47、白の神子2
結局、ルークの見つけた本を読み終えたところで、図書館の閉館時刻になってしまい、アデルたちはこれといった手掛かりを見つけることが出来ずにその場を後にした。
また明日訪れることにしたアデルたちは陽が落ちる前に、寝泊まりするための場所を探すべく街から離れようとしていた。
「はぁっ……はぁっ……」
すると、アデルたちの前方から息を切らして必死に走っている少年が徐々に近づいてくる。少年は常に後方を気にしているようで、目の前のアデルたちに全く気付いていない。
まるで何かから逃げているような少年は、案の定アデルにぶつかってしまい、その場に尻餅をついてしまった。
「っ……!」
クリーム色にも似た金髪はふわふわとしていて、まるでひよこの様である。背丈から考えると、七歳程度に見える少年で、とても可愛らしい容姿をしていた。
珈琲のような深い色の瞳はとても強気で、我が儘を言う子供の目でもあった。
彼は全身白ずくめで、その衣服で神殿の関係者であることは明らかであった。だが何故か彼が着ている衣服はぶかぶかで、どう見ても大人が着るものを無理矢理子供が着せられているようであった。
「すまぬっ……大丈夫であるか?」
アデルは慌てて片膝をつくと、その少年に向かって右手を差し出した。俯きがちにほんの少し身体を震わせている少年は、差し出されたその右手を――。
バチンっ!
忌々し気に払い除けた。
「っ!貴様!一体どこに目をつけて歩いているんだ!?お前の目が節穴なせいでアマノが怪我をしてしまうではないか!」
「「…………」」
「すまぬ」
あまりにも想定外な怒鳴り声に、アデルたちは思わず茫然自失としてしまう。〝アマノ〟というのは彼自身の名前らしい。
少年の凄みのある声は子供にしては低く、大人にしては高い声だったので、アデルたちは思わず首を傾げてしまう。
「っ……」
アデルが謝る間も少年――アマノは後ろを気にしており、やはりどこか切羽詰まっているようであった。
「おいそこのお前っ!」
「?」
「アマノを守れ!」
「は?」
「何を言っているんだコイツ」とでも言いたげな相好で疑問を呈したのはアデルでは無くリオだ。
アマノが名指ししたのはアデルだが、関係の無い方向から疑問の声が聞こえてきたことで、更にアマノは苛立った様子を見せる。
「いいからつべこべ言わずアマノを守れ!アマノを守れるというのは、誇るべきことなんだぞ!寧ろお前から守らせてほしいと懇願してもいいぐらいなんだ!」
「何このムカつく我が儘小僧……アデルん、相手にしない方がいいよ」
不遜な態度でアデルに護衛を強要するアマノに、リオは思わず冷たい視線を向けた。だがアデルは、アマノがそこまでして誰かに護衛してもらおうとする理由の方が気になっているようだ。
「貴様!神子であるアマノに向かってその口の利き方は何だ!?」
「「神子?」」
アマノが神子であるという事実を唐突に知らされ、アデルたちは思わず呆けた様に呟いてしまう。そして漸く、アマノの言動が高慢である理由を彼らは何となく察した。
神子がこのトモル王国にとって尊ぶべき存在であるのなら、彼は今までさぞ丁重に扱われ、様々な我が儘も聞いてもらってきたのだろう。過保護に育てられたのであれば、アマノの態度にも辻褄が合ったのだ。
「えぇー、コレが?」
「……もういい」
「?」
「折角優しいアマノがお前たちに選択肢を与えてやったというのに、馬鹿な奴らだ」
リオの目には我が儘なクソガキにしか見えなかったのか、納得いかない様な声で彼は疑ってしまう。すると、度重なるリオの不遜な態度に遂に堪忍袋の緒が切れたのか、アマノは一人立ち上がると、酷く冷たい眼差しでアデルたちを捉えた。
意味深なアマノの言葉に全員が首を傾げる中、アデルに狙いを定めた彼の瞳が怪し気に光る。
『アマノを守れ』
「っ!」
放たれたその言葉は、明らかに今までとは違っていた。声に、声で発せられた言葉にジルを感じられたのだ。
だがそれに気づくことが出来たのはアデルとリオだけである。
言霊のようなものを感じてから僅かな沈黙が流れ、その言葉を向けられたアデルはキョトンと首を傾げてしまう。
「お、お前っ……どうしてアマノの命令が効かないんだ!?」
「……よく分からぬが、我は一言も守らないなどとは言っておらぬぞ?」
「えっ?」
アデルに自身の力が効かないことに酷く動揺したアマノは、彼の思いがけない言葉で増々当惑してしまう。
