57、歯車が回る時
リオと同じぐらいの背丈に、深緑色の髪をマッシュルームカットにしている。ぱっつん前髪の下には感情の読みにくい糸目が配置されており、どこか飄々としている。
ほんの少しふっくらとした輪郭から子供っぽい印象を覚えるが、彼は既に一七歳である。
彼――ケイト・トゥークは神官に変装し、その俊足で狙撃手の元へと向かっていた。
そしてその手には、放るだけで人など簡単に殺せてしまう程の威力を持つ爆弾が握られている。
その爆弾はかつての始受会第一支部主教――ギルドニスが作り、そのまま教団に置き忘れていった代物だ。破門になったギルドニスの力を借りるのは癪だったが、彼の爆弾の便利さはよく理解していたので、ケイトはそれを有効活用することにしたのだ。
早く事を済ませたかったケイトは何の躊躇いも無くその爆弾をナツメたちのいる家に放り込み、その衝撃に備えて結界を張った。因みにこの森一帯にはケイトが事前に張っていた結界があり、そのおかげで爆破による爆音が外に漏れることは無い。
だがそんなことは、内側にいるケイトたちには関係の無いことだ。耳を塞いでもやはりその爆音は強烈で、ケイトは思わず顔を顰める。
「始受会を破門になり、あまつさえ僕に第一支部主教の座を押し付けてきたあの人の置き土産に頼るのは癪だけど、やっぱりなかなか便利なんだよなぁ、爆弾。流石はイリデニックス国と華位道国のハーフなだけはある」
アデルの作り上げた強固な家と、彼がナツメたちに張った結界を一瞬にして壊す程の威力に、ケイトは思わず感嘆の声を漏らした。
ギルドニス・礼音=シュカ。名前からも分かるように、ギルドニスはイリデニックス国と華位道国のハーフである。そして生まれたのはイリデニックス国なので、彼もまた機器作りが得意なのだ。
ギルドニスが良く戦闘の際に拳銃を使用するのも、イリデニックス国で育ったことが大きく関係している。
自分の作った爆弾のせいでアデルの仲間が害されたと知れば、ギルドニスは自害する勢いで自分を責めるだろうが、ケイトにとって裏切り者の自責の念などどうでもいい話である。
「うーんと、ぶっ飛ばしたはいいけど肝心のターゲットはどこだろ?うへぇ……煙すごっ……」
爆破による火災を鎮火するため、ケイトは炎のジルを水に変換して事なきを得た。
一方、キョロキョロと見回しながら誰かを探しているケイトを、コノハは当惑しながらじっと観察していた。
一体何者なのか。何故襲撃してきたのか。誰を探しているのか。その答えに辿り着ける程の知能を未だコノハは持っていなかった。
ふと、意識を失って倒れているナツメに気づいたコノハは、そのショックで一瞬だけ呼吸を止める。
「っ……ナ、ツメ……」
ふらつく足に鞭を打って立ち上がり、何とかナツメの元へ歩み寄ろうとしたその時。
「お、はっけーん!」
「ぐほっ……」
ケイトに見つかったコノハは、何の前置きも無く勢いよく蹴り飛ばされてしまった。腹に強い衝撃を受け、呻き声を上げたコノハは後方の木にぶつかると、そのままうつ伏せに倒れこんでしまう。
朦朧とする意識のまま、何とか力を振り絞って顔を上げると、にこやかなケイトの顔が至近距離まで迫っていた。
「初めまして、記憶喪失さん。良心は痛むけどちょっと我慢してね?」
「?……がっ……」
ケイトの物言いに首を傾げた途端、コノハは顔を蹴り上げられ苦悶の声を漏らした。
その一撃だけで顔の片方が腫れ上がるほどの威力があり、コノハは目を回すばかりで逃げることが出来ない。
だがケイトがコノハを待ってくれる訳も無かった。ケイトはコノハの首根っこを掴むと、彼の身体を軽々と空中へ放り投げる。
そしてすぐさまジルで巨大な拳のようなものを二つ作ると、その謎の拳で宙に舞ったコノハを殴り始めた。
「ほいほいほいほい……よいしょっと!」
謎の掛け声と共にコノハの身体を殴り飛ばし、そして殴られた先には再び巨大な拳が出現してコノハを殴る。その繰り返しだった。
