第一章 出会いは森の中で突然に 5
* * *
翌朝ーー。
天を覆うほど広がっている木々の葉の隙間から陽光が差し込み、小鳥がルドルフとエリーザの付近で囀っている。
(まさかエリーザと話しているうちに徹夜してしまうとは……!)
エリーザは「すっかり朝になってしまいましたねぇ。お腹空いてきました」などと言いながら、鎮火した焚き火の跡を枯れ枝で呑気につついている。
本来、ルドルフはコミュニケーションがそこまで得意ではない。
特に初対面の相手にはそれが顕著になり、ギルドのクエストで希に同行者がいた場合クエストのこと以外は喋らないことが多い。
ところが、エリーザとは初対面であるにも関わらず、ほぼ自然体の状態で話すことができていた。
彼女特有のほんわかとした雰囲気と人当たりの良さが、不思議と心のハードルを下げてゆくのだ。貴族の女性に特有の高飛車な様子がないところも非常に好感が持てた。
そうしたこともあってエリーザとの話に盛り上がってしまい、気づいたら夜が明けてしまっていたのだった。
「すまない。話に夢中で気づかなかった。もし眠かったらここでしばらく見張りをするよ」
「心配して下さってありがとうございます。私は昨日寝たので平気です。むしろルドルフが眠くないですか? 逆に私が見張りをしましようか?」
「俺も眠くないから大丈夫だ」
するとエリーザはルドルフの顔を覗き込むようにグイっと近づいてきた。
「お顔立ちは健康そうですけど無理してないですか? 無理は禁物ですよ?」
「だ、大丈夫だから! それなら身支度して出発しよう!」
ルドルフは顔を赤くし、心臓をバクバクさせながらエリーザに言う。
どうしてそんな無防備にして、自分よりも大きい見た目熊の生き物に近寄れるのだろうか。
彼女の不意打ちのほうが健康に悪い。
(……とはいえ、話をしてくれて感謝しているのは俺のほうだ。
なんとなくスッキリした気分だ。一日寝れないくらいはなんともない)
物心ついた時に両親を亡くしてしまい、天涯孤独の身になってしまった彼を親代わりとして育ててくれた師匠。
顔を突き合わせれば憎まれ口を叩くこともあったが、音信不通が続くうち、心の中にポッカリと穴が空いてしまったような感覚に陥ることが多くなっていった。
なんだかんだルドルフにとって、師匠の存在は精神的な支えになっている部分が大きかったのだろう。
そんな師匠とのエピソードの一部を彼女に話したことで、モヤモヤした気持ちは薄れていた。
「それにしてもルドルフは荷物が多いですね。
特にこのリュック。パンパンですけど中にどんなものが入っているんですか?」
出発して少し経った後、エリーザがルドルフに尋ねてきた。
彼の出で立ちは土色のゆったりとしたローブを羽織り、腰には弓、腰脇には剣、麻のズボンの腿上には様々なサイズのナイフを数本装備。そしてその広い背中にコンパクトだがパンパンに膨れ上がっているリュックと矢筒を背負っている。
細剣以外は荷物らしい荷物がない彼女とはあまりにも対称的だった。
「長旅を想定して、料理道具とか服とかクエストで使う道具とか本当に色々だな。
逆にエリーザはほとんど手ぶらだけど、荷物とかどうしているんだ?」
魔軍に襲われた際に荷物を失ってしまったのだろうかと予想しながらルドルフは尋ねたのだが、
「もちろん持っていますよ。ここに」
そう言って騎士団の制服っぽい上着の内ポケットから取り出したのが、奇怪な紋様が描かれた古ぼけたずた袋だった。
「これはヘルメスの袋。レリックと呼ばれる魔法の遺物で、重さはそのままに様々な荷物をこの袋の中にしまうことができます。ですからほとんど手ぶらでも問題ないのです」
「へぇ。これがレリックか」
ルドルフはつい足を止めてヘルメスの袋を見つめる。
レリックはその名の通り魔法の力が篭った品々で、1000年以上昔に滅んだ巨大魔法帝国が由来とされている。具体的な原理・仕組みは不明だがマナが循環し、付与された特定の魔法が常時展開していることから、芸術品としてだけでなく実用品としても重宝されることがある。
見た感じただのボロ袋にしか見えないが。