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レディバグの改変<L>  作者: 乱 江梨
第一章 悪魔討伐編
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20、信じたくない現実

 悪魔教団〝始受会(しじゅかい)〟本部、集いの間。地下にその拠点を置く悪魔教団の情報を知る者はまずいないので、ここに入ることが出来るのは信者のみとなっている。


 集いの間は主教以上の幹部でない限り使用を禁じられているので、人がいたとしても少人数だけであった。

 そんな集いの間でくつろぐ存在が二人程。一人は亜人の女で、もう一人は大柄な男であった。


 亜人の女は百四十センチ程の低身長とその童顔のせいで、子供に間違われることが多々あるが、彼女は既に成人済みである。濃い紫色のボブヘアに猫の耳がちょこんとついていて可愛らしい。耳の方につれて色素が薄くなっており、そのグラデーションも美しかった。

 黒い瞳にはやはり猫のような鋭さがあり、尻尾は細く長い。愛らしい容姿に加えて、ショートパンツを履いているせいで更に子供らしさが増していた。


 一方の大柄な男は、二百センチもあるせいで亜人の女との身長差が凄まじい。真っ黒に焼けた肌に、しっかりと筋肉のついた身体。烈火のように赤い髪は短く切り揃えていて、前髪は白のバンダナでかき上げている。つり目の奥に光る瞳は透き通るような紅葉色で、精悍な顔つきをしている男である。



「ありゃ……うっそまじ?ギル負けてんじゃん」



 亜人には珍しい精霊使いであるその女は、自身が契約している精霊と感覚共有をしており、ここから離れた場所にいる精霊の目を通してギルドニスの様子を窺っていた。


 アデルとギルドニスの戦いが終わるであろう頃を見計らって様子を観察しようとしたのだが、亜人の女はギルドニスが負けているとは想像しておらず当惑していた。



「はっ……?負けたって、あの変態がか!?」

「ちょ、やめてよ。それ思いっきり私たちにブーメランだから」



 ギルドニスが負けた光景を直接見ていない男の方は信じられないように声を荒げたが、女の言葉を本気で疑っているわけでは無い。

 男がギルドニスを変態扱いしていること自体は否定しなかった女だが、それを表立って認めてしまうと同じ悪魔信者である自分たちも変態という扱いになってしまうので、思わず拒否反応を見せた。



「はぁ~……どうやら俺たちは愛し子様を少々みぐびっていたようだな」

「ほんとに……ギルに勝つなんて想定外も良いとこよ。子供だからって手ぇ抜いたんじゃないでしょうね。あのヘラヘラキモ男」

「まぁその可能性もあるが……愛し子様がほぼ不老不死って知ってて手ぇ抜くような男か?」



 ギルドニスの性格をよく知っている男は、彼女の疑いを否定した。ギルドニスが負けるとは想定していなかった信者たちではあるが、アデルを瞬殺できると思う程見くびってもいなかった。少々手こずる戦いになることを予期していたギルドニスが、手を抜く必要性は無かった。アデルは一瞬で殺されない限り死なない、ほぼ不老不死であるから。


 その状況で手を抜くのは、相手に対する侮辱であると考えるのがギルドニスだと、男たちは理解していたのだ。



「そうね…………って、は!?ギル負けた癖に生きてんじゃん!?」

「はぁ?ますます意味が分かんねーよ」



 突然大声を上げた女の迫力に驚いた男だったが、それも仕方ないと思える程の衝撃と疑問が二人を襲っていた。

 未だ精霊の目を通してギルドニスの様子を観察していた女は、彼が未だ存命であることが信じられなかった。何故なら彼らにとって戦いに敗れるということは、死と同義であったからだ。



「全然動かないから死んでんのかと思った。よく見たら結界に閉じ込められてるだけじゃん」

「うわっ、ダッセ」

「はぁ、ったくめんどくさいわね……私ちょっと回収してくるから」

「めんどくさいって言いつつ迎えに行ってあげるニーナたんやっさしー」

「殺すわよ」



 面倒くさそうに後頭部を掻きむしりながら立ち上がった女――ニーナは、揶揄ってくる男に対して虫けらを見るような目で睨みつけた。


 冷たすぎるその視線に思わず苦笑いを浮かべた男は、集いの間から立ち去るニーナの背中を目で追うことしか出来なかった。


 ********


 静かな風の音に包まれた森の中、結界に囚われているギルドニスと、座り込む彼を見下ろすニーナ。それだけでとても奇妙な光景ではあったが、ギルドニスの状態が更にその異質さを際立たせていた。



