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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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5.永遠の収監者 -4-

「結局、来てみて帰るだけなんだよな。ここ」


10分ほど、展望台の上で何をするわけもなく駄弁って、降りてくる。

上り坂の行きは、たどり着くまでに時間がかかった気がするのに、降りるのは一瞬だ。

もう、展望台の姿は消えて…小さくて、あちらこちらに向日葵の咲き誇る町が見えてくる。


「前田さんってだけで、ここしか思い当たらないけど、どうすっか?」

「どうしようか?どうにかできる相手じゃないし…それに、小野寺さん達は本気で探ってるんだろうけれど。ここは軸の世界。私達は世界を移れないし…探ろうにもヒントがなさすぎる」


私はそう言って、レンよりも一歩先に出て、トンネル横に戻るための獣道を進んでいった。

ここまで来ればトンネルまでは一瞬だ。

黄色い、背の低いスーパーカーまで戻ってくると、鍵のかかっていないドアを開けようとしたとき、ふとレンが声を上げた。


「?」


私はドアを開けたまま、中に入っていかないでレンを見る。

すると、レンはトンネルの向こう側…この前、私と白川さんが通った、建設会社へ繋がる道の先…そこに1人分の人影が揺らめいているのが見える。


「人?」

「あ、ああ……でも、浮かび上がって来たぜ。フラって…」


レンは珍しく、ちょっと気味の悪いものを見た後のような言い方で、私の方を向いてそう言った。


私はそう言われた後、もう一度人影の方を見る。

昭和の、明かりも殆どない…暗いトンネル。

遠くに見える人影は、ゆらゆらと、ゆっくりとこちらに向かってきていた。


「幽霊って信じる?」

「まさか」


私がそういうと、レンは幾分か落ち着きを取り戻した様子で言った。


「ライト付けてみようぜ。一般人なら影響はないだろ」

「そうだね」


彼はそう言って、運転席側のドアを開けてライトを付ける。

黄色い…この時代にしては明るい部類に入るであろう、ハイビームがトンネルを照らすと、人影はハッキリと色付いた。


その姿を見た私とレンは思わず息を飲む。

フラフラと、酔っているかのような足取りでこっちに向かってきている人の姿。

白髪で…前髪ぱっつんのショートボブな少女は、記憶にある限り”2人”しか該当しなかった。


「ハハ…私も…良くやるよ」


私とレンは何も言わずに車の横に立っている。

彼女はそんな私達を…視界にとらえてはいれど、意識はこっちに向いていないように見えた。

古く、ずぶ濡れで…血だらけになったセーラー服に身を包み、左手には彼女に愛用している拳銃。


「フフ…フ…アハハハハ!」


どこか酔っているような…狂い笑いをしている様子は…記憶にある仏頂面で、正確無比なロボットみたいな面影が何処にもなかった。

記憶にある彼女よりももっと青白くなった肌は微かに上気していて、頬が赤くなっている。

赤く見える瞳は、怖さと不気味さを感じるくらいに真っ赤に光っている。


「……」 


私とレンは、車の…自分が入っていくべき側に立ったまま、彼女がこちらに来るのを黙ってみているしかなかった。


「ねぇ?君達も…そう…思わない?……こんな…歪な……線……」


車の目の前までやって来た彼女は、瞳孔が開いた真っ赤な双眼を私かレンに向けてそういうと、そのまま力を失って倒れていく。


私は驚いて腰が引けたが、レンは咄嗟に飛び出して彼女が地面にキスしないように抱え込んだ。


「……その、大丈夫?」


私は気味の悪い映画を見た後のような、ちょっと悪く酔った感覚になりながらも、そっとレンに近づいていく。

レンは彼女の持っていた拳銃を私の方に滑らせると、小さく首を振った。


「酷いもんだ。どうする?」


そう言って、そっと地面に"推定"前田さんを寝かせたレンは、血で濡れた両手を服で拭った。

私は何も返せずに、前田さんの拳銃を拾い上げると、ふとした違和感に気づく。


彼女の持つ拳銃は、艶消しの黒なのに…この拳銃は半艶の深い…深い青だ。

スライドの右には白で塗りつぶされた中国語の刻印。


「レン、この人、本当に前田さんかな?持ってる銃は同じだけど、彼女のはもっと地味…こんな、こう…夜に目立たなさそうな…」

「…じゃ、この人が?」

「分からない…でも、何だったとしても、レコードから外れていることは事実……レン、この人…家まで運べる?」


私はそう言いながら、血に濡れた拳銃の弾倉を外すと、弾倉の中は空だった。

直後、スライドを引いて、薬室の中にいた弾を放出する。


「ああ。出来る…レナは?」

「トンネルの向こうに行ってくるよ」


私はそう言って、倒れた彼女の服を弄る。

スカートのポケットから予備の弾倉を2本抜き取ると、そのうちの一本を銃に込めた。


「もう、白川さん達も帰ってきてる頃だろうし」


私はそういうと、レンの横を通り抜けてトンネルの奥へと歩きだす。


「無茶はすんなよ!」


