51、その命をあなただけの為に1
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「る……ルークっ!!」
胸に突き刺さるようなナツメの慟哭が合図だった。
目を見開いたリオは一瞬にしてその場から駆け出し、アデルたちの側から姿を消した。そしてアデルは自身たちを取り囲む大きな結界を張ると、すぐさまルークの元へ駆け寄る。
アデルの結界のおかげで難を逃れてはいるが、ナツメの狙撃をまだ諦めていないらしい敵の弾丸が、次々と結界にぶつかっていた。
その心臓に悪い音が響く中、ナツメはルークの名前を呼び続ける。
「ルーク!ルーク!」
「ナツメ。我が治癒するのだ」
「あ……いや……ルーク……」
ルークの身体を起こすと、アデルは治癒術を行使し始めた。ルークの身体が離れ、彼の苦悶の表情をはっきりと見たナツメは、動揺のあまり真っ青な顔でルークに手を伸ばそうとしている。
だが、そんなナツメの震える腕を優しく掴む存在がいた。
「……コノハ、さん?」
ナツメの腕を掴んだのはコノハで、メイリーンは彼が自分の意思で行動したことに驚きを隠せず目を見開いた。
コノハは相変わらずの無表情だったが、その瞳はとても温かい。そしてゆっくりと手を伸ばすと、コノハはナツメの頭を優しく撫でた。彼女の不安を和らげるように。いつものアデルを真似るように。
「ナツメ……ルーク、大丈夫。とと、が……とと、だから……」
「っ……はい……」
「アデルがついているから大丈夫だ」と、コノハなりに伝えようとしていることが犇々と伝わってきた。ナツメは緊張が解けた様に涙を包帯に滲ませると、消え入りそうな声で呟いた。
一方、そんな二人を視界の端で捉えていたアデルは、ルークの治療に神経を注いでいた。
結界を挟んでいたからか、ルークを襲った弾丸は貫通せずに彼の肩に残っているようで、まずそれを取り除かなければ治療に取り掛かることが出来なかった。逆に言えば、貫通しなかったおかげでナツメに被害は出なかったのだが。
アデルは弾丸のジルを辿り、そのジルを操ることで何とかルークの肩から弾丸を取り除く。
血に染まった弾丸が地面に転がり、その生々しさにメイリーンたちは思わず顔を真っ青にした。
「うっ……」
「すまぬルーク。もう少し辛抱してくれ」
弾丸が出て行く痛みで顔を顰めたルークを気遣いつつ、アデルは本格的な治癒を開始する。
すると見る見るうちに肩の傷が塞がっていき、最終的に残ったのは、穴が開き血で汚れたシャツだけだった。
「っ……はぁ」
肩の痛みが消えたのは良いのだが、今度は身体を強張らせていたせいでどっと疲れが襲ってきてしまい、ルークは身体を起こしながらため息をついた。
「ルークっ……大丈夫ですか?」
「えぇ。お嬢様にお怪我はありませんか?」
「っ、はい……」
こんな時でもナツメの心配ばかりするルークに、彼女は思わず声を詰まらせた。
彼女の無事を確認し、ルークがホッとした様に顔を綻ばせると、ナツメは堪らず彼に抱きついた。
「っ……お嬢様?」
「ひっく……うぅ……」
ルークの身体を掴むナツメの手は震えていて、大粒の涙のせいで彼女の包帯はぐっしょりと濡れていた。
そんなナツメを見下ろすルークは困ったように笑っている。片手で彼女の震える手を握り、もう片方の手を彼女の頭にポンと乗せたルークは、そっとその口を彼女の耳に寄せる。
「……ご心配をおかけしました、お嬢様。ルークはこの通り無事ですよ。良い子ですから、どうか泣き止んでください」
そよ風のように優しく囁くと、ナツメはゆっくりと顔を上げてコクンと頷いた。
「アデル様、ありがとうございました」
「いや。そもそも我が狙撃に気づけていれば防げた事態である。寧ろすまなかったのだ」
治癒してくれたアデルにルークは頭を下げたが、彼はどこか浮かない表情だ。あの時、ナツメを狙う狙撃に気づいたのはルークただ一人で、アデルさえも発砲されるまで気づけなかったことを気にしているようだ。
「そのようなこと、どうか仰らないでください。自身に向けられてもいない殺意を察知できないのは当然です。私が気づけたのは、お嬢様に対する殺意に慣れていて、皆様より過敏になっていただけですから」
