知恵の実
神の目の届かない闇の底を一匹の蠅が飛んでいた
幾分か飛んでいると洞窟が見え、そこには大きな蛇が鎮座していた。
「蛇の旦那、ご無沙汰してやす」
「蠅よ、久しぶりだな。ずいぶんと音沙汰がないから塵に帰ったと思っていたぞ」
「蛇の旦那、あっしにゃ知恵も力がありませんから、塵に帰されるほど目立つこともないんでさ。狙われないのはいいことかもしれやせんが、誰にも気にされないのは辛すぎるんですぜ」
「そういうものか」
蠅は蛇の近くの石に止まり手をする。
「そこでなんですが、旦那が昔、人間を唆して楽園を追放される原因となったリンゴって奴をあっしにも分けてくれやしませんかね。知恵の実ともいいましたっけ?」
「全く、なにをしていたかと思えばそんな与太話を仕入れてきたのか」
「与太話? 知恵の実を食べさせたって話が間違ってるってことで?」
蛇がゆっくりと頭を上げる。
「確かに俺が与えた実を奴らは食べたさ。今もその実を俺は持っている」
「今も? 随分と物持ちが良いこって。ぜひともその実を少し分けてくれやしませんかね」
「・・・まあ良いだろう。巣の奥に転がってるはずだから好きに食えばいい」
そう言われると蠅はすぐさま蛇の巣の奥へ飛んで入って行った。
数刻後、蠅が戻ってきた。
「蛇の旦那、リンゴはいただきましたぜ。さすがに腐って随分と酷い味やったけど、食ってるうちに無性にこの味が愛しくなってきましたわ」
「そうか、どうなるか興味はあったが、貴様だとそういう効果になるのか」
蛇は興味深そうに蠅を見える。
「どういうことで? あの実は知恵を授けるものじゃ?」
「いつ俺が知恵を与える実だと言った。アレは愛を与える実だ」
「へっ? 愛? これまた悪魔には似合わない話だ事で。しかし、じゃあなんで人間どもは楽園から追放されたんで?」
「奴らは追放されたのではない、脱走したのさ。すべてを管理され命を保障された楽園よりも、愛した相手と子供を作り、苦楽を共に歩む道を選んだのさ」
「旦那、言ってることが全く悪魔らしくないですぜ」
蛇が舌を出し入れする。
「そうでもないさ、愛も欲の一つ。そして、愛すれば愛するほどその裏に潜む憎悪は深まるもの。彼らは神が与えたと愛を語り、その裏で愛を傷つける全てを憎悪し、我が手に堕ちて来るのさ」
「さすが旦那、正に悪魔だ」
蠅は忙しなく手足を動かしている。
「さて、あっしはさっきから腐った食べ物が愛しくって仕方がない。ちょっくら地上に出て満たされるまで食い歩いてきますわ」
「ああ、大いに食ってこい。その愛があれば、さぞ人間どもに気にしてもらえるだろう」
「地上の食べ物全て、腐らせて愛でてきやす」
そういうと蠅は地上に戻っていった。
やがて地上では食べ物がすぐに腐るようになり、
腐ったものには蛆が湧き、蠅が飛ぶようになった。
愛とは何か、
それは躊躇わないことさ。
と言うことで、愛を犯すものはぶち殺す!
ってヤンデレ話を考えた時のネタより抜粋。