40、三人旅
アデルとメイリーンの反応から、アンレズナにてんとう虫が存在しないことを悟ったリオは、急いで自身の鞄から紙と筆を取り出すと、何やら絵を描き始める。
リオが何を描いているのか気になる二人はチラチラ覗いてみるが、その存在を知らない二人に断定する術は無かった。
「テッテレー。てんとう虫ぃ」
「「……」」
どこかの青い猫型ロボットのような声でその絵を披露したリオだが、そのネタが二人に通じるはずも無かった。ポカンとしている二人の反応が恥ずかしかったのか、リオはゴホンと咳払いして誤魔化す。
リオの描いたてんとう虫は、お世辞にも上手いとは言えなかったが、特徴はきちんと捉えていた。
「……これがてんとう虫。俺が前世で暮らしていた世界ではメジャーな虫で、真っ赤な身体に黒い斑点があるの。それにてんとう虫は幸運を知らせてくれるって言われていて、神様の虫って話もあるぐらいなのよ」
「確かに、黒色と赤色ですね……」
「で。このてんとう虫を、他の国の言語で〝レディバグ〟って呼ぶのよ」
「なるほど……良いのではないか?」
「でっしょう?リオリオ、自分のセンスが怖いよ」
アデルに褒められたことで調子に乗ったリオは、鼻を高くして踏ん反り返っている。
「はっ!?」
「どうしたのだ?」
突如ショックを受けたような大声を出して、思いきりを目を見開いたリオを心配し、アデルは思わず真剣な相好で尋ねた。
「頭使ったら眠くなった。寝る」
完全に無の表情でそう宣言すると、リオは懐からアイマスクを取り出してそれをつけた。そのアイマスクは何故か一つ目のモンスターの様であったが、今更そのデザインをツッコんでいる余裕などアデルたちには無い。
アイマスクをつけた途端、リオは倒れこむように眠ってしまい、ふらつく身体を瞬時にアデルが抱えたことで大事には至らなかった。
「っ……と。危ないであるな」
「さっき起きたばかりなのに……」
こちらが起こさなければ一生起きることが無いのではないかと疑ってしまう程、リオの睡眠に対する執着は凄まじく、メイリーンたちは言葉を失いかけている。
リオを抱えたままベッドへと向かうと、アデルは彼をそっと寝かせてやった。
「仕方が無いのだ。リオが寝ている間に旅の用意を済ませるとしよう。メイリーン」
「はい……」
眉を下げて困ったように笑ったアデルにつられ、メイリーンも苦笑いを浮かべてそんな返事しか出来なかった。
行動が予測できないリオが仲間が加わり、これからどんなことが起きてしまうのか想像もできず、困惑と同時に期待を抱くのだった。
********
心地良い、規則的で僅かな振動を感じ、リオは眠い目をほんの少しだけ開く。僅かに入り込む光は自然のもので、外にいることは明らかであった。
どこにいるのか確認したいのは山々であったが、あまりにも心地良い気持ちであるせいで、リオはまたすぐに眠ってしまいそうになっている。
だがふと鼻腔を刺激したその匂いに、リオは一瞬にして目を覚ました。
「アッデルーん!!」
アデルの匂いに気づいたリオは、思わずピンと身体を張って彼の背中をしっかりと確認した。その時漸く、リオはアデルにおぶられていることに気づいたのだ。
突然背中からリオのハツラツとした声が聞こえてきたせいで、アデルはビクリとその足を止めてしまった。
「俺のことおぶってくれてるの?イケメンはすることがやっぱり違うわねぇ……惚れちゃいそうよ」
「っ……起きて早々大声を出すでない」
「えへへっ、驚いた?」
「メイリーンが固まっているぞ」
アデルは不満気な表情で振り返ると、呑気に笑っているリオの視線をメイリーンへと誘導した。メイリーンは突然起きたリオの反応に驚いたのかピシリと硬直しており、彼は目を点にしてしまう。
「メイメイ?メイメーイ?生きてる?」
「っ……びっくりしました……」
メイリーンの顔の前でリオが手を振ると、彼女はハッと正気を取り戻してバクバクと鳴る心臓を治める。
「で?ここはどこ?私は誰?」
辺りを見回しながらそんな軽口を叩いたリオだが、見る見るうちに顔を青ざめさせていくアデルたちを目の当たりにし、思わずキョトンと首を傾げた。
「自分か誰なのか分からないのであるかっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?も、もしかして記憶喪失……」
「ごめんごめん嘘です嘘ですごめんなさい!」
