第一章 出会いは森の中で突然に 8
「ふぅ。ようやくお腹が落ち着きました! やっぱり朝のおにくは格別ですね!」
「……フォレストベアーの肉は臭みが強くて苦手な人が多い筈なんだが。まさか俺の分まで食べるとは」
朝食を終えて、再度森を歩き始めた二人。
満面の笑みを浮かべながら後ろでスキップしているエリーザに、ルドルフは戦々恐々とした面持ちで言った。
なにせこのお嬢様は、朝ごはんに熊一頭丸々食べたのである。
もちろん主な可食部位が中心という前提だが、普通に食べるとしたら大人5~6人が食べるような量だ。
昨夜は余程お腹が空いていたのだろうとルドルフは思っていたのだが、この時にはエリーザが相当な大食漢で食い意地が張っていることは疑いようも無かった。
「あまり食べたくないって仰ったのはルドルフじゃないですか。
私は何度も聞きましたよ。本当に食べないんですかって」
「朝っぱらから熊の丸焼きなんて胃に重たいもの食べられるか!
干し肉にする程度は残るかと思っていたんだ。君の食欲を甘く見ていたよ」
「ふふふ。料理は早い者勝ちなのです。
とはいえ、無理を言って道案内をお願いしている私の立場はちゃんと弁えているつもりですよ。
しっかり報酬に上乗せするので安心してください」
そう言いながら可憐な笑みを向けられてしまうと、ルドルフは頬を赤くして押し黙るしかできなかった。
(……本当に変な人だな。獣人の俺に立場を弁えているとか言うなんて)
貴族にはノブレス・オブリージュという万国共通のお題目がある。
これは社会的地位の高さを特権として得る代わりに、より多くの義務を果たすことが求められるというものだ。
しかしルドルフの知っている貴族はそんなものを律儀に守らない。
そればかりか社会的地位の低い者を徹底的に搾取し、侮蔑し、貶めることをなんとも思わない。
特に獣人にはそれが顕著になり、人としてすら扱ってもらえないことが常である。
だがエリーザは獣人のルドルフを一個人として尊重しているようで、軽妙なやり取りはするものの、決して礼節を軽んずるようなことはしない。
だからなのだろう。
早くも彼女に振り回されつつも、そんな状況を悪くないと思っている自分がいるのだ。
(これが恋というやつなんだろうか)
とはいえ彼女の言葉を借りるとするならば、ルドルフこそ自分の立場をちゃんと弁えているが。
「それにしても今私達はどの辺りにいるのでしょうか?
あれから結構歩いたと思うのですが、同じような景色がずっと続くので全然分からなくて」
「それこそここが魔の森と呼ばれる所以だよ。この森は広大な樹海に様々な生物が住んでいるだけでなく、似たような景色が延々と続くから簡単に迷ってしまうんだ。
おまけに特殊な磁場が働いていて方位磁石は役に立たないしね」
だからこそ普通の人間は魔の森に迂闊に足を踏み入れることができず、ベテランでも気を抜いたら道に迷った末に命を落としてしまうことがある。
ルドルフがやってきた北のエクド二ア国。大国である西のエルザルバドル国。そして目的地であるクスの街がある南東のシェリドゥス帝国。
現状、どの国も手を出すことができず放置しているのも頷けた。
「そうするとルドルフが迷わないのはどうしてなのですか?」
「師匠と冒険者の修行をするために何度もここに足を運んでいるしな。
たしかに一度も行ったことがない場所はたくさんあるけど、主要な道の些細な違いくらいは熟知しているつもりだよ。
それに俺には方位磁石よりも優秀なこの鼻があるからな」
「なるほど。改めてルドルフとご一緒できた私は運が良かったです」