15、悪魔の愛し子の親3
「な、何をする気だっ!?」
「尋問……いや、拷問と言う方が正しいのだろうか?」
「なにっ!?」
アデルの口から実に物騒な単語が飛び出たことで、ルークスは怯え切った表情を見せた。一方のアデルは、ルークスでもこんな表情が出来るのかという謎の発見に驚いている。
顔を歪めながらこちらを見上げてくるルークスを、パチクリと瞬きしながら観察するアデルは、かつて自身を痛めつけた男の変化に当惑していた。
嗜虐的なこの男はこんなにも弱々しかっただろうか。この男はこんなにも小物感漂う人間だっただろうか。何故自分は、こんな男に今までいいようにされてきたのだろうか。
そんな疑問がアデルの頭を支配していたのだ。
「……そうか。我が変わったのだな……師匠のおかげで」
ルークスが弱くなったわけでは無く、アデルが様々な経験を経て強くなったことを、彼は自覚することが出来た。あの頃のアデルは抵抗するという考え自体が無く、物の見方というものさえも知らなかった。だからこそ、自身がどれだけ過酷な環境下に身を置いているのかも、あまり理解できていなかったのだろう。
「おいっ、貴様!」
「伯爵。早速聞きたいのだが、何故我をそこまで連れ戻したいのだ?」
ルークスの喚きは完全無視で、アデルは勝手に質問を始めた。
「っ……お前が知る必要は…………っぐあああ!!」
答えを渋った伯爵は、突然右腕に走った激しすぎる痛みに声を荒らげた。
痛みに顔を顰めながら、恐る恐るその右腕に視線を移すと、ルークスはその視界の暴力に思わずひゅっと息を呑みこんでしまう。
その右腕は鎖に繋がれたままの状態で、骨という概念を忘れてしまうそうな程捻じれ、ぐちゃぐちゃになってしまっていたのだ。
「ひっ……」
痛みよりも、自身の腕が見たことも無い形になっていることに、ルークスは逃げ出したくなるような恐怖を抱いた。
因みにアデルは、伯爵の身体の中にあるジルを無理やり操作して、身体の内側からその腕を変形させていた。
「伯爵。貴殿は師匠の言う様に馬鹿なのだな。先刻拷問だと言ったではないか。答えないというのであれば更に痛みを味わうことになるのだぞ?」
「っ……お前の、力が必要なのだ」
「それは、悪魔の愛し子の力のことであるか?」
「それ以外に何があるというのだ!」
これ以上の拷問に耐えられる自信は無かったのか、ルークスは今までの態度が嘘のようにアデルの問いに答え始めた。
「我の力を欲する理由は分かる。ジルは便利であるからな。それを湯水の如く湧かせることの出来る存在は貴重であろう」
「っ……」
一を聞いて十を理解したアデルは、知ったような顔でルークスの苛立ちを誘った。
ジルは、それだけで千の使い道さえあるこの世界の根幹。それを自由に使うことの出来る存在がいれば、伯爵家は急成長を遂げることだってできるだろう。
「ふむ、なるほど。よく分かったのだ」
「な、なら早くこの拘束を解いてくれ……!」
「?それは出来ぬ。まだ我にはやることがあるのでな」
「なっ……!」
僅かに抱いた希望が呆気なく崩れ去り、ルークスは絶望したように顔を真っ青にする。だがこの程度、絶望でも何でも無かったのだと、ルークスは死ぬほど思い知らされることになるのだった。
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「……大丈夫であるか?我が尋ねることでも無いが、他に尋ねる者もおらぬのでな」
「……はぁ、はぁ、はぁ……も、もう……い、嫌だ……お願いだから……もうやめてくれ」
それから起こったことはルークスにとって、地獄以外の何物でも無かった。意識を飛ばさない程度の攻撃を幾度となく浴び、耐え難い激痛に藻掻き、死にかけるとアデルによって治癒を受ける。そして身体が痛みを忘れるほど回復すると再び痛めつけられる。
何度も、何度も、何度も、何度も――。その繰り返し。
死んだ方がよっぽどマシであっただろう。そしてこれは、今までルークスがアデルにしてきた行為と何ら変わっていなかった。アデルは傷を負っても自己回復してしまうので、ルークスが手を加えずとも、終わらない地獄に苦しめられてきた。
だが産まれた時から迫害されていたアデルとは違い、ルークスには耐性が無い。このままでは精神が崩壊しそうな勢いだったので、アデルは念の為そう尋ねてみた。
「今までのことは謝罪する!お、お前を傷つけたことも、迫害したことも全て!だからもう!」
「伯爵。貴殿、もしかしてとんでもない勘違いをしておらぬか?」
「え?」
