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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter4 夢の中のリフレイン
99/125

1.2人の距離 -5-

私は机の明かりだけが点いた部屋で、自分のレコードを開いてアレコレとレコードに書き込んでは表示されるものを確認していた。


机以外は暗い部屋。

部長に買ってもらった小さなラジカセからは、随分と懐かしく感じる"未来の"番組が聞こえていて、流れてくる流行りの曲が新鮮に感じた。

そんな中で、私は思いついたことを兎に角、片っ端からレコードに書き込んでは、その結果を見続けている。


こんなことをしているのは、決して悪夢を見るのが嫌だとか、そう言うわけではない。

切欠はアパートで部長の帰りを待ち…帰ってきてからは"過去の私"を演じ続けて居た時。

私は彼女に感じていた違和感の正体に気づいたからだ。


部屋に戻る前に持ってきたホットココアのカップを持って一口口を付ける。

先程から出しているのは、この世界のレコードキーパー…つまり、部長にカレン、リンにチャーリーの情報。

レミのようなポテンシャルキーパーの管轄下にある世界で、レコードキーパーがどういう扱いなのかが気になった。


部長に感じていた違和感…それはきっとこのレコードでも調べられるはず…

私はレコードに浮かび上がってきた情報をじっと眺めていく。

そして、彼らの基本プロフィールの情報の後に続く記述で、違和感の正体が確かめられた。


"7月12日午前3時12分33秒:就寝中……"

"7月12日午前3時16分21秒:就寝中……"

"7月12日午前3時29分58秒:就寝中……"

"7月12日午前3時43分01秒:就寝中……"

 ・

 ・

 ・

 ・


「そういうこと…」


浮かび上がって来たのは"レコードキーパー"のレコード。

夢の世界では、レコードキーパーですらレコードに…つまりは、私の世界に監視されるらしい。


これで部長から感じていた"顔の無い人"らしさの訳が分かった。

何時もなら、生身の人間らしさというか…その場その場の感情が手に取るように分かるはずの人なのに、昨日今日はやけに機械っぽく感じたのは、これが原因だったのだ。


私は浮かび上がった部長達のレコードを眺めて行き…それがレミの言った通り、7日後に途絶えることが分かった。

つまり、私の夢の世界は後7日後に崩壊…消滅するわけだ。

消滅するということは、私は晴れて目が覚める…という理解で良いのだろう。


「7日かぁ…」


私はレコードに表示させた内容を消して、レコードを閉じると小さく呟いた。

学習机の椅子の背中部分に力を加えると、ギィっと軋む音が聞こえてくる。


「レンとの距離は…25年?4半世紀。ちょっと、長いなぁ」


誰もいない部屋で、私は誰に行くわけもなく呟く。


「……」


ラジオからポーン!という音が聞こえてきた。

机の上の電波時計を見ると、時計は深夜1時を指している。

私は急に眠気が襲ってきた体を動かすと、再びレコードに目を落とした。


…なら、私の存在はどう書かれているのだろう?


頭の中には新たな問いが浮かんでくる。

私はレコードを開くと、すぐさま自分の名前を書いてレコードに読み込ませた。


「……」


レコードは何時ものように私の文字を飲み込み、すぐさま情報を返してくる。

私はそこから浮かび上がった文章を見て、目を丸くした。


「え…?」


浮かび上がって来たのは、私がレコード違反を犯した際の情報だ。

それはこの世界でも何でもない、正真正銘の3軸の世界で犯した違反情報…

随分と過去の情報が、私の一番最新のレコードの情報として浮かび上がって来た。


「……」


それを見た私は、何処かからか湧き上がってくる不思議な高揚感を抑えながら、レコードにペンを走らせる。

左手でペンを走らせ、右手で痛みなど無視して寝間着のボタンを外していった。


"…記憶の整理…近況のトピックス"


自分の言葉で知りたいこと書けば、レコードは意図を汲んでくれる。

短くそう書き込むと、レコードは私の書いた文字を飲み込み、一瞬のうちに返事を寄越してくれた。


"1985年8月15日午前9時18分44秒:レコード違反者を1名処置・宮本簾との共同処置"


