27、囚われの少女3
悪魔の愛し子はこの世界の人間であれば誰もが知る、嫌悪と恐怖の象徴である。アデルの住んでいたゼルド王国だけではなく、他の九の国でもその認識は変わらない。
だからこそメイリーンもアデルを見た瞬間、鳥肌が立ってしまう程の衝撃を受けたのだが、それでも彼は喉の呪いを解いてくれた恩人である。
だからメイリーンはアデルを敬って頭を下げた。恩人に対して失礼が無い様に。
「いや。突然現れた悪魔の愛し子と普通に接してくれているのだ。感謝こそしても、気を悪くすることなど無いのだ」
「……そう、ですか」
申し訳無さそうにしている彼女を気遣ったアデルの言葉に、メイリーンは思わず表情を暗くしてしまう。彼女は甘く見ていたのだ。悪魔の愛し子に対する迫害を。
アデルの物言いはまるで、自分が蔑まれるのは当たり前であると捉えているように聞こえた。そして、そんな非情な当たり前が植え付けられる程彼が蔑ろにされてきたことを、メイリーンは理解せざるを得なかったのだ。
「そのように落ち込む必要はないのだ。……確かに辛いことは今まで多く経験してきたが、我はこれでも中々いい人生を送っているのだ。案ずる必要はない」
「……ふふっ」
「何かおかしかったであるか?」
「いえっ…………ふふっ……」
どこかズレているアデルの励ましに、メイリーンは思わずクスっと笑みを溢してしまった。だが本人は彼女の笑顔の理由に全く見当がつかず、キョトンと首を傾げている。
ツボにはまってしまったのか、口元を両手で押さえて笑いを堪えている彼女をじっと見つめたアデルは、どこか優し気な笑みを浮かべると、
「笑顔を隠す必要など無いのだ。暗い表情よりもよっぽど愛らしいのだから」
「……へ」
そんな無自覚な殺し文句を言って、いとも簡単にメイリーンを硬直させてしまうのだった。
「どうかしたであるか?」
「い、いえっ、何でもありません……」
耳まで真っ赤にしながら首を振って何とか誤魔化したメイリーンは、熱を冷まそうと頬に両手を当てる。同年代の異性と接した経験が少ないので、メイリーンには耐性が無いのだ。
「あ、あの!」
「ん?」
ナメクジのように身体をくねらせていたかと思えば、突然立ち上がってはきはきとした声を上げた彼女の奇行(?)に、アデルはドン引きせず尋ねてやった。
「あ、改めまして。メイリーン・ランゼルフと申します」
バクバクと鳴り響く心臓の音を誤魔化す様に、メイリーンは改めて自己紹介をした。スカートの裾を軽く持ち上げ、滑らかに足を滑らせる。美しいメイリーンのカーテシーを初めて見たアデルは、思わずその洗練された動きに目を奪われた。
「アデル様。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何であるか?」
「アデル様は、どういったご用件でここに?」
スカートの裾から手を離し、スッと姿勢を正したメイリーンは話を切り替えるように尋ねた。
「……我には、どうしても果たしたい目的があるのだ。だがそれは、普通に考えて達成が不可能な目的で……その不可能を、唯一覆すことが出来るかもしれないのがメイリーンの力なのだ」
「つまり、私に与えられている神の力を貸してほしいということでしょうか?」
「あぁ」
初対面の相手に対して図々しいとは思いつつ、隠しても意味が無いのでアデルは正直に用件を告げた。
メイリーンの行使する神の力を頼りに遠路はるばる訪れたアデルではあったが、彼女に断られる可能性も十分にあった。
なので内心不安を覚えながら、アデルは彼女の反応を窺っていた。
「私の声を元に戻してくださった恩人の頼みです。私で力になれるのなら、喜んで」
「っ!本当であるか!?」
「はい。もちろんです」
メイリーンからの了承を得ることが出来たアデルは、思わずぱぁっと子供らしい笑顔を浮かべて声を跳ねさせた。
「感謝するぞ、メイリーン…………我からも、一つ聞いても良いだろうか?」
「……はい」
「……何故お前は、こんな檻に囚われているのだ?」
この部屋に入り、初めて彼女を目にした時から抱いていた疑問。それをぶつけたアデルと、ぶつけられたメイリーンは思わず重い空気を醸し出してしまう。
