<L>
孤独な亜人――エルがその悪魔の愛し子を見つけたのは、本当に偶然だった。
もう二度と見ることは無いと思っていた、黒髪と赤い瞳。
瞬間、エルは思った。これは自分自身に課せられた宿命なのだろうかと。
あの日。あの幼い愛し子を殺したあの日から。運命は決まっていたのかもしれない。
犯した罪から、逃れることなど一生出来はしない。見えない誰かに責められているように、エルは感じた。
助けないという選択肢も当然あった。悪魔の愛し子が、崖から落ちた程度で死なないことを、エルはよく知っていたから。
だが、普段のエルであればどうするだろう。幼い少女を庇う様に受身をとった、純粋無垢な少年。そんな彼が死んでもおかしくない大怪我を負っている。
答えは決まりきっていた。迷う余地すらないすら無い程に。
ここでもし別の選択をとってしまえば、それは過去から逃げた証となってしまう。エルは自分が犯した罪から、変えられない過去から、逃げたくなかった。
だからアデルを助けた。いつも通りに、何でも無い様に。
それから。アデルと過ごす日々は、エルにとってかけがえの無いものになっていった。
一人ぼっち、孤独が当たり前だったエルにとって、アデルの存在は大きな救いであった。本当の親のように慕ってくれ、時にはエルのことを気遣い、そして守ると誓ってくれた。
きっとアデルは知らないだろう。エルがその言葉一つ一つに、どれだけ救われていたことか。
――幸せだった。
――温かかった。
――手放したくなかった。
それは確かで、こんな日々がずっと続けばいいと、柄にもなくそんなことを思う程であった。
――だからきっと、これは天罰なのだ。
犯した罪は消えてなどいないのに、一人幸せになろうとした。その、許されざる罪に対する、罰なのだと。
『あなたのこと、邪魔なのよねぇ』
あの日、悪魔ルルラルカは言った。
だが彼女の心情など、エルはどうでも良かった。エルには彼女の姿が、罰を与えに来た執行人にしか見えなかったから。
どうすれば悪魔に対抗し、生き残れるのか。その方法を考えることしか頭に無かったから。
エルはエルなりに、力を尽くした。まだ、まだ死ぬ訳にはいかなかったから。
『い、いやである……我はまだ、師匠にたくさん教えてほしいのだ』
酷く不安そうな表情で、拒絶するように首を振ったアデル。いくらエルの背を追い越しても、いくらエルより強くなっても。まだまだ彼は子供なのだと。エルは思い知らされた。
だから彼が立派に自立するまでは。その姿を見届けるまでは。
――決して死ねない。
だが、運命とは残酷である。どれだけ足掻いても、エルはただの亜人。対してルルラルカは悪魔。力の差は歴然であった。
気づけばエルは首を吊るされ、生きるも死ぬもルルラルカ次第。生殺与奪の権は、完全に彼女に握られていた。
息も絶え絶え、今にも死んでしまいそうな状況。瞼の裏に浮かんだのは、アデルの姿だった。
もし自分が死ねば、アデルはどうなる?恵まれない境遇に生まれた彼に、更なる絶望が襲い掛かってしまう。もしかしたら、その絶望に耐えられず、二度と立ち直れないかもしれない。
それ以前に、ルルラルカにのみ込まれてしまえば、それこそ一巻の終わりである。アデル・クルシュルージュは、ただの悪魔の愛し子に成り下がってしまう。
アデルの心配ばかりが思考を支配していたが、その実。心の奥底は、たった一つの願望が占拠していた。
(アデル……助けて……)
そんな情けない心の叫びが、五月蠅いほどにエルの頭を支配した。その度に、エルは自分自身を殴ってやりたくなる。
こうなってしまったのは全て自分のせいだというのに。アデルには何ら関係の無い、過去の罪が原因だというのに。無関係のアデル――サクマと同じ悪魔の愛し子に、一体どの面下げて救いを求めているのだと。
責めても責めても、自分自身に嘘をつくことは出来なかった。
『……し、しょう…………』
アデルの声が耳に届いた。
アデルが助けに来てくれた。
幼い頃から育ててきた、誰よりも愛しい弟子が、師である自分を助けに来てくれた。その苦しみに、気づいてくれた。
