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レディバグの改変<L>  作者: 乱 江梨
第二章 仲間探求編
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58、アマノの怒り1

「……これは…………」



 ケイトが立ち去ったすぐ後。神殿から急いで駆け付けたルークは、目の前に広がる光景に茫然自失としてしまった。


 アデルの建てた家があったはずのその場所は、ルークの知らぬ間に荒地と化していて、彼は思わず目を見開いたまま固まってしまっている。


 ナツメとコノハの身を案じて向かってみれば、彼らが身を潜めているはずの家が無いのだから、ルークの衝撃は一入である。


 だがすぐに正気を取り戻したルークはナツメたちの所在を確かめる為、焦ったように辺りを見回し始めた。



「っ!お嬢様!」



 木の側で意識を失っているナツメと、その横で尻餅をついたまま呆けているコノハを見つけると、ルークは急いで駆け寄る。



「お嬢様!起きてくださいお嬢様!」

「っ……ん?……あれ……私……」

「っ……はぁ……ご無事ですか、お嬢様」

「え、えぇ……」



 ルークの強い呼びかけでゆっくりと目を覚ましたナツメは状況を呑みこめていないのか、当惑した様に目を白黒とさせている。


 神殿の様子を窺っている時に爆破に巻き込まれたので、ナツメは目元に包帯をしておらず、それに気づいたルークはすぐさま彼女に新しい包帯を手渡してやる。



「……っ!コノハ様、どうなされたのですかっ?その服は一体……」

「……あ。……ととがくれたの……やぶれちゃった……」



 ナツメの無事を確認し、ホッとしたのも束の間。ルークはふと視線を向けたコノハの服が所々破れていることに気づき、一瞬にして顔を真っ青にした。


 殴られ、心臓を貫かれた際の血痕がコノハの服にはべったりと付いていたので、とても殺伐としている。


 何事かとルークが心配する中、当のコノハはアデルが作ってくれた服が使い物にならなくなったことの方が余程ショックらしく、珍しく気落ちしていた。



「ボロボロではないですか……血もこんなに……何があったのですか?」

「えっと……うんと、ね……よく、わかんないけど……だいじょうぶ、だった」

「そう、ですか……?」



 今のコノハに理路整然と出来事を説明する術は無かったが、彼なりに何とか心配する必要が無いことだけは伝えられた。


 確かに服が物騒なことになっているだけで、コノハ自身は傷一つも負っていないので、大丈夫と言う彼の言葉に嘘は無いのだろうとルークは思ったが、ただならぬ出来事が起きたのは確かなので曖昧な返事になってしまう。



「ルーク……」

「はい、何でしょう?」

「ととに……あいたい」



 真っ直ぐなその瞳を向けられたルークは、思わず虚を突かれてしまった。思えばコノハが自分の意思をはっきりと伝えたのはこれが初めてではないかと気づき、それがルークには衝撃的だったのだ。


 だが喜ばしいことに変わりはなく、ルークはすぐに破顔一笑する。



「……では、一緒にアデル様の元へ向かいましょうか」

「っ!うん」



 ルークが優しく問いかけると、コノハはぱぁっと嬉々とした明るい相好を露わにする。その微笑ましさに思わずナツメとルークは眉を下げると、コノハを連れてアデルたちの元へ向かうのだった。


 ********


「っ……」



 一方その頃。たった一人で心細い中、気丈に歌を歌っていたメイリーンは何とかその一曲を歌いきり、安堵のため息を漏らしていた。


 ふと、地上にいるトモル王国の民たちを見下ろすと、感激のあまり涙を流している者までいて、メイリーンは困ったように笑みを浮かべる。



「クリアウェザー」



 空に手を掲げ、落ち着いた声音でメイリーンが詠唱すると徐々にその雨空に変化が現れ始める。


 止めどなく降っていた雨が段々と弱まって小雨になり、その小雨も全て止んだかと思うと、重く暗い雲の大群が一瞬にして消え去り、隠れていた夕陽がその顔を覗かせたのだ。



「雨が止んだ……」

「すごい……」

「やっぱり本当の神様なのよ!」



 メイリーンが詠唱した途端、普通ではあり得ない速度で天気が一変したことで、民たちは彼女が神であると本気で信じ始めた。


 事実、メイリーンは神の力を行使しているので全くの的外れでは無いのだが。



「トモル王国の皆様。初めまして」

「「っ!?」」



 拡声器越しにメイリーンが話しかけると、民たちは計ったように息を呑んだ。民からしてみれば、夢にまで見た神という存在が自分たちに話しかけているのだから、その反応も仕方の無いものである。



