21、悪魔1
悪魔教団〝始受会〟本部、討論の間。ギルドニスを回収したニーナは、彼と共にその場所へと足を速めていた。
ギルドニスが敗れた現段階で、呑気に傍観者を気取れる信者は一人もいない。特に予定があった訳では無いが、幹部が集って意見交換をする必要があるとニーナは考えた。
それは他の主教たちも同じで、示し合わせるまでも無く全員が討論の間に勢揃いしているだろうとニーナは踏んだのだ。
討論の間の扉をニーナが開けると、そこには先客が三名程いた。三人のうちの一人は、集いの間でニーナが睨みつけた大柄の男である。
「お。戻ったか……ククっ、おいギル!愛し子様にコテンパンにやられた感想くれよぉ」
入室したギルドニスたちに逸早く反応したのは大柄な男――ハッチで、アデルに負けたギルドニスを挑発するように声をかけた。
「そうですね……とてもとても、興奮しましたっ……」
「チッ……このイカレ変態が」
恍惚とした表情で先の戦闘を思い出しながら答えたギルドニスに、全員が軽蔑の眼差しを向けた。煽りがいの無いギルドニスの反応が気に入らなかったのか、ハッチは舌打ちして不満気な相好を露わにする。
「あ、あのぉ……」
奇妙な空気が討論の間に流れる中、気弱そうな声と共におずおずと手を挙げたのは、先客三人の内の一人――小柄な青年だった。
百六十センチ程の身長に、掴めば折れてしまいそうな程ヒョロヒョロの身体。クリーム色の髪はボサボサな上、丸い眼鏡をかけているせいで顔がよく見えていない。そんな彼の顔を見たことがある人間は、指で数える程度である。
「僕の記憶が正しければ、確かギルドニスさんは始受会第一支部主教であり、この始受会最強の信者だったはずですけど……そんなギルドニスさんが負けちゃったってことは、もう終わりってことじゃないですか……?」
不安気な声で尋ねた小柄な青年――ササノ・セッコウの意見は極端ではあったが一利もあった。
「ま、コイツが負けたんだから私たちが単独で挑んでも勝ち目は無いでしょうね」
「えぇ!?じゃあどうすんのよ?そんなこと言ってもユメたち五人で挑むわけにもいかないじゃん。負けたらシャレになんないし!」
ササノの意見に一部同意したニーナに対し、駄々をこねる子供の様な声で発言したのは、先客三人の内の最後の一人――十代半ばに見える少女だった。
ササノよりも少し高い背丈に、主張の強い胸はニーナが妬む程であるが、その性格は始受会の中で最も子供っぽく、年相応でもあった。桃色の艶のある長い髪は高い位置でツインテールにしており、ぱっつん前髪がその可愛らしさを倍増させている。零れるほど大きな瞳は金色で、長い睫毛が更にその存在感を放っていた。
「アデル様はよっぽどのことが無い限り私たちを殺さないと思うので、それは杞憂な気もしますが。あなた方が怖気づいているのであれば仕方ないですね」
自身をユメと呼んだ少女――ユメ・ドロップメイトの心配を鼻で笑ったギルドニスに、全員が鋭い睨みを利かせた。
「あぁ?てめぇ負けた癖に生きてノコノコ帰ってきたクズが、どの面下げて上から目線決め込んでんだよ」
「ほんと同感」
苛立った様子でギルドニスに対する苦言を呈したハッチに、先刻ほぼ同じことをツッコんだばかりのニーナが激しく頷いて同意した。
ハッチはギルドニスの胸ぐらを掴んで凄むが、当の本人は嘲笑を浮かべるばかりで怯える様子が一切ない。寧ろ全く関係の無いササノが最もその険悪な雰囲気に怯えており、頻りに目を泳がせている。
「文句があるならもっと鍛錬を積んで一度でも私に勝ってから言ってください」
「はぁ!?もういっぺん言ってみろゴラァ!」
「あ、あの……ふ、二人とも落ち着いて……」
口論が過激化してきたことで、ササノが怯えながらも必死に仲裁に入り始めた。常に他人を見下しているようなギルドニスと、激情型のハッチはいつも反りが合わず、こうして喧嘩に発展することが多いのだ。
「ほーんと男って馬鹿ばっか」
「同感」
そんな二人を冷めた目で見つめているユメは呆れた様に本音を零し、全く同じ視線を男性陣に向けているニーナは本日二度目の同調をしている。
「ほら。女性陣に馬鹿扱いされてしまいましたよ、ボッチさん」
「ハッチだ!てめぇわざと間違えてんだろ!?」
「あ、あの……それぐらいに……」
