37、男のような、女のような。1
アデルの転移術でゼルド王国へと移動したメイリーンは、一瞬で風景が変わる相変わらずの感覚に呆然としてしまう。
春の温かい木漏れ日が降り注ぐ森の中、メイリーンは思わずキョロキョロと目を泳がせた。
「相変わらず、すごいですね……」
「取り敢えず、我の家で試してもらってもよいだろうか?」
「あ……はい!」
アデルの言う〝試す〟というのは、エルを神の力で生き返らせることである。ようやくアデルに恩返し出来るかもしれない機会が訪れたので、メイリーンは意気込むように返事してしまう。
若干興奮気味のメイリーンに苦笑しつつ、アデルは彼女を連れて自宅へと向かった。
「……?」
「……アデル様?どうかなされましたか?」
家の扉に手をかけようとした時、アデルはある違和感に気づき当惑してしまう。そんな彼の異変を逸早く察知したメイリーンは、不安気な相好で首を傾げた。
「……結界が、破られているのだ」
「……結界って、アデル様が家に張っている結界のことですか?」
「あぁ」
アデルや、アデルが許した者以外の侵入を許さない結界。家全体に張られていたそれが、何故か解除されていたのだ。
原因は不明だが、何が理由であっても、メイリーンはアデルの結界が破られたことが信じられず当惑してしまう。
「どうして……」
「……取り敢えず入ってみるが、メイリーンは少しここで待っていてくれ」
「はい」
家の前の足踏みしても仕方が無いので、アデルは警戒しつつ中の様子を窺うことにした。メイリーンを待機させ、ゆっくりと扉に手をかけると、アデルは静かにその戸を引いた。
忍び足で部屋へと踏み込んだアデルは、目の前に広がる光景が理解不能すぎるあまり、呆けた表情で固まってしまった。
「…………」
「あ、アデル様?大丈夫ですか?」
「…………」
外から不安気なメイリーンの声が聞こえてくるが、アデルはそれに反応できない程呆けてしまっている。
アデルの困惑の理由。その原因は、彼の眼前で静かな寝息を立てていた。
百七十センチ程の身長とは思われるが、身体を丸めているのでとても分かりにくい。赤い髪をふんわりと短く切り揃えており、眠っているのでその瞳を窺うことは出来ない。健康的な肌色の身体は細身で、男性にしては筋肉の少ない人物だ。爪には青いネイルが施されている。
彼はアデルの見たことの無い様な衣服を身につけており、恐らく他国の人間であると思われた。
「アデル様?」
「……っ、すまない。入ってきても問題無いのだ」
ようやくメイリーンの声が真面に耳に入ってきたアデルは、思わずハッとして彼女を招き入れた。
「えっと……この方は……」
アデルと同じように、眠る彼を目の当たりにしたメイリーンは彼と同じように当惑していたが、アデル程驚いてはいなかった。何故なら、メイリーンは眠っている彼がアデルの知り合いだと勘違いしてしまったからだ。
よく考えてみれば、家主の一切知らない人間が人の家のベッドで寝こけているとは誰も思わないので、彼女の勘違いも仕方の無いことである。
「……誰であるか?此奴は」
「えっ!?アデル様の知っている方では……?」
「全然知らぬ人間なのだ」
だがその誤解もすぐに解け、メイリーンは増々当惑してしまう。
「じゃ、じゃあ……空き巣、でしょうか?」
「泥棒目的の空き巣だろうか?……にしては呑気に寝息を立てているが……」
正体不明の彼は随分と幸せそうな顔で静かな寝息を立てており、二つあるベッドの内、アデルが使っていた物を占領している。
「ど、どうするのですか?追い出した方が良いのでは……」
「……だが、万が一何らかの病か怪我で命辛々ここに辿り着き、療養しているのであれば追い出すわけには」
「それにしては気持ちよさそうに寝ていますが……」
アデルが危惧していたのは、彼が何らかの身体的苦痛を原因にここで休息している可能性である。だが見たところ身体のどこにも傷は無く、苦し気にしている様子も無いのでメイリーンは首を傾げてしまう。
「取り敢えず起こしてみるのだ」
「えっ!き、気をつけてくださいね……」
何の躊躇いも無く正体不明の人物に近づこうとするアデルの肝の太さに、メイリーンは困惑してしまう。
問題の人物の肩を揺するアデルの様子を、メイリーンは後ろからヒヤヒヤとしながら眺めている。
「おい。起きるのだ」
「…………んぅ……まだ眠いってぇ…………あと五分と言わず一時間……」