その苦しみから逃れるため、何とか許しを請おうとしたルークスだったが、アデルの放った一言で呆然としてしまう。
「我が復讐のためにこんなことをしていると思っているわけではあるまいな?」
「ち、違うと言うのか?」
「はぁ……これでは時間の無駄ではないか。まさか意図が伝わっておらぬとはな……また最初からやり直しであるか?」
「っ!?」
あの地獄が再び始まってしまうと思ったルークスは、完全に怯え切った表情のまま全力で首を横に振る。
その恐怖は、ため息をつきながら復讐を否定したアデルに対する疑問さえもどうでも良いと思えてしまう程のものだった。
「我はそこまで愚かではない。我が憎しみの感情を抱くほど、貴殿は自分自身に価値があると本気で思っているのであるか?」
「っ……?」
恐怖に飲み込まれているルークスは、アデルの言葉の意味をよく理解できていないまま、彼の話に耳を傾けていた。
ただルークスに分かったのは、アデルがルークスのことを侮辱しているということだけである。
「我はただ、忠告したかっただけである。もう二度と、我と師匠の前に現れるなと。我らの平穏な生活を乱そうとするなと。もしこの忠告を違えば命は無いと、そう警告したかったのだ。理解してくれたであるか?」
コテンと首を傾げながら尋ねたアデルに、ルークスは激しく首肯することで了承の意を示した。今現在のルークスの頭は、早くこの地獄から抜け出したいという願望と、目の前の存在に対する恐怖しかなく、他のことを考えている余裕は無かった。
「よし……最初から大人しく従順になっていればよいものを、厄介な男であるな」
自身の生活に対する不干渉を約束させたことで目的を達したアデルは、ルークスの拘束具を外してやった。
虚ろな目でへたり込んだルークスは、何事も無かったかのように立ち去るアデルの背中を見つめ、
「っ……ばけものっ……!」
かつて口にしたその呼称を、心の底から呟くのだった。
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最悪な思い出しかない地下を後にしたアデルは、その邸宅をじっと見つめて物思いに耽っていた。
拷問に時間をかけたせいで外はすっかり暗くなっており、邸宅の窓から窺える明かりがまるで星空の様であった。
「ティンベルは、もう七才になるのだな……元気にしているのだろうか?」
ふと、二年間会っていない妹のことを思い出したアデルはそんな心配をする。七才になった彼女には、頼れる人間はいるのだろうか。弱音を吐ける相手はいるのだろうか。傷つき、辛い思いをしていないだろうか。
そんな心配ばかりが頭を過ぎったが、アデルはそれでもティンベルに会おうとは思わなかった。
二年前、自分の勝手で妹との別れを切り出した自分が、今更どの面を下げて会いに行くのだと。そんな自責の念に駆られたこともあり、アデルはそのまま真っすぐ家路に就くことにした。
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「っ……アデル兄様?」
その時。自室で読書をしていたティンベルは、窓から吹き込む風に気配を感じ、長い間焦がれている兄のことを、何故だか痛烈に思い出していた。
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帰宅途中、森に足を踏み入れたアデルは、彼を待ち構えていたエルの存在に気づく。エルは腕を組んで顰め面をしており、大層ご立腹であるのは間違いなかった。
「遅い。塩買うのにどんだけ時間かけるんだい、君」
「……はっ!師匠申し訳ない、塩を買っていないのだ」
建前上、塩を買いに行くという名目で外出したことをすっかり忘れていたアデルは、ショックを受けたような百面相を見せた。
「そんなの分かってるさ」
「……?」
「実家に行っていたんだろう?」
「っ!……師匠に隠し事は出来ぬな」
「当然。僕を欺こうだなんて百年早いんだよ」
あっさりと自身の行動を見破っていたエルに、アデルは頭が上がらない気分だった。
「帰りが遅すぎたから……あーこりゃ、なんかやらかしてんなって思ったのさ」
「なるほど……」
得意気な表情のエルだったが、最初からアデルの思惑を知っていたわけでは無かった。ただ状況と状況を鑑みて考えた結果、アデルが一人で突っ走っているのではないかという結論に至っただけなのだ。
「それで?結局どうなったのさ」
「それが――」
躊躇いというものを知らないのか、アデルは伯爵家での出来事を包み隠さずエルに語り始めた。それは、真実を語ったとしても、エルがアデルを軽蔑したりしないという、エルに対する信頼が強いという意味でもあるのだが。