「当たり前じゃないですか。あなた、私が名前も覚えられないような馬鹿だと思っていたんですか?心外です」
「あ、あのぉ……」
「あっさり認めてんじゃねぇよ!そのふざけたあだ名さっさと……」
「っ……それぐらいにしろっつってんだろうがああ!!!」
討論の間に、鼓膜が破れてしまいそうな怒鳴り声が響き渡った。その声の主は何と気弱なササノで、全員が思わず目を点にしてしまう。
だがササノの豹変っぷりは今に始まったことではなく、始受会の主教たちにとっては慣れたものであった。慣れているからと言って、そのギャップに一切怯えない訳では全く無いのだが。
堰を切ったようなササノのドスの効いた声は、蚊帳の外であった女性陣までもが硬直してしまう程の威力とギャップがあった。
「「…………すいません」」
口論していた二人はササノが激昂し始めたら潮時だと思っているのか、先刻までの態度が嘘のように仲良く揃って陳謝した。
一方、堪忍袋の緒が切れるどころか大爆発してしまったササノは、荒い呼吸で精神を落ち着かせている。
『ちょっと、何ササノ怒らせてるのよ。ササノが怒らせたら一番怖いこと知ってんでしょ?』
『わ、悪かったよ』
小声でニーナに文句を言われたことで、ハッチはばつの悪そうな表情で謝罪の言葉を零した。ニーナはギルドニスも含めて説教したつもりだったのだが、彼にはハッチと違って反省の色が見られなかった。
「……それで?結局どうするの?」
「や、やっぱ。下っ端連中に行かせるのがいいんじゃないか?」
咳払いをして話題を元に戻したニーナの問いに、妥当な提案をしたのはハッチだ。二人ともビクビクしながらササノの様子を窺っていて、彼の逆鱗に触れないよう必死になっているのが丸分かりである。
「ササノはどう思いますか?」
「あ?」
((空気読めよギルドニス……))
よりにもよって、今最も話題を振ってはいけないササノに意見を求めたギルドニスのせいで、他三名の心の声がハモってしまう。
ギルドニスの問いに対し、どす黒い声で返したササノは最早先刻とは別人で、二重人格のスイッチが入っているようだった。
「知らねぇよ。幹部にもしものことがあればヤバいから下っ端に行かせるしか無いって話だろ?だったらそうしろよ」
「だ、そうですよ。皆さん」
「「…………」」
心底面倒臭そうに丸投げしたササノだったが、彼を怒らせてしまった状況で文句を言える勇者は一人もいなかった。言葉遣いが荒いのはハッチも同じだが、普段とのギャップのせいで主教たちは余計に怯えてしまっている。
三人はササノに苦言を呈するどころか、寧ろ彼の意見を完全なる是であるように激しく頷いた。
「そ、それじゃあ、各支部から人員を出し合って愛し子様の計画を阻止するってことでいいわね!?」
「「異議なーし」」
悪い空気を断ち切る様にまとめに入ったニーナの提案に、ハッチとユメの二人が共闘して答えた。この三人は堪忍袋の緒が切れたササノのことが苦手なので、さっさと解散したかったのだ。
こうして、主教五人が集って行われた会議は幕を閉じた。
悪魔教団〝始受会〟第一支部主教、ギルドニス・礼音=シュカ。
同じく第二支部主教、ハッチ・クロガネ。
同じく第三支部主教、ニーナ。
同じく第四支部主教、ササノ・セッコウ。
同じく第五支部主教、ユメ・ドロップメイト。
この五名が、謎に満ちた始受会全五支部の各主教であり、始受会トップクラスの実力者たちである。
********
森から街に出て、街から森に戻る。それを繰り返しながら悪魔の居所に関する手掛かりを探していたアデルだが、常に誰かに監視されているような視線を常に感じていた。
ギルドニスにつけられていた時よりもそれは顕著に表れていて、更にアデルは複数人の人間の気配を感じていた。つまりそれは、ギルドニスよりも尾行の下手な大人数がアデルを監視しているということになる。
時にはその人物が目の前に現れてアデルの邪魔をすることもあったので、彼は約二日に一回のペースで戦闘を強いられていた。
常に気を張っていなければならない日々ではあったが、アデルはそれを逆手に取ることを思いついた。
自身を監視している悪魔教団の信者たちが立ちはだかるのは、それ以上進まれると困るからだ。つまりはその際アデルが向かおうとしていた方向が、悪魔に近づく道であるということでもあった。