「きっも。アンタ何で鼻血なんか出してるのよ。第一支部の奴らが見たら卒倒するわよ」



 ニーナが変質者を見るような目でギルドニスを見下ろしていたのは、彼が大量の鼻血を垂れ流していたことが原因であった。



「……あぁ、ニーナですか。どこのクソガキかと思いました」

「へぇ……そういう態度とっちゃうんだ?助けてやらないわよ?」

「誰がお前のような色気の無い女の手を借りるものですか。自分で出られます」

「今色気関係ないだろうが」



 同じ敬語でも、アデルの時とはかなり棘のある言い回しをしたギルドニスだったが、こちらの方が素なのだ。寧ろアデルに対する畏まった話し方の方が珍しく、それを信者仲間が聞けば鳥肌を立たせるレベルであった。


 相変わらずの減らず口を叩くギルドニスにニーナは憤慨寸前であったが、何とか堪えて話を続ける。



「……っていうか、ホントに何で鼻血垂れ流してるのよ。結界壊さなかったらその内自分の鼻血で溺れるんじゃない?」

「少々興奮しすぎてしまったんですよ」

「ちょっと大丈夫?何かさっきからボーっとしてるみたいだけど。血ぃ足りてないんじゃない?」



 ニーナに暴言を吐く間もどこか上の空であったギルドニスをほんの少し心配した彼女は、首を傾げつつ尋ねた。



「……どうしましょう、ニーナ。私……愛し子様に傾倒してしまいそうです」

「は?」



 鼻血を綺麗に拭ったギルドニスは、陶然とした表情でそんな告白を漏らした。思わずニーナは目を点にして、呆けたような声を上げてしまう。



「それにしてもこの結界はどのように壊すのが正解なのでしょう」

「ちょ、何サラッと話題転換してんのよ」

「あぁなるほど、分かりました。結界のジルを吸収すればいいのですね」

「無視すんな」



 先の傾倒発言を無かったことにするように話題を変えたギルドニスは、自身の世界で勝手に話を進めていく。結界の解除方法に夢中なせいで完全に無視されているニーナは、ギルドニスが囚われている結界を片足で蹴って不満を表現した。


 そんなことをされてもギルドニスにダメージは無いので、彼は完全無視のまま結界の解除に取り掛かる。結界に触れてそのジルを吸収し始めたギルドニスは、しばらく経った後に再び剣を振り下ろした。すると弱体化した結界にひびが入り、その部分目掛けてギルドニスが蹴りを入れると結界は簡単に崩れ落ちた。


 同時にギルドニスの鼻血も森の地面に広がったが、本人はそんなことお構いなしである。



「ふう。ようやく脱出成功ですね。さぁ、さっさと帰りますよ」

「アンタ何でこの状況でそこまで上から目線になれるのよ。メンタル鋼で出来てるんじゃないでしょうね……ていうかさっきのは何?」

「……そのままの意味ですよ」

「?」



 ニーナには〝そのままの意味〟の意味を理解することが出来なかった。恐らくそれは、彼女がギルドニスとアデルの会話を聞いていなかったせいだろう。


 悪魔教団の信者たちにとって、愛し子であるアデルに心酔するのは当然のこと。だがアデルに指摘されたギルドニスとは違い、ニーナたちにはその信仰心が薄っぺらいものであるという自覚が無い。だから今更「傾倒しそう」などと言ったギルドニスを、ニーナは理解できなかった。

 ニーナたちの認識では既にアデルに傾倒しているというのに、今更それを明言した意味が彼女には理解できなかったのだ。


 そしてニーナは当然、ギルドニスの言葉に秘められたもう一つの意味も、知る術を持ち合わせていなかった。


 ********


 ギルドニスとの戦いの後。精神的に疲れてしまったアデルは、森の中で適当な場所を見つけて睡眠を取ることにした。寝袋の中、星空を視界に焼き付けたアデルはすっと目を閉じた途端眠りに落ちる。


 ********


『これからアデルには大事な人がたくさんできるかもしれないだろう?そういう人たちを守る力が無ければ、君は一人ぼっちになってしまう。だから力をつけるために修行をするのさ。大事な人を守れるぐらいにね』

『……我は、師匠を守れるぐらいに強くなるのであるか?』

『……そうだね。いつか僕を……その力で守っておくれよ?』

『心得た』


(これは……夢であるか?)



