14、悪魔の愛し子の親2
「従わないというのであれば力づくでそうするだけだ」
「あははっ!……君がここまで馬鹿だとは恐れ入ったよ。まさかこの僕にそんな護衛如きが勝てると本気で思っているのかい?」
アデルとエルが首を縦に振らないことを悟ったルークスは、強硬手段に出ることにした。彼が護衛を連れてきたのは、そういう理由もあったのだろう。
だがエルはたかだか人間の護衛七人に後れを取る程弱くも無いし、アデルだって加勢するだろう。エルには揺るがない確信があった。
ルークスの力づくが失敗するという確信が。
「ほざけ。この者たちは全てA級以上の冒険者たちだ。S級は三人もいる。お前のような亜人風情が勝てる相手ではない」
そんなエルの確信を嘲笑う様に言ったルークスもまた、己の勝利を確信していた。だが今この時、優勢なのはエルの方だった。それは、相手の力量を把握できているという点においての話である。
ルークスは知らない。エルがどれ程の実力者なのか。そんなエルに育てられたアデルがどれ程成長しているのか。
そしてエルは知っている。A級以上の冒険者の実力が、どの程度のものなのか。その情報だけで油断するほどエルは愚かでは無いが、それでも相手の力量をより把握しているのは間違いなくエルの方だった。
「……ふーん。冒険者なんだ。ねぇ君たち」
エルは唐突に、ルークスの後ろに控えていた護衛たちに声をかけた。
「冒険者なら知らないわけないよね?S級冒険者のエルの噂」
「なに?」
「「っ!?」」
不敵な笑みを浮かべて尋ねたエルに、ルークスは怪訝そうな表情で焦りを露見させた。一方の護衛たちはエルの名前を聞いた途端、驚きで身体を跳ねさせてしまう。
目の前にS級冒険者エルがいるという事実と、そんな化け物を相手にしようとしていたことに対する恐怖、焦りが一気に襲ってきたのだ。
「は、伯爵様っ、俺は降りるぜっ!」
「貴様何を言っている!?」
一人のA級冒険者が賢明な判断をしたことで、戦況がガラッと変化し始めた。未だ、状況を完全に理解できていないルークスはその護衛に対し怒鳴り散らしたが、そんなものよりも死に対する恐怖の方が勝っていた。
「お、俺も……」
「あのエルを相手にするなんて……お、俺も無理だ!俺には妻も子供もいるんだ!」
「俺だって……!」
一人、また一人と名乗りを上げていき、とうとうルークスの傍には一人の護衛も残ってはいなかった。
A級冒険者だけならまだしも、同じランクのS級冒険者までもが尻込みしてしまう存在に、ルークスはようやく脅威を感じ始めた。A級以上の冒険者たちが恐れ戦く程の実力がエルにはあるのだと、強制的に理解させられてしまったのだ。
「師匠は有名人なのだな。流石である」
「まぁねぇ……それ程でも、あるけどぉ?僕ってば冒険者界隈では伝説になってるみたいだしぃ」
アデルに煽てられて調子に乗ったエルは、得意気な相好で自慢話を始めた。一方のルークスは、そのムカつく表情を睨み据えることしか出来ずにいる。
「ていうか。あんな奴らならアデルでも何とか勝ててたよ」
「本当であるか?」
「そりゃ、君はこの僕の弟子だからね。普通のS級冒険者如きに負けるわけないさ」
S級冒険者の時点で本来普通では無いのだが、エルにとってはS級の中にも見えないヒエラルキーが存在しているのだ。
S級は冒険者ランクの最上位であるが故、それ以上のランクを手に入れることが出来ない。例え同じS級冒険者より遥かに強い存在がいたとしても、それは同じS級という位置づけになってしまう。
つまり冒険者の中のS級という括りも玉石混淆で、エルはそれが内心不満だったのだ。
「くっ……」
「あっれー?おかしいな?確かどこかの小僧が〝従わないと言うのであれば力づくで〟みたいなこと言ってた気がするんだけどー?その力づくはどこに行っちゃったのかなぁ?」
「師匠、何をしらばっくれているのだ?その力づくであれば先刻逃げ出したではないか」
「今煽ってんだからそういう天然発言いらないんだよ、シっシっ」
明らかに人を小馬鹿にするために作られた表情と声でルークスに反撃し始めたエルだったが、アデルが余計な茶々を入れたせいでグダグダである。
「っ……ただで済むと思うなよ!」
悔し気な相好を隠すように背を向けたルークスは、捨て台詞と共にその場から立ち去ろうとした。
「ちょっと待ちな」
「……?」