リオの冗談を真に受けたアデルたちは本気でリオを心配してしまい、慌てた様子で彼に詰め寄った。一方、冗談を言う相手を完全に間違えてしまったリオは一瞬で翻し、土下座する勢いで謝罪した。
「何だ……冗談、ですか……」
「何事も無いのであればよかったのだ」
「あ、ここはどこっていうのは本気の疑問だよ」
リオが記憶喪失になっていないことを知ると、アデルたちはホッと胸を撫で下ろした。そしてアデルたちが怒っていないことを確認すると、リオはサラリと平静を取り戻して再び尋ねた。
「ゼルド王国の国境付近である。この先はリオに道案内して欲しいのだ。というか、そろそろ降りて欲しいのだ」
「えぇー」
「リオ様?我が儘はいけませんよ?」
「はぁーい」
不満気な声を上げたリオをメイリーンが咎めると、彼は渋々といった感じでアデルの背から下りた。どこか拗ねているようなリオの表情は当に子供で、メイリーンは思わずその微笑ましさにクスリと笑みを溢している。
今アデルたちが歩いているのはゼルド王国の国境付近。道と僅かな木々以外は何も無い様な、開けた場所である。
「それにしてもリオ。そんなにも眠ってばかりで、今まで本当に旅など出来ていたのであるか?」
「リオリオ走るの速いから。短時間で長距離移動できるのよ」
「そうなのだな」
「……申し訳ありません」
「え、何でメイメイ急に謝るの?どしたの?」
他愛の無い会話をしていただけなのだが、何故かしょんぼりとした様子で謝罪してきたメイリーンに、リオたちは純粋な疑問を抱いて首を傾げる。
「私がアデル様たちの身体能力についていければ、もっと早く目的地へ向かうことが出来るでしょうに……」
メイリーンが気落ちしていたのは、アデルたちの足を引っ張っていると思っていることが原因らしい。
アデルもリオも、本気を出せばかなり速く走ることが出来る。その上体力もあるので、その身一つで乗り物のように速く移動できるのだ。
「神様の力使えないの?」
「残念ながら、神アポロン様のお力では、身体強化などの術は行使できないのです」
神の力はその存在こそ強力で、向けられれば絶対不可避。アデルでも無事では済まないだろう。だがどんなことでも出来る訳ではなく、やはり可能なことと不可能なことの線引きがはっきりとしているのだ。
「「…………」」
申し訳なさそうに俯くメイリーンを目の当たりにした二人は黙ったまま顔を見合わせて、示し合わせた様に同じタイミングで頷いた。
言葉を交わさずとも意思の疎通を図った二人は、早速行動に移す。
「っきゃ!あ、アデル様っ!?」
すると、アデルは軽々とメイリーンを抱き上げた。突如訪れた浮遊感に、メイリーンは目を回しながら叫び声を上げてしまう。
「メイリーン。よく聞くのだ」
「は、はいっ!?」
「人には向き不向きがあるのだ。メイリーンに出来ないことがある様に、我らに出来ないことでメイリーンが役に立ってくれることは往々にしてあるだろう。メイリーンは気にし過ぎである。そんなに気になるのであれば、得意な我らに任せればよいのだ」
初めて会った時から、アデルに貰った様々なことを返すことが出来ず、メイリーンは悩んでいた。その不安をいとも簡単に掬い取り、優しく包んでくれたアデルにメイリーンは思わず目を見開く。
「そうだよメイメイ。今日の俺の酷い料理見たでしょ?メイメイがいなきゃ、俺たちあんなに美味しい朝ごはん食べられなかったよ。メイメイのおかげだね!」
「リオ様……」
メイリーンの顔を下から覗き込むと、リオは晴れやかな満面の笑みを向けて彼女を励ました。裏表のないその笑顔を目の当たりにしたメイリーンは、つられるように柔らかく微笑む。
「はい……ありがとうございます」
そんな彼女の微笑みを近距離で目の当たりにしたリオは、ピタっと身体を硬直させたかと思うと、徐々にわなわなと震え始め――。
「メイメイ可愛いっ!お嫁さんになってぇ!」
アデルに抱えられているメイリーンを、アデルごと抱きしめて唐突にそんな愛の告白(?)をした。
「ふぇっ!?え、えっと……あ、あの、その……ごめんなさいっ!」
「あハハッ!冗談だったけどフラれるとショックね!」
「冗談だったのであるか?」
「何でアデルんまで本気にしてるのよ」
メイリーン以上に驚き、キョトンとしているアデルにリオは思わずジト目を向けてしまう。揶揄われたメイリーンは顔を真っ赤にしてむくれているだけだが、アデルは何故かバックに雷が見えそうな程ショックを受けているようだった。
