第一章 出会いは森の中で突然に 1
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ルドルフは一目惚れをした。
冒険者ギルドのクエストを受注した後行方不明となっている師匠を探すため、故郷である山奥の村を出てからおよそ2週間。
通称『魔の森』と呼ばれる人を迷わせる樹海の中で、地面に横たわっている女性を偶然にも発見した。
腰まで伸びる金色の髪。華奢ではあるが出るところはしっかり出ている抜群のプロポーション。白磁器と見間違うほどの透き通った白い肌。寸分の狂いもないほど整った儚くも凛とした顔立ち。
人族の女性である。所々汚れてはいるものの、身につけている衣服は装飾が多く良質なものらしい。
身なりからしてある程度高貴な身分であることが容易に伺える。
彼は人族、ましてや上位階級の者は大の苦手だった。
いつもの彼ならば視界に入った途端、相手に気づかれないように自分からその場を立ち去っているだろう。
しかしこの時ばかりは違った。
(す、すごい美人! まるで人形みたいだ!)
耳元でやかましく鳴く鳥らしき生き物には目もくれず、もっと近くで見てみたいとおそるおそる彼女に近づいていく。
10メトルから7メトル、5メトルまで接近した。
(い、生きてるんだよな……?)
名前も知らない美人は横倒しになっているものの、肩が上下に小さく動き、すーすーと可愛らしい息遣いが聞こえてくる。
どうやら寝ているようだ。なぜこんな場所で?という疑問は残るものの、命に別状はなさそうでひと安心する。
(大きな怪我もしてなさそうだしとりあえずは大丈夫そうだな。
……ただ、この後どうしようか?)
これが御伽噺であれば、爽やかに声をかけて彼女を起こし、ここで寝ていた事情を聞いたりするのだろう。
それで困っている彼女を華麗に助けるうちに恋に落ちたりして、あれやこれやする仲になってしまうのだ。
などと女性が聞いたらドン引きしてしまうようなことを一瞬で妄想してしまう辺り、ルドルフはどこにでもいる16歳の健全な男だった。
ただし普通ではないという自覚があるからこそ、彼は自分の外見を客観的に思い浮かべてため息をつくのだった。
すらっとした筋肉質の長身の上にはふさふさとした白銀の毛がどっさりと体躯のほとんどを覆い、手は鋭い爪が鈍く光る。
丸い耳とひくひくと濡れぼそった黒鼻は多少愛嬌があるもの、顔つきは肉食獣のように凶悪な面構え。
すなわちクマである。ルドルフの見た目はどこからどう見ても2足歩行している服を着たクマなのだった。
補足をするともちろん彼は普通のクマではない。人種でいうと獣人。れっきとした亜人族にあたる。
とはいえ普通に見たら完全にエサにありつこうとしている凶暴なクマだ。おまけに彼の片方の手には、先ほど今日の夕食にと思って弓で仕留めたばかりの森うさぎ(血がポタポタと滴っている)が握られている。
眠れる森の美女に声をかけて近づくにしては、あまりにも絵づらが悪過ぎた。
(それに下手に近づいたらいきなり刺されそうで怖いし)
5メトル先の女性のすぐ目の前には、これ見よがしにレイピアが横たわっている。
女性がどの程度の実力を持っているのかは判らないが、少なくとも魔物や猛獣がうろつく『魔の森』で寝ようとするくらいの実力はある……ということである。
すなわちこれ以上近づいたら起きてしまうだけでなく、間違えて討伐対象にされてしまう可能性が高い。
『◇◇◆◆◇◇◆◆!!』
「えっ早く起こせって? そう言われてもなぁ。
だいたいおまえのご主人はこの女性のことなのか?」
『◇◇◆◆◇◇◆◆!!』
「今はそんなことどうでもいいだろ。さっさと触って起こせこのチキンが!!って、君ひどくない?! 君が俺を呼んだからここに来たっていうのに。それに見た目鳥の君にチキンって言われたくないよ?!」
先ほどから肩口で煩く鳴いている若吹色の鳥らしき生き物と言い合いを始めた時だった。
キュルキュルキュル~~~!!
静かな森の中で突然鳴り響いた素っ頓狂な音色。
音の出たほうに耳を傾けると、5メトル先で寝入っている女性からまた同じ様な音が鳴った。
つまりお腹が空き過ぎて限界に達したから、少しでも空腹を紛らわすためにこの場で寝てしまったのだろう。
豪胆ではあるが、思わず可愛いと思ってしまった。
そこでふと手に握られている森うさぎの存在を思い出した。
時刻は夕暮れ。茜色の光が森の木々の間から差込んでいる。これからどんどん日が落ちてくるのは明白だった。
(夜の魔の森は危ない。とりあえず起きるまでここで気長に待つか)
喧しい鳥らしき生き物の声を無視して、女性が起きるまで待つことにしたルドルフは、背負っている荷物を降ろして早速準備に取り掛かった。