そんなルークスを何故か引き止めたエルに、アデルもルークスも思わず首を傾げた。
「子供は親の命令を聞くものだって言っていたけれど、それ、前提自体が間違っているよ……アデルの親はこの僕さ。君がアデルの親だなんて、気持ちの悪い勘違いはやめて欲しいものだね」
アデルは、胸の内がどんどん温かくなる感覚を抱き、思わず目を見開いた。それはまるで、身体の傷を癒す際に感じるあの温かさに似ており、アデルは一つの答えを見つけた。
アデルが抱えてきた心の傷をエルが癒してくれたからこそ、こんなにもジワリと温かいものを感じるのだろうと納得したのだ。
それ程までにアデルが歓喜したのは、かつてのエルの発言があったからだ。
『僕のことは親代わり兼、師匠と思うがいいよ』
この時のアデルにとって、エルは親代わり兼師匠でしかなかった。エルの言葉を嬉しいと思う反面、やはりアデルにとってエルは親代わりまでにしかなれないのだと。アデルはどこか諦め、落胆していたのかもしれない。
だが今この時、エルがアデルの親であると宣言したことで、エルは親兼師匠となり血の繋がりを簡単に飛び越えたのだ。
「っ……今日は失礼する!」
「二度と来んなばぁーーーーーか!!」
今度こそ立ち去ったルークスに向かって、思い切りのいいあっかんべーをお見舞いしたエルは、最大のボリュームで捨て台詞に対する反撃をした。
この領地の領主でもある伯爵に向かって、清々しい程の毒舌を言い放ったエルを、アデルは思わず尊敬の念を込めて見上げてしまう。
思えばルークスはアデルにとって、自分の人生が終わっている代物だと何度も思い知らせてくる存在だった。ルークスによって身体的にも精神的にも傷つけられた回数は数え切れず、彼はアデル・クルシュルージュを否定し続けられてきた。
そんなルークスに、師匠であるエルが自分の代わりに言い返してくれた。アデルにはそれが言い表せない程に嬉しく、子供のように心を躍らせてしまう出来事だったのだ。
「ふん!ふん!……クソ、こんな時に塩が足りない……」
アデルが感慨に浸っていると、エルはいつの間にか家の周りに塩を撒き始めていて、食用でしか用意していなかった塩の量を嘆いている。
「塩を撒いてどうするのだ?」
「嫌な来客があると塩を撒くって法律で定められているのさ」
「そうなのであるか。勉強になるのだ」
そんな法律無いが、エルは塩を撒くのに夢中になっていて投げやりな回答しか出来ていなかった。だが素直なアデルは何でも信じてしまうので、間違った知識がアデルの頭にインプットされてしまう。
「……師匠」
「何だい?」
「それならば我が塩を買って来るのだ。しばし待っていてほしいのだ」
「あ、そう?じゃあよろしく頼むよ」
塩撒きに夢中になっていたエルは、そんな申し出をしたアデルがどこか神妙な面持ちをしていることに気づけなかった。
こうして、アデルはその日。エルと出会ってから初めて、たった一人での外出に赴くのだった。
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アデルが向かったのは塩を買える店でも、エルとの二人でよく行く王都でも無かった。人目の多い場所に向かっているわけでは無かったので、アデルはその髪色を変えておらず、まだ陽の照っているこの時間ではその黒髪がよく目立っていた。
アデルは目的地に着くと、その大きく威圧感のある門を感情の読めない冷たい瞳で見上げる。
少し前までは何度も見ていたその門は、クルシュルージュ家の屋敷のものであった。
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その頃。エルによって散々コケにされたルークスは自室で歯噛みしつつ、今後の作戦を練っていた。
ルークスはまだ、アデルを諦めてはいなかったのだ。
「まさかあれを拾った亜人がそこまでの実力者だったとは……誤算だったな。まぁいい。エルよりも強い者を雇えばいいだけの話だ。いや、エルに無理に勝つ必要はない。要は捕らえることが出来ればよいのだ。そうすればアデルを脅す材料になる。あの亜人を捕らえることの出来る実力者となると、かなりの報酬を用意しなければならないが……まぁいい。悪魔の愛し子を得ることによる利益を考えれば、安い出費だ」
エルを倒すことは出来ずとも、エルを捕らえることさえ出来れば、ルークスの勝利は決まったも同然であった。エルの自由を奪い、エルをいつでも殺せる状況を作ればアデルを脅すことが出来る。