この国の宝であるメイリーン・ランゼルフは城で丁重に扱われている。快活な表情で言っていた店員に嘘は無いように思えた。その為アデルからしてみれば、街で聞いた話とは大分状況が違っていたので、その困惑は一入である。
「実は……私が借り受けている、神の力を疎ましく思っている方がいるのです」
「その者がこの檻を?」
「はい。私が生まれたのは、この国が王国から民主国となったばかりの頃で。私は王族の血筋に産まれながら、幼少期は平民と大差ない生活を送ってきました。ですが、神アポロン様にこの特別な力を与えられてから、全てが変わったのです」
メイリーンをこのような檻に入れた張本人。その人物との出会いを語るため、メイリーンは自身のルーツを話し始めた。
「最初はとても光栄なことだと思いました。私は子供の時から歌うのが大好きで、それを神アポロン様が気に入って下さり、畏れ多くも彼の力を使わせてもらい、それによって街の皆さんが喜んでくれて……私には、歌しか無かったので。歌は人々に感動を与えることは出来ますが、それでお腹が膨れるわけでも、傷ついた身体を癒せるわけでもありません。ですが、この力にはそれが出来る。多くの人々の病気やケガを癒すことも、恐ろしい災害級野獣たちを倒すことも。歌しか取り柄の無かった私が、皆さんのお役に立てる。そのことが嬉しくて、当時は毎日のように歌っていました」
メイリーンは小さな頃から自己評価が低く、役に立てない自分を責めていた。アデルからしてみれば、その容姿も、声も、優しい雰囲気も、丁寧な作法も、誇っていい程の長所に思えたのだが、本人はその魅力に気づけていないのだ。
だからこそ、自身にとって唯一の特技である歌で、人々を救うことが出来ることが彼女は嬉しかった。
「そして、神アポロン様のお力を使えることが分かってから、私は何者にも代えがたい友人にも恵まれました」
「友人?」
「はい……実は私、精霊術師なのです」
その単語を聞いたアデルは思わず目を見開いた。精霊術師の話は何度か聞いたことがあったが、実際に術師や精霊に会ったことが無かったのでアデルは少々驚いてしまったのだ。
「この世界のジルによる力と、神々たちが行使する神力というものには決定的な違いがあります。住む世界が違うので、当たり前のことです。ですので、私は神の力をそのまま使うのではなく、それとほぼ同じものをジルに変換して使用していたのです。ですがそれには膨大なジルが必要になり、ただの人間が行使するのは中々厳しかったのです」
「そうであろうな。人間は、自身の意志でジルを生み出すことが出来ない」
アデルの解説に、メイリーンは静かに首肯してみせる。
神の力は神にしか使うことが出来ない。これは当たり前のことである。天界から直接神がその力を届けるのであれば話は別だが、それはメイリーンの意志で操作できるものではない。その為、彼女が自分の意思で、自分の裁量で神の力を行使するのは不可能だ。
だが、神の力と同等の力であれば話は変わってくる。神アポロンは自身の力をジルによって発生させるプロセスをメイリーンに埋め込み、彼女の歌と意志をトリガーに設定したのだ。
「ですので私は、その必要なジルを手に入れるために精霊と契約したのです」
「その精霊が友人だと?」
「はい。ミルという、とても可愛らしい精霊です」
かつての友を姿を思い起こすと、メイリーンは目を細めてその記憶を辿った。彼女が契約したミルは、大型犬のような姿をした精霊で、真っ黒な毛並みも相まってオオカミにも見える変わった精霊であった。
「ミルはよく私の歌を褒めてくれて、いつも私のことを気遣ってくれて……一番大切な友人で、家族のように接していました。おかげで私は、毎日幸せで満ち足りた生活を送っていたんです」
流石のアデルでも、今までの話が全て過去形であることには気づいていた。そしてその過去が今現在に至るまでの、大きなきっかけこそが彼女の言う〝疎ましく思っている者〟であることは明白であった。
「……でもある日、あの男が現れたのです」
「あの男?」
「この国の元首、サリド・エスカジュークです」
アデルの全く知らない人物ではあったが、元首というだけでその者がこの国でも指折りの実力者であることはすぐに分かった。才能と実力を尊ぶこの国の常識を作り、民主国となったバランドールの最高権力者ということは、その男もかなりの実力者で無ければ辻褄が合わないからだ。
