43、見えすぎる狙撃手2
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千キロも離れているアデルと彼女の目が合うわけも無いのに、彼の視線がいつまで経っても彼女を捉えて放さないせいで、段々と彼女の疑惑が確信に変わっていく。
そのあまりにもな恐怖に、一筋の汗が彼女の頬を伝って落ちた。
「お嬢様。問題があるのであればこの件、降りた方が良いのでは?」
彼女の様子がおかしいことに気づいたルークは、心配になったのかそんな提案をした。受けた仕事を簡単に諦める訳にはいかないが、それでもルークには彼女の身の安全の方が余程優先すべきことだったのだ。
「……大丈夫です」
(落ち着いて……千キロもあるのよ?私みたいな能力者でもないのに、この距離の視線に気づくわけがない……まだ発砲だってしてないんだから。コッチを向いているのもきっと、別の何かを見ているからに決まってるわ)
冷静に考えれば、千キロ先の視線になど気づくわけが無いと、すぐに分かることではあった。それでもそんな理屈も無意味にしてしまう程の存在感が、あの眼差しには感じられたのだ。
彼女はゆっくりと深呼吸すると、雑念を振り払う様に目を閉じる。そして再びその目を開くと、今度こそ千キロ先のアデルに照準を合わせる。
(……そもそも、私の視線に危機感を覚えているなら、それを回避するために何らかのアクションを起こすはず。大丈夫よ。気づかれるわけがない)
そう自分に言い聞かせると、彼女はその引き金を引いた。刹那、激しい銃声が鳴り響き、弾が発砲された勢いで、気を抜けば身体が吹き飛んでしまう程の強い風が彼女たちを襲う。
彼女の狙撃銃はルークお手製の特別なもので、発砲された銃弾は秒速百キロもの速さで標的を貫いてしまうのだ。
アデルに彼女の銃弾が到達するまであと十秒。普段の彼女であれば撃った時点で標的の死を確信し、わざわざ確かめたりすることは無い。だが今回ばかりは嫌な予感が頭を過ぎり、彼女はその死を確認しなければ気が済まなかった。
発砲の勢いで発生した風が落ち着き、視界がクリアになると、彼女は未だこちらに視線を向けているアデルの姿を目に焼き付ける。秒速百キロもの速さで発砲された弾丸が、アデルの脳幹をぶち抜く映像を想定しながら。
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「……来たであるな」
低い声音でそう呟くと、アデルは帯刀していた剣に手をかける。真っ直ぐと、向かってくるそれを睨みつけながら。
そしてこの時、リオは漸くアデルが離れろと忠告した理由を察し、思わず目を見開いた。
「まさかアデルん……」
「っ!」
リオが気づいた時には、全てが終わってしまっていた。
カッと目を見開くと、アデルは素早くその剣を抜き、迫りくる弾丸を真っ二つに切り裂いたのだ。刹那、衝撃で突風が吹き荒れ、リオたちは思わず苦し気に目を瞑る。
その風が治まり、リオたちがそぉっと目を開くと、アデルは弾丸が向かってきた方向へ全速力で走り出しており、思わず彼らは茫然自失としてしまう。
「ちょ、アデルん!」
だがこの状況を唯一アデル以外で理解していたリオだけはすぐに平静を取り戻し、彼を呼び止めようとする。だが一瞬にして走り去ってしまったアデルにその声が届くわけも無く、リオは鬱陶しそうに頭を掻きむしった。
「っと、メイメイとコノハちんはここで待ってて。俺がアデルん追っかけるから」
「あ……はい!分かりました」
すぐに追いかけようとしたリオだが、未だ呆けている二人に気づいて声をかけてやった。あのアデルの俊足について行けるのはリオしかいないと理解している為、メイリーンはすぐに状況を把握することが出来た。
彼女の返事を確認すると、リオは目にも止まらぬ速さで駆け出し、アデルの後を追うのだった。
********
「っ!?……弾丸を……斬った?」
一方その頃。アデルの神業をその目ではっきりと見ていた彼女は、震える程顔を真っ青にし、あまりの衝撃で見開いた目を震わせていた。
秒速百キロの弾丸を剣で真っ二つにするなど、目の良い彼女でも到底できる芸当では無かった。見えていたとしても、弾丸が剣に触れるその一瞬を計算して抜刀するなど、常人にできることでは無い。
そもそも秒速百キロの弾丸を視認するなど、能力者でもない限り不可能で、一体アデルがどのようにしてその姿を捉えたのか、彼女には皆目見当もついていなかった。
