5.永遠の収監者 -Last-
明日からは別の小説名で続きが投稿されます。
"レコードによると AnotherSide"
主人公も変わります。
外伝っぽそうに見えて、しっかりと続きものです。
私は思わず口を手で覆う。
どんな顔をしていいかわからずに、それでも何とか誤魔化すと、元に戻って取り繕った。
「ね。似てるでしょ?」
「今は居ない妹にそっくり。でも、母親がここに居たってのは聞いたことがない」
「そう」
「ただ…その子の名前がミレイ…美しいに綺麗の麗って書いて美麗なら。きっと私の母親だ…」
私は通り過ぎて行った子を見ながら言った。
「そっか…好んで、他人のレコードをみようとは思わないけど、彼女もこの街で苦労してるみたいでね。他所から越してきた人みたいで…ほら、何時かの私みたいに…分かるでしょ?」
白川さんはそういうと、塀から降りて…塀に寄り掛かった。
「村八分…陰湿って言ってたっけ。この町」
私は、母親のことを頭によぎらせながら言う。
徐々に、頭の中に黒い感情が湧き上がってくるのが手に取るように分かった。
「でも、子供は関係ないんだよね。私もそうだったけど。偶に、遊んでる姿見るんだけどさ、その時だけだよ。彼女が笑ってるの…礼儀も正しいし…何より、どんなにひどい扱いでも、めげない。芯の強い子だと思うよ」
白川さんは私の気も知らないで、そう続けると…急に表情を真顔に戻した。
私は急に表情を変えた彼女にを見て、ほんの少しだけ背筋を正す。
「でも、あの子がレナの母親だとしたら…25年後にはレナを虐めるんだよね」
彼女は何処か不気味さを感じるような、真顔でそういうと、ゆっくりと玄関の方に歩いていく。
私は、何も言わずに塀から降りて、後をついていくと、ついに彼女は玄関扉を開けるまで何も言わなかった。
「……でも…」
玄関で靴を脱いで、居間入る前。
白川さんはふとそう言って立ち止まると、私の方に顔を向けた。
「私が言えることじゃないけど。どうしてそうなったのか…訳があるはず。気分を悪くするようだったら謝るけど…レナ。何時か、レコードを向き合ってみてよ。レコードキーパーになって…まだ、1年とちょっとだけど。レコードには分からないことだってある気がするの」
そう言った白川さんに、私は小さく頷くことしかできない。
そんな私を見た白川さんは、ようやく表情を柔らかくすると、私の手を引いて居間への扉を開けた。
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その日の夜遅く。
他の皆が寝静まった頃。
私は眠れぬ夜を過ごしていた。
余りに寝つきが悪いから、布団から這い出て…そのまま外の夜風を浴びに外に出た。
街灯も無く、澄んだ空気が漂う外に出て…何気なしに、さっき白川さんと駄弁っていた塀に腰かける。
空を見上げると、満天の星空が広がっていた。
眼帯をしていないので、半分ほど開いた右目にも星空の光が入り込んでくる。
私はそれを見てふーっと一つ溜息を付く。
深夜の田舎町に、人の子一人通りはしないし…車の音もしない。
聞こえてくるのは真っ暗闇に包まれた森から聞こえてくる虫の音と、遠くの方に耳をすませば波の音が微かに聞こえる程度だ。
暫く動かずに、じっとしている私の耳に、自然以外の音が聞こえたのは…どれ位経ったころだろう?
不意に、玄関扉の開いた音が聞こえてきた。
私は思わずビクッとびくついて振り返る。
「良かった。起きてたのがレナで」
出てきたのは、白川さん。
普段の彼女とは違い、大きすぎる丸眼鏡は付けていない。
旅館とかでよく見る浴衣姿で、カラコロと音を立てる下駄の足音を慣らしながら私の元まで歩いてきた。
「夜でも仕事はやってくる。行こう」
数日前の、ちょっとおどおどとした様子とはまるで違う表情を浮かべた白川さんは、そういうと私のレコードをすっと私に差し出した。
「またトンネル?」
「違う。分校」
私はレコードを受け取ると、すぐにレコードを開く。
暗い街灯の下で見ると、確かに赤字が浮かび上がってくる。
私はそれを確認すると、小さく首を傾げた。
「変だ。何時もの感じがしない」
私がそう呟くと、白川さんは少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「意外。といっても、この街はRKC以来ずっとこんな感じ。急に、数時間単位でレコード違反が出てきてる…だから、ちょっと寝ないで本読んでたんだけど、案の定」
「レコード違反…それだけ?」
「それだけ…さっき違反したのは…この町に住む小学生。目が覚めて、ただ夜の町に探検に出ただけ…」
白川さんはそういうと、ふーっと一つ、長い溜息を付く。
「レコードキーパーにはなれないみたい。非道な子でも無いんだけど」
「分校は、町の奥の方にある。そこのグラウンドに居るはず」
そういうと、彼女はどこか真剣で…どこか腑に落ちないといった顔を浮かべた。
「分校まではどれくらい?」
「15分もかからないくらい…意外と奥の方なんだよね」
そう言った白川さんは、私よりも半歩先を行く。
確かに、彼女についていって…学校らしい建物が見えるまでは少し距離があった。
腕時計を見ると、黄色い蛍光塗料の時針は午前2時36分を指している。
注射器を手に持った白川さんに付いていって、町の規模から考えれば大きすぎる学校の敷地に足を踏み入れる。
中には入らず、ぐるりと校舎を回ると、広いグラウンドが見えてきた。
街灯も無い敷地は真っ暗闇で、その先のグラウンドは目を凝らしても良く見えない。
だが、白川さんが…レコードが告げたレコード違反者はすぐに分かった。
ぼんやりと、揺れ動く懐中電灯の光が、グラウンドに向かう私達の方へと向かってきたからだ。
「あ、手帳忘れた」
明かりが徐々にこちらに向かってくる最中、白川さんは不意に呟く。
私と白川さんは一旦、建物の物陰に飛び込んで懐中電灯の光をやり過ごした。
「ごめん。迂闊」
「大丈夫。背後に回ろう」
懐中電灯と共に、小さな男の子が通り過ぎていく。
私と白川さんは、一息置いてから、そっと物陰を出て後を追った。
少年は懐中電灯であちらこちらを照らしながら、やがて学校の扉に手をかける。
重そうで、鍵の掛かっていそうな扉はいとも簡単に開き、彼はあっという間に校舎の闇に消えていった。
私と白川さんも、閉まり切る前に扉に手をかけて、そっと中に入る。
「不用心」
ボソッと呟く。
昭和なら当然なのだろうか?
