5.永遠の収監者 -2-
「?」
不思議そうなレンを他所に、意図を理解できた私はレンの背中を押した。
「え?」
戸惑って私を見たレンに、私は小さく笑って前田さんを指さす。
見ると、彼女は普段から愛用している拳銃を取り出していた。
「俊哲、ちょっと借りるよ」
「あいよ」
「彼の銃ってあるの?使えない?」
「どうだったっけか」
前田さんと芹沢さんの会話の最中、芹沢さんがそう言って私の方に顔を向けた。
「レンって何使ってたっけ?」
「スチェッキン。ほら、元々アシモフが使ってたやつ」
私はそういうと、持ってきたバッグを開けた。
中に手を突っ込むと、前田さんの持つ拳銃と同じように、肩当てにもなる木製の入れ物に入った大型拳銃を取り出して、レンに渡した。
「ああ、そいつの弾なら幾らでも転がってる。好きにしてくれていいっすよ」
芹沢さんがそういうと、前田さんは小さく頷いてレンの手に渡った拳銃を受け取った。
「ソ連製の銃ってあんまり馴染み無いんだけど」
彼女はそう言いながらも、手慣れてそうな手つきで木製のホルスターを持ち手の後ろに付ける。
スライドを引き切って薬室に弾が無いことを確認すると、小さく引いてスライドを元に戻した。
チャキ!っという金属音がして、初弾が薬室に送り込まれる。
シューティングレンジに立った彼女は、スイッチを手で叩き、音を立てて立ち上がった的を目掛けて引き金を引いた。
防音設備があるとはいえ、結構な轟音が轟きだす。
一番傍にいるレンは耳を塞いで前田さんの撃つ姿を見ていた。
「千尋がさ、さっき帰ってきて開口一番に"銃の腕がさび付いた"とか言い出したんだよね」
ちょっと離れた場所から見ている小野寺さんは、手に持ったコーラのコップを片手にそう言った。
「前田さんが?そんなことはないでしょうよ」
芹沢さんは前田さんの撃つ姿を真剣な目で見ながら言う。
その直後、1弾倉分撃ち尽くしたらしく、薬莢の落ちる音がした直後、部屋は一瞬静まり返った。
そして、再び思い出したようにジャズの音色が耳に届く。
すぐに、彼女は自分の銃に持ち替えて素早く構える。
再び銃声が部屋の中に響き渡った。
「ま、レンは千尋に任せて…君には今回の事の顛末を聞こうかな」
数発撃った後、前田さんがレンを呼び出して何かを話し出した直後、様子を見ていた小野寺さんは、不意に表情を消して私の方に振り返った。
「事の顛末…ですか」
私も、レンと前田さんから目を反らして小野寺さんの方に向き直る。
そう言って、一度ストローに口を付けてすすったが、すぐに口を離した。
アイスの溶けたコーヒーフロートはすっかり甘くなっていたからだ。
「どういえば良いでしょう?部長…中森琴がこの時代に生きている自分たちに介入しようとしたのを事前に防いだ…それが全てな気がします」
そう言っている合間にも、銃声が鳴り響く。
小野寺さんは私の言葉を聞くなり、少しだけ笑って見せると、レコードを開いて私に見せてきた。
「振り返れば、1年かけてジワジワと、彼女はレコードを変えてきてるんだ」
そう言って示されたレコードに目を向けた私は、ぱっと見でも良く分からずに首を傾げた。
小野寺さんが見せてきたのは、昭和に戻ってかわ、私達が関わった処置の際の行動履歴。
最近の物だと、私とレンが日向に赴いて…結構な数の人間を処置した際のレコードもあった。
「……?普通にレコード違反を処置して回った時のですよね?」
「そ、レナ。君はこの前の日向で処置してきた時に何か気づいた事ってなかった?」
「この前の…」
私がそう言っている間に、小野寺さんはレコードに何かを書き足していく。
そうして映し出された現場の写真と、処置した人間を見た私は思わずあっと声を上げた。
「そういえば…最後に処置した建設会社の中に芹沢さん宛ての封筒があったような…」
「流石、覚えてるもんだ。他に上がってる君たちの仕事のレコードは、全てこの時代の俊哲達に関わってる」