「――それで我は気づいたのだ。伯爵が我に今まで折檻をしていたのは、奴が少年を甚振ることで欲求を満たす変態だったからではなく、我に恐怖を植え付けて服従させる為だったのではないかと。そうであるのなら、我は無自覚にも、伯爵と同じことを考えていたということになるのだ」
暴力という恐怖でアデルを支配し、絶対に逆らわずに服従させようとしたルークス。そして、ルークスが二度と自分たちに関わらないように暴力で脅したアデル。
目的は違えどやり方は同じだったという気づきに、アデルは何とも言えない表情を露わにしていた。
「ちょっと待って。色々ツッコみたいけど、君伯爵のことただの変態だと思っていたのかい?」
「最初は加虐趣味なだけだと思っていたのだが、師匠からいろんなことを学んでいく内に、世にはショタコンという人種もいるのだということを……」
「あぁ!!もういい。分かったから。…………教えるんじゃなかった……」
アデルの話を目を点にしながら聞いていたエルは、とてもじゃないが内容について行ける気がせず話を中断させた。
今回のことでエルが学んだのは、天然を放置するとおかしな方向に思考を運ぶということ。そして、軽い気持ちで天然にしょうも無いことを教えるものでは無いということだった。
「……で?伯爵に拷問した感想は?」
「?……目的のための手段であって、特段何も感じなかったのだ」
「あっそ……でも気をつけるんだよ、アデル」
「?」
あの酸鼻な光景を作り出しても涼しい顔をしているアデルに、エルは若干の危機感を覚えた。だがアデルにはその自覚が無いのか、エルの忠告に首を傾げてしまう。
「善悪の境界。人としてやって良いことと悪いこと。やってしまったとしても、それによって何を考えるのか。……君は、産まれた時から迫害され続けてきたせいで、そういうことの判断が下手だ。自分の芯が一体何なのか、何故その選択をとるのか、常に考え続けるんだ。いいね?」
「……承知した」
エルの話はアデルにはいまいちピンと来ていなかったが、それでも考え続けることが大事なのだということは、アデルにも理解できた。
自分は今まで当たり前のように悪意を突きつけられてきたというのに、自分は他者に対して善悪を考えなければならない。その矛盾の様なものが、アデルの価値観が少しズレてしまっている原因になっていた。
難しい顔で、必死にエルの言葉の意味を隅々まで理解しようとしているアデルを目の当たりにしたエルは、その微笑ましさに思わず顔を緩めるのだった。
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――六年後――
その秋の日。アデルたちにとっての転機が訪れた。
アデルは一六歳になっており、容姿はすっかり立派な青年のものになっていた。百八十センチの背丈に、無駄のない綺麗な筋肉は修行の賜物である。その黒い髪と赤い瞳は未だ健在だが、その瞳孔には精悍さが窺えられた。
声変わりも経てすっかり大人の男になったアデルとは対照的に、エルの容姿にはほとんど変化が見られなかった。
この日、いつも通り修行をしていたアデルたちだったのだが、今回はいつもと様子が違っていた。
「っ!」
「くっ……」
攻めを続けるアデルに対し、エルは苦しげな声を漏らしながらその攻撃を何とかかわしていた。そう、今回はアデルの方が優勢だったのだ。
この六年の間で、エルとの戦闘修行中にアデルが優勢になる場面は何度かあったが、それでもアデルが勝利したことは一度たりとも無かった。
だが、エルの読みよりも上を行く攻撃を用意していたアデルは、その剣先をエルの首元に突き立てた。もしそこでアデルが動きを止めずに貫いていれば、エルは確実に首を刎ねられて死んでいただろう。
「っ……!……ふぅ……」
「……し、しょう……」
観念したようにため息をついたエルは、何故かスッキリとした様子で破顔すると、一歩後ろに下がって首元に迫る脅威から逃げた。
未だ現実感の無いアデルは、茫然自失とした様子でそんなエルを見つめ、どうしていいかも分からないままその剣を下ろす。
「アデル。君は僕よりも強くなった。僕が君に教えられることは、もう無いよ」
次回16話「絶望1」より物語の本筋に入ります。尚、次回は残酷な描写が含まれておりますのでお気をつけください。
次は明日投稿予定です。
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