38、男のような、女のような。2
(どこからどう見ても、男であるな……)
自身の腕に顔を埋めてその体臭を嗅ぎまくっている彼をジッと見つめると、アデルは再度そんな確認をする。
「イケメンくんのフカフカベッドのおかげでいい目覚めだったよ。おはよう」
「もうこんばんはであるぞ」
「コラコラ。何を言うのかしら?イケメンくん。俺が目覚めた時が朝っていうことにしよ?だって俺、起きて早々こんばんはなんて言いたくないよ?やっぱグッドモーニング!だよね!」
「「…………」」
どことなく唯我独尊的な彼に、メイリーンたちは茫然自失としてしまう。呆けている間、アデルは朧気に彼の一人称が〝俺〟であることに若干の違和感を感じていた。女性のような話し方をするというのに、一人称は男性しか使わないような物だったので統一感が無かったのだ。
「何故我の家で寝ていたのだ?」
「俺一人でふらふらしながら旅をしてるんだけどね。人生の半分は寝ていたい人生なのよ。それでこの森をふらぁっとしてたら、良い感じの空き家があったからお昼寝に使わせてもらおうと思ったんだ。ごめんねぇ、まさか人が住んでいたとはね」
「名は、何と言うのだ?」
「えっとね。カグラザカ・リオだよ!」
「カグラザカ、であるか?」
聞き馴染みのない名前に、アデルたちは思わず首を傾げた。そんな二人の反応を目の当たりにした彼は、とあるミスに気づいて顔色を悪くしていく。
「あっ間違えた。リオ・カグラザカだった」
「自分の名前を間違えないでくださいよ……」
「ごめんごめん。リオリオって呼んでもいーよ!」
リオが名前、カグラザカが姓だったらしく、リオは慌てて訂正を入れる。うっかりにも程があるリオに、メイリーンは苦笑いを禁じ得なかった。
「それにしても俺ってお邪魔虫だった?二人の愛の巣にズケズケと入っちゃってごめんね」
「?」
「ちっ、違います!何を仰っているのですか!」
アデルとメイリーンの顔を交互に見つめると、リオはそんな勘違いをして陳謝した。アデルはリオの発言の意味を理解していないのでポカンと首を傾げており、逆にメイリーンは顔を真っ赤に染め上げて必死にその誤解を解こうとしている。
「違うの?」
「こ、ここはアデル様とお師匠様のお家で、私はお邪魔させてもらっているだけであって……」
「アデルって、そこのイケメンくんの名前?」
「イケメンというのがよく分からぬが、アデルは我のことである」
「じゃあそっちのカワイ子ちゃんは?」
自身の名前を尋ねられ、メイリーンは何とか平静を取り戻してスカートの裾を掴む。その裾を軽く持ち上げ、足を引き、ほんの少し頭を下げると、
「初めまして。メイリーン・ランゼルフと申します」
アデルにやったように丁寧な自己紹介をした。
「ふぅん。アデルんにメイメイね」
「アデルん?」
「メイメイ?」
妙な呼び名をつけられてしまい、アデルたちは思わず復唱して首を傾げてしまう。
そんな二人を置き去りに、リオはベッドの上で座らされている犬のぬいぐるみを抱き上げた。
「それで?もしかしてそのお師匠様って、この可愛いぬいぐるみちゃん?」
「っ!?」
何でも無い様な顔で核心をついて来たリオに対し、メイリーンは驚きのあまり目を見開いてしまう。
「分かるのですか?」
「そりゃもちろんよ。俺ってチートだからこういうのすぐ分かっちゃうんだよね」
「ちーと?」
リオの口から何気無しに呟かれた聞き覚えの無い単語に、メイリーンたちは思わず首を傾げてしまう。
「あぁ。こっちの話だから気にしないでね……とにかくこのぬいぐるみから生物のジルを感じられるから、憑代にしてるのかなって思ったわけよ」
まるで触れるなとでも言う様に話を逸らしたリオをアデルは少々不審に感じたが、メイリーンの方は彼の凄まじい観察眼に気を取られて気づいていなかった。
「あなた一体……」
「……アデルんはあんまり驚かないんだね」
「あぁ。我の結界を壊している時点で、リオが強いことは明らかであるからな」
アデルの発言で、メイリーンは根本的な事実に今更ながらに気づき、ポカンと開いた口を手で押さえた。
リオはアデルの強固な結界に守られたこの家に入り、堂々と眠っていた。つまりはリオがアデルの結界を解除したということである。それは、リオがアデルに匹敵するほどの実力者であることを意味していた。