大事なエルの命と自分の自由を天秤にかけて、アデルが自由の方を取るとはルークスは思っていないのだ。事実、アデルはエルの命を最優先にするだろう。
ルークスが不気味な笑みを浮かべながら計画を練っていると、突然彼の自室の扉が許可なしに開かれた。
ノックも無しに伯爵の自室に入ってくる無礼者など、本来この屋敷にはいないはずだった。もしそんな者がいれば、他の使用人たちがその者の侵入を拒むはずだからだ。
にも拘らず、何の合図も無しに開かれた扉を目の当たりにし、ルークスは怪訝そうに扉の向こう側を窺った。
「っ!貴様、どうやってここに……」
「伯爵。貴殿は師匠のことも、我のことも……舐めすぎなのだ」
扉から姿を現したのはアデルで、ルークスは思わず立ち上がって驚きを露わにした。ここまで辿り着くには、どうやっても使用人たちの目は避けて通れない。にも拘らず、アデルが平然とそこに立っていることがルークスには信じられなかったのだ。
「どうやって侵入したと聞いているだろう!」
「気配を消しただけである。消した、というよりも、同化させたと言った方が適切ではあるが」
「なに?」
苛立った様子で再度尋ねたルークスに対し、アデルは酷く落ち着いた様子で答えた。
操志者ではないルークスには、アデルの答えを聞いてもその意味を理解することが出来なかった。アデルは自身の持つジルと、空気中に浮遊しているジルを同化させて、その気配を使用人たちに感じ取らせないようにしたのだ。
「っ……おい誰か!誰か早く来てくれ!!」
「……」
「……何故、誰も来ない……」
急いで近くにいる人間を呼ぼうとしたルークスだったが、大声を上げてしばらく待っても、誰一人として現れないどころか、こちらに向かう気配すら皆無であった。
その疑問が、次第にアデルに対する恐怖に変わったルークスは、恐る恐るアデルに視線を移す。
「結界を張ったのだ。どんなに大声を出そうが、暴れようが、この部屋の外にいる者には一切気づくことが出来ない上、入ることも不可能である」
「貴様……一体何が目的っ……」
アデルの目的を尋ねようとしたルークスだったが、隙をついたアデルの攻撃によって気を失ってしまう。
ルークスの首を手刀で狙ったその体術も。外部に異変を気取られないように張ったその結界も。自身の気配を察知されないようにしたその技術も。
全てエルに教えてもらい、エルのおかげで身につけることが出来た技である。
心の中でエルに感謝したアデルはルークスを抱えると、目的地へと向かうのだった。
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ルークスは異様な居心地の悪さを感じると、苦し気にその目を開いた。視界に広がるのは、見覚えが無い様でいて、よく知っているような場所の光景である。
暗く、足下がおぼつかない室内。物騒な拷問器具が並べられたそこは、ルークスの許可なしには入ることの出来ない、邸宅の地下であった。
そして、ルークスはようやく気付く。今自分が置かれている状況に。
「起きたのだな。伯爵」
子供のアデルがルークスを見下ろしているという奇妙な感覚に、ルークスは首を傾げた。それもそのはず。今までアデルを折檻する際に使用していた鎖で、ルークスは両手の自由を奪われていたのだから。
鎖が固定されている壁の高さから、アデルの場合立つことしか出来なかった。だがルークスは座った状態で眠っていたので、今アデルに見下ろされているのだ。
この状況は、当に二年前の真逆。甚振る側と、甚振られる側。その立場が今、完全に逆転していたのだ。
「貴様っ……この私にこんなことをしてただで済むと思っているのか!?」
「……思い出すであるな。かつて、ここで伯爵に散々身体を痛めつけられ……左腕を切断されたことさえあった。まぁ、今となっては良い思い出かもしれぬ」
「…………」
思い出話を語るアデルの声には全く心が籠っておらず、ルークスは危機感を募らせた。良い思い出などと言ってのけたアデルの表情は絶対零度と思える程硬く、ルークスの恐怖を倍増させるスパイスにしかなっていない。
「では。早速始めるとするのだ」
次は明日投稿予定です。
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