46、白の神子1
リオとルークによって作られたワゴン車に乗り込んだアデルたちは、早速トモル王国への道のりを進んでいった。
初めての車にリオ以外の全員が興味津々な上、乗り物酔いという問題もあったので、慣れるには多少の時間を要した。
移動中、アデルはナツメたちにこれまでの経緯を説明してやった。平凡な生い立ちの人間などこのレディバグには一人たりともいないので、ナツメたちは語られる話に驚きっぱなしである。
「なつめ……るーく……」
「はい。合ってますよ」
そしてコノハは、ナツメとルークを指差しながら名前を呼んで、何とか覚えることに成功していた。
「こんなことになるなら俺もリオで覚えさせればよかったわ……」
「流石にこれ以上二号も三号も増やす訳にはいきませんからね……」
フルネームは難しいが、短い名前であればコノハでも覚えられるらしく、車内での眠りから目覚めたリオは自身の失態を嘆いてしまう。流石にルークを〝とと三号〟、ナツメを〝かか二号〟と呼ばせてしまえば、コノハが全員を数字で認識してしまうので、メイリーンの意見は至極真っ当であった。
だが、リオだけ二号でインプットさせてしまったので、仲間外れ感が否めない。
「それにしても、レディバグの女の子が二人とも元お姫様だなんて、面白い偶然もあるものよね」
「あ、あの私は厳密に言うと元お姫様でも無いんですが……」
「あれ?王族なんでしょ?」
「私が生まれたのは民主国になってからなので、姫では無いんですよ」
リオのちょっとした勘違いを、メイリーンは苦笑いしながら訂正した。血筋という点だけで言えば確かにメイリーンは王族なのだが、王制が廃止されたバランドールにおいて彼女は姫では無いのだ。
「ふふっ……それにしても、気づけば一気に賑やかになりましたね。アデル様」
「そうであるな」
車内をグルっと見回したメイリーンは、ふわりと破顔してしみじみと呟いた。メイリーンとアデルの二人の時は、こんなにも早くたくさんの仲間が出来るとは想像もしていなかったので、その驚きは一入である。
「そろそろトモル王国に着きますよ。皆さま」
「「っ!」」
他愛も無い会話を交わしている中、ルークによってそんな知らせが告げられ、全員が車の窓から外を覗き込んだ。
爽やかな風を感じながらアデルたちの目に映ったのは、白。
純粋無垢な、それ以外何も知らないような。まるで無邪気な子供のような、白い世界だった。
********
白、白、白。何もかもが白い、雲の中のような。或いは天国のような、それがトモル王国だった。
壁も、地面も、家も、建物も、服も、何もかもが白い。逆に言えば、それ以外の色を極力避けているような、そんな国であった。
ワゴン車は不審に思われてしまうので、入国する前にリオたちがジルに変換していた。必要になれば、またアデルのジルで作ればいいだけである。
「念の為、髪の色を変えておいた方が良さそうであるな」
「……そだね」
国へと入ったはいいものの、フードで隠すには限界があると思い、アデルは自身の髪を弄りながら呟いた。
この真っ白なトモル王国では、アデルの黒髪がいつも以上に目立ってしまうので仕方の無い処置である。だが、それを聞いたリオはどこか浮かない表情であった。
「……リオ?」
「そうだ!アデルん、俺このネイル〝レディバグ〟カラーにしちゃおっかなぁ」
「レディバグの、色であるか?」
「うん!てんとう虫カラー!」
落ち込んでいたかと思うと、リオは自身の両手を広げて見せた。リオの手先、爪には青いネイルが施されているのだが、要するにその色を変えようとしているのだ。
レディバグ――つまりてんとう虫の色と言えば、アデルと同じ黒と赤である。自らの意思でその色を身につける人間はほぼいないので、アデルたちはほんの少し驚いてしまう。
「……リオ。リオの気持ちはとても嬉しいのだ。だが、進んで悪魔の愛し子の色を身につけるというのは、あまりお勧めできないのだ」
「……なんで?って、言いたいけど……言えないのよねぇ、これが」
リオは、おちゃらけているだけで馬鹿ではない。寧ろ根っこの部分で言えば、このレディバグの中ではしっかりしている方である。
だからアデルの言葉の意味も理解できているし、理解した上であんなことを言い出したのだ。
「ただでさえリオは、赤髪に黒目である。リオが我に言ってくれたように、我もリオの色が好きである。だが、他人にとってそれは当たり前の感覚ではないのかもしれぬ。爪の色を変えて、リオが要らぬ差別を受けるのは……嫌なのだ」