私はそう思いながらも、白川さんと共に少年を追う。
「……」
私達に気づくことなく進む少年。
それを追う白川さん。
私は周囲の不気味さに少しだけ気後れしながらも、白川さんの後を追った。
校舎の1階を駆けて行き、2階へと上がる。
私は暗闇が徐々に侵食してくるような感覚に、少しだけ歩く速度を遅らせる。
白川さんは気にせずにグイグイと先へ進んでいった。
「……深追いしない方が…」
この暗さは暗闇だけじゃない。
私は歩くのを止めた。
目の前では、少年がゆっくりと教室の扉を開けて中に入る。
白川さんが後を追って…私は一歩遅れて教室を覗き込む。
そして、目前に広がった光景に私は思わず後退った。
「坊や。ゴメンね…ちょっとだけチクッとするよ」
少年に追いついた白川さんは、亡霊のように少年の背後に寄って注射器を挿し込む。
窓際に佇んだ彼は、背後の白川さんに成すがまま、注射器による処置を受けて、レコードの管理下に戻っていく。
そこまでなら、ただの処置の光景だったが…教室内にはもう一人。
見たこともない少女が、2人にそっと近づいていった。
「やっと追いついた。白川さん。そこまで」
いや…私はその少女を見たことはある。
私は教室の外で…中に入ろうともせず、目の前に映し出された景色を呆然と見つめていた。
「レナ…?じゃない。貴女は誰?」
少年から注射器を抜いて…窓際に立ったなった少年を守るように振り返った白川さん。
彼女の視線からは、私が2人に見えたはずだ。
白川さんは、丸眼鏡の奥の瞳を珍しく見開いた。
「え……」
「私は私だよ。"永浦レナ"。時間も無いし、手っ取り早く済ませよう…」
私と同じ声。
私と同じ口調。
目の前に現れたもう一人の私は…血のような赤色のハードカバーを開いて、何かを書き込み始めた。
その刹那。
周囲に渦巻くように出来る真っ暗闇。
私はようやく足を動かして、教室に足を踏み入れる。
「待って!一体何を!」
「動くな!」
もう一人の私は、レコードとペンを床に放り捨てて、代わりに腰から拳銃を抜いて私に突き付けた。
私の視界の先。
銃口を向けた私の向こう側。
真っ赤なレコードから渦巻いていった暗闇に飲まれていく白川さんがハッキリと見えた。
少年と共に、手帳を見た一般人のように、感情を失って立ちすくむ彼女は、あっという間に闇に飲まれて消えていく。
「な……」
「これで良い。彼女は狂ったレコードの元で産まれた存在しえない人間。可能性世界にしかいない男と、軸の世界にしかいない女から出来た子供。偶々レコードキーパーになったようだけど。彼女が存在するだけで与えるレコードへの影響は計り知れない」
"右手"だけで芹沢さんが持っている大型拳銃を保持して私に突き付けて、"傷一つない"顔に真剣な表情を浮かべたもう一人の私はそういうと、私をじっと見つめて、嘲笑うようにニヤリと笑った。
「でも、この世界の私に会えるとはね。丁度いいのか悪いのか…」
彼女は呟くようにいうと、一歩私に近づいた。
「この軸の世界は歪なままだ。1度目の1999年…そこで起きた歪みはジワジワと影響を与え続けている。錆と同じ…気づくころには内部はもうダメになっているわけだ。後手後手に回るのも分かるけど、何もなくても動かないと、この世界は30年と持たない」
彼女は何も言えないままの私に捲し立てるように口を開いた。
「今日までで貴女はレコードに何度裏切られた?何度レコードは嘘をついた?その時貴女が居た場所は?仲間が居た場所は?…レコード違反者の人間関係は?レコードが壊されるのにも訳がある。ただ、ボーっと過ごしている人が不意に外れる訳じゃない。貴女だってそうだ」
彼女はそういうと、ゆっくりと安全装置を外して、撃鉄を起こす。
「白川さんは、氷山の一角。千尋でも直ぐに気づけないなんてね。それくらい、この世界は歪」
その様子を見た私は、何も出来ずに目の前の彼女の動きをじっと見ているしかなかった。
「何時か会う日までサヨナラ…自分を前にすると、その傷らだけの顔を見てると、嫌になってくる」
彼女は吐き捨てるように言うと、引き金を引いた。