「彼が私の前に現れたのは二年前です。初めて会った時、私は彼に好印象を覚えました。その仮面の向こうにある本心に気づけずに……彼は、私がこの国の重要人物として城に拠点を置くことを提案してきました。最初はお断りしたのですが、特にこれと言って拒否する理由も無く、結局は彼の提案を呑むことにしたのです。それから一年は何事も無く、城での不自由のない生活が過ぎて行きました。外に出たいと言えば、護衛をつけての外出を許可されましたし、こんな檻の中で生活をしていた訳でもありません。でも今思えば、この一年間は彼の計画をより円滑に進めるための準備期間に過ぎなかったのだと思います」
「準備期間?」
「はい。私や、私を良く知る国民を欺くための」
メイリーンが突然姿を消せば、彼女を知る者たちが騒ぎ立ててしまうので、最初の一年は城に住居を移した事実をできるだけ公にしたのだ。城から街に下りたメイリーンがいつもと変わらない様子であることを国民に確認させ、彼女は城で幸せに暮らしているという認識を植え付けるために。
そうすれば例えメイリーンが姿を見せなくなっても、何らかの理由で街に来れないだけで、まさか囚われているとは誰も思わない。国民は、城での幸せな生活を送っているメイリーンを知っているから。
「城での生活に慣れてきた頃。彼は……私の喉にあの呪いのような術をかけたのです。もう二度と、私が歌えないように」
「っ……」
メイリーンの声を奪ったのはそれ自体が目的ではなく、二度と神の力を行使できないようにするためだった。その為だけに、彼女の美しい声を奪ったサリドに、アデルは言いようのない怒りを覚えてしまう。
「そしてその時、私を守ろうとしてくれたミルも……殺されてしまいました」
「っ……!?」
眉間に皺を寄せ、グッと涙を堪えているメイリーンの表情を目の当たりにしたアデルは唐突に、何故かエルのことを思い出してしまう。
誰よりも大事な存在を理不尽に奪われたという点において、アデルとメイリーンは同じ境遇に生きていると言えた。その為アデルは、大事な者の死を嘆くメイリーンと自分を重ねてしまったのだ。
「……アデル様?どうかしましたか?」
「いや……何でも無いのだ」
彼がどこか呆然としていることに気づき尋ねたメイリーンだったが、その返答もどこかボンヤリとしていたので増々困惑してしまう。
「そう、ですか……。
ミルを殺されたことで、私は失意のどん底に陥り、そのままこの檻に囚われてしまったのです」
ことの経緯を話し終えたメイリーンは、久しぶりに長話をしたせいで想像以上に体力を消耗してしまい、急いで水分を取り始めた。その様子をじっと見つめていたアデルは、
「……我であればこの檻も壊すことが出来るが、どうする?」
メイリーンにとっての、救いの提案を持ちかけた。
手を差し伸べられたメイリーンはほんの少し目を見開くが、すぐに俯いて神妙な面持ちになってしまう。
「この檻を壊して、ここから逃げ出したとしても、あの男はどんな手を使ってでも私を探し出します。そうなれば良くて逆戻り、悪くて殺されるでしょう。彼のことです。例え私が彼の行いを国民に暴露したところで、ずる賢いサリドは証拠も残していないでしょうし、言葉巧みにしらばっくれると思います」
「つまり、檻を壊しても意味が無いと言いたいのだな」
「……アデル様の気持ちは嬉しいのですが、私は……」
俯いた顔に影がかかり、メイリーンがサリドのことを過度に恐れている事実が犇々と伝わってくる。今なら神の力も使える彼女がそこまで恐れるサリドという男に、アデルはほんの少し興味を抱いてしまう程である。
経験で積み重なったサリドに対する恐怖のせいで、この檻から逃れることを諦めている彼女の、暗い相好を静かに見つめていたアデルはふとあることを思いついてしまう。
「……では、我がその男を殺すのはどうだろうか?」
「……え」
アデルが冷静に提示してきた提案を信じたくないあまり、瞬時に理解できなかったメイリーンは、呆けた様な声しか発することが出来なかった。
次は明日投稿予定です。
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