それを考慮すると進むべき道が見えてくるのと同時に、悪魔教団の信者たちによる妨害が入る機会も増えていった。
そして今。ぽつぽつと雨が降り始め、足元が覚束なくなってきた頃。アデルは何度目かも分からない信者たちの妨害に対応していた。場所は人の住んでいない過疎地で、ざっと数えて十人程の信者が相手だった。
「まったく……諦めの悪い奴らなのだ」
「そう思ってるなら、信者たちを殺せばいいのに。どうして愛し子様は生かして捕らえるだけに止めてるのよ?ギルの時も不思議だったけど」
「……?」
アデルは他の信者たちが道を開けるその存在に思わず首を傾げた。ギルドニス以来、これといった特徴の無い信者ばかりを相手にしてきたアデルは即座に、その人物が他とは一線を画す存在であることに気づいた。
ギルドニス程の実力者では無いにしても、有象無象とは訳が違う実力者。アデルは自身に問いかけてきたその少女にそんな印象を覚えた。
信者たちが膝をつき、首を垂れたその少女は、第五支部主教を務めているユメであり、今回アデルの前に立ちはだかった信者たちは全員、彼女が指揮する第五支部の信者であった。
「殺す理由が無い。それだけなのだ。それに、ギルドニスとか言う男が言っていた。お前たちは、我が殺しても喜ぶだけなのだろ?」
「あの変態は極端だけど、そう思う信者が多いのも事実よ。ユメは悪魔ルルラルカ様が一番だから、愛し子様に対する信仰心は大して無いけれど」
「正直で良いな……同じ主教でも、あの男とは大分違うようだ」
「どうしてユメが主教だって分かったの?」
ギルドニスに苛立ちを覚えていたアデルは、正直に自身の気持ちを告げるユメに対して僅かな好印象を覚えた。ユメも悪魔の信者なので本来嫌うべき相手なのだが、前例が悪いと後の人間が良く見えてしまうものである。
一方のユメは自身が主教であることを、アデルがあっさりと見破った事実に驚いているようだが、この状況で分からない人間の方が少数である。
「信者たちの様子を見れば一目瞭然であろう。それに、お前はあの男と比べても遜色ない程の実力者に見えるのでな」
「っ……!ま、まぁ?それ程でも……あるけどね!ユメは可愛いだけじゃなくて、すっごく強いんだから!」
アデルに強者であると認められたことが嬉しかったのか、あからさまに声を弾ませたユメは得意気な表情でツインテールの髪をいじり始めた。
「それで?あの男以降下っ端ばかりを寄こしていたというのに、今日はどういう心境の変化なのだ?」
「下っ端信者たちの数の力で何とか愛し子様を食い止めようってことになってたんだけど、いくら有象無象が束になってかかっても愛し子様を拘束するのは無理って分かったから、ユメ直々に来てあげたの。まぁ、でも。愛し子様がユメたちを殺す気無いって分かったし、こっちにデメリットが無いっていうのも理由の一つね」
「なるほど」
立ち話が終わりを迎えたことを互いに悟ったのか、アデルとユメは戦闘態勢に入ろうとする。跪いていた信者たちもその空気を察したのか、それぞれの武器を構え始めた。
だがそんなアデルと信者たちが激しい戦闘を繰り広げることは無かった。
「っ……?」
突如地震のような揺れを感じたアデルは、当惑しながらも辺りを見回して状況を確認する。そしてその揺れが大きくなるにつれ、アデルはどこかで感じた覚えのある気配に気づき、思わず目を見開いた。
「な、なにこれっ……やっ……」
一方、悪魔教団の信者たちは何かに押し潰されているように次々と倒れ込んでおり、それはユメも同様であった。だが何故かアデルだけがその攻撃の対象外になっているようで、彼は地面に押し付けられることなく立つことが出来ていた。
正体不明の重力操作に信者たちが苦悶の声を漏らす中、それは唐突に。そして鮮烈に姿を現した。
「ねぇ。あなたたち……私の邪魔して、どういうつもり?」
「「っ!?」」
ユメの目の前に突如現れたのは、あの絶望の日からアデルが一度たりとも忘れることの出来なかった存在。アデルがその手で復讐を誓った相手。そしてユメたち始受会が神と崇める存在――。
悪魔ルルラルカその人であった。
次は明日投稿予定です。
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