だがそれはリオたちも同じで、よく知りもしない失礼な子供を無条件で助けようとしているアデルが信じられなかった。
「我は構わぬのだ。早く逃げたいのであろう?」
「あ、あぁ……」
「では急ぐとするのだ」
当惑気味のアマノの返事を聞いた途端、アデルは彼の身体を軽々と抱えて走り出した。アマノが気にしていた後ろから一刻も早く離れるように、アデルは物凄いスピードで駆け出してしまったので、リオたちは一瞬にして取り残されてしまう。
「もうアデルんってばお人好しなんだから……」
「……行きましょうか。アデル様を見失ってしまいます」
「そうね」
相変わらずのアデルにため息をつきつつ、リオはメイリーンの提案に同調した。リオとルークはともかく、他三人はアデルほど速くは走れないので、距離を置きつつアデルの後を追うことになった。
アデルを見失わないようにリオが追い、そのリオを更に見失わないようにルークが追い、そのルークを三人が追う形である。
********
「どうしてお前、アマノの力が効かないんだ?」
数分走っただけで街から外れ、人気のない森へと入ったアデルたち。未だアデルに抱えられているアマノは、不満気に彼を見上げながら尋ねた。
かなり街から離れたので、アデルはその足を止めて口を開く。
「力とは、神子としての力であるか?」
「当たり前だろうが」
「それは誰にでも効くものなのであるか?」
「……断言はできないが、今まで効かなかったことは無い。というかお前、さっきからアマノに対して失礼だぞ!」
「?」
アデルがアマノを地面に下ろすと、彼はキッと睨みつけながら文句を言った。そんなアマノの歪んだ相好を目の当たりにしたアデルはふと、弟のネオンのことを思い出していた。
アデルを睨みつける眼光も、怒鳴りつけるその声も。どことなくネオンに似ていたのだ。
「アマノは神子なんだぞ!敬語を使って話すのが礼儀だろうが!」
「それはすまな……申し訳ありません?」
「何で疑問形なんだ」
「どうやら我は敬語を使うのが苦手らしい……です」
最近気づいたことではあるが、アデルは敬語がとんでもなく下手くそである。クルシュルージュ家でそのような教育は受けていないし、エルも気にしていなかったので敬語を習慣づけたことが無かったのだ。
「ふんっ……下手な敬語程耳障りなものはないな……元の話し方でいい」
「そうか……」
「アッデルーん!」
「リオ?」
憎まれ口ではあったものの、アデルはその時アマノの僅かな優しさを垣間見て呆けてしまう。すると、ハッとしてしまうようなリオの大声が聞こえ、アデルたちは後方を振り向いた。
「もうアデルんってば、急に走り出さないの」
「すまぬ。面倒をかけたであるな」
「別にいいけど!俺疲れたから寝るわね」
「っ……と」
自身の役目を果たしたことで気が抜けたのか、リオはアイマスクをすると意識を失う様に倒れこんでしまう。
毎度毎度突然眠りにつくリオを何とか支えたアデルは、安堵のため息を漏らした。
「……アマノに対する無礼な態度といい……コイツは一体何なんだ?」
「リオは自由なのでな」
初対面のアマノにとってリオ程異質な存在はいないだろう。
男なのに女口調+見慣れない服装+自身に対する無礼な態度+アデルの俊足について来れる実力+突然眠ってしまうマイペースさ。キャラの大渋滞にも程があるので、アマノの困惑は当然のものであった。
それからルーク、メイリーンたちの順に森へと辿り着き、アデルはそこで今夜寝泊まりする家を建てることにした。落ち着ける場所でアマノから話を聞く必要もあったので、アデルにとっては一石二鳥である。
********
何もないところから一瞬にして大きな家を建てる。その偉業を初めて見たナツメたちは目を丸くしてしまう。十分なジルがあり、そして操志者であれば家を建てることは出来るが、瞬きする間に完成させてしまうのはアデルだけだろう。
「……それで、名前は?」
「……お前たちこの国の人間じゃないな。神子であるアマノを知らないなんて」
「すまぬ。無知な我らに教えてはくれぬか?」
「ふんっ……まぁそこまで言うなら慈悲深いアマノが教えてやらないこともないけど」
((チョロい……))
アデルにその気があったかは不明だが、その口車に乗って気分を良くしたアマノにほぼ全員が同じ印象を抱いた。
「アマノの名前はアマノ・ナグサメだ。アマノの口から聞けたこと、誇りに思うといいぞ」
「……何故逃げていたのだ?何から、逃げていたのだ?」
「……アマノにばかり質問するな。アマノはまだお前の名前も聞いていないぞ」
