26、囚われの少女2
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「なるほど……王族という理由ではなく、神の力を行使できる実力者として、その少女は尊ばれているのだな」
メイリーンが王族であることを知らなかった為、アデルは驚きでほんの少し間を置いた後、口を開いた。エルは一言もそんなことを話していなかったのだが、メイリーンの名前まで知っていたエルがこの事実を知らなかったとは到底思えない。
恐らくエルにとって彼女の血筋は心底どうでも良く、そしてそれはアデルに当て嵌めても同じことだと考え、敢えて言う必要は無いと判断したのだろう。アデルは朧気にそう思った。
「えぇ!とっても美しくて、うっとりしちゃうぐらいの歌声なのよ!」
「聞いたことがあるのか?」
「もちろん!……って言っても、随分前になってしまうけれど」
「最近は、聞けていないのだ?」
「そうなのよ……昔はよく街に下りて歌を披露してくれたのに……」
傷心した様に言った店員からの情報に、アデルは思わず顎をつかみながら思案する。ここ最近メイリーンが街に下りていないのなら、アデルが自然に彼女に会える可能性は低い。それに加えて、彼女が姿を見せなくなった理由もアデルは気になってしまった。
「そんなことよりお客さん!どう?食べていかない?」
店員に勧められた途端、アデルの腹から空腹を知らせる鳴き声が響く。アデルにとって空腹は一時的なものでしか無いが、目の前に広がる軽食はそれを埋めるのに丁度良さそうである。
「……いただこう」
「まいど!」
腹の音から一瞬間を置いて答えると、アデルは串に刺さった何かの肉を購入した。
一口食べてみると甘辛い味が口に広がり、程よい弾力のある肉との相性がいい。ゼルド王国にはあまりないタイプの料理だったが、不味くなければ何でも食べるタイプだったので、アデルはあっという間に完食するのだった。
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水色の春空の下、アデルは城を見上げながら首をひねっていた。
「やはりこうして見ると立派であるな……」
この国の重鎮たち、そしてその関係者のみが足を踏み入れることを許されている城に、他国のアデルが入れる道理は無い。つまりはメイリーンにも当然会えないということだ。
それではこの国に訪れた意味が無いので、何とかしてメイリーンと接触する方法は無いものかと、アデルは頭を捻っているのだ。
「……偉い人間は上にいるものだと、師匠が以前言っていたな……」
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『権力を持ってる奴の半分ぐらいは、下の連中を見下ろすことが好きなんだ。だから馬鹿の一つ覚えみたいに高い所に行きたがる。高い所から物理的に見下ろすことで自分が偉いんだって実感したいんだよ。おめでたいだろ?』
エルの捻くれた価値観をふと思い出したアデルは、城のてっぺんに狙いを定める。別にメイリーンをそんな奴だと思っているわけでは無いが、この国の重要人物が下の階にいるとも思えなかったのだ。
アデルは人目につかない場所に移動すると、透明化の術を自身にかけた。体の中のジルを操って外の風景と同化させているだけなので、厳密には透明化では無いのだが。カメレオンのように自身の姿を他者から視認できないようにすると、アデルはふわっと体を浮かせた。
空気中のジルを操り、そのジルによって身体を押し出す要領で浮かせているのだ。要は空気に身体を運ばせているのだが、これによってアデルは鳥のように飛行することも出来るのだ。
早速城の上層部へと向かったアデルは、上から順に窓を覗いて回った。彼が先刻透明化を使ったのはこれが原因である。空を飛び、あまつさえ城の様子を窺っている不審人物として見つかれば面倒なことになるのは必至なので、アデルはそれを避けたのだ。
城の周りをぐるっと一周したところで、最上階にそれらしき人物がいないことを確認したアデルは、その一つ下の階を確認し始める。するとその階の一室。大きないくつかの窓の違和感を察知したアデルは、その部屋の前で停止する。
「この部分だけ、中が見えないのである……」
他の部屋の窓とは違い、何故かその部屋だけは外から中の様子を窺うことが出来なかったのだ。濁ったような、曇っているような窓に何らかの術がかけられていることを察すると、アデルはその術を解析し始めた。