「私は皆様がご想像している通りの存在です。今日は皆様に、この国の神官たちが犯した罪について、伝えなければならないことがあり、やってまいりました」

「神官たちの罪……?」

「何のこと……?」



 メイリーンの告白は彼らにとって寝耳に水で、静かだった街に段々と喧騒が広がっていく。一人一人が怪訝そうな顔を見合わせて、その困惑を共有しているようだった。



「神官たちは長年、このトモル王国に存在する神子を神の生け贄にするべく……殺していたのです」

「「っ!?」」



 メイリーンから告げられた衝撃的な真実に、全ての民が言葉を失って硬直してしまう。


 神子は民たちにとって、神と同等と言っても過言ではない程尊い存在だ。皆神子を崇めていて、神子は民の心の拠り所である。そして時にはその力で救ってくれることもある神子を、民たちは心の底から慕っていた。


 だからこそ短命である神子の運命を嘆いていたのだが、それが人為的に引き起こされていたという理不尽すぎる真実を、彼らはすぐに受け止めることができない。



「その上、神々はそのようなことは望んでおりません。全ては神官たちの自己満足によって行われていたのです。この人身御供のせいで、今まで多くの幼気な子供たちの命が、理不尽に奪われてきました。最早看過できるものではありません。私は神官たちの暴走を止めるべく、こうして下界へと降りてきました。善良なるトモル王国の皆様。あなた方が亡くなってしまった神子たちを哀れに思うのであればどうか、神官たちに罰を下すお手伝いをして欲しいのです」

「「…………」」



 悲痛な面持ちでメイリーンが訴えかけると、民たちはポカンと呆けた様に口を半開きにしたまま、中々第一声を発することが出来ずにいた。


 突然の神の登場。そして思いもよらない衝撃的な真実を唐突に知らされ、頭がパンクしてしまい上手く反応出来ずにいるのだ。


 それでも民たちの意思など、はっきりと一つしか無かった。それをメイリーンに伝えるため、民たちはキリっと鋭い顔つきになる。



「もちろんです神様!神子様を殺してきた神官共に相応しい天罰を下しましょう!」

「私たちで良ければ何でもお力になります!」

「あの神官共……神子様になんてことを!許せないな……」

「…………」



 期待していた返答がこうもあっさりと返ってくるとは思わず、メイリーンは頻りに瞬きして呆けてしまう。


 メイリーンが嘘をついているとは思わないのだろうか、とか。神官たちの言い分を聞こうとは思わないのだろうか、とか。疑問はいくつかあったが、彼らの反応が全ての答えだった。


 それだけトモル王国の民にとって神という存在は絶対的で。求めて、求めて、求めて、求め続けてきたから、それらしきメイリーンを目にしただけで神だと信じてしまった。今まで神官たちとも何度か接してきただろうに、神というフィルターを通してしまえば、初対面のメイリーンの言葉の方を信じてしまう盲目さは、正常に考えれば恐ろしいものである。


 これが神官たちが長年の積み重ねで作ってきたトモル王国なのかと思うと、メイリーンは底から湧いてくるような鳥肌を禁じ得ない。


 そして歴代の神子を殺してきた神官を責める民たちの、その憎しみの感情でさえも、元を辿れば神官によって作られたものだということに、当の本人たちは気づけていないのだ。


 その事実に、メイリーンは顔を引き攣らせてしまいそうになるが、自身の気持ちをぐっと堪えて柔らかい笑みを浮かべる。



「皆様。私に賛同してくださり、ありがとうございます」



 こうして、今回の計画のほとんどが遂行されたのだった。


 ********


 メイリーンが民たちに真実を語っている頃。神殿ではアデルたちの激しい戦闘が繰り広げられていた。晴れたことで暗闇に包まれていた神殿は明るくなったが、神官たちにあの雨が止んだ理由を探る余裕などない。