今回の狙撃は確実にナツメの命を狙ったものだ。その上、狙撃手はそれなりに離れた場所にいると考えられ、そこから放たれる殺気を察知するのは至難の業である。
だからこそアデルもリオも気づけなかったのだが、何度も同じような事態に遭っているルークは誰よりも気を張っていたのだ。
「それにしても、リオ様はどちらに?」
「ルークが撃たれた途端、弾丸が飛んできた方向へ駆け出して行ったのだ。まぁ心配することは無い。リオならば何の問題も無く捕らえてくるであろう」
ふと、この場にいないリオを探す様に首を動かしたルークに、アデルは説明してやった。
結界にはじかれ続けていた弾丸がピタリと止んだのを見ると、既にリオが対処したのだろうと考えられる。
「だが、念の為様子を見てくるのだ。皆はここで待っていてくれ」
いくらリオが強くとも、彼より強い敵が潜んでいる可能性を否定することなどできない。心配になったアデルはそう言って、リオを探しに行くのだった。
********
ルークが傷ついた瞬間、リオは視界が真っ赤に染まるような感覚に陥り、無我夢中でその場から駆け出していた。
弾丸が飛んできた方向。そして僅かに感じられる硝煙の匂いを頼りにリオは狙撃手への元へと向かった。
「っ!」
一キロほど走ってそれらしい狙撃手を見つけたリオは力強く抜刀すると、相手が気づく前に素早い剣撃をお見舞いした。
身体中に浅い傷を数え切れない程つけられ、プシャっと血を噴き出した狙撃手はそのまま呆気なく倒れこむ。
日本刀についた血を振り払うと、リオは静かに刀を鞘に納める。そして忌々し気に狙撃手を睨みつけた。
「ルーくんを傷つけた報いよ」
冷たい声音でそう呟くと、リオは鋭い目つきで辺りを警戒し始めた。自身に向けられる多数の殺気に気づいたからだ。
「っ!」
バンっ!カンっ!
発砲音と共に抜刀したリオは、飛んできた弾丸をその刀で真っ二つに斬る。呆気なく二つに分かれた弾丸が地面に転がり、リオの目には見えていないその敵たちは当惑したのか、一瞬だけ攻撃を止めた。
だがすぐに多方面から一気に弾丸が襲い掛かり、リオは目にも止まらぬ常人離れした動きで何とかその全てを撥ね除ける。
(っ……もう一本持ってくればよかったわ)
刀一本では限界があり、リオは日本刀をもう一本持ってこなかったことを酷く後悔した。
このままでは埒が明かないと、リオは守りから攻めに方向転換することにした。
最も近くに気配を感じる敵の元に向かうと、自身に拳銃を向けている人間を見つけ、リオはその足を更に速めた。
「なっ!」
「お、良いの持ってるじゃない。それ貸ーしてっ!」
リオは敵が剣を帯刀していることに気づくと、嬉々とした表情で強烈な回し蹴りを食らわせた。
「がっ……」
首からゴキッと嫌な音が鳴り、敵の骨が折れてしまったのは明らかであった。リオは気絶した彼から剣を拝借すると、随分と楽し気に二刀流の構えをする。
「ふふん!どっからでもかかってきて良いのよ!」
リオが得意気な表情でそう言うと、残った敵が発砲しながら段々と近づいて来た。
日本刀と、敵から拝借した剣。その二つを見事に使いこなしながら、リオは一つの例外もなく全ての弾丸を無力化させていった。
すると木に隠れていた敵がぞろぞろと姿を現し、それぞれが拳銃を懐に仕舞った。恐らく、リオに発砲しても無意味だと漸く気付いたのだろう。
「何者だ?名を名乗れ」
「それ知ってどうすんのよ。大して興味もない癖に聞くのってすっごいムカつくのよね」
敵の中の一人――中年の男が顰め面で尋ねたが、リオに図星を突かれたことで増々その表情を険しくしてしまう。形式として尋ねただけで、男はリオを無力化するつもりしか無いのだ。
「……まぁいい。お前たち、やれ」
敵のほとんどが操志者だったらしく、男の指示で様々な形態の攻撃がリオに牙を向こうとする。
だが彼らがその攻撃を放つことは無かった。素早く鮮烈な足音が聞こえたかと思うと、その俊足でここまで辿り着いたアデルがリオを庇う様に、彼らの目の前に現れたからだ。
こちらを睨み据える敵を捉えると、アデルの赤い瞳が奥底から光を放つ。
『止まれ』
「「っ!?」」
アデルがその言葉を発した途端、敵たちがピタリとその動きを止め、酷く動揺したような表情を露わにした。
アデルのその声にはジルが含まれており、リオは思わず目を丸くして彼を見上げてしまう。
「アデルん?」