「「…………」」
声をかけても彼は目を覚ますことが無く、呑気な寝言を漏らすばかりでこちらの緊張感が馬鹿馬鹿しくなってくる程である。
全くもって意味が分からない侵入者に、アデルたちは最早何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
「いいから早く起きるのだ。それはお主のベッドでは無いぞ」
「んぅ?」
諦めずにアデルが呼びかけると、眠たく重い瞼がゆっくりと開き、吸い込まれるような真っ黒な瞳が露わになった。
メイリーンは彼の美しい容姿に思わず目を奪われるが、アデルはその色に興味をひかれている。
赤い髪に、黒い瞳。それはまさしくアデルの真逆で、ほんの少し親近感を抱いてしまったのだ。
悪魔の愛し子は何故か絶対に、黒髪に赤い瞳を持って生まれてくる。そして悪魔の愛し子以外にその色を持って生まれてくる存在は確認されていない。その為、眠っている彼が迫害されることは無いと信じたいアデルだが、ほんの少しでも類似点があれば差別されてしまうような世界であることも理解していた。
「えへへ……おやすみぃ……zzz」
そんなアデルの不安を余所に、一瞬だけ目を覚ました彼は幸せそうな声を上げると再び眠りについてしまった。
「この状況で二度寝するとは……」
「色んな意味ですごいですね……」
「相当疲れているのだな。もう少し寝かせてやるのだ」
「え?そういう結論になっちゃうんですか?…………というか、いいのですか?アデル様」
同じ光景を目の当たりにしているというのに、感性が全く異なるせいでメイリーンは目を白黒とさせてしまう。この状況で二度寝に突入する彼も彼だが、それを見てもっと休ませてやらねばと思うアデルもアデルである。
ボケなのか天然なのかよく分からない二人相手に、ツッコみが間に合いそうにも無く、メイリーンはそんな確認しか出来ない。
「少なくとも泥棒という線は薄くなったのでな。もし本当に悪党ならば、我たちを目にした途端慌てるはずである。呑気に二度寝に突入したということは、少なくとも此奴の中に罪悪感が無いということであるからな」
「確かに、そうですが……」
アデルの主張は確かに理屈が通っていたが、それにしても不審人物を一切追い出そうとしないのは、メイリーンにとってあっさりと享受できることでは無かった。
(アデル様ってもしかして、危機感が薄いのかしら……?いざという時は、私がしっかりしないと……!)
アデルが天然であることに気づき始めたメイリーンは、謎の使命感に駆られて心の中でそう決意を固くした。
「それよりも、此奴が起きる前にメイリーンの力が師匠に効くか試してみるのだ」
「そう、ですね……」
何か言いたげな相好で眠っている彼に視線を向けるメイリーンだったが、アデルの提案を呑むことにした。
アデルは背嚢からエルの憑代である犬のぬいぐるみを取り出すと、それをもう一つあるベッドに寝かせる。そしてぬいぐるみの中に込められている、エルを構成するジルを元に戻すと、一瞬の内に元のエルが素っ裸の状態でベッドの上に現れた。
アデルはそれを予期していたのですぐさま毛布を掛けてやったが、メイリーンは驚きのあまり両手で目元を覆って頬を染めている。
因みに憑代となった犬のぬいぐるみはエルの側で転がっており、本当にただのぬいぐるみに戻っている。
「よし。メイリーンが歌っている間に、我は師匠にかけている状態保持の術を一時的に解くのだ。そうしなければ、神の力を受けつけることも出来ぬからな」
「分かりました」
エルの死体を腐敗させないためにかけた状態保持の術は、対象に一切の変化をもたらさない代わりに、様々な外敵影響を無効化するメリットがある。なのでエルに何らかの攻撃がされてもその身体が傷つくことは無いのだ。
だが今回に限ってはその利点が仇となってしまうので、アデルは一時的に術を解いた。
「では、歌わせていただきます」
「よろしく頼むのだ」
メイリーンは深く深く深呼吸をすると、両手を組んでゆっくりと歌い始めた。相変わらず美しい歌声に、アデルは目的を忘れそうになる程聞き惚れてしまうが、メイリーンは内心震えるほど緊張していた。
アデルが唯一の望みをかけたのが神の力なので、メイリーンの責任は重大であった。
約五分間の歌はあっという間に終わりを告げ、後は詠唱を残すのみとなった。
「リヴァイブ」