それだけで、エルは歓喜に打ち震えた。だからエルは、何とかアデルに応えてやりたいと思った。
『っ……あで……』
名前を、呼ぶことは出来なかった。刹那、アデルの顔が絶望に歪む。まだ、この残酷な真実に追いつけていない、茫然自失とした、生気の感じられない表情。
そんなアデルの顔は見たくなかった。そんな顔にさせたくなかった。
まだ、もっと、ずっと、彼を守ってやりたかった。
彼はまだまだ、子供なのに――。一人になんて、させたくないのに――。
ちゃんと、アデルの名前を呼んでやりたかった。
彼の名前を呼んでやれるのは、自分だけだと思っていたから。
思い残すことは、隅から隅までアデルのことばかり。
首を刎ねられて死ぬというのに、エルは自分のことなど一切考えていなかった。
ただ。まだまだ子供のアデルを一人、この残酷な世界に取り残してしまうことだけが気掛かりで、心残りで。心配で、不安で、罪悪感に苛まれる。
それでも、死は残酷に訪れる。
死んでしまえばもう、愛しい彼を思って、心を揺らすことすら出来ない。
その瞬間。エルという亜人の人生は一度、終わりを迎えた。
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死んでしまったというのに、何故かエルはエルのままだった。思考することは出来ないが、温かさを感じることは出来た。
暗い暗い、暗然とした世界でたった一人。途轍もない孤独に苛まれているはずなのに、不思議と寂しさは感じなかった。
何となく。アデルが傍にいるような。心地よい温かさを常に感じていたから。
時間の経過も、自分自身の存在も、何かを思うことも。何もかも感じられないというのに。その温かさがあったから、エルは孤独では無かった。
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――エルは知らない。
アデルが仇をとるため、悪魔ルルラルカを殺したことを。
エルを生き返らせると、彼が心に誓ったことを。
旅の果てに、アデルが多くの仲間に出会ったことを。
エルの過去を知り、それでも尚、彼が師匠を慕い続けていることを。
この世界の理不尽を変える為、悪魔や愛し子の為に何が出来るのか。常に彼が自問自答していることを。
エルと再会する。その術を、彼が身につけたことを。
――エルは知らない。
とある赤子が、この世界に生を享けることを。
その赤子の深淵――魂の正体を。
その赤子が、初めて出会う人物の名前を。
――エルは知らない。
その名前を、漸く呼んでやれることを。
新しい形で全てを取り戻すその時、その全てを――。
エルは知る。
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レディバグの改変<L>
――完――
レディバグの改変<W>に続く――。
ここまで読んでくださった読者様、本当に本当にありがとうございました。「レディバグの改変<L>」を完結まで導けたのは、読者様あってのことだと思っております。
今回で<L>は完結ですが、これからは「レディバグの改変<W>」が始まります。
本来は「レディバグの改変<W>」という作品を本編として描く予定だったのですが、レディバグという組織の仲間たちに焦点を当てた時、これは番外編などで語れる濃さでは無いなと思い、先に出会い編である「レディバグの改変<L>」を執筆しようと思い、本作は生まれました。なのでこの作品は作者的に言えば、<W>のスピンオフで、これから投稿予定の方が本編です。
現在、<W>の構想を練っており、執筆も始めております。ストックが二十話ほど溜まれば投稿しようと思っています。執筆状況はTwitterでお知らせしようと思うので、興味のある方は覗いてみてください! https://twitter.com/ladyIcoffee
最後に、最終回まで読んでくださった方々、本当に本当にありがとうございました!
「レディバグの改変<W>」も引き続きよろしくお願いいたします!