「リオっ……無事であるか?」
「あぁ……うん……ねぇ、今のって……」
当惑するリオを置き去りに、アデルはまず彼の安否を心配し、その肩を力強く両手で掴んだ。
「少し試してみたくてな。意外と上手くいったのだ」
「……あのガキのプライドズタボロね」
「?」
声にジルを乗せ、それを相手の脳に送るイメージで試してみたところ、アデルはアマノの術を一回で成功させてしまったようだ。
神子として、神に授けられた力と持て囃されてきたであろう彼の術をこんなにもあっさりとアデルは再現してしまったので、リオはほんの少しだけアマノを哀れに思う。
だが、このことではっきりとしてしまった。アマノの力はやはり神から授けられたものなどでは無く、彼自身の力量でしかないということが。
「悪魔の愛し子……」
『眠れ』
「「っ……」」
中年の男が忌々し気にアデルをそう称すると、彼の命令で全員が意識を失ったように倒れ込み、この場に似つかわしくない寝息を立て始めた。
一瞬にして敵全員を無力化できる力に、アデルたちは思わず目を見開いてしまう。
「便利であるな。アマノの力は」
「アデルんってやっぱ操志者としても化け物級なのね」
「?」
「だって俺、声にジルを乗せるなんて出来ないと思うわよ?」
「そうなのであるか?」
時間をかけて修行すれば可能だろうが、リオにはやり方を聞いただけであの技を成功させる自信など無かった。発想自体が画期的な術なので、そんなジルの操り方に慣れていないのだ。
アマノはこれに加え、ジルの許容量を操るという技まで同時に行っているので、彼の操志者としての能力は計り知れない。それを認める様な発言をしてしまったので、リオはほんの少し不満気な相好である。
「ま、まぁね……」
「?……それよりも、此奴らはどうしたものか」
「適当に一人連れて行って、ルーくんたちに聞いてみれば?」
「そうであるな。他の奴らは拘束しておけばよいだろう」
ナツメを狙ったことを考えると、彼らがイリデニックス国の関係者であると推測できるので、リオは妥当な案を出した。
早速アデルは、彼らをジルで作った頑丈な鎖で拘束すると、この軍団の長らしき中年の男とリオを連れて、転移術で自宅へと戻るのだった。
********
「アデル様、リオ様……ご無事ですか?」
帰ってきたアデルたちの元へ駆け寄ったメイリーンは、心配そうに彼らの身体に傷が無いか確認した。
一方、ナツメとルークはアデルの連れてきた男に釘付けになっており、彼らが顔見知りであることは明らかであった。
「あぁ。何の問題も無いのだ」
「リオ様……お手間をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「お馬鹿ね、ルーくんは」
「?」
自身が撃たれたことでリオに面倒をかけてしまったと気に病んでいたのか、ルークはそう言って頭を下げた。だが、リオから想定外の返答をされ、ルークはその頭を上げて首を傾げてしまう。
だがそんなリオの評価は、ナツメにとって同調せざるを得ないものだった。
「大事な仲間の為に行動するのが手間なわけないじゃない。そういう時はありがとうって言うものよ?」
「……。ありがとうございました、リオ様」
「そうそう!」
リオの言葉に思わず一瞬目を丸くしたルークは、すぐに嬉しさの滲み出た笑みを浮かべた。
「ルーク、ナツメ。この者が敵の親玉だと思うのだが、どうする?」
「……この者を起こすことは可能でしょうか?」
「あぁ。今すぐにでも」
「では、お願いします」
アデルに尋ねられ、ルークは男の意識を戻すことを望んだ。恐らく彼と何らかの対話がしたいのだろう。一方、ナツメはその不安を隠す様に唇をキュッと固く結んでいる。
『起きろ』
「「っ!?」」
ルークの要望に応える為、アデルは先刻と同じようにその声にジルを込めて命令した。途端、中年の男が計ったように目を覚まし、リオ以外の全員が驚きで目を見開いた。
(アイツ、アマノの力を……)
アマノしか行使することの出来なかった力を、いとも簡単に成功させてしまったアデルの実力に、彼は純粋な衝撃と感心で茫然自失とするのだった。
次は明後日投稿予定です。
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