「もしメイリーンが承諾すれば、祝う気満々だったのだが……」
「……メイメイ。ファイト」
「「?」」
メイリーンとリオの関係が進展することを、一切の曇り無く望んでいるらしいアデルを目の当たりにしたリオは、名探偵の如く全てを把握した。
その状況を加味した上で、慈愛の籠った視線と共にメイリーンを励ましたリオだったが、アデルだけでは無く当の彼女までもが首を傾げている事態に、若干の危機感を覚えた。
「あ、だめだこりゃ」
「「??」」
まだまだ道は長いことを思い知らされ、リオはとぼけた様な声で落胆する。そんなリオの反応で増々当惑するアデルたちが、その意味に気づく日は来るのだろうか。リオはそんな心配をするばかりである。
「ではそろそろ、行くとするか」
「そだね……。メイメイ、振り落とされちゃ駄目だよ?」
「……えっ?」
話が脱線したことで足踏みしていたアデルたちだが、再度意気込んで顔を見合わせた。だが一人取り残されているメイリーンは、リオの物騒な忠告に思わず顔を引き攣らせながら、呆けた様な声で疑問を漏らす。
刹那、メイリーンは強い風を感じて思わず目を瞑ってしまう。感じたことの無い様な疾走感に思わず、アデルにしがみつく腕に力を入れてしまうが、意を決するとそうっとその瞼を開いた。
「わぁっ……!」
メイリーンが感じたその疾走感は、アデルが全速力で走っていることで起きていた。景色がどんどん流れていく感覚に、メイリーンは目をキラキラとさせている。
ふと隣へ視線を向けると、リオもアデルの速さについていっており、彼らの俊足にメイリーンは目を瞠ってしまう。
「リオ、正直驚いたであるぞ」
「ん?なにが?」
「本当に我の速さについて来れるとは……感心である」
「俺無駄に運動神経いいからー」
他愛も無い会話を交わす彼らだが、走りながら呼吸の乱れなく声を出せるアデルたちに、メイリーンは驚きを隠すことが出来なかった。
そこらの馬よりも速いペースで、途中休憩を挟みながら暗くなるまで、アデルたちは走り続けた。
一日でゼルド王国の国境を超え、隣国へと渡ったアデルたちは森で野宿することになり、その準備に取り掛かっていた。
だがリオは分かりやすすぎる程不満で頬を膨らませており、突けばおかしな音が漏れそうな程である。
「別に野宿じゃなくてもよくない?どこか宿さがそーよ」
「?逆に、わざわざ金を払ってまで、宿で寝泊まりする必要が我には分からぬ」
「だって虫とかいるじゃん。俺刺されるのヤダよ」
リオの肌は、確かに虫刺されには弱そうではあったが、アデルにとって彼の不安は杞憂も良いところであった。
「リオ。さっきから何を言っているのであるか?野宿と言っても、家は建てるのだぞ?」
「「……えっ?」」
ここでようやく、二人の会話が噛み合っていなかった理由を知ったメイリーンたちは、思わず呆けたような声を漏らしてしまう。
メイリーンとリオが想像していたのは、良くて簡易的なテントを張るような野宿だったのだが、アデルが実行しようとしていたのは全く別のものだった。
アデルは自身の力で一から家を建てるつもりだったらしく、そのスケールの大きさにリオたちは呆然としてしまった。
「……そんな簡単にできるものなの?」
「あぁ。…………この通りである」
「「…………」」
あまりにも一瞬の出来事で、リオたちは呆然と口を開けて一言も発することが出来ない。何もなかった地面に突如現れたそれは、アデル三人が素泊まりするには十分すぎる程の家で、それを一瞬で作り上げてしまったアデルの神業に、どう反応すれば良いのかもよく分かっていない。
「確かに……こんな力があるんなら、お金払って泊まるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃうね」
「そうであろう?」
苦笑いしながらそう零したリオに、アデルはそれが当たり前であるような反応を返す。アデルにとって家は一瞬で作れるもので、旅の途中わざわざ宿を探し、宿泊費を払って泊まることほど馬鹿馬鹿しいものは無いのだ。
だが、ちょっとしたことでアデルの超人性を垣間見てしまったリオたちはまだ、自身たちに迫る不穏な足音に気づけずにいた。
次は明日投稿予定です。
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