第一章 出会いは森の中で突然に 3
そこからの彼女の食べっぷりはそれはもうすさまじかった。
エリーザは上品に手を添えつつも、圧倒的なスピードで瞬く間にルドルフが準備していた料理を無くしていく。
腹の音を鳴らしながら寝ていたくらいだ。余程お腹が空いていたのだろう。
元々森うさぎは体格も小さくそれほど量は無いのだが、それにしても女性が一人で食べるにしては多すぎる。
妖精のように可憐で言葉遣いや所作から高貴な身の上を思わせるエリーザの意外な一面に、ルドルフは唖然とするしかなかった。
(こんな細くて小さい身体のどこに料理が入っていくんだ?)
とはいえルドルフは悪感情を抱いているわけではない。どちらかというとリスに餌をあげているような感覚で彼女の食べっぷりをじっと眺めている。
(なんか、ずっと眺めていられそう)
いよいよ用意していた森うさぎ料理が無くなりかけた時、エリーザはようやくルドルフの視線に気がついた。
恥ずかしそうにかあっと顔を赤くして、目を伏せる。
「す、すみません。私ばかり食べてしまって。ルドルフさんは食べないのですか?」
「い、いや。お気になさらず。今はあまり食欲がないのでそれは全部食べてください」
それは事実だった。容姿端麗な彼女を目の前にするとなぜか緊張して胸が苦しくなってしまい、どうにも目の前の肉を口にする気になれないのだ。
代わりに携帯食であるビスケットをズボンのポケットから取り出して食べようとする。
「だ、だめです! これは元々ルドルフさんのものです! ちゃんとお肉を食べないと力が出ませんよ!」
「ルドルフで構わないよ。元々腹が減ったらなんとなく食べるくらいで、肉はあまり好きじゃないんだ」
「そうなのですか。それでしたら食べ物は何がお好きなのですか?」
ピクっと反応する。
ルドルフは少しため息を吐いた後、答えた。
「野菜」
エリーザは目をぱちくりとさせると、やがて鈴の音を鳴らすように破顔した。
「ふふふ。気を悪くしてしまったらごめんなさい。野性的な凛々しいお顔立ちであまりにも意外なことを仰るものですから」
「……熊獣人だからって肉が好きとは限らないんだ。人族だって肉が好きな人もいれば野菜が好きな人もいるだろ」
「たしかにその通りです。そうしましたら残りは有り難く頂きますね」
やがて森うさぎ料理を全て平らげたエリーザは、ルドルフに向き直って深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます。貴方がいてくれなかったらこのまま飢え死んでいたかもしれません。この御恩は何らかしらの形で必ず報いさせて頂きます」
「そんな畏まらないでくれよ。俺は冒険者。困ったときはお互い様だ。
それに礼ならそこの鳥に言ってくれ。その鳥が俺をエリーザさんの所まで連れてきたんだ」
この時にはある程度エリーザと会話をして緊張が解れたらしく、ルドルフはいつもの調子に戻って言葉を交わす。
「エリーザで構いませんよ。
……しかしそれを聞いてビックリしました。
フレスは私がマナを与えてこの世に具現化した風の精獣。他の人に懐くことはおろかその肩に止まることなどほとんどありません。
だからこそ私は貴方を信用したのですが」
「精獣? その……他に見ない変な鳥だとは思っていたんだが」
主に無礼な鳥という意味でだが。
「ええ。神が定めた魔法という奇跡。
それを人が行使する際に必要となる精霊の力を宿した霊獣。神の使いとも呼ぶべき存在。それが精獣であり、フレスはその一柱なのです」
「なるほど。これが精獣。初めて見た」
ルドルフはいつの間にかエリーザに抱き抱えられているフレスをまじまじと見つめる。
冒険者の間でも魔法の存在は知識として少なからず広まっている。
ただし使えるものはほとんど存在しない。
理由は単純明快だ。
精獣と契約を交わすことで人は魔法を発動することができるのだが、その魔法を発動する際に必要となるのがマナと呼ばれる特殊な生命エネルギーだ。
しかしマナは誰にでも宿るわけではない。
例外は存在するものの、基本的に人族の間では貴族にしか宿らない。
これが、貴族が特権階級として人族の上位に位置する所以である。
そのため冒険者ギルドで魔法が使える存在になると、必然的に注目も浴び階級も上がりやすい。一部の貴族も冒険者ギルドに登録していることがあるため、銅級程度の位では直接目にすることすら皆無だった。
「精獣は現世に出て人の目につくのを嫌うので見たことがないのも無理はないです。
この子はちょっと特殊なので、こうして私がマナを与えて時々外に出すのですが……。
あっ! どうしたのですかフレス! くすぐったいです!」
エリーザの腕の中でバタバタと動くフレス。
『◇◇◆◆◇◇◆◆!!』
神の使いという徳の高い獣が放った一言に、ピクピクとこめかみを動かすルドルフ。
フレスの言葉はこうである。
『見てんじゃねーよ羨ましいのかこの童貞が!』
ルドルフはナイフに手を伸ばして、無邪気に笑っているエリーザに対して言った。
「エリーザ。その鳥は多分邪神の使いだ。焼いて食べよう」
「えぇ!? ダメですよ!?」
もうルドルフはこの鳥を敬おうという気持ちは失せていた。