに礼を言おうとしたアマノが馬鹿だった!」
アマノの成長が窺えたかと思われたが、リオにも意地があるのかやはり喧嘩が再燃してしまった。アデルに対する暴言が許せないというのは確かにあるのだが、簡単にアマノ許してしまっては彼自身の為にもならないのでは無いかと考え、リオはわざと嫌われ役に徹することにしたのだ。
だが発展途上のアマノにそんなリオの思いなど分かるはずも無く、彼は烈火の如く怒ってそっぽを向いてしまう。
すると傍観していたアデルから、彼らにとって驚天動地の言葉が投下される。
「……喧嘩するほど仲が良いというやつであるな」
「「…………は?」」
「?違うのであるか?」
微笑ましいものを見る様な目で二人に満面の笑みを向けたアデルに思わず、いがみ合っている二人の声が示し合わせた様に重なってしまった。
アデルがリオの思いを見透かした上でそう称したのかは、そのキョトンとした相好から判断することは出来ないが、アデルのおかげで張りつめた空気に緩みが生じたのも事実だ。
「「誰がこんな奴と……」」
「……ハハッ!やはり仲良しであるな」
「「……」」
またしても二人の声が息ぴったりで重なり、アデルは堪え切れなくなったように屈託のない笑みを浮かべた。そんなアデルの幸せそうな顔を見てしまえば、今更口論するなど心底馬鹿馬鹿しく、リオたちは気まずそうに視線を交錯させる。
「お、おいアデル……」
「……どうしたのだ?」
初めてアマノに名前で呼ばれた時、アデルはかつての記憶が過ぎったせいで一瞬だけ反応を遅らせてしまった。アデルのことを今まで〝アデル〟と呼び捨てにしたのはエルただ一人だったので、思いがけずにエルの声がフラッシュバックしてきたのだ。
「そ、その……」
「うん?」
「っ……悪かった」
「……」
「な、何も知らず……酷いことを言って…………穢れているのは、アマノの方だった……」
俯きながら拳をぎゅっと震わせたアマノは、悔し気に瞳を滲ませている。記憶に新しい自身の愚かさが許せず、アマノは情けなくなってしまったのだ。
「まったく……どうしてお前たちはそう穢れているか穢れていないかで判断するのだ。正直我としてはどうでも良いのだが……」
「え」
「そもそもアマノは穢れてなどおらぬし、穢れていたとしても……どうということは無いのだ」
思いがけないアデルの言葉に、アマノは虚を突かれて目を丸くした。
生まれた時から清い存在であることを求められてきたアマノにとって。穢れというものを徹底的に避けてきたアマノにとって。アデルのどうでも良いという感覚はとても衝撃的で、何より新鮮であった。
アデルも幼い頃は多少気にしていたし、だからこそエルに〝穢れてなどいない〟と断言された時は、言い表せない程救われたと感じた。だがそのおかげで段々と、アデルにとっては最早その価値観すらも気にならなくなっていたのだ。
「あ……」
「?」
「……ありがと」
ボソッと呟いたアマノの声は掻き消えそうな程小さかったが、アデルの耳にはキチンとその温かい言葉が届いていた。
アデルはアマノがここまで変わったことに驚き、一瞬だけ呆けてしまうが、すぐに純粋な嬉しさを込み上げさせる。
「あぁ」
目を細めてアマノの感謝を受け取ると、アデルは優しく破顔一笑する。
そんな彼をジッと見つめるリオはやはり何か言いたげで。だがアデルが自らそれに気づくことは無かった。
********
アデルたちが互いの距離を縮めている頃。アマノによって国民の集まっている街へと移動させられた神官たちは、その異変に思わず首を傾げた。
突然街に転移した事実にも目を回しているというのに、何故か民たちが不倶戴天の仇を見る様な眼光で睨んでいる状況に、神官たちは当惑しているのだ。
そして何より。上空で佇んでいるメイリーンの存在が、神官たちにとって最大の謎でもあった。
「よくも神子様たちを今まで……」
「絶対に許せないわ」
「さっさと神様から天罰を受けろ!」