休む暇もなく空中で殴られ続け、最早コノハは呻き声を出す余裕すら無くなっていった。
一分程それを続けると、コノハを殴り続けた巨大な拳は漸くその姿を消し、彼は呆気なく地面に叩きつけられる。
「ゴホッ……」
「うーん。やっぱ思い過ごしなのかなぁ……もうボロボロじゃん」
苦し気に吐血したコノハの姿を、ケイトは首を傾げながら覗き込んだ。
コノハは身体中から血を流しており、顔は腫れ上がって原形を留めていなかった。骨は何本か折れていたし、歯も数本は抜けて地面に転がっている。見るのも辛い程痛めつけられたコノハはそれでも、意識を失ってはいなかった。
「だ、れ……」
「僕?僕は悪魔教団始受会第一支部主教――ケイト・トゥークだ。本当なら主教なんて面倒臭い地位にはつかずに、可愛がられる後輩キャラに徹していたいんだけど……全く困ったものだよ、ギルドニス先輩には。意味不明なこと言ってあっさり破門になるんだから……ってこんなこと言っても分からないか」
「ぐあっ……!」
何とか掠れた声を振り絞って尋ねたコノハだが、淡々と答えるケイトに頭を踏みつぶされてしまい、その顔を思い切り顰めた。
「うーん……これじゃあ僕が弱い者いじめしてるみたいじゃないか。ちょっとは反撃して欲しいものだけど。それにあんまり愛し子様のお仲間に酷いことはしたくないんだよなぁ……君に僕の複雑な心境理解できる?出来ないよねぇ……はぁ……」
コノハを見下ろすケイトは落ち込むようにため息をついたが、その言葉に重さはあまり感じられない。始受会の一員であるケイトがアデルを敬っているのは確かなので、まるっきり嘘というわけでは無いが、何故だか彼の言葉は羽のように軽く感じられたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「少し違うアプローチが必要なのかな?……ねぇ記憶喪失さん。コッチをよーく見て」
「?……っ!?」
そうケイトに促され、彼が歩み寄った方向に視線を向けたコノハは、その衝撃に目を見開いた。
ケイトが向かったのは意識を失っているナツメの元で、彼は彼女の髪を乱雑に掴んで身体を無理矢理引っ張り上げている。いくらコノハを痛めつけても欲しい反応が返ってこないせいで痺れを切らしたケイトは、ナツメを利用することにしたのだ。
そしてもう片方の手で剣を抜くと、ナツメの頬にその刃を触れされた。スッと、ナツメの頬に一筋の傷がつき、真っ赤な鮮血がぷくりと浮かぶ。
「や、めろ……」
乾いてしまう程目を見開き、コノハは震える声でケイトに訴えかけた。痛む身体に鞭を打って何とか立ち上がるが、一刻も早く向かいたいナツメの元へは足がなかなか進んでくれない。
「やめて欲しければ本気になりなよ。記憶喪失さんが僕に立ち向かわないと、この子死んじゃう……よっ!」
「っ!」
ケイトが勢いよく剣を振り上げた瞬間、コノハの目に映る光景がスローモーションのように流れていった。振り上げられた剣は段々とナツメの首へと向かっており、ケイトが彼女を本気で殺そうとしていることがコノハには伝わってきた。
居ても立っても居られず、コノハはその場から駆け出すと、身体中に走る痛みも忘れて全速力で走る。そして剣先がナツメに迫る直前、彼女を庇う様にケイトとの間に割って入ると、襲い掛かる痛みに備えるようにぎゅっと瞳を閉じた。
「がっ……」
「……」
ブシャッ。
ケイトの剣は一瞬にしてコノハの背中から心臓を貫き、彼はその激痛に掠れた息を漏らした。心臓に穴を空けられるという強烈な刺激に、コノハは迫りくる死をはっきりと感じ取る。
ナツメが死んでしまう。守らなければ。でも身体が痛い。痛くても動け。足を動かせ。仲間を守れ。例え、その命を犠牲にしてでも。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――死ぬ?
