9、故郷の危機1
「簡単に言えば、亜人は人間と動物のハーフだね」
「動物の?」
「あぁ。かつて僕たちの先祖は動物の力を欲した。力とは、ジルを生み出す力。……とは言っても、悪魔ほどの力が動物には無いから、亜人とアデルでは天と地ほど差があるけど」
この世の八割のジルを生み出す悪魔とは違い、動物や植物が生み出すジルは微々たるものだ。それでも自身でジルを生み出すことの出来ない人間にとって、少量でもジルを生み出すことの出来る動物の力は、喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。
「そして先祖は動物と交わりを持ち、産まれてきた子どもは人間と動物両方の特徴を持った。そんな子孫たちがどんどん血を繋いでいき、亜人という種族は誕生したんだ。亜人は元である人間、動物よりも強く、その特性から寿命も長い。だから僕もこんなに若々しいんだよ」
「何故動物よりも強くなれるのだ?」
動物と人間のハーフということは、当然動物の特性を半分しか受け継げていないということだ。にも拘らず、元の動物よりも亜人が強い理由がアデルには分からなかった。
「いいかい?動物はジルを生み出すことが出来るだけなんだ」
「?」
「先祖たちも動物のその部分しか欲していなかった。何故なら動物には知性が無いから。考えることが出来ないから、動物はジルを生み出すことは出来ても操ることが出来ないんだ」
「なるほど……」
生み出すことは出来ても、それを操る力が無いのであれば宝の持ち腐れ。だから亜人は人間よりも寿命が長く、動物よりも強く生きることが出来るのだ。
「……話はズレてしまったけれど、僕は何十年もかけてこの強さまでに到達したんだ。そして僕はこれからもっと生きることになる。時間は有限ではあるが、君と僕に限って言えば売るほどある。焦る必要は無いんだよ」
「……助言感謝する。師匠」
アデルのおでこを突いて彼の不安を取り除こうとしたエルに、アデルは静かに微笑んで礼を言った。
「……ん?そういえば師匠、結局無性とはどういう原理で産まれてくるのだ?」
ふと大事なことを思い出したアデルは、元々の疑問を再度エルにぶつけた。
「あぁ、それね。実はよく分かっていないんだ」
「?」
「無性っていうのは亜人にのみ現れる突然変異みたいなもので、その原因はよく分かっていないんだよね」
無性が亜人にしか存在していないという点から見て、原因は遥か昔に先祖が交わった動物にあると考えられている。だがどういう理論で無性の亜人が生まれてくるのかは判明しておらず、エルは困ったような表情で説明した。
「無性の亜人は他の亜人と違って、動物の特徴が外見に現れない。だからよく人間に間違えられるんだよね」
「では他の亜人はもっと違う容姿なのであるか?」
「うん。耳とか尻尾が生えているんだ」
「それはまた珍妙な」
亜人を見たことの無いアデルにとっては驚くべき事実であったが、この世界に住まう者で亜人の身体的特徴を知らぬ者などいないので、それは当たり前の常識であった。
「見慣れればどうってことないさ。ちょっと見た目が違うだけで、人間と考えることは変わらないからね」
「なるほど……やはりまだまだ我の知らないことは多いのであるな」
エルから与えられる知識に目を輝かせたアデルは、再び食事に手を伸ばし始める。そんなアデルを本当の親のように見つめたエルはニヤリと破顔すると、何故か突然立ち上がる。
「よっし。アデル、僕は今良いことを思いついたよ」
「良いこと?」
突然骨だけになった食事の残骸を持ったまま立ち上がり、自身に満ちた表情で言ったエルに、アデルは思わず首を傾げた。
「毎日修行を頑張るアデルにご褒美だよ。王都に出かけよう!」
********
アデルたちの住むゼルド王国の王都は、クルシュルージュ家の治める領地から歩いて数時間のところに位置する。本来であれば何かしらの移動手段を用意して向かう場所であるが、アデルたちは体力作りもかねて歩いて向かっている。
エルはほぼいつも通りの格好だが、アデルはガラッと印象を変えていた。
それもそのはず。アデルの黒髪と赤い瞳は目立ちすぎるので、好奇の目を避けるためにもその容姿を変える必要があったのだ。
――数時間前――
「さて。王都に行くにしても、君のその髪を何とかしない訳にはどうしようもないね」
「髪だけ?目はよいのであるか?」