「……アデルんは優しいわね」
「優しいのはリオであるぞ?」
「?」
眉間に皺を寄せて、自身の心配をしてくれたアデルの気持ちが嬉しく、リオは僅かな微笑みを堪えることが出来なかった。
「気を遣ったのだろう?我の黒髪が目立ってしまうこの国への来訪を提案したことで、罪悪感を抱いているのではないか?」
「っ……うーん……そう、ね」
いつもは鈍いアデルに図星を突かれたことで、リオは当惑気味に口ごもってしまう。
トモル王国への旅を提案したのはリオだ。その時のリオは、アデルの外見に対する考慮をしていなかった。頭からすっぽりと抜けてしまっていたのだ。
もちろんどの国においてもアデルの黒髪は隠さなければならない点ではあるが、トモル王国ではいつも以上に気をつけなければならない。自身が深く考えず提案してしまったせいで、アデルが余計に周りの目に過敏にならなければならないのでは無いかと、リオは気に病んでいたのだ。
「だがそれはお門違いというものである」
「え」
「我の目的の為、リオが可能性を提示してくれたこと、我はとても嬉しかったのだ。気にする必要など無い」
「うん……」
アデルにとって好奇の目など、今更気にするようなことでは無い。それを避けるために髪の色を変えることも、フードを目深に被ることも。日常でしかない。アデルは一切気にしていないのだ。そんなことでリオが気落ちする必要はまるで無かった。
「てんとう虫?のネイルは、我らだけしかいない時にでも、また見せて欲しいのだ」
「っ、うん。任せてよ」
リオの意地のようなものではあったが、その意地をアデルは尊重してやった。悪魔の愛し子の色を身につけても、何の問題も無いのだと。そんな意地を。それはかつて、自身の黒髪を誤魔化さなかったアデルと全く同じ意地でもあった。
その僅かな優しさが、リオにとっては何よりも嬉しく、彼は子供のようにふわりと破顔した。
「――さて。トモル王国に来たはいいものの、どうやって神々の力について調べたものか……」
「神殿は入れないからね。あそこの神官共、おっかないったらあやしないから」
「リオ様神官と何かあったのですか?」
一度この国を訪れたことのあるリオは、念の為アデルにそう言い含めておいた。神々に対する信仰心の篤いこの国には神殿が存在しているが、神官と関係者以外は入ることが出来ないのだ。
愚痴を零したリオの苦い相好から、あまり神官にいい思い出が無いのは明らかであった。
「まぁ取り敢えず図書館とか行ってみればいいんじゃない?」
「……そうであるな。我らはこの国のことを知らなすぎる」
ただの図書館に神の力について詳しく記されている書物がある可能性は低いが、そもそもアデルたちはトモル王国のことでさえもよく知らない。基礎知識を身につけるには丁度いいと思ったのか、アデルはリオの提案を採用した。
********
トモル王国一の蔵書数を誇る図書館は当然王都の中にあり、外観も内装も当たり前のように真っ白である。ほとんどの本も真っ白なので、アデルたちは思わず目をチカチカとさせてしまう。これが白の様な無彩色では無く、何らかの有彩色であれば、補色残像で真面な視界を保つことが出来なかっただろう。
アデルたちは手分けして神や、神子に関する書物、或いはこの国のことが詳しく記されている歴史書などを探すことになった。
だがこの国に便利な検索機などは無いので、ジャンル事に分けられた本の中から虱潰しに探すことしか出来ない。
アデル、メイリーン、ナツメ、ルークは真面目に探しているが、リオは見上げても頂点が見えない本棚を前に、早々に諦めて昼寝を始めてしまっている。
一方のコノハは、そもそもアンレズナの共通言語が読めないので、最初から捜索要因に含まれていなかった。
「アデル様。神子について書かれている書物を見つけました」
西日が眩しくなってきた頃。ルークの一言で全員の注目が彼に集まった。思えば彼一人だけが物凄い速読で次々と書物をあさっていたので、当然の結果ではあった。
「どれであるか?」
「ここの記述です」
尋ねながら、アデルはルークの手元を覗き込んだ。すると本棚に凭れかかりながら眠っていたリオも目を覚まし、二人の様子を眺め始める。
「ルーくん……やっぱり出来る男なのね……執事属性は伊達じゃないというわけか……」
「あの……リオさんは何を言っているんですか?」
