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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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5.永遠の収監者 -5-

「貴女の目的が、もう一人の自分だとすれば…さっき私の相方が介抱して安全な場所に抱えていきましたよ…一体何なんです?レコードキーパーでもないのに」


私は少しだけ語気を強めて言う。


「……倒れた?なら、もう彼女は脅威じゃない?」

「ただの行き倒れです。一体何があったんですか?」

「……ただの、ただの喧嘩だよ。僕らしくもないけどね」


私に背を向けたまま立ち止まった彼女は、手に持った銃の弾倉を抜いて地面に放り投げ、スライドを引いて薬室の弾を放出すると、私の方に振り返って拳銃をポンとこっちに放り投げた。


「永浦レナ…レナ、君、眼帯なんて付けてたっけ」


どこか殺気立った様子だった彼女は、普段の無表情で冷淡な表情に戻るとそう言って首を傾げた。


「……平岸です。前田さんに初めて会った時からそうでしたよ」


私は銃口を下ろさずにそういうと、投げ捨てられた銃も、弾倉にも目を向けずにじっと彼女の目を見ていた。


「僕の記憶に残っているのは…眼帯もしてなければ、もうちょっと女の子らしい格好をした君だけど…そう…随分と初期の頃…感覚も無くなってくるものだよね」


彼女は物怖じ一つせず、自然体のままそういうと、小さく口元をニヤつかせた。


「そこに落ちてる銃。彼女に返しておいてくれるかな…どうせ行き倒れて死に体なんだろう?なら…もうこの世界に居る必要もない。僕の役目は果たせたよ」


彼女はそういうと、フラフラとした足取りで一歩近づいてくる。


「!」


私は恐れも知らない彼女に驚きながらも、引き金を引く。

前にいるのは…自分のことを"僕"と呼ぶ前田さん。

きっとパラレルキーパーなのだろうが…どうも様子がおかしすぎる。


腹部に一発銃弾を受けた彼女は、大袈裟によろけると、すぐに元に戻って両手を広げる。


「貴女はどの前田さんなんです?パラレルキーパー?ポテンシャルキーパー?それとも、私がまだ知らない前田さん?」

「どうだろう?レコードはなんて言ってる?」

「知ったこっちゃない。レコードは貴女のことを認知してないの」


私はそう言って、銃口を少し下げてもう一発引き金を引いた。

カシュ!っと消音器越しの銃声が響いて、彼女は床に崩れ落ちる。


「そんなに頭に血が登り易かったかな?もう少し…」

「いいから。貴女は一体何者なの?」

「それは…レコードに認知されてないなら、君に分かるはずなど無いさ」


床に倒れ込んだ彼女は、痛みに顔を顰める素振りもなく体を起こす。

至近距離で向けられた私の銃の銃口をじっと凝視すると、彼女は両手で私の拳銃を掴みあげた。


「君がこっちに来るのはあとどれくらいしたらだろうか?その時、僕は僕で居られるかな…」

「何を言って…」


強い力で拳銃を…ひいては私の左手を掴んだ彼女は、最期に何処か壊れたような…薄気味悪い笑みを浮かべると、そのまま銃口を自分の顔に押し付けて…引き金に掛かった私の指を押した。


カシュ!っという、控えめな音と共に、彼女の色白な顔が真っ赤に染まる。

驚いて、動きが止まった私の目の前で、彼女はゆっくりと背中側から倒れていく。


そして…バタン!と音を立てて倒れた。

直後、ただの遺体になり果てた前田さんの体は、サラサラと砂のように散っていく。

この世の物とは思えない光景に何もできないまま、私は彼女が散っていくのを見るほかなかった。


「……」


1分も立たないうちに、私が取り残された。

銃弾の痕に、大量の血痕が出来てしまった建物も、気づけば何事もなかったかのように元通りだ。


あるのは、彼女が放り投げた拳銃の残骸。

私は手に持った拳銃の消音器を外すと、消音器をポケットに仕舞って、拳銃をホルスターに戻す。


それから、残骸を拾い集めて…ついさっき"前田さん"に教えてもらった通りに組み立てる。

深い青色に染められ、中国語の刻印がある以外は、彼女が持っていたのと同じ拳銃。


私はそれをもう一度見回すと、仕舞う当ても無いそれを、左手に持って建物を後にした。


出ると、夕暮れ時の、何とも言えない色褪せた光景が目の前に広がる。

時計が示す時刻は6時を回っていた。



トンネルまで歩いていくと、丁度レンが車を取りに戻って来た所だった。

私は片手を上げて見せると、彼は表情も変えずに手を上げて応える。

普段なら少しくらい笑うのに、今日に限ってそうしないことに私はちょっと首を傾げた。


大体、理由は想像できるが。


「お疲れ…そっちはどうだった?」

「どうしたもこうしたも…死んだと思った次の瞬間には消えてなくなった…もう家には速水さんも居て…皆の目の前で…だから。夏の怪談にはピッタリだな」


レンは冗談を混ぜながらも、表情は真剣そのものだ。

私は大体想像通りな顛末を聞いて苦笑いを浮かべると、左手に持っていた拳銃を持ち上げて見せる。


「こっちも。会社の中にもう一人前田さんが居たんだ。黒髪のセーラー服でね。一人称は"僕"だった」

「はぁ?」

「それで…ちょっとごたごたした後、彼女はレンの連れて行ったもう一人の自分がタダで済んでないって分かると、自殺したよ。その後は、きっとレンと同じ。サラサラと消えてった」


