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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
88/125

5.永遠の収監者 -1-

函館から帰って来た日のお昼前。

2,3時間ほどの睡眠を経て、白いYシャツにジーンズ姿という、年齢以外昨日と全く変わり映えのしない格好になった私は、レンと共に準備を整えて居間を出た。


手に持った手提げバッグの中身は、年頃の女の子の持つものでは無いものが入っているが…居間から行く場所には必要なものだ。


レンと一緒に外に出ると、アパートの前の広場に止めた車を磨いているカレンが居た。


レンがシャッターを開けて車を出している間、私はこちらに気づいていない様子の彼女の元まで言って声を掛ける。


「おはよう、カレン。洗車?」

「…おっと…おはよ。そんなところだ。昨日、一昨日で望外に走ったからな」


そう言いながら、真っ赤なフェラーリを磨き上げていく。

ドアも、前も後ろも、開くところは全て開けられた車を磨きながら、カレンは何処か楽しげだった。

普段の無表情も、今はちょっとはにかんで見えるくらい。


最初の一言目を交わした直後、レンの乗るランボルギーニのエンジン音が耳に入ってくる。

私の元までゆっくりと前進してきたミウラのドアを開けて助手席に収まると、カレンは助手席に寄ってきた。


ドアを開けたまま、彼女を迎え入れると、カレンは少しの間じっと中を見回す。


「どうしたの?」

「いや…別に大したことは無い。どっか行ってくるのか?」

「何時もの所。レンを連れてったことなかったから、丁度よかったの」

「そっか…」

「どうかしたの?」

「いや…こっからアイツを叩き起こして何処に連れまわしてやろうか考えてたんだ。他意はないが、出先でレナ達に会うのも気まずいしな」


彼女はそう言ってドアを閉める。

窓をクルクルと開けると、私は手を出して彼女の気を引いた。


「何だ?」

「日向にでも行って来たら?トンネル横の獣道か…役場裏の獣道から、岬に上がっていける道があるんだけど。前田さんが気に入ってるみたいだし、"同一人物"なら、趣味も似てるはず」