様々な情報、感覚、意思がコノハの脳を駆け巡り、死という鮮烈な恐怖が彼の目の前に、ポツンと。姿を現した。
――そしてその対峙によって、コノハの中の何かが信号を発した。
『……第一段階、解放』
「は?」
どこからどう聞いてもコノハの声だというのに、その言葉はまったくの別人によって発せられた様に感じられ、ケイトは思わず呆けた様な声を漏らした。
だがケイトが首を傾げている間にも、コノハは既に行動を起こしていた。自身の心臓を貫く忌々しい剣を、コノハは後ろ手で力強く握り締めると、掌に傷がつくのもお構いなしに、その剣をグイっと一気に引き抜く。
「っ…………やーっとお出ましかな?」
「……」
傷口から出て行ったのは剣だけではなく、大量の血も一緒に吹き出たのだが、コノハはうんともすんとも言わない。激しい痛みを伴っているというのに、苦悶の声を一切漏らさないコノハに、ケイトは思わず引き攣った笑みを向ける。
コノハがふらりと立ち上がると、段々と彼の身体に変化が現れ始めた。殴られ続けたことでついた傷や痣が薄くなったかと思うと、ケイトが瞬きする間に全て消えて無くなっていたのだ。
背を向けたまま立ち上がったコノハが徐に振り向くと、ケイトは驚きと歓喜で目を見開いた。パンパンに腫れ上がっていたコノハの顔が、スッキリと元の状態に戻っていたのだ。
「ははっ……」
ジュクジュクと。聞き慣れない音の発生源へと視線を移すと、ケイトは驚きのあまり乾いた笑い声を上げてしまった。
何故ならその不気味な音はコノハの心臓から鳴っていて、それは貫かれた臓器が猛スピードで修復されていく音だったからだ。
今までの苦しみも、痛みも、過程も全て無かったことにしてしまうその回復力は、最早この世のものとは思えない程の強烈なインパクトを放っていた。
見下ろしていた弱々しいコノハが一瞬にして常識の通用しない存在になり、逆に自身を見下ろしている事実にケイトは思わず鳥肌を立たせる。
その煌めく金色の瞳にいつものボンヤリとした淡さは無く、コノハはキリッと目の前の敵を睨み据えている。
『第二段階……』
「あぁ、もういい」
コノハが攻めに入ろうとした途端、ケイトは降参した様に両手を挙げた。投げやりなその声音を耳にし、思わずコノハの動きがピタッと止まる。
「僕はこれにて失礼いたします。どうかお元気で。記憶喪失様」
「……?」
頭を下げ、晴れやかな笑みを浮かべたケイトの態度にコノハは思わずキョトンと首を傾げる。するとコノハが当惑している内に、ケイトは目にも止まらぬ速さで跳躍して、森の木々の中へと姿を消してしまった。
あまりにもな怒涛の出来事に放心状態になったコノハは、思わずバタンとその場に尻餅をついてしまう。そして呆けたままナツメの方を向き、その安否を確認すると、
「はぁ……」
心の底から安堵のため息をついた。
そしてコノハは自身の両手を眼下に広げると、握って開いてを繰り返して身体の状態を確かめた。そのままその両手で顔と身体全体を触ると、傷一つついていない現実を突きつけられて増々当惑してしまう。
「…………とと……」
何となく、コノハは無性にアデルに会いたくなって、無意識の内に彼を呼んでしまう。とても届くとは思えない小さな声で。
すぐ傍にいるナツメは気を失っているので、コノハはこの無駄に広い森の中で一人ぼっちのように感じ、アデルたちと出会う前の空虚な日々を思い出していたのだ。
一度その温もりを知ってしまえば、もうあの頃に戻れるわけも無かった。ほんの少しの寒さにも震え、ほんの少しの不安にも心細くなってしまう。
だからどうしても、このどうすればいいのか分からない不安をぶつけて、あの温かさで包んでほしいと思ってしまう。
そんな子供の我が儘のような欲求を、コノハは一人持て余すのだった。
********
木から木へと移動し続け、目的地へと着地したケイトは、待ち人に流れるような視線を向ける。
「どうだったの?」
自身の目の前に突然着地してきたケイトに驚くことなく尋ねた待ち人は、悪魔教団始受会第三支部主教――ニーナだった。
「大当たり」
「……そう」
ニヤリと破顔し、はっきりと断言したケイトに対し、ニーナは落ち着きながらも含みのある返事を返した。
「ていうか、その格好なに?」
神官の服に身を纏ったケイトを上から下までジロジロと見つめたニーナは、怪訝そうに尋ねた。悪魔を崇める始受会の人間が、正反対に位置する神を崇める神官の格好をしているというのは、異質の一言で済ませられるものではない。
「誰かに見られていた場合の保険だよ。どっからどう見ても神官だろ?」
「……アンタ楽しんでない?」
「小芝居って面白いよね」
「……もういい。帰るわよ」
「はぁい」
任務を完全に楽しんでいるケイトに、ニーナは漏れ出るため息を禁じ得なかった。どうして第一支部の主教になる奴はこんな変人ばかりなのだと、ニーナは考えても仕方の無いことを疑問に思ってしまう。
こうして始受会の主教二人は、誰に気づかれることも無くトモル王国を後にするのだった。
分かる人には分かってしまったでしょうか?〝何を〟とはまだ言えない……。
次は明後日投稿予定です。
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