私はそういうと肩を竦める。


「"僕"ってことはそっちが会ったのがパラレルキーパーの前田さんで、俺が連れてったのはポテンシャルキーパーの前田さん?にしちゃレコード持ってなかったしな…」

「"君がこっちに来るのはあとどれくらいしたらだろうか"って最期に言ってた…何なんだろうね、ホント」


私はそういうと、クルクルと銃を回す。

そのまま、もう一度肩を竦めて見せると、白川さん達の家の方を指さした。


「ま、とりあえずは何もなかったんだし、帰ろうよ。私は…ちょっと汚れたし、すぐそこだから歩いてく…」

「あいよ…ま、ここに止めてても良いんだけどな。じゃ、後で」


レンと短い会話を交わして手を振ると、私はそのまま白川さん達の家を目指す。

歩き出してすぐに、レンの車のエンジン音が鳴り響き、すぐに脇を抜けていった。


左手に持った拳銃を何度か見下ろしながら、誰も車も通らない道を歩く。

浜から漂う浜風に髪をかき混ぜられて、何度か髪を手櫛で直しながら…ゆっくりと歩いていく。


それでも、家までは数分とかからない。

車1台分通れるかどうかの幅の路地に入って、少し歩くと、この街のレコードキーパーが暮らす大きな一軒家に着いた。


その家を囲っている塀に、ボーっと座っている人が一人。


「やぁ、こんばんは。ごめんね、急に泊めてだなんて」


私は拳銃を持っていない方の手を上げて言った。

考え事をしてそうな姿勢で座っている、小柄で華奢な丸眼鏡の女の子は私に気づくと少しだけ驚いたような顔をした。


「レナ…お疲れ。大変だったみたいだね」


彼女は表情をすぐに元に戻すと、そう言って手を振り返してくる。

私は彼女の隣にヒョイと飛び乗って、並んだ。


「レンは?もう中?」

「そう。香苗がせっかくだし、外で食べよって言ってた。レコードを見る限り、今日は何処のお店も暇みたいだし」

「そうなんだ。じゃ、私を待ってたの?」

「うん。それとあと二人、佳祐と一治…ちょっと遠くまで処置に行ってる…さっき電話来て…あと1時間かかるって」


白川さんは淡々と言うと、左手に持った拳銃に目を下ろす。


「それは…?」

「前田さんの持ってた銃。レンがここに担ぎ込んできて…消えてなくなったんだっけ?」

「ああ…ゾッとした。あの人…レコードにも残ってないし…レコードに影響を与えた訳でもなさそう…」

「……ややこしいことになってるんだよね。普段なら部長に報告して…芹沢さんとかに助けを求めたいんだけど…今…暫く部長は抜け殻だろうし。芹沢さんは、ここに来る前に会ってたんだけど、これから別の世界で忙しくなるって言ってた」

「……私に何か手伝える?」


白川さんはそう言って私を見る。

私は小さく笑って首を横に振った。


「いいや。今日のことは気にしなくて良いよ。私もレンもこれ以上は深入りしないってことにしてる…」

「そう…でも、何時でも言ってね。役には…立たないかもしれないけど…」


白川さんは消え入るような声でそういうと、ふーっと溜息をついて空を見上げた。


「そうだ。ちょっと聞いて良い?」


少しの静寂の後。

白川さんがポツリと口を開いた。


ボーっとしていた私は首を傾げて白川さんの方に向くと、小さく頷く。


「その…さ。レナの母親ってここの出身だったりしない?」

「え?」

「毎日、今ぐらいの時間にここを通る女の子が居るんだけど、レナにそっくりなんだ。レコードで、レナを9歳くらいにすれば…きっと瓜二つ…」


白川さんはそういうと、その少女が来る方であろう場所を指した。

私はつられて指した先を見るが、誰も来ない。


「…その子の名前は?」

「何だっけな…ミレイ…?だったか、ビレイ…だったか。ただ…言葉の訛りがきつくって。この辺りの浜言葉に…なんていうんだろ、似非日本語を混ぜたような独特な発音をする子」


白川さんはそう言って、さっき指さした方を見ると、小さく声を上げた。


「あ、丁度。噂をすればなんとやら」


彼女がそう言って、私は彼女の視線の先を追う。

薄暗くなった路地に、麦わら帽子を被った少女がこっちに駆けてきていた。


息を切らしながら、それでも楽しそうに…私達のことに気づく素振りもなく通り過ぎていく。


私はレコードキーパーになってから会っていない妹の姿を思い浮かべた。

顔たち…体躯…何をとっても、彼女に瓜二つだったのだ。


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