エルに手を向けたメイリーンは、非常に落ち着いた声でその詠唱を唱えた。するとあの眩く優しい光がエルの身体を包み、アデルは思わず目を見開く。
だがその光は数秒で収まり、メイリーンは不安気な表情でエルの首元にそっと手を寄せる。
「……どうであるか?」
神妙な声音でアデルは尋ねるが、返事など最早いらなかった。
震える唇をぎゅっと噛みしめ、今にも泣きそうになっているメイリーンを目の当たりにしてしまえば、言われなくても結果は自ずと見えてくる。
「……脈を、感じられません」
「……そうで、あるか……」
今にも壊れてしまいそうな声で告げられ、アデルは静かにその事実を受け止めた。その声音に落胆は混じっておらず、実に淡々とした様子であった。だが、それが逆にメイリーンには涙を禁じ得ないものだった。
こんな時でも優しいアデルに、何もしてやれない自分が情けなかったから。
「申し訳ありませんっ……」
エルに再び状態保持の術をかけ、犬のぬいぐるみの中へと戻す間、メイリーンはアデルに向かって必死に頭を下げた。その悔し涙を隠すように。
「……すまぬ、メイリーン」
「アデル様が謝ることなんて何もっ……」
「我の目的に、メイリーンを巻き込んでしまい……そんな顔をさせて…………何を、しているのだろうな……我は。……師匠が見ているのなら、一喝されているところである」
「アデル様……」
重い声音で謝られ、メイリーンは思わず隠していた顔を上げてしまった。アデルの力になれないことを申し訳なく感じていたメイリーンだが、アデルは彼女にそんな思いをさせてしまったことを悔いていた。
自嘲する様な悲しい笑みを浮かべるアデルに、メイリーンは何と声をかけていいのか分からない。
「また、別の方法を探せばいいだけである。メイリーン……手伝ってくれるであるか?」
「もちろんですっ……アデル様」
ほんの少し首をかたむけて、優しい笑みを浮かべたアデルを目の当たりにしたメイリーンは、涙を拭ってキリッとした表情を見せる。
そんな彼女の強さを垣間見たアデルは、思わず目尻を下げた。
「それにしても。此奴はいつになれば起きるのだろうか?なぁ?師匠」
犬のぬいぐるみに戻ったエルを抱き上げて、アデルは問いかける。メイリーンが歌っていようと、神の力による光が眩くとも爆睡だった彼に、二人は最早苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
********
それからいくら経っても問題の彼が起きることは無く、外はすっかり暗くなり、アデルたちは夕食を取ることにした。
食料調達はアデルが、料理はメイリーンの方が得意なので彼女が担当した。食卓の上に美味しそうな料理が並び、香しい香りが部屋中に広がった。
すると、ベッドの上で眠っていた彼の鼻がピクピクっと動いていることにアデルは気づく。
「……起きたであるか?」
アデルのその声が耳に届いたのか、彼はぬくっと身体を起こして眠たい目を擦った。そしてそのままアデルたちの方を振り向くと、そのボンヤリとした目をパチクリと瞬きさせる。
「…………」
「「…………」」
「……………………泥棒?」
「お前がな」
コテンと首を傾げて尋ねた彼に、珍しくアデルがツッコみを入れてしまう。そんなアデルのツッコみを受けたことで、彼は段々とその意識をはっきりとさせていく。眠たそうなボンヤリとした顔から、徐々に徐々にその目を見開いていく変化は鮮烈である。
「……えっ!?ここって空き家じゃないの!?」
「違うのだ。我たちの家なのだ」
眠っていた姿からは想像もできないような大声で、彼は根本的な疑問を投げかけた。慌てている彼とは対照的に、アデルは心底冷静に答えているので、彼はポカンと間抜けに口を半開きにしてしまっている。
「そっかぁ。道理でこのベッドから他人の匂いがするわけだね。あ!ていうかこれイケメンくんのベッドね……クンクンクン……イケメンくんからベッドと同じ匂いがするわ」
随分とハイテンションでアデルの側によると、無遠慮にアデルの腕の匂いを嗅ぎ始める。
メイリーンは一瞬の内にベタベタとアデルに引っ付く彼に動揺してしまい、一方のアデルはどこからどう見ても男である彼が、女のような言葉遣いをしていることに首を傾げるのだった。
次は明日投稿予定です。
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