「目をどうこうするのは難しいからね。それに、どちらかの色が変えられれば、それだけで君は悪魔の愛し子とは思われなくなる。だから変えるのは髪だけでいいんだ」
悪魔の愛し子の特徴は、黒い髪と赤い瞳。だが黒髪だけを持つ人間や、赤い瞳だけを持つ人間は少なくない。その為、髪か目を変えられさえすれば、アデルが悪魔の愛し子だとバレることは無いのだ。
「それにしても、どうやって髪の色を変えるのだ?」
「こんな時は便利なジルの出番さ」
「ジルとは本当に便利なのだな。髪の色すら変えられるとは」
この世界に髪を染める方法が無いわけでも無いが、それにしたってジル無しでは成り立たない。なのでエルたちのようにジルを操れる存在にとっては、高い金銭を使って染めるより直接ジルを操った方が効率的なのだ。
だがその事実を知らないアデルは感心した様に、その知識を吸収した。
「ジルを操れば色素も変えられるからね。さてお客様、どのような色がお好みですか?」
「……師匠と同じ色がいいのだ」
「おや。君なかなか可愛いことを言うじゃないか」
何故か店員風で尋ねてきたエルの頭をじっと見つめたアデルは、ボソッとそんな希望を零した。自身の髪色を所望されたエルは、嬉しさを全く隠しきれていない表情で上機嫌になっている。
「いっそのことずっと僕と同じ色にすればいいじゃないか。そうすればどこからどう見ても仲良し親子さ」
「……」
軽く提案したエルだったが、提案された側のアデルは真剣な相好で考え込んでしまう。
「……魅力的な提案ではあるが、我はこの黒髪で生きて行くと決めたのだ」
「それはまた、何故?」
黒い髪はアデルにとって人生の歯車を狂わせた原因の一端なはずで、散々その黒髪のせいで傷ついてきたはずった。にも拘らずその黒髪を捨てないと断言したアデルが、エルにとっては不可解だった。
「……我は、意地になっているのかもしれない」
「意地?」
「師匠が、悪魔の愛し子である我を……このままの我を受け入れてくれたから。……ありのままの、悪魔の愛し子でもやっていけるのだということを、証明したいのだ」
「バッカだねぇ……」
アデルの真意を聞いたエルに一喝されたことで、アデルはほんの少しを頬を膨らませてしまう。
「ま。そういう意地、僕嫌いじゃないよ?」
「本当であるか?」
「君って案外チョロいよね」
エルに肯定的な意見を言われた途端、アデルは不満気な表情からパッと顔色を明るくさせて尋ねた。そんなアデルをジト目で見つめたエルは、抱いた印象を正直に告げてしまう。
「我はチョロいのか?」
「チョロいチョロい。自覚しな?」
アデルは他人と関わったことがほとんどないので、自身を客観的に見るという経験があまりない。なのでエルが抱くアデルの印象は、良いものでも悪いものでも彼にとっては興味深いのである。
「じゃあまぁ、本日限定で髪色変えるってことでいいかな?」
「あぁ。よろしく頼む」
かくして。エルと同じターコイズ色の髪になったアデルは念の為フードを被り、王都への道を進むのだった。
********
「人が、多い」
「そりゃそうだろう。王都だもん」
王都に到着したアデルは開口一番、片言のようにそんな感想を零した。世間知らずなアデルがここまでの人口密度を誇る場所に訪れた経験があるわけも無かったので、その反応は当然と言えば当然のものだった。
「……誰も、睨んでこない。不思議だ」
「……まぁつまり、そういうことだよ」
「そういうこととは?」
王都の人の多さよりもアデルが最も驚いたのは、誰もアデルのことを奇異の目で見つめてこないことだった。アデルの経験上、一度も彼を睨まなかったのはティンベルとエルだけなので、とても不思議な感覚なのだ。
誰もアデルを気にしていない――寧ろ視界にさえ入っていないのではないかと思えるほど、アデルは普通に王都を歩けていた。
「みんな。君の髪と目しか見ていなかったってこと。黒髪じゃない君なんて、その他大勢の一人なのさ。自惚れなんだよ。みんなが君のことを見ているなんて」
「……そうであるな……本当にそうだ」
刺々しい印象を覚えるエルの言葉も、アデルにとってはとても優しい意味の込められたものに感じられた。今までアデルが浴びせられ続けた罵声も、暴力も、冷たい視線も。全てアデル自身のせいではなく、悪魔の愛し子という肩書きのせいであるのだと、暗に伝えてくれているようであったから。