「えへへ……イケメンに名前呼んで貰っちゃった!もっと呼んで呼んで」
「リオ?」
「はーい!」
食いつく部分がどこかおかしいリオは若干興奮気味に強請り、アデルが馬鹿正直に呼んでやるものだから更にテンションが高くなってしまう。
もしメイリーンがいなければツッコみが追い付かず、この二人が異質であることに気づけない程であった。
「あ、あの、リオ様」
「なぁに?メイメイ」
「リオ様は旅をしていると仰っていましたが、出身はどこなのですか?ご家族とかは……」
彼の名前や、服装がゼルド王国のものでも、ましてやバランドール民主国のものでも無いことはメイリーンも気にしていたようで、彼女は割って入るように尋ねた。
「出身は知らないよ。俺捨て子だから家族もいないし。このゼルド王国で倒れているところを孤児院に拾われて、今に至るって感じよ」
「その服はどの国のものなのですか?」
「これは自作よ。俺こういうの好きなのよ」
赤と白、そして黒を基調としたその服は、所謂和服――着物であったが、アデルたちはそれを知らないので新鮮に感じている。
だが先のリオの話には疑問点がいくつかあった。リオは確実にアデルに匹敵する程の実力者である。だが孤児院で育ったという彼が一体どのようにしてその力を身につけたのか。アデルのように師匠と呼べる存在がいたのかもしれないと、彼らは朧気に想像した。
「っていうかめっちゃいい匂い!朝ごはん?」
「夕飯である」
「俺にとっては朝ごはんだもん。朝ごはんってことにしよ!」
「我は構わぬが……メイリーン。リオにも食べさせてやっても良いか?」
「はい」
「二人ともやっさし―!」
アデルがどれ程食べるのか分からなかった為、幸いメイリーンは料理を多めに作っていた。なのでリオの分の食事も一応あったのだが、アデルは念の為メイリーンの確認を取った。
リオがあまりにも堂々とした態度で、相手の隙間にするりと入り込んでくるせいで忘れかけてしまうが、リオは不法侵入者である。その上身元もはっきりしていない人物を追い出さないどころか、もてなそうとしている二人はリオからしてみればお人好しその者だった。
********
「そういえば……リオは我が悪魔の愛し子であることは分かっているのだ?」
「そりゃあもちろん。どこからどう見ても悪魔の愛し子じゃない」
まるでリスのように頬袋パンパンに食べ物を詰め込んでいたリオは、それを飲み込むと頬杖をついてアデルの問いに答えた。
出会った当初からツッコみ所が多すぎるせいで、その疑問をすっかり忘れていたアデルだったが、リオはアデルの黒髪と赤い瞳を見ても怯えないどころか驚いてもいなかった。もしアデルが追及しなければ、リオからその件を持ち出すことは恐らくなかっただろう。
「驚かないのだな」
「だって悪魔の愛し子だって世界のどっかにはいるわけだし。それに俺、こんなんだけど結構強いのよ?アデルんが愛し子でもぜーんぜん怖くないもんね。それにアデルんはすっごく優しいから、そんな心配する必要も無いでしょ?」
「はい。アデル様はとてもお優しい方ですよ」
あっけらかんとした態度で言ってのけたリオに、アデルは思わず虚を突かれてしまう。だがメイリーンはリオがアデルを愛し子として特別視していないことが嬉しく、思わず破顔一笑して同意した。
「それにしてもメイメイのご飯すっごく美味しいよ。いっぱい食べたら何だか眠くなってきちゃった……」
「また寝るのであるか?」
リオの底知れぬ睡眠欲に、アデルは最早感心してしまっている。三大欲求の内の九割は睡眠欲が占めているのではないかと思える程である。
「あ、あの。この家、これ以上ベッドは置けないと思うんですけど。どうやって三人で寝るんですか?」
「「…………」」
メイリーンが不安気に瞳を揺らしながら素朴な疑問を零したことで、アデルだけが思わずピシリと硬直してしまう。同じ男であるはずのリオは何故か平気な顔をしており、寧ろアデルが頭を悩ませている姿を不思議そうにして見ていた。
「よーし!じゃあ皆で雑魚寝だぁ!」
「いや。我とリオが同じベッドで寝るべきであろうな」
