48、白の神子3
「……アマノ様。いつまでそうしているつもりですか?」
リオとアデルが飛び出してから呆けてしまっていたアマノたちだが、最初に平静を取り戻したのはメイリーンだった。
アマノは恐怖で目を見開いたままへたり込んでおり、一向に動く様子が無い。
「……何なんだアイツ……アマノは、神子だぞ?……アマノを、殺そうとするなんて……そんな……っあ……」
「「?」」
自身を殺そうとしたリオを批難するアマノだったが、ふと何かを思い出すと絶望に染まりきった表情を見せた。
光の無いその瞳に、メイリーンたちは思わず首を傾げてしまう。
「っ……みんな、アマノを殺すつもりなのか……?」
「えっ?」
「っ!何なんだお前ら!アマノを殺すよう神官共に言われて来たのか!?」
「?そんなわけ無いじゃないですか」
アマノの妙な発言に、全員が怪訝そうに首を傾げた。神官が何故アマノを殺さなければならないのかが理解不能だからだ。だが、アマノが何かから逃げていたことは知っているので、もし彼が神官から逃げていたのであれば、彼の不安も頷ける。
「ははっ……まぁ、あの神官共が薄汚い悪魔の愛し子なんかに関わるわけ無いか……」
「……アマノ様は、学習能力が無いのですか?」
「……は?女がアマノに何か文句でもあるのか?」
尚もアデルを侮辱するアマノに、とうとうメイリーンの堪忍袋の緒が切れてしまう。
先程その暴言でリオに殺されかけたというのに、同じ轍を踏もうとしているアマノがメイリーンには信じられなかったのだ。リオ以外に殺されるわけがないと高を括っているのか知らないが、メイリーンたちもその気になればいつだってアマノに刃を向けることは出来るというのに。
「女だとか、男だとか、神子だとか、悪魔の愛し子だとか……どうでもいいです。アマノ様……どうしてリオ様があなたを殺そうとしてまで怒ったのか、分からないのですか?」
「分かるわけが無いだろう。アマノは何も間違っていない」
「リオ様は!っ……大事な仲間を……大事なアデル様を侮辱されたことが、許せなかったのですよ?」
反省の色が全く見えないアマノを前にし、メイリーンは思わず感情を露わにする。あの時唇を噛みしめたリオの気持ちになって。
「はぁ?仲間?大事?悪魔の愛し子を?お前たち、頭がおかしいのか?」
「っ……」
心底馬鹿にしたような、キョトンとした表情で尋ねたアマノを前に、メイリーンは言葉を失ってしまう。ここまでリオの、自分たちの気持ちは理解されないものなのかと、挫折感のようなものが襲ってきたのだ。
そんなメイリーンに代わり、アマノに苦言を呈そうと口を開いたのはルークである。
「……あなたはあれですか?恩を仇で返すのが良識だと周りから教えられてきた質ですか?」
「何だと?」
酷く冷静に尋ねてきたルークに、アマノは鋭い睨みを利かせる。
「あなたがアデル様に助けを求められたから、お優しいあの方はあなたを敵から逃がすために尽力されたのです。謂わばアデル様は、あなたにとって命の恩人のはず。そんな方にあの様な暴言を吐かれたということは、そういうことなのでしょう?」
「それとこれとは話が別だ!」
「いいえ。別ではありません。全く同じです」
「あれは悪魔の愛し子なんだぞ!?」
段々と怒りを露わにして怒鳴り散らすアマノに対し、ルークは常に冷静に正論を述べていた。
「だから何です。愛し子も、そして悪魔も。五千年前の悪魔のとばっちりを受けているだけだというのに、何故そこまで忌み嫌うのですか?」
「五千年前の悪魔?何の話だ」
「「……え?」」
この世界の人間に植え付けられた悪魔や愛し子に対する差別意識を覆すことは難しいが、それにしてもアマノのそれは度が過ぎていた。思わずルークはそのことについて疑問を呈するが、アマノの怪訝そうな相好で更なる疑問が湧いてしまう。
この世界の常識。五千年前の悪魔が犯した罪をまるで知らないらしいアマノに、全員が信じられないような視線を向けるのだった。
********
その頃。家から飛び出したリオは森の中で一番大きな木の頂点まで登り、アデルに見つからないように息を潜めていた。その目に、零れそうな涙を溜めて。
下手な結界を作って閉じ篭っても、アデルに壊される未来が容易に想像できたので、リオは木に登るという選択を取った。
どこかに転移するという選択もあったが、この世界には木登りという概念があまりない。そもそも、木に登るという発想が無いのだ。出来ないわけでは無いが、子供が木登りをして遊ぶということが無いので、人生ですることがほぼ無いのだ。
