第一章 出会いは森の中で突然に 6
「かなり便利だな。でもそうすると高価なものなんじゃ?」
「これは手荷物一人分ぐらいしか入らないのでそこまでではないですよ。時価にすると金貨500枚くらいでしょうか?」
「いやいやいや?! 一軒家建てられるから! 充分高いから!」
思わず突っ込みを入れるルドルフに対して、エリーザは高いと言われた理由がよく分からないと言わんばかりに可愛らしく小首を傾げた。
「そうですか? レリックは金貨10000枚以上するものが相場ですから、その中だとかなり安い方だと思うのですが」
「マジかよ。レリックって怖ぇ……」
少しだけ羨ましいと思ったのだが、そんな高価なものを獣人の自分が持ち歩くのは危険でしかない。
ましてや身につけているものが家一つ分と考えると、怖くて触るのもためらってしまう。
ちなみに金貨1枚は、一般的な大人1ヶ月分の収入に相当する。
ルドルフの反応は決して大げさなどではなく、この場合金貨500枚に相当するものを平然と手に取っているエリーザの感覚が一般的ではないのだ。
と、そこで朝の涼風に流れてくるとある異臭と気配をルドルフは感知した。
ひくひくと黒い鼻を意識的に動かす。
「回り道だがこっちへ行こう」
エリーザにそう伝えると、今まで進んでいた木々の生い茂る広々とした道とは逆の、より茂みが深い小道へと逸れていく。
「? どうして急にこちらの道に?」
「さっきの道をそのまま進むとデッドリーサウルスの群れに遭遇する。
毒消しがほとんどない状態で下手に遭遇しても面倒だし、さらにヤバイ奴が駆けつけてきたら無駄に体力と時間を浪費してしまうからな」
デッドリーサウルスは主に深い森に棲む大トカゲ型の魔物だ。
体長は2メートルほど。紫色のまだら模様が特徴で本来は単体でいることが多いが、稀に群れを形成することがある。
毒液や毒爪を使って獲物を仕留めることから、ギルドが指定する危険度ランクF~Sの内のDランク(手練の冒険者一名以上相当)に該当するが、群れに対処する場合危険度はCランク(手練の冒険者複数名以上相当)になる。
やろうと思えば対処できなくもないだろうが無理をする状況でもないため、ここは安全策を取る判断を下した。
「すごいです! いったいどんな魔法を使ったのですか?!」
「魔法じゃない。これは俺の特技でな。昔から鼻とちょっとした勘がよく働くから、ある程度距離が近づくと魔物や猛獣の位置が分かるんだ。
ちなみにもう少しでフォレストベアーに遭遇する。一応用心しといてくれ」
ルドルフは細道を進みながら携帯していた弓を手に取る。
やがて遭遇したのは彼の宣言通り、緑色のまだら模様が特徴的の大きな熊である。
危険度Eランク(冒険者1名以上相当)のフォレストベアーだ。雑食で人を襲うこともあるが、主にキノコや山菜類を好んで食べることが多い。
実際フォレストベアーは食事中だったようで目の前のキノコに夢中らしく、二人に気づいている様子はない。不意打ちする絶好の機会である。
「ルドルフの言ったとおりです。お仲間さんがいましたね!」
「いや。あいつはただの魔物なんだが」
「ふふふ。冗談です。それにしてもすごい夢中で食べていますね。見ているとこっちがどんどんお腹が減ってきてしまいます」
そこでふと何かを思いついたのか、エリーザは期待に満ちた眼をしながらルドルフに尋ねる。
「あの熊さんは食べれますか?」
「えっ。まあ食べれないことはないけど」
「まあそうなのですね! 他にこの周囲に危険な魔物はいますか?」
「いや。今のところあの熊だけだな」
「では朝食はあの熊さんで決定ですね! さっそく狩ってきます!」
「えっ! ちょっ!?」
そんな逞しいことを言い残し、エリーザは勢いよく茂みから飛び出していった。