「な、何が起きているのじゃ……」
今まで好意的に接してきていた国民たちが突然その敵意を露わにしたことで、神官たちは思わず目を泳がせた。
「あなた方は許されない罪を犯しました。相応の罰は受けてもらいます」
「な、何者じゃ貴様!」
「なっ!神様になんて口の利き方を……!」
「か、神様っ……じゃと?」
民の一人にメイリーンに対する言動を咎められたことで、神殿長は言葉を失う。
神を信仰する神殿長にとって、焦がれて焦がれて焦がれてきた神が、本当に今空から自分を見下ろしている少女なのかという問題は、何よりも最優先に解かなければならないことだった。
だが、彼らがその是非を確かめることは今後一切できなくなってしまう。
「フェイント!」
「「がっ……」」
メイリーンが神官たちにその手を向けて詠唱すると、彼らの頭上から雷のようなものが放たれる。それを一身に受け、苦悶の声を漏らした神官たちは一斉に倒れ込んだ。
頭上からその雷は落ちたが、民の目には晴れているはずの空から神官たちに向けて、天罰の雷が打たれたように見えてしまう。雷に対する固定観念と、メイリーンが神であるという先入観から勘違いしてしまったようだ。
「さ、流石は神様……」
「晴れた空から雷を落とすなんて……」
「神々しい……」
メイリーンの力を目の当たりにした民たちは、口々にその偉業を讃え、仕舞いには膝をついて彼女を拝み始めた。上空のメイリーンの視界には民たちの後頭部が広がり、思わず彼女は顔を引き攣らせてしまう。
計画通りの反応ではあるのだが、彼らを騙している事実に変わりは無いので、メイリーンは気が引けてしまったのだ。
こうして、ルーク発案の計画はこの時点を持って、完全に達成されたのだった。
********
メイリーンと合流するため、神殿から退出したアデルたちは、こちらに向かって来るルークたちの存在に気づき、その足を止めた。
「コノハ?」
アデルを発見した途端、速足で駆け寄ってきたコノハの姿に思わず、アデルは不安そうに首を傾げた。
コノハの服はあちこちが破れてボロボロになっており、血が大量に滲んでいるのでアデルが心配してしまうのも当然である。
「ととっ……」
「コノハ、どうしたのだ?その血は一体…………っ!」
「「?」」
目の前までやって来たコノハの肩を掴んで尋ねたアデルだが、彼の身体が一切傷ついていないことに気づくと、途端にその顔色を一変させた。
息を呑み、何か重要なことに気づいて衝撃を受けている様な。そんな相好でコノハの肩を掴んだまま固まってしまうアデルに、全員が怪訝そうな視線を向けた。
「とと?」
「……」
コノハがコテンと首を傾げると、アデルは彼の頭をそっと寄せて、包み込むように優しく抱きとめた。
トクントクンと。心地よい音がコノハにだけ聞こえてくる。アデルの胸に耳を寄せられ、その心臓の鼓動に酔いしれるコノハは、何故だか言いようのない安心感に襲われた。
どこか懐かしいような。その優しい音色に、コノハはほんの少し泣きそうになる。
「……大丈夫であるか?」
「……うん」
「そうか。それなら良いのだ」
「……?」
抱きしめる腕の拘束を解いてやったアデルは、壊れてしまいそうな表情でそう尋ねた。そんなアデルの瞳はあまりにも優しくて、優しすぎて。そしてその瞳は揺れていた。
大丈夫というのは嘘では無かったが、もし大丈夫でなかったとしても、きっとコノハは同じ答えを返していただろう。こんなにも心配そうに尋ねてくるアデルに、大丈夫じゃないなんて言えるわけも無かったから。
コノハの返事を聞いた途端、ホロっと顔を綻ばせたアデルに、増々彼らの疑問は深まるばかりである。
――この時、アデルは気づいてしまったのだ。
コノハの中の歯車がこの日、ようやく回り始めたということに。
次は明後日投稿予定です。
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