36、仮面の奥2
「実は、最初からサリドの下で働いていた訳では無いんだ。僕は首都から離れた場所で冒険者として働いていたんだが、母様からお前が城に住み始めたことを聞いてな」
全てのきっかけを語り始めたキラトの口から飛び出したのは、久しく会っていない母のことだった。
キラトは操志者の中でも実力が高く、冒険者として働くとかなりの収入を得ることが出来ていた。なので首都よりも冒険者としての依頼が多い別の土地で、家族のために仕事をしていたのだ。
「しかも城に誘ったのがサリドだと知って、嫌な予感はしていたんだ」
「兄様は、サリドがどのような人間かご存じだったのですか?」
「なんとなく、だがな。アイツの表情はいつも嘘くさくて、信用できなかったんだ」
メイリーンとは違い、キラトは王国から民主国へと変化した頃のサリドを知っている。その頃からキラトはサリドのことを良く思っていなかったのだ。
「だからメイリーンのことが心配になって……お前が城に住んでから半年程経った頃、僕は城に勤めることにしたんだ」
「よく、サリドが許しましたね」
「変装したんだよ。サリドにバレないようにな。コッソリ城で過ごすお前の姿を陰から見守っていたんだ」
「そうだったんですね……」
サリドにとって王族は自身の立場を脅かすかもしれない敵なので、キラトは身分を偽ることで城での立場を得たのだ。兄がメイリーンの為にそこまでしてくれていた事実を知り、彼女はほんの少し嬉しそうな声で呟いた。
「だけどある日を境に、城の中に居てもメイリーンの姿が見えなくなって、お前に何かあったんじゃないかって……だから、サリドに探りを入れたんだ」
********
『そういえば、最近メイリーン様を見かけませんが、どうなされたのでしょうか?……まぁ、神の力を手にしただけの小娘ですから、いなくなったところで何の問題もありませんけどね。これをきっかけに彼女を元首に望む国民が減ることを祈るばかりですが』
サリドの側で仕事をする機会があった際、キラトはわざとメイリーンを貶めるような物言いをしてみた。
サリドから情報を得る為とは言え、心にも思っていないことを発言するのはキラトにとって、心がズキリと痛むほどの苦行だった。
『ほう?お前はあの娘に元首は相応しくないと?』
『もちろんです。相応しいのは王族でもあの娘でもない……あなた様以外におりません』
首を垂れてそう断言したキラトを目の当たりにしたサリドは、思わずニヤリと口角を上げたのだった。
********
「――そのことをきっかけに、サリドは僕を仲間だと勘違いしてくれてね。メイリーンの声を奪ったことや、ミルを殺したこともペラペラ話してくれた。その時の会話を録音して、サリドの悪行の証拠を用意したんだ」
「それを皆さんに聞かせたんですね」
メイリーンに対して行った非道を本人の口から直接聞いてしまえば、疑う者など一人もいなかった。だから国民たちはメイリーンが置かれていた状況にようやく気付くことが出来たのだ。
「あぁ。サリドの部下になった後、僕は何とか手を尽くしてメイリーンの見張り役に任命されるよう仕向けた。メイリーンがどんな状況なのか確認できるし、他の奴に任せてお前が危険に晒されないとも限らなかったから」
「……どうして仮面を?」
「メイリーンの目を欺ける程の変装じゃなかったし、僕がいることを知ってお前を動揺させたくなかったんだ。サリドは相手の表情をよく見ているから、ちょっとの変化ですぐに僕のことがバレると思って……メイリーンは嘘が下手だからな」
図星を突かれてしまい、メイリーンは思わずむくれてしまう。
もしメイリーンが監視の正体に気づき、檻から脱出できる可能性を見出してしまえば、十中八九その嬉々が顔に出てしまっただろう。そんなメイリーンの変化に勘付かれてしまえば一巻の終わりである。その為、キラトの判断は間違っていなかった。
「すぐにでも真実を公表してお前を檻から出してやりたかったんだが、問題が山積みで……」
「問題?」
「まず、メイリーンの喉にかけられた術を解く術が無かった。もちろん、あの檻を壊す術も。それが可能なのはサリド本人だが、アイツは捕まったところで解いてくれるような男じゃないからな。加えて、ミルのことをどうすればいいのかも、僕には判断できなかった」
「っ……」
ミルはメイリーンが契約した精霊であり、彼女の唯一の友だった。悪霊になったからとはいえ、そんなミルをキラトの一存で討伐することは憚れたのだ。