「光の反射を利用しているのだろうか?……まぁ、理屈はよく分からないが、術の仕組みが簡単で安心したのだ。解くのは造作も無さそうである」
あまり頭脳労働が得意では無いので、理屈を理解するのを諦めると早速、アデルは窓に施されている術を解いた。途端、見えなかった室内の様子がアデルの視界に飛び込んでくる。
「どうやら当たりのようであるな」
窓の向こうでしゃがみ込んでいる銀髪の少女を見つけると、アデルは安堵したように呟いた。正面から行って会える訳も無いので、アデルの取れる選択はこの窓を壊してメイリーンと接触することだけだ。
足踏みしても仕方が無いので、アデルは早速窓に向かって迷いない拳をぶつける。刹那、パリンッ!と窓に大きなヒビが入った。
「ん?意外と硬い窓であるな」
硬い硬くない以前に、結界の張られている窓だったのだが、拳一撃だけでヒビが入ってしまったので結界の面目は丸潰れである。
だが、アデルは一発で割るつもりだったのでキョトンと首を傾げている。その一発で結界を壊し、更には奥の窓にまでヒビを入れたという事実には気づいていないようだ。
ヒビが入れば、後はその部分目掛けて身体を滑り込ませるだけなので、アデルは迷うことなく飛び込んだ。その瞬間、アデルは自身にかけていた透明化と髪の色を元に戻した。
アデルの黒髪を見せて怯えられる可能性は十分にあったが、彼女の力に頼ろうとしている分際で、欺くようなことを彼はしたくなかったのだ。
ありのままの姿で窓をぶち破ると、驚きのあまり瞬きもせず固まっているメイリーンの姿が目に入った。
「っ!」
「……ん?……妙な檻であるな」
だがすぐにアデルの関心はメイリーンから、彼女の囚われている檻に移る。見上げて漸く頂点がギリギリ見えるか見えないかという大きさの、無駄に煌びやかな鳥かご。そんな印象をアデルは抱いた。
材質は金で、細い檻は繊細そうな作りである。だがいくら美しい檻であっても、アデルは思わず顔を顰めてしまった。
まるで人を人とも思っていないような。その檻は、まるでメイリーンをペットとして扱っているように見えて仕方が無かったからだ。
「っ……っ……」
「……」
アデルはふと、何か大事なことを見落としているような違和感に襲われる。アデルの侵入に心底驚いているように見えるのに、一切話しかけないどころか、助けを呼ぼうともしないメイリーンの様子はどこかおかしかった。
口を開けて何かを訴えかけようとしているというのに、肝心の声は出そうとしない。聞こえるのはメイリーンの口から漏れる虚しい息の音だけである。
「……メイリーン・ランゼルフであるか?」
「っ……」
視線を合わせる様に膝をついたアデルの問いに、メイリーンは二回頷くことで返事をした。だがメイリーンはどこか落ち着かない様子で窓の方を気にしており、アデルは漸く彼女の意図を理解した。
「……あぁ、すまぬ。窓が割れたままであるな」
「……」
割れた破片全てのジルを操り、アデルは窓を元の状態に復元した。その早業にメイリーンが呆けている間に、窓に外から覗けないようにする術をアデルは念の為かけた。
「メイリーン、この窓に結界は張られていたのだろうか?」
「っ……」
アデルの問いに対し、メイリーンは頷くことで肯定を示した。一向に声を出さない彼女を不思議に思いつつ、アデルは窓に丁度いい強度の結界を張る。元々の結界がアデルの拳一発で壊れてしまう程度だったので、普段アデルが張る結界の何倍も強度は低い。
弱めの結界を張り終え、再びメイリーンの方を向くと、アデルはあることに気づいて口を開く。
「……ん?お前、喉に妙な術がかけられているな」
「っ!」
途端、メイリーンの呼吸が止まったような静けさが走る。驚きのあまり口元に手を当てている彼女に、アデルは少しずつ近づいていて精悍な眼差しを向ける。
アデルの目には、彼女の喉に黒く禍々しい何かが絡みついているように見え、その術をかけた人物の執念が感じられた。
「……これは、解いても良いものなのか?」
「っ!?」
途端、驚きのあまり立ち上がった彼女とアデルの視線が交錯する。酷く慌てたように、檻の中にある机に向かって走り出したメイリーンは、そこから紙と筆を取り出す。走り書きで何かを書いた彼女は、急いでその紙をアデルの眼前に突き出した。
〝解けるのですか?〟