 アデルは夢の中、かつてエルと交わした会話をフラッシュバックのように眺めていた。何も知らない八才のアデルはエルに頼られたことが嬉しくて、無邪気な笑みを浮かべている。

 この時のエルがどんな思いだったのかも知らずに、アデルは一人はしゃいで深く考えようとしなかった。


 夢の映像は一気に変化し、アデルは首を吊るされた状態のエルの姿を再び目の当たりにする。



(っ……!?)



 あの時は衝撃が強すぎたせいで気づけなかったアデルだが、夢の中のエルは身体中に傷をつけており、悪魔との戦いの激しさを物語っていた。


 そして何より、アデルが扉を開けた瞬間、エルはまだ生きていたのだ。



『……し、しょう…………』

『っ……あで……』



 掠れそうな声でエルを呼んだアデルの声は、エルにとって希望だったのだろうか。アデルが助けに来てくれたと、エルは死の恐怖から唯一の光を見出したのだろうか。


 首を絞めつけられながら、必死の思いでアデルを呼ぶ声を絞りだしたエルは、どんな気持ちだったのだろうか。



『えいっ』



 まるで視界が絶望に染まりきったような感覚を、アデルは夢の中で思い出す。だが思考がクリアなだけあり、アデルが感じたのはあの時とは少し違う絶望感であった。


 あの時、衝撃のせいで呆然とすること無く、瞬時に駆け出していればエルを救えていたかもしれない。そんな〝タラレバ〟を考え始めてしまうと、キリが無かった。


 耳鳴りのように聞こえてくる自身を責める言葉は、何故かエルの声で囁かれていた。



『守ってくれるって言った癖に』

『強くなった君が本気になれば、僕が死ぬことは無かったのに』

『君のせいで僕は死んだんだ』


(うわぁああああああああああ!!)


 ********


「っ……!」



 悪夢で飛び起きたアデルは尋常ではない冷や汗と自身の荒い呼吸で、思わず目を見開いた。辺りを見回すとすっかり朝になっていて、眩しい陽射しがアデルを現実に引き戻してくれている。


 安堵に似た気持ちの悪いため息をついたアデルは、虚ろな目で結界に守られるエルに視線を移す。


 エルはやはり感情の読めない死者の表情で眠っており、アデルはそっと傍に寄った。



「師匠……朝なのだ……もう起きる時間であるぞ」

「…………」



 優しい声で朝の知らせを告げたアデルだが、エルが反応することは無い。



「どうして、起きないのだ?……師匠は、いつも言っていたではないか……朝寝坊は、厳禁であると……」



 起きないと分かっていても、アデルはエルに声をかけずにはいられなかった。徐々にアデルの声に震えが混じり、彼の悲痛な心情が広い広い森に溶けた。誰も気づかない。誰も寄り添えない。気づいてくれた、寄り添ってくれたエルはもういないから。



「っ……夢のように、責めてくれていいのだ……我を、嫌っても、いいのだ……だから……お願いであるから…………起きてはくれぬか?……ししょうっ……」



 気づいた時には、アデルはエルを守るために張った結界を壊して、縋る様にエルを抱きしめていた。


 アデルの涙がエルの後ろ側で零れ、強く求められてもエルは目を覚まさない。当たり前のことで、嫌というほど分かっていた。それでも分かりたくなかった。


 エルが死んでしまったことも。エルの不安に寄り添えなかったことも。エルを救えなかったことも。エルが二度と目を覚まさないということも。


 アデルは、そんな絶望的な現実を。信じたくなかったのだ。




 次は明日投稿予定です。


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