背中越しに、そう叫んだレンに右手を振って応えると、前田さんが普段持っている拳銃を両手で握りしめて撃鉄を起こした。


トンネルを抜けて、目指すのは…ついこの前処置に訪れた建設会社。

彼女が血だらけになるほどの出来事が起きるとすれば…そこしか思い当たらない。


私はトンネルを抜けると、周囲を見回しながら先を進む。

銃を持ったまま、歩いていくが…トンネルの先は、何時もの長閑な日向そのものだった。

私は余りにも普段と変わらない光景の中で、銃を片手に進んでいる自分が場違いに思わてくる。


ポケットに忍ばせているレコードを取り出して、中を見ても…何の違和感もない。

それでも、この世界のレコードが徐々に信頼置けない物になっていることを十分思い知った私は、レコードを閉じて先を見据えた。


トンネルを抜けて数百メートル。

すぐの所、行き止まりになった道の先に建てられた大きな建物。

この前、白川さんと来て、中にいる人間を"処理"して…そして、今は亡き2周目の芹沢さんの痕跡が残っていた場所だ。


大きな建物にしては、質素な扉。

鍵のかかってない扉に手を掛けた私は、中から聞こえてきた物音に思わず手をひっこめた。


扉の横に身を預けて、一つ長い溜息をつく。

レコード違反の処置でもないのに、一歩間違えば、レコードに影響を及ぼすことをしているのに、ちょっと楽観すぎた。


「……焦らない。落ち着いて」


レコードを取り出して…レコードにひっかけたペンを持って、この建物の様子を表示させた。

レコードが掲示した答えは、無人。


私はそれを何度も見返すと、未だに何かの物音がする建物を見返す。

レコードを閉じてポケットに仕舞いこみ…息を整えると、手早く扉に手を掛けて中に押し入った。


音を出して派手に入るのではなく、素早くそっと…テキパキと動いて中に深く入っていく。

ずっと耳に聞こえるのは、何かを叩くような音。


私はその音がなる方へと進んでいく。

左手に持った拳銃の銃口を目の前に向け続けて、引き戸を3つ越えていく。

この前は訪れなかった、建物の…1階の最奥の部屋。


物置になっているらしい部屋の奥、目立つようにぽつんと置かれた大きなケース。

ここに来るまで、血の跡も争った痕跡もないのに…なぜかケースだけは血の付いた手の痕がくっきりと付いていた。


私はケースの前まで来ると、ドンドンと、蓋を叩き続ける音を前に立ちすくむ。

この音の主を満足させるには…蓋に付いた3つのロックを外せばいいだけだ。


「……何があったの!?」


私は少しだけ声を張り上げる。

すると、蓋をノックする音が鳴りやんだ。


「誰かいるの?」

「…居る。私は…貴方の味方かは分からないけれど」

「何でもいいからここから出して!…」


焦るように叫んだ声を聞いて、私は急いで鍵を外す。

パチン!と音を立てて、3つ目の鍵が外れると、蓋は勢いよく開いた。


「わ!」


私は驚いて仰け反り、咄嗟に左手に持った銃を飛び出してきた者に向ける。


丁度、数十センチ…腕を伸ばしきった先に銃口を向けると、飛び出てきた人間は、銃口に気づいて両手を挙げた。


そして訪れる一瞬の静寂。

左目を見開いて、飛び出てきた人間を観察するには、その一瞬だけで十分だった。


前髪ぱっつんのショートボブで…色白の少女。

髪の色こそ黒かったが、今日1日で何度も見たその顔は見違うはずもない。


「え?」


見慣れた人だったことに一息ついて、一瞬銃口を下げた瞬間。

鋭く振りぬかれた左手が私の左腕を弾き上げて、拳銃が手から離れた。


「!」


驚く間もなくケースから飛び出てきた彼女は、血のにじんだ口元を食いしばって、宙に舞った銃を掴むと、そのままの勢いでクルっと回転して…瞬きする間も無く、振りぬかれた足が私の胸部を突き刺した。


「カハッ!」


私は肺の中の空気を吐き出しながら、後方によろめいていく。

間髪入れずに、目の前のセーラー服姿の少女は迫って来た。

意味のないことだと知っていても、左手を掲げて、自分を守ろうと足掻く。


その左手を掴まれた一瞬後。

私はいとも簡単に宙に舞い上がって、そのまま受け身もとれずに地面に叩きつけられた。


「……ブローニングか」


意識が遠のく一瞬前。

銃を見て呟いた彼女は、私にその銃口を向けると、ためらうことなく引き金を引いた。


頭部を撃ち抜かれて、血だまりを作った私は即座に復活すると、すぐに動き出す。


咄嗟にケースの裏に隠れて、一旦一呼吸。

服に引っ掛けた自分の拳銃を抜き取って撃鉄を起こす。

ポケットから消音器を取り出すと、素早く銃口に括り付けた。


「前田さん、私です!レナです!気づいてないんですか!」


私はそう言いながら、物陰にしたケースを出て、意識を飛ばす前に見えた前田さんの後を追う。

女子にしては低めで、遠くまで通らない声も、張ろうと思えば結構通るものだ。


3つ扉を越えた先。

小さな拳銃を向けた先には、入り口の扉に手を掛けたセーラー服姿の少女が映った。


「止まれ!」


普段の前田さんなら、音に気付いてこちらを向きそうなものだが…彼女は私の怒号にも似た叫び声でようやく気付いたらしく、ピタっと背を向けたまま動かなくなった。


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