0.プロローグ
ようやくこっちに戻ってこれました。
久しぶりにレンとレナのコンビです。
他にも同じ世界観で書いている小説があるので良かったらどうぞ
終末世界の片隅で … https://ncode.syosetu.com/n3114gg/
幾多の線を越えた先 … https://ncode.syosetu.com/n4618gk/
レコードによるとAnotherSide … https://ncode.syosetu.com/n3965gd/
「あの町に居ると感覚が狂うな」
路肩で止まった車の中でレンが言った。
私は全開に開けた窓に頬杖を付いていたが、それを聞いてレンの方に顔を向けて首を傾げる。
「全部があの町で完結出来るわけが無いんだが…あの町とその周辺だけで何もかもが完結しちまう気がする」
そう言ったレンはエンジンを止めると、私の方に顔を向けた。
私はほんの少し呆れたような表情を浮かべると、ふーっと溜息をつく。
「昨日の店で隣の漁師達が言ってた事の受け売り?」
「聞いてたのか」
「ええ。産まれてずっとこの近辺の人なんでしょうね」
「このご時世に珍しいと思ってよ」
「そうでもないんじゃない?年寄りだったら尚更…」
私はそう言いながら、膝の上に乗せたレコードを開く。
普段の真っ白なページの上に、パッと違反者の名前と現在地が表示された。
「その考え、都会の方が納得できるかも」
私はそう言いながら、レンにレコードを見せた。
彼はレコードを見ると、ほんの少し驚いたような表情を浮かべて、切ったはずのエンジンを再び目覚めさせる。
背後からすっかり聞き慣れたハイトーンのエンジン音が聞こえてきた。
「…で?レコードは何て言ってる?」
「今いる道をずっと真っ直ぐ…海側に降りて行った先に居るって」
「アテになるのかね?」
「ドライブ気分だね」
「本当にドライブになったら事だぜ、こりゃ」
半島に居る限りずっと続く一本道を流している私達は、レコードが示してきた内容を見て半信半疑だった。
「これで空振りなら…俺らは何時から処置してない事になる?」
「先月かな?」
「あー、先月はあったっけか」
「そう。カレンとか、リンはもう半年は注射器持ってないんじゃないかな?…あ…」
私はそう言うと、ふと腰の当たりに違和感を感じる。
レコードを開いたまま、身動きのし辛いシートの上で腰の当たりを触ってみて違和感の正体に気が付いた。
「私も注射器を持つことを忘れてた…ホラ」
そう言って、腰に付けていたホルスターから取り出した拳銃を眼前に掲げる。
気づけば随分前から持っている…スパイが使っていそうな小型の自動拳銃。
横に居たレンはそれを見て笑った。
「酷いな。俺が持ってっから俺がやるよ。居たらの話だけどな」
まるでレコードのことを信じていないような会話。
こうなるのも無理は無かった。
この世界の全てを寸分の狂いもなく記録しているはずのレコードが、ここ数年安定していないのだ。
切欠は1978年に起きた1件の事件。
私達が夜通し走って函館に駆けつけたあの1件だ。
あの時、何とか部長を止められて一件落着だと思っていたのだが、そうじゃなった。
レコードキーパーにポテンシャルキーパー、パラレルキーパーが一堂に会した函館で残すことになった痕跡はレコードの修正が効く範囲から外れてしまい、結果としてそこから多くのレコードが狂う羽目になったのだ。
たかがレコード管理下の人間の一歩が無くなっただけで、結果としては地球の裏側の人間のレコードが破壊される。
そんなことがあの日を境に起き始めた。
レコードの参照ミスだったり、異常もない人間が処置されたり…その逆もまた然り…
都度都度でパラレルキーパーが修正に入り、私達レコードキーパーは何が正解かもわからない中で"自らの勘"だけで仕事を進めるなんてこともやった。
レコードは使い物にならなくなったが…レコード違反者が出た時のあの"感覚"は変わらない。
私達はその"勘"に長けていたから、1985年の今まで大きなミスもなく過ごして来れた。
今だって、レコードは信じきれないが…勝手に磨き込まれた"感覚"が違反者の存在を告げている。
私は手にした拳銃をホルスターに戻すと、レコードを閉じてポケットに仕舞った。
日向を出て更に半島の先端の方へと車を走らせ…やがて遠くに青い海が見えてくる。
レンは車の速度を落とし、私は目の前に現れた小さな町のような光景に目を凝らす。
お盆の季節…普段だったら寂し気な田舎町も、この時期だけは海に遊びに来る外の人間が目についた。
「夏は好きだけど、ああゆうのが煩いから嫌い」
浮き輪とかを売っている店に数人見えた、見るからにガラの悪い大人たちを見た私はポツリと言った。
「日向じゃ見掛けないよな」
「本当にね。移住したいくらい」
私は軽口を言いながら、車の窓越しに"対象"を探し求める。
「止めて」
私はふと目についた人物を指して言った。
「あいつ?」
「そう……」
私の指先を辿ったレンも気づいたのだろう。
車を路肩に止めてハザードを付けた。
・・
異常はあれどやっていける…だなんてあの時は思っていたし、実際やっていけていた。
だけどその一方で、普段なら絶対にやること忘れていただなんて気づきもしなかった。
実際に立場が変わって初めてそれに気づく…思い出す…あの時の私の教訓だ。