なのでこの世界の人間は、誰かから逃げようとして木に登るという発想が無い。それをリオは利用したのである。
一方、そんなリオを探すアデルは、彼の気配を辿って歩を進めていた。
「リオー!……リオー!」
リオを呼びかけるアデルの声は本人にも届いていたが、それを聞いてノコノコ出て行ける状況では無かった。
するとアデルはリオが登った木の根元まで辿り着き、何故かその木を見上げてガンを飛ばす。
(っ?何でアデルん、コッチ見てんのよ……)
葉が生い茂っていて、リオの姿は見えないはずなのに、一向にそこから動こうとしないアデルの視線を受けたリオは、思わず冷や汗を流してしまう。
「……」
しばらくそこから見上げていたアデルは唐突に、リオがしたようにその大木を登り始め、リオが逃げる暇も与えずに頂点まで登り切ってしまった。
「っ……何で分かったのよ、アデルん」
「リオの気配は覚えているのだ」
「何そのチート……ムカつく」
「リオはかくれんぼが得意であるな」
リオを見つけたアデルは一瞬ホッとした様にため息をつくと、リオが腰を下ろしていた太枝の隣にそっと腰掛けた。
リオは目を潤ませていたことを悟られないように、むくれてプイっとそっぽを向く。
「……リオ。……怒ってよいのだぞ?」
「……何言ってんのよ。俺ぶちギレたじゃん」
「アマノにではなく、我に対してである」
「っ」
予想外の言葉に、リオは思わず背けていた顔をアデルに向けてしまう。
リオはアデルに怒っているわけでは無かったが、それにほぼ等しいどうしようもない感情を抱いていたから。
思いがけず、絡まった糸のような感情を掬いあげられ、リオは唇を震わせる。
「……なんで、アデルんを心配した俺が責められるの?……何でアデルんを貶めたアイツが庇われるの?」
「リオ……すまなかった」
その本心を吐露され、リオを傷つけてしまったという変えられない事実を突きつけられたアデルは、思わずクシャっと顔を歪ませる。
「っ……ばか……アデルんなんてもう知らないから」
拗ねた子供というよりも、拗ねた女子のように再びそっぽを向いたリオは最早、この世界のリオ・カグラザカでは無かった。
アデルに謝られても、意地になって素直になれない彼の心情は、日本にいた頃の神楽坂里桜に逆戻りしていたのだ。
「リオは我のために怒ってくれたというのに……すまなかったのだ。……我のせいで、リオの手を汚したくなかったのだ。あの一度を許してしまえば、今後我に対して嫌悪感を露わにする全ての人間を、リオは手にかけてしまうのでは無いかと……心配になってしまい……」
「っ……」
あの時アデルがアマノを庇ったのは、決してアマノの為では無かったのだ。かと言って、リオの為だと断言できるようなものでもない。
自身が原因でリオの手を血で染めたくなかった。それはつまり、アデル自身の為でもあったのだ。
「リオ……我はリオと、仲直りがしたいのだ。……我はリオに嫌われてしまったのだろうか?もしそうであるのなら、我は……」
「嫌いになるわけないじゃんっ!馬鹿なの!?」
「っ、すまぬ。我はどちらかというと馬鹿な人間である」
「っ……」
暗い相好で的外れな心配をしたアデルに対し思わず、リオは苛立ったように怒鳴り散らした。だが、罵声でしかないその問いをアデルが馬鹿正直に肯定してしまったので、リオはペースを乱され顔を顰める。
「我が馬鹿なばかりに、辛い思いをさせてすまない……だがリオと仲直り出来ないままというのは、我には耐えられないのだ……」
「……別に、アデルんに対してそこまで怒ってるわけじゃないのよ?ただ、何かちょっと……疎外感が……そんでなんか、久しぶりに女子の面倒臭い妙な感情が戻ってきたっていうか…………はぁ……何か俺、この短い間ですっごいガキになった気分」
「……?」
自分に対して嫌気が差してきたリオは、深い深いため息をついて項垂れてしまう。だがリオの呟きのほとんどを理解できていないアデルは、不安気に首を傾げるばかりである。
「……もうっ。アデルんが可哀想だから仲直りしてあげるわよ」
「っ!本当であるか!?ありがとうリオ!」
ほんの少し照れたようにリオが許してやると、途端に顔色をぱぁっと明るくさせたアデルは勢い余ってリオを力強く抱きしめた。
「っ、ちょ……アデルんっ……落ちる!落ちるから!」
「あぁっ……すまぬ。怖かったであるか?」