小野寺さんはそういうと、レコードを私に寄越して、代わりにテーブルに置いたコーラのコップを手に取った。
「じわじわと、1年かけて関係者のレコードを変えてきたんだ。自分の手を汚さないように、君たちを使ってね」
「……そんなことって出来るんですか……?」
私は渡されたレコードを元に、色々と自分の手でレコードの表示を変えていきながらそう言った。
確かめてみると、小野寺さんの言う通り、レコードが狂う前には、必ず私達…他のレコードキーパー…日向の彼らも、何らかの形でレコードに影響を及ぼしていた。
「まさか、これをやったってことで部長は狭間送りに?」
私はそう言ってレコードから顔を上げると、小野寺さんと、その横で煙草を吹かしていた芹沢さんは笑って首を横に振った。
「そこまでやると、仕事にならんだろう。やりようが無い」
「これをやられると、僕達も手の出しようは無いかな。認識すらできない」
2人にそう言われた私は、レコードを閉じて小さく頷くと、小野寺さんの座る席の方にレコードを滑らせる。
「実際、少し頭が回ればこういうことも出来るんだなって思ったよ。詰将棋…じゃないな。風が吹けば桶屋が儲かるって訳だ。緻密に計算して…実行したんだろうね」
「だとしても、1年も前から気の遠くなることで」
「実際その通りさ。ここまで上手く…数秒の狂いをコントロールできた」
小野寺さんは何処か感心したような様子でそういうと、微笑んでいた表情を一気に元に戻す。
思わず私は乗り出していた身を引いた。
「でもさ、これはとてもじゃないけれど、一人で出来ることじゃない。僕や俊哲…千尋も、同じことは実験がてら可能性世界で試したことがある。でも、それはコントロールできなかった」
小野寺さんは何処までも吸い込まれそうな双眼を僕に向けて、まるで前田さんのような冷淡な声色で続けた。
「普通に考えれば、共犯がいたと思うべきだろうけど、RKCの時点で君たちは後手に回ったってことは白だ。他の地域のレコードキーパーはそもそも錬度に差がありすぎて、こういったことは出来ない…」
そう言う彼に、私はすっかり甘くなったコーヒーフロートを飲みながら耳を傾ける。
ゆっくりとストローから口を離すと、私は人差し指を立てて言った。
「……小野寺さんにしては焦らせますね。余り女の子を焦らせてるとダメですよ」
そう言った後、彼は小さく肩を震わせた笑いだす。
「ダメだ。僕にシリアスは向いてないや。ただね、レナ。今言ったことはある程度本気なんだ。琴一人で出来る芸当じゃない。分かるだろ?」
「それはまぁ……流石に部長といえど、部長だけで出来ることじゃないでしょう。数秒、レコードを狂わせるったって、どうやって狂った先のレコードが想像できるんです?」
「そ、レコードキーパーによって狂わされて、再構成されたレコードは予測できないからね。レコードにあるはずのない時間を再構築するんだから、当然だ」
小野寺さんはそう言って芹沢さんを見る。
すると、芹沢さんは小さく頷いて服のポケットに差し込んでいた1枚のカラー写真を取り出して私に寄越した。
「これは?」
私は写真を受け取って見るなりそう言って芹沢さんを見る。
芹沢さんは写真を指さしながら、煙草を咥えている最中だったので何も言わなかった。
私はもう一度写真に目を向ける。
写真に写った場所は、この街の駅前だった。
駅舎に向かって、ロータリーを真正面から撮る構図。
ちょっと色彩の濃いカラーに、1977.05.12の文字が時代を感じさせる。
特に違和感を感じるような写真では無かった。
私はそこまで見てもう一度顔を上げると、芹沢さんは煙草を咥えたまま顔を近づけてきて、写真の一部を指さした。
芹沢さんの周囲に漂う煙草の煙に少し顔を顰めながら、指さされた場所に目を向ける。
彼が指さしたのは、小さく写った1台の黒い車だ。