「リオ様は異世界の知識を持っていらっしゃるので、偶に私たちには理解できないことを言うのです。慣れてください」
ブツブツと呟くリオを目の当たりにし困惑しているナツメに、メイリーンは苦笑いを向けながら説明してやった。
「ルークは何でも完璧にこなしてしまうんです。ムカつくぐらいに」
「僻みはやめて頂きたいですね。お嬢様」
「そういうところですよ!?ルーク!」
「「シィー……」」
ルークの煽りで思わず大声を上げてしまったナツメは、図書館にいた全員から鋭い睨みを向けられてしまい、顔を真っ青にしながら慌てて口を両手で覆った。
一方、元凶であるルークは込み上げてくる笑いを必死に堪えるあまり、肩を思い切り震わせている。
完全に弄ばれているので再びナツメの怒りが再燃してしまい、物凄い形相でルークの元へ歩み寄ろうとした彼女だが、床に積み重なった本に躓いて転びそうになってしまう。
「きゃ……」
それに逸早く気づき、彼女の身体を支えたのは、やはりルークであった。しかも彼は崩れかけた本も同時に足で支えていて、思わず全員が「おぉー」と、音を鳴らさない程度の拍手を送ってしまう程である。
「私が何でも完璧にこなす執事で良かったですね?お嬢様」
「っ…………」
近距離のナツメにとんでもなく晴れやかな笑顔を向けたルークに、彼女はパクパクと口を開けるばかりで反論さえ出来ない。
あまりの苛立ちで言葉が出ないのもあったが、ルークに助けられている状況で文句を言える程ナツメは図太くないのだ。
全員がその光景に笑みを浮かべる中、切り替えるようにルークの見つけてくれた本を読むことにしたアデルは、その文を静かに音読し始める。
********
「――神子とはトモル王国において、神の力を授かった子供であれば誰もが無条件で与えられる称号。神子は神の力を行使できる希少な存在な為、信者たちが崇め奉る存在である。その世代の神子によって、与えられる神の力は異なるが、全てが人知を超えた絶対的な力である。だが神子はその力が強大すぎる故に寿命が短く、成人まで存命した神子は過去一人もいない…………何やらメイリーンのようであるな」
「だね。神様の力が使えるなんて。メイメイ、キャラ被りされること多くて大変ね」
「はい?」
アデルたちがトモル王国の神子について注目する中、リオだけがどうでもいいことを気にしているので当のメイリーンは怪訝そうに首を傾げてしまう。
「それにしても、今までの神子全てが若くして亡くなっているとは……メイリーンは大丈夫なのであるか?」
アデルが危惧していたのは、神の力を行使することが出来るメイリーンも短命なのではないかという問題である。
「正直断言はできませんが、神の力の影響で寿命が縮むというのは、因果関係が私には理解できませんね……この国の成人年齢って……」
「確か二十歳だったよ。日本と一緒なのよね」
「私は今一五歳ですので否定はできませんけど、神の力を行使して問題があったことなんて一度もありませんでしたよ?この国の神子様がどのようにして神の力を行使しているのかもよく分かりませんし、私とは何か違うのかもしれませんね」
メイリーンの行使する神の力は歌をトリガーにしているが、この国の神子も同じだとは考えにくい。神子に力を授けている神が全て同じという可能性は低い上、全ての神が歌を好んでいるわけでもない。
メイリーンのように何か条件を満たさなければ行使できないのか、どのような力なのか。神子の力に関する記述は少なかったので、メイリーンは首を傾げてしまう。
「……それにしても、二十歳であるか……そんなにも短い時間しか生きられぬとは、悲しいであるな」
「……まぁ。逆も然りだけどね」
若くして亡くなってしまった今までの神子の気持ちになり、アデルは思わず沈んだ声で呟いた。そんな彼をジッと見つめていたリオの瞳は何か言いたげで、その意味深な言葉にアデルは首を傾げる。
「逆?」
「なーんでも無ーい!」
尋ねられた途端、いつもの調子ではぐらかしたリオだったが、彼の心情を数人は痛い程理解できていた。
短い人生しか生きられず、誰よりも早く死んでしまう方か。それとも、大事な人を見送るばかりで、どんなに苦しくても死ねない方なのか。
どちらの方が辛いのか、答えを出せる者はこの場にはいなかった。
次は明日投稿予定です。
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