39、レディバグ
暖かな朝陽が窓から差し込み、アデルはその眩さに目を覚ます。シパシパと目を瞬きさせると、アデルは身体に伝わる奇妙な感覚に首を傾げた。
「……リオ」
まるで抱き枕のようにアデルに抱きついて離れる様子が無いリオは、穏やかな表情で眠っている。そんな彼の寝顔を見たことで、アデルは昨夜のことを段々と思い出していった。
結局あれからアデルとメイリーンは部屋の片づけを一通り終えると、リオに倣って就寝することにしたのだ。
何とか身体を起こし、リオから隣のベッドで眠っているメイリーンに視線を移すと、彼女も目を覚ましたようで二人の視線が交錯する。
「おはようございます。アデル様、リオ様」
「おはよう。メイリーン。よく眠れたであるか?」
「はい」
慣れない環境下だと眠れないことがあるが、メイリーンにはあの鳥かごの中で一年間も過ごした経験がある。今更どうということも無かったようだ。
「んぅ……アデルんの胸筋が離れて行ってしまうぅ……」
「……リオ。いい加減起きるのだ」
寝ている間はアデルの見事な胸筋に、そして今は縋る様に彼のシックスパックに顔を埋めているリオに、彼は呆れのような声を漏らした。
「むぅ……アデルんが起こしてぇ……抱っこぉ……」
「仕方が無いであるな」
「やってあげるんですね……」
アデルは軽々とリオの身体を抱えると、あっさりとベッドから降りた。リオの我が儘を嫌な顔一つせずに聞いてやったアデルに、メイリーンは苦笑いを向けてしまう。
「んふふ……アデルん優しい……大好きよ……」
「……そうか。感謝する」
アデルの身体にしがみつきながら、蕩けてしまいそうな笑みを浮かべたリオに、彼は一瞬虚を突かれた。唐突に告げられたその好意に、簡素な礼でしか返せない程度に。
「もうリオ様!いい加減アデル様から下りてください。アデル様がお困りになっていますよ?」
プクっと頬を膨らませたメイリーンは、内に湧くモヤモヤを誤魔化す様にリオに苦言を呈した。そのモヤモヤの理由が、昨夜リオの話してくれた彼の特性が原因だということに、一切気づくことも無く。
「えぇ、じゃあメイメイがぎゅってしてくれる?」
「へっ!?そ、それはその……」
「メイメイ照れちゃって可愛いねぇ」
アデルに床に下ろしてもらうと、リオはニヤニヤしながら今度はメイリーンに狙いを定める。一瞬にして立場が変わったことで、メイリーンは恥ずかしそうに頬を朱に染めて慌ててしまう。
自身が標的になっていると分からないが、傍から見てしまえばメイリーンがリオに遊ばれていることは一目瞭然であった。それに気づいたアデルは、咎めるようにリオの首根っこを掴んだ。
「リオ。メイリーンを揶揄うでない」
「はぁーい」
リオがメイリーンを揶揄うことで完全に目を覚ましたところで、アデルたちは朝食の用意に取り掛かることにした。リオにも手伝わせようとしたアデルたちだが、彼の料理の腕がモザイク必須級であることが判明した為、即座に調理する手を止めさせたのだった。
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結局メイリーンの作った朝食を安全に食べることになり、アデルたちは互いにこんなにも賑やかな食卓を久方ぶりに囲んでいた。
「リオ。昨夜は我らに話をしてくれたこと、感謝する」
「……信じるの?」
唐突に昨夜の礼を告げられ、リオは茫然自失としたまま尋ねた。今朝起きたばかりの頃は、現実逃避するように二人を揶揄うことで、本題に触れられないようにしていたリオだったが、こうもズケズケと入り込まれ、あまつさえ受け入れられてしまえば、呆然としてしまうのも当然だった。
「疑った方が良かったであるか?」
「そうじゃないけど……馬鹿みたいな話だから」
「リオが我らにそのような嘘をつく理由が無いのだ。それに、このアンレズナとは別の世界というのにも、興味がそそられる。輪廻転生というのは本当にあるのだな」
輪廻転生。その概念を信じる者と信じない者の割合は恐らく半々だろう。生き物に前世の記憶などあるはずも無く、それを証明することは出来ないから。
だが今アデルの目の前には、輪廻転生という概念を証明できる存在がいる。それはリオが嘘をついていないという前提が無いと成り立たないのだが、アデルの辞書には疑うという言葉が無いらしい。
