風の噂
森の奥のそのまた奥にひっそりとたたずむ小屋があった。
森に迷ったものを正しく導き、人々から森の賢人と謳われる彼女が住む小屋である。
「はぁ~、また違うものができましたわ」
彼女が一人ため息を吐いていると、どこからか声が聞こえてくる。
「何してるんだジョ?」
「あぁ、ゴラ夫ですか。あなたはタピオカという物を知っていますか?」
「タピオカ? なんだジョそれは」
そういって姿を現したのは、10センチほどの人型の人参。
かのマンドラゴラが意思を持った「マンドラ・ゴラ夫」である。
やる気のない表情の彼をしり目に、彼女は再びビーカーに視線を落としていた。
「甘くて、ぷにぷにして、美味しい飲み物らしいのですが、どうにも上手く作れなくて……」
「ふーん……、なにで、作ったん、だジョ?」
彼は、そういいながら彼女の肩によじ登ると、ビーカーの中を覗き込んだ。
ビーカーの中には、グニグニと何かが蠢きながら、少し茶色い汁からは甘ったるい匂いが漂っていた。
「……お前、何入れたんだジョ?」
「え? 何ってぷにぷにしているって、聞いたのであれを少し――」
そういいながら指さしたのは、部屋の隅で蠢いている不定形な生き物。
スライムである。
スライムは、その核がプニプニとしている。
「えぇ……、あれは無いんだジョ……」
「ん~やはりあれではないんでしょうか? プニプニはしていたんですけどね」
「それも気になるんだが、この甘ったるい匂いの液体はなんだジョ?」
「あぁ、それはあれですわ」
再び彼女が指さした先には、マンドラ・ゴラ夫と同じ人型の、いや彼以上に精緻で美しい顔立ちをした女性型の木があった。
「まさか、あれの蜜を使ったんかジョ?」
「えぇ、ドリアドネの蜜は最高の甘味ですからね」
「けど、あれって確か中毒性あるとかいってなかったかジョ?」
彼がそう言うと、彼女は少し考えながらニッコリと笑いかけた。
「まぁ、とりあえずできたから飲んでくださる?」
「ふ、ふざけるな! そんなもん俺が飲んだら死んでしまうジョ!」
「あら? 飲んでくださらないの? それじゃ仕方ないわね……」
彼女はそう言うと、肩に乗っている彼の頭を無造作に掴んだ。
「な、何をするんだジョ!?」
「実験に協力しないなら、貴方を材料にしますよ?」
「ひぃぃぃ……」
そういわれると、マンドラ・ゴラ夫は渋々といった様子で肩から降りてビーカーの前に立った。
「ほ、本当に飲めというのかジョ?」
彼が恐る恐る見上げると、彼女は能面を張り付けたような笑顔で頷いてきた。
そんな彼女の様子を見て、彼は諦めたのかビーカーを持ち上げ、一気に煽った。
次の瞬間、彼の喉にドロッとした甘ったるさとその中で蠢くブニブニの触感が入ってきた。
「うぇぇぇ……、クソまずいんだジョ」
「ん~、何がダメだったんでしょうね」
「全部だジョ!?」
「失礼な! 少なくともドリアドネの蜜は問題ないはずです!」
「中毒性ある時点で、ダメだと思うんだジョ……」
今日も、山奥には彼らの言い合う声がこだまするのだった。