「っ……」



 涼しい顔をしているアデルたちに対し、神官たちは息を切らしながら何とか踏ん張っている状況に、神殿長は思わず歯噛みする。



「お前のような卑しい存在にこれを使うのは憚れるのじゃが、仕方ないのじゃ……」

「「?」」



 意味深に呟いた神殿長の言葉に、アデルたちは怪訝そうに首を傾げた。すると神殿長は懐から大きな結晶のようなものを取り出して、それを高く掲げる。



「偉大なる神に仕える儂らに歯向かったこと、あの世で後悔するといいのじゃ!」



 不気味な笑みを浮かべてそう叫ぶと、神殿長の手元の結晶が光を放ち始めた。その光はどんどん神殿を侵食していき、最大限まで発光すると一気にその牙を剥く。


 目にも止まらぬ速さで()()がアデルたちの元へと一直線に向かうと、アデルは咄嗟にリオの身体を突き飛ばして、たった一人でそれを待ち構えた。



「っ……!?」

「アデルん!」



 正体不明のそれを受け止めたアデルは、それがギュッと凝縮されたジルの集合体であることに気づいた。だがそれは単なる集合体ではなく、刃よりも鋭い攻撃性を伴っているものであった。


 そのジルの集合体がアデルに襲い掛かり、リオは思わず顔を真っ青にして叫んだ。


 アデルは何とかそれを自分の体内に取り込もうと右手を突き出すが、勢いが強すぎて思わず苦悶の表情を浮かべる。



「っ、おぉ……これは酷いであるな」



 結晶による光が止み、視界がクリアになったかと思うと、アデルは右腕の変貌っぷりに目を丸くした。


 鋭い牙のようなジルの集合体を受け止めたその腕は、肘から下が完全に欠損していたのだ。上腕も骨がむき出しになっていたり、肉がボロボロに崩れていたりで、酸鼻としか言いようのない状態になっている。


 だが神官たちにとって何より衝撃的だったのは、そんな重傷を負っているというのに、何故か喚き散らさないアデルの落ち着いた様子であった。



「っ!?アデルん!う、腕が……は、早く治癒しないと……!」

「平気である、リオ。我はこの程度では死なぬ」

「でも……!」



 見るのも憚れる程のアデルの傷に、リオは酷く動揺しその声を震わせた。そんなリオを落ち着かせるため、アデルは無事な左手をポンと彼の頭に乗せると、ゆっくりと目を細める。



「大丈夫である」



 未だ不安は拭いきれていないというのに、言いようのない説得力のある声を聞いたリオは、何故だかコクンと頷いてしまった。


 そんなリオの反応を是として受け入れると、アデルは慣れたように右腕に意識を集中させる。あの攻撃で吸収したジルもあったので、アデルは欠損した右腕をいつも以上に速く修復させていった。


 見る見る内に骨と筋肉が構築されていく様は、流石のリオでも初めて見る光景で、思わず視線を釘付けにしてしまう。



「……よし」

「「…………」」



 右腕が完全に元通りの状態に再生されると、アデルは手を頻りに動かして正常かどうかを確かめた。一方、リオを含めた全員は戦闘そっちのけで硬直してしまっている。



「な?大丈夫であっただろう?」

「う、うん……」



 アデルは治った右腕をひらひらと振ってリオに見せると、彼を安心させるように問いかけた。


 悪魔の愛し子の治癒力を初めて目の当たりにしたリオは、その常人離れした力に感嘆するばかりである。


 だが神官たちは、悪魔の愛し子を象徴する様なその力を前に、怯えと嫌悪感入り混じった眼差しでアデルを捉えていた。



「ば、化け物っ……」

「……」

「ちょ…………アデルん?」



 神殿長が青ざめながらアデルを罵ったことが我慢ならず、リオは思わず反論しようとするが、当のアデルに制止されたので当惑気味に首を傾げてしまう。



「そのようなこと、我が一番よく知っているのだ」

「っ……」



 自嘲じみた笑みを浮かべると、アデルは穏やかな口調でそう言い放った。刹那、リオは言いようのない焦燥感に襲われ、どこか不満気な表情を浮かべる。


 リオがそのどうしようもない思いをアデルに告げようとした時。曲がり角の向こうに潜んでいたアマノが不意にその姿を現した。



「「!」」

「アマノ……」



 アマノがすぐ近くにいることに気づかなかった神官たちは、驚きでその目を見開いた。悪魔の愛し子の化け物じみた力にアマノが怯えているのではないかとアデルは危惧したが、それは杞憂に終わる。


 何故ならアマノは怯えるどころか、憎き神官たちを精悍な眼差しで睨みつけていたのだから。



「化け物は貴様らだろうが。クソ神官共」



 低く唸るようなその罵声は今までの我が儘小僧のものではなく、年相応以上の迫力があり、彼らは思わず息を呑んだ。


 そして何より。その心の底からの怒りが嘘偽り無いものであるからこそ、アデルにとってその衝撃は一入だった。


 何故ならアマノはその時、生まれて初めて自分ではない誰か(アデル)のために怒ったのだから。



 次は明後日投稿予定です。


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