だが今は、あの技の秘密に頭を悩ませている場合などでは無かった。何故なら彼女の目には、アデルが物凄いスピードでこちらへ向かって来る姿も見えていたから。
「ルーク!撤退です!失敗しました!」
「かしこまりました」
彼女はすぐにその危機をルークに伝えると、急いで逃げる準備を始めた。だが彼女はおっちょこちょいな部分があり、急ごうと思えば思う程つまらぬミスを連発して、どんどん用意が遅くなるという悪癖を持っていた。
時間をかけてようやく目元の包帯を元に戻したが、今度は狙撃銃を仕舞うのに手間取ってしまう。
慌てる彼女を見兼ねたルークは彼女を手伝おうと歩み寄るが、気配を感じて思わず許可なく彼女を抱えた。
「ちょ、ルーク!?どうしたので……」
突如ルークに所謂お姫様抱っこをされてしまい、彼女はこの状況にも拘らず頬を染めてしまう。
「すぐ傍まで標的が来ています。銃であれば私がまた作って差し上げますので、それは諦めてください」
「へっ?ちょ……えぇ!?」
有無を言わさぬ態度で言うと、ルークは彼女を抱えたまま開いた窓に身体を滑り込ませた。ここは建物の最上階。窓から飛び出せば、当然地面へと急降下するだけである。
それだけの緊急事態ということではあるのだが、突如無理矢理飛び降りることになった彼女は、あまりの恐怖で顔面蒼白になり、思いきりルークにしがみついてしまった。
「きゃあああああああ!!」
急降下する感覚に、彼女は思わず甲高い叫び声を上げた。だが彼女の心配は杞憂に終わり、ルークたちは無事に着地を成功させた。
「お嬢様五月蠅い」
「ルークは私の扱いが雑だと思います!執事が主人対して五月蠅いとは何事ですか!」
「……っ!」
ルークは彼女を地面にそっと下ろしてやると、そんな憎まれ口を叩いた。すると、途轍もなく速い足音が彼らの耳に届き、ルークは咄嗟に彼女を自身の後ろに隠す。
すると前方から、走るアデルの姿が迫ってくる。あまりの早さに、ルークたちは驚きを禁じ得なかった。
「嘘……あそこからは千キロもあるのに、どうやって……」
そんな疑問を呟いている間にアデルはあっさりと、そして鮮烈にその姿を現した。
「……それはこちらの台詞である」
彼女が一歩後退ると、到着したアデルは疑問を呈した。アデルが弾丸をはじいたから失敗に終わったものの、あれさえなければ彼女は千キロの狙撃を成功させたことになる。そのような常人離れした腕と、千キロ先の標的を視認する方法が、アデルには不可解だったのだ。
アデルが更に口を開こうとすると、切羽詰まった様子のルークが突如、抜刀した剣で彼に襲い掛かった。アデルもそれに対抗して剣を抜くが、彼自身に敵対の意思は無かった為当惑してしまう。
「おいお前……」
「お嬢様!今の内にお逃げくださいっ……」
「ルーク!……駄目ですっ、私だって戦え……」
「私たちで敵う相手ではありません!」
ルークと共に戦おうとした彼女だが、大声で告げられたその言葉に、思わず彼女はビクリと身体を震わせてしまう。
「で、でも……それなら尚のことルークを置いてなどっ……」
「二人で挑んでも死ぬだけです!それなら近接戦に長けた私が時間稼ぎをした方が、余程賢い選択で……」
「馬鹿!……ルークはそんなだから、頭がいい癖に大馬鹿なのですっ!」
この緊急時でも、相変わらず効率重視という名目で主である彼女を守ろうとするルークに、彼女は思わず涙を溜めて罵ってしまう。
「っ……お嬢様、お願いですから私の言う通りに……」
「おい。我に敵対の意思はない。よってお前が身代わりになる必要も、お前が泣く必要も無いのだ」
「「…………」」
二人の逼迫した雰囲気にのまれ、間に入る隙を中々見つけられなかったアデルだが、ようやく敵対の意思が無いことを伝えることに成功した。すると、今まで言い争っていた二人が途端に口を噤んでしまい、アデルは当惑してしまう。
「……では、何故ここに?」
「何故我を狙撃したのか気になったのでな。見たところ我の知らぬ人間だが、何か我に恨みがあるのか?」
未だ呆然としている彼女を置き去りに、ルークとアデルの会話が漸く始まった。
「いえ。我々はあなたを殺すよう依頼された者です。あなた自身への恨みはありませんが、生きるために暗殺稼業をしているのです」
「誰がそんな依頼を?」
「申し訳ありません。依頼主の情報を漏らせば、私共が殺されてしまいます」