意気揚々と呑気な提案をしたリオだったが、それはアデルによって即却下されてしまった。いい年をした男女が並んで寝ることが褒められるものでは無いことは、流石のアデルでも理解できたらしい。そもそも倫理観以前に、この家に大人三人が雑魚寝できるようなスペースは無いので、物理的にも不可能であった。
「えぇ、俺とアデルんが一緒に寝るの?やだぁ、ドキドキしちゃう」
「……先刻から気になっていたのだが、リオは男では無いのか?」
両頬を手で押さえながら、恥ずかしそうに身体をくねらせるリオを目の当たりにしたアデルは、追及して良いものか判断できなかった問題をとうとうぶつけた。それはメイリーンもずっと気になっていたらしく、激しく頷いて同調している。
「えへへ、どっちだと思う?」
「できれば真面目に答えて欲しいのだが」
「えぇー。だって真面目に答えたらすっごく長い話になっちゃうから、途中で寝ちゃうかもしれないよ、俺が」
最初はヘラヘラとした表情でのらりくらりとはぐらかしていたリオだが、アデルの真剣な相好を前にし、思わず不満気な声でそう言った。
「それでも構わぬから、話せる所まで話して欲しいのだ」
「…………じゃあ、なるべく長く話せるように頑張るから、途中で質問とかしないでね」
「承知したのだ」
「分かりました」
アデルに真剣に頼み込まれたことで、リオの方が折れてやったが、起きている自信が相当無いらしく、彼は条件を提示してきた。
その条件をアデルとメイリーンが了承したことを確認すると、リオはスゥっと息を吸い込んで説明の準備を整える。
「それじゃあ…………実は俺前世の記憶っていうのがあるんだけど、その前世っていうのがこのアンレズナとは違う世界の記憶で、その別の世界の日本っていう国でそこそこ幸せに暮らしていたんだけど、不運な事故で若くして死んじゃったわけ。
それであぁ死んじゃったなぁって思ってたんだけど、目が覚めたらこの世界で赤ん坊として生まれ変わっていたわけよ。
それで最初は前世の記憶とか知識はあるのに、赤ん坊の姿だから身体の自由利かないし、捨てられてるし、どうしたもんかなって思ってたんだけど、操志者としての才能と前世での技術があったから、何とか生き延びて孤児院に拾ってもらったんだよね。それでその孤児院で、ここが元いた世界とは違う異世界だっていうことに気づいて、前世の記憶を持ったまま輪廻転生しちゃったことを理解したわけ。
それでね。さっきの質問だけど、俺は確かに男の子なんだけど、前世では可愛いものが大好きな女の子だったわけ。だから前世の感覚が微妙に抜けなくて女の子としての感情が残ったまま、男の子としての気持ちもあるのよ。簡単に言えば両性みたいなものなんだよね。だから女の子可愛いなぁって思う気持ちはあるけど、アデルんみたいなイケメンにはやっぱりトキめいちゃうんだよね。
分かった?分かったよね?じゃあおやすみ……zzz」
「「…………」」
止めどなく話し続けたリオは、最後まで話し終えると一瞬の内にベッドに沈み込んで寝息を立て始めてしまう。
激流のように起きた出来事に頭が真っ白になってしまった二人は頻りに瞬きしながら、そんなリオを見つめることしか出来ていない。
アデルたちはただ興味本位でリオの性質を知りたいと思っただけだったのだが、思いがけずとんでもない真実を知ってしまい、どう反応すればいいのか分からなくなってしまったのだ。
「……よく」
「?」
「よく……このような大事なことを、今日会ったばかりの我たちに話そうと思ってくれたであるな……」
聞いたことも無い様な、荒唐無稽と一蹴されてもおかしくないような話。そんな大事なことを初対面の相手に話す不安は、アデルにも少しは理解できた。
アデルたちが彼の話を信じる保証も無ければ、受け入れてくれる保証もない。そして自身の内側に触れてしまうような話を、親しくも無い相手にするのは誰だって憚れるだろう。
にも拘らず、リオが正直に全てを語ったことが、アデルには衝撃だった。
そして、もしかしたらリオはアデルたちの反応を見るのが怖かったから、途中で茶々を入れるなと約束させ、話し終えた途端に眠ったのかもしれない。
それでもアデルにはリオの心情が分からず、その寝顔を神妙な面持ちで見つめることしか出来なかった。
次は明日投稿予定です。
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