返って来た情報を見た私は、最後のページまで一気に捲った。

最後のページは、私の個人的な情報…そこの年齢欄を18歳に引き上げる。


「……」


私は即座に変化した自分の体を見つめてふーっと息を吐き出す。

傷だらけの体から、傷一つない体に変わっていた。

右目はパッチリと開き、左目を瞑ってもしっかりと視界は暗くならない。


…つまり、このレコードは私が手にしていた3軸のレコード。

今は世界が違うからなのか、この世界のレコードが表示されるが…私のことにかけてはしっかりとこの世界に来る前の情報が出てきたので、機能は何ら問題は無さそうだった。


私は直ぐに年齢を元に戻し、感じる体の痛みに顔を歪めつつも、寝間着のボタンを付けていく。

再びレミと行動するようになれば、私は18歳に引き上げれば彼女の足手まといにはならなさそうだ。


私はラジオも止めず、机の明かりをそのままに、ベッドに腰かけて背中側に倒れ込む。

可能性世界とやらに飛ばされて2日目…レコードキーパーになった頃の私の体は異様なまでに疲れやすくて、ベッドに寝ころんだ私は、体を動かそうにも動かせない。

左目だけはしっかりと開いたまま、ボーっと天井を見ている。

何となく、まだ眠ってはダメだと思ったから…


「……あ」


そして私は、ふと天井のシミの一点を見つめたまま思いついた。

疲れ切った体に鞭を打って起き上がると、レコードを開いて部長の"今日の"レコードを表示させる。


そうだ、部長がこの可能性世界のレコードに縛られた"見た目だけのレコードキーパー"だったのなら、私と行動していてレコード違反にはならないのだろうか?


私が思い立った問いの答えは、直ぐにレコードに浮かび上がってきた。


「……」


表示されてきたのは"部長が一人で"処置して回っていたという文言。

そこに私は居なかった。


「え?」


当然といえば当然、おかしいといえばおかしな記述が見える。

少なくとも、今日の午前中は私と共に行動していて、部長は私のことを認知していたはずだ。


「……午前中のは…」


私はいつも以上に細かな部分までレコードに表示できるようにペンを走らせる。

今日の午前中に、部長が見た物認知した者…そして発した言葉まで…

書かれた文章は直ぐにレコードに読み込まれていき、直ぐにレコードは答えを出す。


「……」


私は浮かび上がってきた文を見ると、小さく鼻を鳴らした。

そして更にレコードにペンを走らせる。


丁度、深夜のラジオ番組が盛り上がりだした頃合い…

夜更かしじゃ済まなくなってきたが、全ては後々の私のため…


・・・


朝の9時過ぎ。

殆ど眠らずに過ごしていた私は、更に動きの悪くなった体に鞭を入れて部長の横に立っていた。


「今日のノルマは9人。昨日より多いけれど固まってるから楽ね」


彼女は私を見てそう言うと、私の少し先を歩き始める。

私はポケットに手を入れながら、部長の後を追いかけた。


「そろそろレナも一人で処置をしよっか」


部長の声に反応せず、後ろを振り返ると、昨日と同じ青いスポーツカーが路上に止まっていた。

私はレミに小さくサムアップを見せてから"過去の私"に戻る。


「2人くらい、レナに任せようかな?どう?」


彼女は私にそう言ってこちらに振り返る。

私は少しの間部長の目をじっと見つめた後で、小さく首を縦に振った。


「そう。お願いね」


彼女はそう言うと、早速最初の処置対象を見つけたらしい。

私を手招くと、ベンチに座っていた老人の元へと歩み寄っていった。


「……少しの間、ちょっと失礼」


昨日までと同じように、私が手帳を見せて対象をこの世界から切り離す。

そして、部長が注射器の針を突き立てる…全く昨日と同じ流れだ。


「元々短いお先が更に短く…ま、仕方がないかな。これからは1日1時間が貴重になってくるみたい」


部長が老人に吐き捨てるように言うと、次の対象の方へと歩き出した。

私は彼女の横で黙ったまま、付属品のようについて歩く。


「こんな調子で後8人」


昨日と違う、端の方の住宅街の中を行く。

私は時計を見て…今いる場所を見回した。


「次は向こうのコンビニの店員ね」


部長は私の事を余り気にしていない。

時折こちらに顔を向けるが、私は黙ったまま何も反応しなかった。

彼女が言った通り、道を渡って直ぐの所にあるコンビニに入っていき、今度は彼女が手帳を見せる。


「御免なさいね」


そして私が首筋に注射器を突き立てた。


「……」


中身をそっと入れていく過程で、コンビニの駐車場に目立つ車が入ってくるのに気が付く。

中身が無くなった注射器を対象から抜き取り、再びその中身を満たすと、私は部長の顔をじっと見つめた。


「オーケー…ふむ?貴方は少々やり過ぎた。そんなに悪いことをしているレコードには見えないのにね。あと数年…悔いの無い様に」


部長はそう言うとコンビニから出ていく。

私は少し立ち止まって、処置された男がこの世界に戻ってくるのを見届けてから後を追った。


「何か欲しいものでもあった?」


外に出ると、部長がこちらを向いて私の顔をじっと見つめている。

私は小さく首を振って否定すると、レコードを取り出して顔の前に掲げた。


「…別行動しましょう。別行動しないと、この数は捌けません」


私は"過去の私"を演じるのを止めて、今の…つまりは演技していない口調で言った。


「あら。やってみる?」

「はい。私なら大丈夫ですから」


私はそう言って部長の目をじっと見つめる。

彼女はほんの少し驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに笑顔を見せて頷いた。


「なんだか今日はレナが頼もしく見える。それなら、任せようかしら」


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