ルークは内心、冷や汗を流す思いでアデルの問いに答えていた。彼はまだ完全にアデルの言葉を信用しているわけでは無く、もしものことがあればいつでも彼女を逃がせるようにと思考をフル回転させているのだ。
何をきっかけにアデルが機嫌を損ね、敵対する意思を露わにするか分からないので、ルークの緊張は一入である。
「そうであるか。まぁ誰が我を殺そうとしてもどうでも良いのでな。無理して言う必要は無いのだ」
はっきり言ってしまえば、アデルを殺そうと企てる人間など星の数ほどいるだろう。悪魔の愛し子に対して嫌悪感を持つ者は多くいるので、疑い始めればキリが無いのだ。
「……よろしいのですか?」
「?言えば殺されるのであろう?」
「……」
アデルのキョトンとした相好からは、彼にルークたちを殺す意思がまるで無いことがありありと伝わってきた。アデルからしてみれば、殺される危険があると分かっている上で無理を強いるというのは選択肢にすら無く、ルークの疑問がアデルにとっては疑問だったのだ。
ルークが思わず呆然としていると、二人の会話をずっと聞いていた彼女が、彼の背中の影からスッと姿を現した。
「お嬢様?」
「?」
「……あなたの命を脅かしたにも拘らず、私共に情けをかけてくださり、ありがとうございます。私はナツメ・イリデニックスと申します。こちらは執事のルークです」
ナツメがスカートの裾を掴んで頭を下げると、紹介されたルークも緩やかな動きで頭を下げた。
「……イリデニックス…………イリデニックス国の王族であるか?」
イリデニックスという姓に聞き覚えがあったアデルは、それが国の名前であることに気づく。そして、傍に執事がいることを加味して考えると、その可能性は自ずと姿を現した。
「……過去の話です。今の私に王族としての権力はありません。でなければ、このようなこと……」
暗い表情で言ったナツメを目の当たりにし、アデルは彼女らの過去に並々ならぬ何かがあったことを察する。〝このようなこと〟その表現だけで、ナツメが嬉々として暗殺稼業を行っているわけでは無いことが、アデルにも理解できた。
「……それにしても、凄まじい狙撃の腕であるな?しかもどうやってあんなにも離れている我を視認したのだ?照準器でも無理であろう?」
「……」
素朴な疑問をぶつけると、何故か二人は気まずそうに互いに目配せした。それ程までに言えない理由なのだろうかとアデルは勘ぐるが、ナツメが目元の包帯に手をかけたことでその思考は振り払われる。
「っ、お嬢様……」
「いいのです。ルーク」
包帯を外そうとしたナツメを、ルークは不安気な声音で制止しようとした。だが彼女の意志の強さを感じ、それがただのお節介でしか無いことを悟ると、ルークは一歩下がった。
ナツメは包帯を外すと、その美しいオッドアイをアデルに見せた。
「っ……美しい瞳であるな」
「ありがとうございます。……これが、先の問いの答えです」
「?」
初めて見るオッドアイに、アデルは思わず目を奪われた。隠していた為、それが彼女のコンプレックスなのかともアデルは考えたのだが、褒められて微笑んだナツメを見て、それは杞憂であることを悟った。
「私、能力者なのです」
「……なるほど……超人的な視力、というわけであるな?」
「はい」
納得したようにアデルが尋ねると、ナツメは静かに肯定した。ナツメのオッドアイは、その能力が深く関係していたのだ。
「お嬢様、後ろから失礼します」
ナツメが目を頻りに瞬きさせていることに気づいたルークは、彼女が手にしていた包帯を拝借して後ろから巻いてやった。
思わず首を傾げるアデル一人を置き去りに、ナツメは元の包帯姿に戻ってしまう。
「ありがとうございます。ルーク」
「いえ」
「……その包帯は、何か理由があるのか?」
目を塞がれているというのに、後ろにいるルークを振り返ったナツメには、彼の姿がはっきりと見えているようだった。
二人のやり取りを見ていたアデルは、思わずそんな疑問を呈した。
「……私の能力は、単に遠くを見ることが出来るだけではなく、長く見つめることで透視することも可能なのです。なので普段は、こうして何かを挟んで見ないと、色んなものが透けて見えてしまって……」
ナツメの告白に、アデルは驚きで目を見開く。能力というものが、能力者本人に支障をきたしてしまう程の、人知を超えた力を持つというその事実に、驚きを隠せなかったのだ。
次は明日投稿予定です。
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