そんなキラトの心情を察したメイリーンは、思わず息を詰まらせた。
「だから何とかメイリーンを解放する方法を探していたんだが……まさか、見知らぬ青年がその問題を解決してくれるとは」
コッソリその場から立ち去ろうとしていたアデルに視線を向けたキラトは、彼を呼び止めるように言った。
この国の者では無い上、悪魔の愛し子である自分がいても何の得にもならないと思っていたので、アデルはどこか離れた場所でメイリーンを待っていようと思い立ったのだ。
「我は……」
自身に注目が集まったせいで、アデルはフードに手を添えて、それを更に深く被ってしまう。ここまで大勢の人に注目されるのは故郷の避難所以来なので、彼らが愛し子としてのアデルを恐れることを危惧しているのだ。
「そのフードを、取れとは言いません。ですが、少なくとも僕は。妹を救ってくれたあなたが誰であろうと、軽蔑したりしません」
「……だが、我がここにいては国民が気分を悪くするのでは……」
フードの僅かな隙間からその黒髪と赤い瞳に気づいていたキラトは、アデルの心情を察して優しい言葉を投げかけた。それでもアデルの不安を完全に拭うことは出来ない。そう簡単に、悪魔に対する差別意識が無くならないことをアデルは知っているから。
メイリーンと共にサリドに立ち向かっていた場面を国民たちは見ていたが、その際にアデルの黒髪と赤い瞳もバッチリと目に焼き付けていた。その為、国民の中には怯えるような視線を向ける者や、メイリーンの恩人でもあるアデルに対してどう反応すれば良いのか分からず困惑している者が少なくなかった。
「……そんなこと無いと、はっきりと言えればよかったのですが……申し訳ありません、アデル様……ですがどうか、一人でどこかへ行ったりはしないでください。お願いします」
「……分かったのだ」
泣きそうに眉間に皺を寄せたメイリーンは、その思いを必死にアデルに伝えた。返しきれない程の恩を貰ったというのに、アデルを堂々と国民の前に立たせることが出来ないことが悔しく、だが同時に仕方が無いとも思ってしまう自分に嫌気が差したのだ。
それでも。この国の為に尽力してくれたアデルが逃げるようにこの場を去ることだけは、どうしてもメイリーンには享受できなかった。
「サリドのことは僕に任せてくれ。拘束し、然るべき対応をする」
「兄様……これからこの国は、どうなってしまうのでしょうか……?」
気絶するサリドに視線を向けたキラトは、真剣な相好で宣言した。だが、実質元首がいなくなってしまったこの国を、一体誰が今後導いていくのか。そんな不安を抱かない者はこの場にはいない。
「実は……国民の皆が受け入れてくれるのではあれば、僕が元首になろうと思っている」
「兄様が?」
キラトの口から告げられた彼の考えに、メイリーンだけでなくその場にいた全員が驚きを隠すことが出来なかった。一気にざわめきが広がり、国民たちの様々な感情が流れ込む。
「あぁ。時間がかかると思うし、実力で勝ち取らなければ意味は無いが、何とかやってみようと思っている」
「そうですか……兄様であれば、きっと大丈夫です」
「ありがとう……メイリーンはこれからどうするつもりなんだ?」
「私は……」
今後の展望を尋ねられ、メイリーンはほんの少し間沈黙する。だが、それは彼女が将来を一切見据えていないということでは無かった。
メイリーンは最初から決めていたのだ。授けられた神の力を、誰の為に使うのか。
「私は、アデル様について行こうと思っております」
「っ!」
真っ直ぐ前を向いて自身の意志を口にしたメイリーンに、アデルは驚きで目を見開く。アデルはメイリーンにエルの件を試してもらった後は、その結果に関わらず別れるものだと勝手に思い込んでいたので、思いがけない彼女の展望に驚きを隠せなかった。
「実は、アデル様に頼まれていることもまだ果たせていなくて……それに、アデル様と一緒にこの世界を見て回りたいのです」
「……そうか。分かった……メイリーンの好きにするといい。一年も、自由を制限されてきたのだから。いろんな世界を見るといいさ。彼になら安心してお前を預けられる」
メイリーンの意思を汲み取ってくれたキラトは、妹がこの国を離れることをあっさりと了承してくれた。もちろん、彼女自身に神の力というこれ以上ない盾があることと、実力者であるアデルの同伴が大きな妥協点になってはいるのだが。