「それにしても、今日はここで何をするのだ?」
都会に目を回す田舎者のような動きで、辺りをキョロキョロと見渡したアデルは、ふと純粋な疑問をぶつけた。
「まぁまず、売り物があるから適当にそれを売って、後は適当に食料調達かな?」
「売り物があるのであるか?」
「あぁ。ほら、僕操志者だから」
「そうししゃ?」
エルの口から飛び出た言葉によって、アデルは更に首を傾げてしまう。〝操志者〟という言葉の意味も、その単語にエルが該当する理由もアデルには全く分からなかったからだ。
「あ、教えてなかったね。操志者っていうのはジルを操ることの出来る生物のこと。人間や亜人ひっくるめてね。だからアデルも操志者だよ」
「名前があったのだな……ではその操志者と売り物に何の関係があるのだ?」
「言っただろう?操志者は人間の場合四割しかいないって」
「あぁ」
「つまり残り六割の人間にとって、操志者は貴重なんだ」
「っ……」
貴重と言うと大袈裟に聞こえてしまうが、操志者がいなければ今あるこの世界が成り立たないのも事実であった。操志者にしか出来ないこと、操志者にしか作り出せない物があり、操志者以外の生物にとって、その資源は生活に必要不可欠なのだ。
「だから、操志者じゃないと作れないような物を売ったりして、お金を稼いでいるんだ」
「なるほど……」
生きるために必要な金銭をどうやってエルが稼いでいるのか知らなかったアデルは、納得した様に声を上げた。
こうしてアデルたちは、王都での目的を果たすのだった。
********
「師匠。ここは何なのだ?」
今回持ってきた売り物をほとんど売り切り、調味料や日用品の買い出しも済ませたアデルたちは、そろそろ自宅への帰路に就こうとしていた。
だがそんな中、アデルは近くにあった建物に興味を示す。古くからあるようには見えるが、決して老朽化はしていないその建物の看板には〝冒険者ギルド〟と表記されていた。
「見ての通り冒険者ギルドさ」
「師匠、流石に意地悪であるぞ」
さも「見て分からないのか」とでも言いたげな表情のエルに、アデルは思わずジト目を向けてしまう。
アデルが冒険者ギルドが何なのか分かっていないということを知った上でエルは恍けていたので、アデルが不満気になってしまうのは仕方が無かった。
「ははっ、ごめんごめん。冒険者ギルドっていうのは冒険者たちの仕事を斡旋したりするところ。〝こういう仕事があります、あなたのレベルだとこの仕事が向いてますよ〟って感じでね」
プクっと頬を膨らませるアデルを目の当たりにしたエルは破顔一笑すると、すぐに陳謝し説明した。
「冒険者とは、どんな仕事なのだ?」
「便利屋みたいなものかな。危険な野獣や犯罪者相手の戦闘を主に仕事にする奴らもいるけど、弱い奴らは簡単な依頼を適当にこなすだけって場合も多い。冒険者は当に玉石混淆なのさ」
「……師匠はやらないのであるか?」
説明を聞き終えたアデルは、エルの実力であれば冒険者としても十分稼げるのではないかと思い尋ねた。
「一応冒険者登録はしてるよ。でももう飽きちゃって、最近は全然依頼受けてないかなぁ」
「飽きるものなのであるか?」
「だってこの僕を楽しませられる依頼なんてそうそう来ないからね」
「流石であるな」
冒険者の仕事に対して非常に冷めた感想を零したエルは、自意識過剰でそんな態度をとっている訳ではない。エルの実力に見合う相手がいないという、紛れもない事実から本気で落胆しているのだ。
相変わらずのエルにアデルが感嘆の声を漏らしていると、何やら冒険者ギルドの中が騒がしくなっているようだった。
「……何やら騒がしいのだ。何かあったのだろうか?」
「この感じは……相当ヤバイ依頼でも入ったかな?S級クラスの」
アデルに〝S級クラス〟の意味を知る術は無かったが、それがかなり危険な依頼であることだけは理解できた。
「緊急の依頼です!ここから東に約二十キロ、クルシュルージュ家領地にて、多数の災害旧野獣が発生した模様です!A級以上の冒険者は至急向かってください!」
冒険者ギルドのスタッフと思われる人物の鬼気迫る大声が、外にいたアデルたちの耳にまではっきりと届いた。
唐突に聞かされた故郷の危機に、アデルは思わず茫然自失としてしまうのだった。
次は明日投稿予定です。
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