「……あぁ。我であれば解ける。解くか?」
一瞬で書かれたとは思えない程達筆な文字にアデルは目を奪われるが、すぐに彼女からの初めての問いに答えた。
そんな彼の返事を聞いた途端、メイリーンの瞳に光が滲む。今にも泣きそうな悲痛な表情に見えたが、実際は心の底から湧き出る喜びの表れであった。
両手をぎゅっと胸の前で握ると、メイリーンは一度だけ深く深く頷いた。ゆっくりと顔を上げるメイリーンの動きは、彼女の感情そのものを体現しているようである。
「了解なのだ」
アデルは檻の細い隙間から腕を入れると、彼女の喉元にそっと触れる。そして彼女の首に纏わりつく呪いのような術を内から解いていく。窓に施されていた術や結界よりは複雑な構造になっていたが、アデルに壊せないものでは無かったので、ものの十数秒で術はあっさりと解けた。
「っ……!」
「解けたであるぞ。試しに声を出してみるのだ」
早速、喉の感覚が違うことに気づき、メイリーンは思わず震える手で喉を押さえてしまう。自身の自由を奪った象徴とも呼べる、声を封じる呪いが解けたことに対する喜び。そして、これでも声が出せないかもしれないという不安。それらが渦巻いて、メイリーンは心臓をバクバクと鳴らしていた。
「っ……あ……はぁっ……」
「……」
掠れたような小さな声ではあったが、その吐き出された一言だけでアデルは陶然としてしまう。千年に一度の声の持ち主と呼ばれるにふさわしい、聞いたことの無い様な美しい声であった。
繊細で、ほんの少し高い。決して大きくは無いのに、よく通りそうな声。その声を聞くだけで、耳から脳に直接触れられるような感覚があった。
「う、うそ……声が……」
久方ぶりに自身の声を聞いたメイリーンは、震える声と共にポロポロと雫のような涙を零した。この檻に囚われてから、メイリーンはすっかり諦めてしまっていた。自分の武器を取り戻すことを。
一度は諦めたその声を出せる自由に、どうしようもない歓喜が湧いて止まない。これまでの苦しみ、諦め、絶望を思い出すと、涙が止まるわけが無かった。
「っ……どうしたのだ?何か辛いことがあったのか?」
だが彼女の事情も心情も知らないアデルは、彼女が突然泣き出したことに酷く当惑してしまい、慌てながら優しい口調で問いかけた。
エル同様、誰かに泣かれることに慣れていないアデルの狼狽っぷりを目の当たりにしたメイリーンは、思わずクスっと笑みを溢してしまう。
「いいえ……っ、いいえっ……ただ、嬉しくて……」
「……そうであるか」
アデルの不安を拭う様に、頻りに首を横に振る間も、メイリーンは込み上げてくる涙を堪えることが出来ない。
一方、それが嬉し涙であることを悟ったアデルは、一先ず安心した様にほっと息をついた。
「コホっ、ケホっ……」
「急にしゃべって喉がつかえているのかもしれぬ。何か飲むといい」
「あ、はい……」
少し咳き込み、心配したアデルから助言を貰ったメイリーンは机に向かって歩き出した。机の上には水差しとグラスがあり、彼女はグラスに水を注いでゆっくりとそれを飲み干した。
「これでようやく、話ができるであるな」
「あ、あの……ありがとうございました。感謝しても、しきれません」
メイリーンの声は水を飲んだことでほんの少し掠れが解消されていた。
「我はアデル・クルシュ……いや、アデルだ。もう分かっているとは思うが、悪魔の愛し子と呼ばれている者である」
「あ……」
とうの昔にクルシュルージュ家とは絶縁状態になっているので、アデルはその姓を名乗らなかった。
一方、悪魔の愛し子であることを告げられたメイリーンは、ほんの少し困ったような相好で声を漏らした。
だがその表情に恐れは滲んでおらず、アデルは取り敢えずホッとする。
「やはり……そうなのですね……」
「……あまり驚かないのだな」
神妙な面持ちで受け入れるばかりで、一向に怯えたり見下したりしないメイリーンの態度に、アデルは思わず呆けた様に素朴な疑問を零した。
「あ、いえ……もちろん、その黒髪と赤い瞳を見た時は驚きましたが……もっと、怖い人だと思っていたので、今はそれ程……あ、気を悪くされてしまったら、申し訳ありませんっ……」
愛し子だからと言って、決して自身を蔑まない彼女を目の当たりにし、アデルは驚きと温かい感情に目を見開いたのだった。
次は明日投稿予定です。
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