「……別に。落下しても受け身とれるし。そもそもアデルんは俺に怪我させたりしないでしょ?」
自分たちが不安定な太枝を椅子にしていることをすっかり忘れていたアデルは、リオの忠告でやっと我に返ったようで、リオを解放してやった。
照れ隠しのように叫んだリオだったが、本当に落下を恐れていた訳ではない。アデルに対する強い信頼を感じた彼は、嬉々とした相好を包み隠さなかった。
「しょうがないから戻ってあげるけど、俺絶対にあのクソガキ許さないからね」
「あぁ。リオはそれで構わぬ。ありがとう」
やはりアマノの暴言に対する怒りは冷めていないらしい。アデルの為に顔を顰めているリオの気持ちが嬉しく、彼は破顔しながら礼を言った。
こうしてアデルたちは木から下りると、メイリーンたちの待つ家への帰路に就くのだった。
********
「逆に聞きますがあなた、どうして悪魔やその愛し子が差別されているのか知っているのですか?」
アデルがリオとの仲直りの為に奮闘している頃。ルークは五千年前の悪魔の件を知らなかったアマノに、呆れたような声で尋ねていた。
「馬鹿にするな。悪魔は存在その者が悪なんだ。触れれば穢れると昔から教えられてきた」
「……で、穢れたんですか?」
「……それは…………」
冷ややかな視線で見下ろしてくるルークに、アマノは反論することが出来ない。事実、アデルに触れられてもアマノは穢れてなどいなかったから。
「はぁ……そもそも。私たちがアデル様と行動を共にしている時点で察して欲しいものですよ。悪魔や愛し子に触れれば穢れるというのが、真っ赤な嘘だということを」
思わず漏れるため息をルークは堪えることが出来なかった。もし彼らの戯言が本当だと仮定するならば、メイリーンたちがアデルと共に行動することさえ難しくなるというのに、それらがアマノには一切見えていないようだった。
「で、でも神官たちはいつもそう言って……」
「あなたの話だと、その神官に殺されかけたようですが、いつまでそんな連中の話を馬鹿正直に信じるおつもりですか?」
「っ……」
それ以上反論など出来なかったのか、アマノは唇を噛みしめると、少し泣きそうな顔で俯いてしまう。一方のルークは漸くこの舌戦に終止符を打つことが出来たので、精神的にかなりの疲労を感じていた。
部屋に気まずい沈黙が流れていると、その嫌な空気を入れ替えるように扉が開かれた。全員の視界に、アデルとリオの姿がはっきりと映る。
「っ、アデル様、リオ様!」
「ただいま、メイメイ」
アデルたちが無事に帰ってきたことに心底安堵したメイリーンは、瞳を滲ませつつ嬉々とした声で二人を呼んだ。
困ったように微笑んだリオは次の瞬間、感極まったメイリーンに抱きつかれたことで目を見開いてしまう。
「っ?メイメイ?」
「……帰ってきてくれて、ホッとしました……おかえりなさい」
「ふふっ……今日はよく抱きつかれる日ね」
彼女の銀髪のつむじを至近距離で見つめたリオは、思わず柔らかい笑みを浮かべてメイリーンの頭を撫でた。
頭に降るその優しい感触で我に返ると、メイリーンは慌てた様にリオから距離を取る。
「申し訳ありま……ん?よく抱きつかれる日って、アデル様にも抱きしめられたのですか?」
「……ははーん」
リオの発言に引っかかってしまったメイリーンは、思わず眉を顰めて尋ねた。そんな彼女の表情をジッと観察したリオは、何かを察した様にニタニタと不気味な笑みを浮かべる。
「な、何ですかリオ様、ははーんって」
「べっつにー?何でもないけどぉ?」
不満と疑問で怪訝そうにリオを見上げるメイリーンだが、はぐらかされた彼女がその答えを知ることは無い。
いつもの調子を取り戻したリオだったが、自身に向けられる怯えの混じった睨みに気づき、思わずそちらに視線を向ける。
「……」
「……」
リオとアマノは無言で見つめ合うだけだったが、明らかに穏やかではない雰囲気を全員が感じ取った。
「……今日はもう遅いのだ。夜支度を済ませたら明日に向けて寝るとしよう。アマノとリオもそれで良いであるな?」
「うん」
「……あぁ」
今議論しても何も解決しないどころか状況が悪くなると思ったのか、アデルは空気を読んでそんな提案をした。アマノは何か言いたげではあったが、他に頼れる場所も無かったので、渋々了承するのだった。
次は明日投稿予定です。
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