「アデル様、よろしいでしょうか?」
「……我に断る理由など無いが……本当によいのであるか?」
「もちろんです。私の声を戻してくれたこと。檻から出してくれたこと。……ミルの為に尽力してくれたこと。この国の為に戦ってくださったこと。感謝してもしきれません。それに、恩を返したいだとか、それだけの理由では無くて。ただ私が、アデル様の側にいたいのです」
まるで花咲くような笑顔に、アデルは思わず目を奪われる。
メイリーンの中にアデルから貰った恩を返したいという思いは確かにあるが、それと同じぐらいにアデル自身の人柄に惹かれ、行動を共にしたいと思ったのだ。この決断が恩返しの為だけだとは思われたく無かったのか、メイリーンは素直な気持ちを正直に語った。
********
それから。サリドや彼の計画に加担した部下たちは厳重な牢に収監され、バランドールには平和が訪れたが、同時に混乱も渦巻いていた。
因みに、今回尽力してくれたギルドニスは意外にもあっさりと、アデルたちと別れることを決めた。ギルドニスのことだから、てっきりウザい程アデルについて回るのだろうと彼は思っていたのだが、やはり悪魔探しの方が重要だったらしい。
「ではアデル様。私はここで失礼いたします。一瞬でもアデル様と共闘できたこと、一生の思い出にしたいと思います」
「……新たな悪魔を探すのであるか?」
「はい。取り敢えず別の国に行ってみようかと」
にこりと破顔して言ったギルドニスに、アデルは何か言いたげな相好で尋ねた。ギルドニスが始受会を破門になった理由。破門になっても尚、悪魔を探そうとする理由。アデルはギルドニスのことを何も知らないので、少々不満なのだ。
だがギルドニスが素直に答えるわけも無く、結局アデルは何も分からないまま彼を見送った。
それから一週間ほど時間が経過し、バランドール民主国の王都では大々的な祭りが執り行われていた。それは、一年間自由を奪われていたメイリーンが、再び地上に足を踏み入れたことを祝うためと、メイリーンの歌を一年ぶりに披露するための祭りである。
最初は遠慮しようとしたアデルだが、メイリーンに根気強く誘われたことでコッソリと祭りを楽しむことになった。そしてメイリーンは即席で作った舞台の上でたくさんの歌を歌い、国民たちに温かい感動を与えた。
メイリーンはその歌の力を使い、今回の件で被害を受けた建物などの復旧まで行ってしまったので、アデルは感心するばかりである。
一年ぶりにこんなにも楽しい思い出を経験し、大好きな歌を思い切り歌うことも出来たメイリーンはその日、飾らない屈託のない笑顔を絶やすことが無かった。
そうして祭りはあっという間に終わり、メイリーンがバランドール民主国から旅立つ日がやって来た。
アデルの転移術で一瞬にしてゼルド王国へと移動してしまうので、メイリーンを見送る為に城の前には国民たちが大勢集まっていた。
「メイリーン。気をつけてな」
「はい、兄様。たまには顔を出しますから、心配なさらないでください」
眉を下げ、優しい眼差しでメイリーンを見下ろすキラトに、彼女は心配をかけまいと晴れやかな笑顔を浮かべた。
「メイリーン様……」
だが、国民たちは未だ現実を受け入れられていないのか、不安気な声音で次々とメイリーンの名を呼んでいる。彼女が檻に囚われ、苦しみ続けていたことを知らず、唐突にその事実を告げられた彼らはどうすればいいのかも分からぬまま、彼女の旅立ちを見送らなければならないのだ。
メイリーンに対する謝罪も、感謝の思いも全く伝えきれていない国民が大多数で、涙を浮かべている者までいる。そんな彼らを励ます為、メイリーンは慈愛に満ちた笑みを浮かべて口を開く。
「……皆さん。ここは私の、唯一無二の故郷です。もしバランドールに何かあれば、必ず助けに駆け付けます。落ち着いたら、また遊びに来ますから……どうか、そんな顔しないでください」
「「はい……」」
国民たちの返事を受け止めたメイリーンは、優しく破顔一笑する。煌めくような彼女の表情を、温かい日差しが照らし、その銀髪もキラキラと反射している。こうして、メイリーンは一五年過ごしてきた国に別れを告げるのだった。
次は明日投稿予定です。
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