「……俺も物語の中でしか知らなかったけど、経験しちゃったもんはしょうがないよね」
「あっ……」
「どうしたのだ?メイリーン」
二人の会話を聞いていたメイリーンは突然何かに気づいたようにハッとし、思わず声を漏らす。そんな彼女の呟きに思わずアデルは首を傾げた。
「あ、あの、アデル様。師匠様のことなのですが」
「?」
「も、もし。リオ様がそうだったように、前世の記憶を持ったままこの世界で生まれ変わることが出来るとすれば、それは……」
メイリーンが言いかけた言葉は、聞かずともアデルには理解できた。その可能性にアデルも気づき、思わず目を見開く。
「っ!……師匠を蘇らせることが出来る……?」
前世の記憶を持ったまま生まれ変わり、誕生した赤ん坊は姿が違うだけで紛れも無く前世の人物だ。リオの実体験もあるので、生物が前世の記憶を持ったまま生まれ変わることは不可能ではない。もしそれを意図的に行うことが可能であるのなら、アデルたちにも希望はあった。
死んだ生き物を生き返らせるという、出来るかも分からないことよりも、前例のあるものの方が可能性は大いにあったのだ。
「なになに?何の話?」
一方。事情を何一つ知らないリオは、妙な緊迫感を醸し出している二人を困惑気味に見つめている。
間接的にリオも関わることになるだろうと、アデルは事情を一から説明してやることにした。死んだエルのことや、アデルがエルを生き返らせようとしていること。メイリーンが借り受けている神の力や、彼女の歌のことも。
「――へぇ。じゃあアデルんはこのワンコお師匠様を生き返らせるためにメイメイと出会ったってわけね?」
話を聞き終えると、リオは憑代であるぬいぐるみを持ち上げて、エルにまで妙な呼び名をつけていた。
「はい。ですが私が借り受けている神の力では、お師匠様を生き返らせることが出来ず……」
「八方塞がりってわけね」
「あぁ」
「んぅ……確かに俺は前世の記憶を持ったまま生まれ変わったけど、その理由も原因も分かってないからねぇ……偶発的なものなのか、何か条件があるのか。それを意図的に起こすことが可能なのかも分からないし。そもそもそれが可能だったとして、一体この世界のどこの誰に生まれ変わるかも分からないしね」
リオの意見は尤もで、アデルたちはほんの少し表情を硬くしてしまう。
「そうであるな……」
「すいません。あまりお役に立てない提案で……」
メイリーンは不甲斐無さを感じ、か弱い声音で陳謝した。そんな彼女の落ち込んだ相好を目の当たりにしたリオは思わずギョッとし、急いでフォローに回る。
「ち、違うよっ?メイメイ、そんなにしょんぼりしないで?スマーイル、スマーイル…………ほらっ、選択肢が増えるのは良いことだしっ。ねぇ?アデルん」
「あぁ。そうであるぞ、メイリーン……ありがとう」
メイリーンが泣いてしまうと思ったのか、リオは酷く慌てると彼女を宥めようと試みた。リオに加勢する形で、アデルも同調してメイリーンを励ましたことで、彼女の笑顔は再び戻ってきてくれた。
「ふふっ……ありがとうございます」
「そうだっ!アデルん、メイメイ。ワンコお師匠様の件で一つ提案なんだけど……トモル王国に行ってみるのはどうかしら?」
「「トモル王国?」」
ふと何か妙案を思いついたように、リオはアデルたちにとって馴染みのない国の名前を口にした。アデルもメイリーンも名前ぐらいであれば聞いたことはあったが、それでも世間知らずの二人がその国を訪れたことは無かった。
その上、何故リオが今の話の流れでトモル王国の名前を出したのかも、二人には理解できていない。
「うん。メイメイに力を授けた神様は無理だったけど、輪廻転生に関わる神様だったらワンコお師匠様を生き返らせることも出来るかもしれないでしょ?それでね、トモル王国には一度行ったことがあるんだけど、神様への信仰が厚くて、神子様なんてのもいるんだって。もしかしたら色んな神様のこと分かるかもよ?」
「なるほど……神に会える可能性は低いが、その国に行けば生物を生き返らせる神の力についての情報があるかもしれぬ、ということであるな?」
「そゆこと」
リオの言わんとしていることを理解したアデルは、その可能性について思案するように顎をつかんだ。