私がそういうと、カレンは小さく笑って頷いた。


「そうするよ。何度も日向には行ってるけど、岬があるのは知らなかったな」

「綺麗ですよ」

「……ああ。自然療法でも試すか」


カレンはそう言って笑うと、指を道の方に指して合図を出す。

私とレンは手を振って応えると、レンはゆっくりと車を出した。


「で…目的地はあそこか?」


道に出てすぐ、レンは高台から遠くに見える背の高いビルを指さした。

私は小さく頷く。


「そう。こっからでも見えるんだね」

「13…いや、15階建てか?平成じゃあの周りにビル建ってるから見えなくなるんだよな」


レンはそういうと、ウィンカーを出して、車の鼻先をマンションの方へと向けた。


それからは、平日の昼間…空いている道をすいすい進んでいき、マンションまでは会話も交わさずにたどり着く。


「地下に駐車場があるの」


私はそう言って入り口を指すと、レンはゆっくりとそこに車を入れていく。

暗い地下に入り、ライトを付けた車は、煩いエンジン音を壁に反響させながら入っていった。


必要以上に補強の入った壁や天井…まるでシェルターといった方がいいような作りをした駐車場に入ると、レンはすぐにある車に気づく。


「あの銀色の911の横だな?」

「ご名答」


芹沢さんが乗る車の横に、1台分だけ空いていたスペースを見つけた彼は、そこに車を止める。

エンジンを切ってドアを開けると、ドアを閉めた音が地下に反響した。


私は何時ものようにレンの右隣に行くと、バッグを持っていない方の手で彼の腕を取って歩き出す。


「え?」

「こっち」


地上に上がる入り口に目を向けていたレンは、驚いて私に顔を向ける。

私は少しニヤニヤしながら、悪戯が成功した子供みたいな表情になると、銀色のポルシェの背後の壁に掛かった配電盤を開けた。


驚くレンを他所に、私は慣れた手つきで配電盤の中の電磁ロックを解除する。

暗証番号…ST-38S19Y-02D-07M。

ピーという電子音が鳴り響くと、ポルシェが止められていた場所が2mほど下に沈み込む。


「…まるでダブルオーセブンだな」

「秘密基地みたいでしょ」


私はそう言って、沈み込んだポルシェの横に飛び降りた。

レンも驚いた顔のまま横に飛び降りてくる。


「ほら、車の後ろに扉がある…そこの中だよ、今日の目的地…鍵はかかってない」

「お…おう。こんな仕掛け、良くできたよな……」


レンは戸惑いながらも、扉に手を掛けて戸を開けた。

埃も、塵一つ無い扉を開いた先。

真っ暗な部屋が見えてくるはずだった。


「あれ」


レンの背後に、彼に寄り添うようにして中に入った私は、明かりのついた部屋の様子を見てちょっと驚いた顔をする。


扉の奥に広がるのは、殺風景な玄関。

もう一つ奥に見える扉を越えると、そこはオトナの趣味と実用を兼ね備えた広場がある。

そこが、普段私が暇つぶしに訪れる場所だった。


普段の癖で、部屋の明かりを付けるためのスイッチに伸びた手は、スイッチを押すことなく、レンの右腕に絡まった。


「あれ、明るい」

「……誰かいるとすれば……」


部屋の入り口で2人、立ち止まっていると、玄関の奥の扉が開く。

顔を見せたのは、深い傷の痕が顔に入った童顔の青年…小野寺さんだった。


「……珍しい。君もここ知ってたんだ」

「え…はい。芹沢さんから…好きにしていいって言われてるので」


扉を開けて出てきた彼は、私とレンの様子を見て小さく笑う。

私はそれを見ても、レンの腕に絡めた手は解かなかった。


「丁度いい所に来たね。後で家まで行こうと思ってた所。さ、入ってよ」


そう言って部屋の奥へと消えていった小野寺さんに付いていく。


奥の部屋は、バーカウンターとスヌーカーの台…ダーツ盤…そして、200m先まで狙えるシューティングレンジがある大部屋だ。


薄暗い、黄色い電球が部屋を照らし、壁に掛けられた8機の高級スピーカーが落ち着いたジャズを流していた。


シューティングレンジ横にある小ぶりな扉は、銃器が並べられた倉庫になっていて、好きな時に好きな銃を好きなだけ撃てるようになっている。


部屋に入ると、バーカウンターに立つ芹沢さんと、カウンター越しに座って煙草を吹かしている、白髪の少女が見えた。


「俊哲、彼らはお酒飲めないからね。アイスミルクのダブルでもやってやってよ」


小野寺さんは私とレンを親指で指しながらそう言って、カウンターの椅子に座った。

小野寺さんのジョーク交じりの言葉に笑いながら、私とレンは彼の横に座る。


「先輩、ウチにアイスミルク無いっすよ」

「その代わりアイスコーヒーフロートって出来ますよね。レンは?」

「あー……コーラフロートで」


私は完全に現状を把握しきれていない様子のレンを見て小さく笑う。


「まさか芹沢さん達がいるとは思わなかったけれど…暇つぶしに来たんだから丁度よかったです」


私はそう言って、横に座っている小野寺さんと前田さんに顔を向ける。


「まぁ…ちょっと休み取りたかったから俊哲に言ってここに入ってたんだけど、まさか来るとは思わなかったよ。何しにここへ?」

「特に目的なんてないですよ、ただ、私、普段ここのレンジで銃撃って練習してたりするので、レンもそろそろいいかなって」


私はそう言って奥のシューティングレンジを指さした。


「何だ、まだ使わせてなかったのか?」

「……銃を持たずに済むに越したことは無いし、別に至近距離なら撃ってれば当たるからね」


私はそういうと、芹沢さんがカウンターに上げたコーヒーフロートを自分の方に引き寄せた。


ストローでチビチビと飲みだすと、芹沢さんはカウンターの奥から、私達の方にやってくる。

席には座らず、背後にあった大きなスヌーカーの台に腰かけると、煙草を一本取り出して咥えた。


「結局、何事も無く終わった感じ?」

「レコード上は」


顛末を知らない芹沢さんがそういうと、私はストローから口を離して答える。

すると、前田さんが短くなった煙草を灰皿にすりつぶしてから振り返った。


「僕は君の女に2回やられたけどね」

「2回?もう一回は何処で?」

「教会だよ。彼女、上から襲って来たでしょ?その直前に一回。ロープで絞め殺された」


前田さんは淡々と言ったが、小野寺さんと芹沢さんは驚いた顔を浮かべた。


「千尋が?珍しいこともあるもんだね」

「端っから死を恐れない人間の相手は難しいって知ったよ」


そう言って前田さんは両手を広げて見せる。


「2回目は、港のクレーンの上から道連れで墜落死。これで死んだのは…5回目かな」

「流石は同一人物って?」

「自分に負けるつもりは無かったんだけどね。予想以上だった」


彼女はそういうと、ちょっとだけ高い丸椅子から飛び降りる。

こちらに振り返って、レンに目を合わせると、小さく手招きした。


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