誤魔化した。コノハ以外の全員がそう思った。それ程言いにくい事情があるのかとアデルは気を揉むが、アマノの意見も尤もだったので、取り敢えず自己紹介をすることにした。
「アデルという…………気分が悪くなればすぐに言うのだぞ?」
「?なにを……」
神妙な面持ちでそう言われ、アマノは首を傾げたが次の瞬間、あまりの衝撃で思い切り立ち上がってしまう。
黒、黒、黒、黒。そして、血のように深い赤。
この国の白とは正反対の、アデルの黒髪を目の当たりにしたのだ。
ガタンっ、とアマノの座っていた小さめの椅子が勢い良く倒れる不快音が響き、アデルは彼と視線を合わせる。
「あ、悪魔の愛し子……」
「そうである」
「やめろっ!しゃべるな汚らわしい!」
「「っ!?」」
「…………」
アデルが悪魔の愛し子と知った途端、血相を変えて罵声を浴びせたアマノに、全員が敵意の籠った睨みを向けた。だがアマノはそれに気づいていないのか、不倶戴天の仇を見るような目でアデルを睨み据えている。
唯一、平静を保っていたのは当のアデルただ一人であった。
「アマノ……」
「しゃべるなと言っているのが聞こえないのか!?お前が話す度に同じ空気を吸っているという事実に吐き気がする!しかもお前っ!愛し子の穢れた手でアマノを触っただろう!?神聖なアマノの身体に穢れが移ったらどうしてくれるんだ!?アマノは神子なんだぞっ!?アマノの神聖な力に影響が出たらどうしてくれるんだっ!?そもそも何で愛し子なんかがのうのうと生きて……」
「っ!」
その言葉がトリガーだった。鋭く空気が裂けるような音が全員の耳に届くが、その正体に気づけたのはアデルただ一人。
アマノに迫る危機に、アデルは切羽詰まったように立ち上がった。
「リオ!!」
「っ……」
鳥肌が立つようなアデルの力強い声に、全員が耳を奪われる。その声をきっかけに、アマノたちはある事実に気づいた。
アマノの首元に迫る脅威。アデルとアマノを挟む机に乗り出してその日本刀を抜いたリオは、アマノの頸動脈ギリギリでその刃を止めていた。
あと数ミリでアマノの命を刈り取ることが出来る、その美しい日本刀に映ったリオは殺気しか込められていない、絶対零度の相好をしていた。
死。
アマノの脳裏に過ぎったのはとても簡易で、強烈なその恐怖である。思わず固唾を呑み、頭がぐっしょりと濡れてしまう程の冷や汗を流したアマノは、その場にヘタっと座り込んでしまう。
もしアデルが止めていなければ、今頃アマノは首を刎ねられて死んでいたのだから。
「…………何で、止めるのかしら?」
今まで聞いたことも無い様な、酷く冷たい声で尋ねたリオは、苛立ちを表す様に日本刀を振ってから鞘に納めた。アマノはその鋭い動きに、思わずビクッと震えてしまう。
そして。アデルとリオのことを最初から見てきたメイリーンは、誰よりも不安で心を揺らしている。
「殺してはならぬ」
「だから何で」
「悪魔の愛し子を忌み嫌う人間などこの世にいくらでもいるのだ。リオはその全てを探し出して殺すつもりなのであるか?」
「…………」
アデルの意見は正論だった。正論でしかなかった。
リオはそんな正論を聞きたいわけでは無い。アデルを罵り、尊厳を貶めるような発言をしたアマノを殺す。それを止める理由をリオは知りたいのだから。
「それに、アマノはトモル王国の神子だ。赤ん坊の頃から愛し子が邪悪な存在であると、大人たちに教え込まされてきたのでは無いのか?愛し子に触れれば穢れてしまうと。穢れれば神子として責務を果たせぬと。脅迫のように刷り込まれてきたのでは無いのか?もしそうなのであれば、我に対する嫌悪感が強いのも頷けるのだ」
「……」
ぐっと、血が滲むほど唇を噛みしめたリオは、机からそっと下りてアデルたちに背を向ける。
そしてそのまま何も言うこと無く、リオは突然家から飛び出してしまった。
「リオっ!……すまぬ皆、アマノのことを頼んでもよいだろうか?」
「えっ?あ、はい……」
「頼んだであるぞ!」
「「…………」」
酷く慌てたようなアデルの勢いに負け、思わずメイリーンは了承してしまった。
それを確認すると、アデルは一目散にリオの後を追う様に飛び出し、開けっ放しの扉から夜の涼しい風が気まずく流れ込む。
残されたメイリーンたちは、茫然自失としたまましばらく動くことが出来なかった。
次は明日投稿予定です。
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