神の力を授かっているメイリーンでさえも、神アポロンには会ったことが無いどころか、意思の疎通さえ出来ていない。現実的に考えて神に会うことは不可能だろう。だが神への信仰が厚いトモル王国へ行けば、僅かな手掛かりを掴むことが出来るのでは無いかと、リオは考えているのだ。
「ふむ……良いかもしれぬな。ここで足踏みしていても仕方が無いであるし……リオ。良ければトモル王国までの道を案内してくれぬか?」
「もちのろんよ。っていうか、俺的にはずっとアデルんたちと一緒に居たいんだけど、駄目かしら?」
リオはほんの少し不安気な眼差しをアデルたちに向けた。するとアデルとメイリーンは顔を見合わせて、示し合わせるように破顔一笑する。その笑顔が答えだった。
ただの道案内としてだけの関係は不満だったらしいリオは、メイリーンのようにアデルの仲間になりたかったのだ。
「あぁ。こちらこそよろしく頼むのだ」
「やったぁ……それじゃあ三人での旅が始まるってわけね……えへへ、同年代の子と旅だなんて、何だか修学旅行みたいでワクワクしちゃうわ」
「「しゅうがくりょこう?」」
「あぁ、コッチの話コッチの話」
リオの言う〝コッチの話〟というのは、リオが前世で暮らしていた世界の話である。この時漸く、アデルたちはそのことに何となく気づいたのだ。
「じゃあさ、アデルん。この三人のチーム名をつけようよ!」
「「チーム名?」」
アデルたちの仲間になれたことで気分が高揚しているリオは、そのテンションを保ったままそんな提案をした。再び、アデルとメイリーンの疑問の声が重なる。
「そうよ!だってこれから仲間が増える可能性だってあるでしょ?そうでなくても、俺たちはこういう軍団ですって名乗る時にチーム名があった方がカッコいいじゃない!」
「……それは別に構わぬが、我にはセンスが無いのでそういうことはリオとメイリーンに任せるのだ」
動機は少々不純だったが、アデルとしては断る理由が無かったらしい。リオの提案を了承した上で、アデルはチーム名発案からは一歩引いてしまう。
「メイメイはどんなのがいいと思う?」
「そうですね……やはり、アデル様のことを想起出来るような名前がいいと思います」
アデルがエルを生き返らせるために、神の力を行使できるメイリーンの元を訪ねた。これが全てのきっかけである。アデルの目的が無ければこの三人は出会わなかったので、メイリーンの提案は妥当だった。
「そうね……うぅんと、じゃあ…………あっ!やばいよ!リオリオめっちゃいいの思いついちゃった!」
「「?」」
真っ黒な空に浮かぶ星のように瞳をキラキラとさせると、リオは大声を上げて立ち上がる。二人は思わずそんなリオを、困惑の入り混じった眼差しで見上げることしか出来ない。
「レディバグ!……ってのはどう?」
「レディ、バグ?」
リオの提案してきた名前は聞き馴染みのない言葉ではあったが、とても響きが心地良い名前で、アデルは思わず復唱しつつ疑問の声を上げた。
「どういう意味なのですか?」
「うんとね。アデルんはやっぱり黒髪と赤い瞳が素敵だと思うのよ、俺」
「……そう、であるか?」
思いがけず、思いがけない部分を褒められ、アデルは呆けたような声を漏らしてしまう。始受会のギルドニスに褒められたことはあったが、悪魔を崇拝している訳でもない人間に褒められるだなんて、アデルは思ってもいなかったのだ。
「うん!吸血鬼みたいでカッコいいよね、惚れちゃいそ」
「?……そうであるか?」
吸血鬼がどういう生き物なのかもよく分かっていないアデルは、リオの感覚がイマイチ理解できていないので首を傾げるばかりである。
「でね。黒色と赤色のものって何かなって考えたら、てんとう虫しかいないじゃんって思ったのよ!」
「「…………てんとう虫?」」
「あれっ、もしかしてこの世界てんとう虫存在しない感じ?」
本日三度目である、アデルとメイリーンの疑問の声が重なり、リオは思わず顔を引き攣らせながらその可能性を危惧したのだった。
ようやくタイトルの意味が読者様にも伝わりましたね。
次は明日投稿予定です。
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