4.部下からのペイバック -Last-
前田さんに乗せられて港を後にする。
会話もなく、唯々冷たい海風を感じながら、深夜の函館をの市内に戻る。
函館駅の前までやってくると、前田さんは路肩に車を止めた。
終電も終わった平日の深夜。
タクシーも何も居ない…まるで人が消えていった時の東京のような、不気味な静けさに包まれた場所。
前田さんはエンジンをかけたまま車を降りる。
私も、彼女に倣って車を降りた。
「精神の果てた人間でも、どうにかなるものだね」
彼女は吸っていた煙草を路上に捨てると、呟くように言った。
そのまま、助手席のドアに寄り掛かった私の元へとやってくると、フロントガラス前のフェンダーに腰かける。
「まだ、分かりませんけどね。カレンがあのまま部長を拾ってくれれば問題はないでしょうけど」
「ああ、彼らも向かう先はあの場所のはずだから、そろそろ倒れた中森琴を見つけてる頃合いかな…」
「結局、カレンたちは部長にやられたんですか?」
「どうだろう。でも、彼らの包囲網を潜り抜けてあの場所に来た。それが事実」
「……手を汚さずとも、あの人なら出来ますよ」
私がそういうと、前田さんはレコードを開いて目を細めた。
「実際にレコードの配下にある2周目の自分には手を出さず、僕達の元へとやって来た所を見ると、レコードのズレを使えなくなってからは、レコードを汚さずに僕達を仕留めることに切り替えたか…それも、何度も襲うんじゃなくて、時間ギリギリを狙って……」
彼女はそういうと、顎に手を当てて小さく唸った。
前田さんの横顔をじっと見ていると、不意に背後から照らされる。
ちょっと驚いて振り返ると、交差点を曲がって来た赤いオープンカーが前田さんの車の後ろに止まってハザードを付けた。
その直後、遠くから普段聞きなれたエンジン音が聞こえてくる。
黄色い、ランボルギーニが不機嫌そうなエンジン音と共に現れて、オープンカーの後ろに止まった。
「仕事も上がり…僕達がこの世界に長居するわけにもいかないし。失礼するよ」
彼女はやって来た2台に目を向けると、そう言って私の肩を叩いた。
「それじゃ、また、何処かで」
そう言って車に乗り込んだ彼女は、私に小さく手を振ると、ゆっくりと車を発進させる。
その後についていったオープンカーに乗った2人…ポテンシャルキーパーの前田さんと元川さんも、私に手を振りながらZの後に付いていって、そのまま去っていった。
そして、私の前には去っていた2台以上に背の低いスーパーカーが止まった。
右ハンドルの2台と違って、左ハンドルの車。
丁度私の側にある運転席の窓から顔を出したレンは、私を見ると少し安心したような顔になる。
「お疲れさん」
助手席に戻った私に、彼はそういうと、右手の拳を突き出してくる。
私は左手を握って、彼の出した手にコツンと合わせると、私達は小さく笑った。
「さて…帰ろうぜ。今回については暫く話さない方が良さそうだ」
彼はそういうと、ギアを1速に入れてクラッチを繋げる。
私は何も言わずに頷くと、窓を半分開けた。
「このまま帰るの?」
「ああ…もうチャーリー達は帰った。カレンくらいだよ。残ってるの」
「そう…遠いけど、大丈夫?眠くない?」
「眠くない。それに、真夜中じゃ車通りも少ないから、飛ばしていける。時間はそんなに掛けないよ」
レンはそういうと、4速まで上げていたギアを3速まで落とすと、グッとアクセルを踏み込んだ。
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気が付くと、車は勝神威の見慣れた街並みの中を走っていた。
あと幾つか角を曲がれば、住んでいるアパートだ。
思わずハッとして周囲を見回す。
すると、私が起きたことに気づいたレンが小さく笑った。
「もう仕事は終わったってのに、そんな焦った顔すんなよ」
「え…ええ。何か癖になってる」
シートから乗り出しかけた体を再びシートに沈み込ませる。
右腕に付けた腕時計に目を向けると、時刻は深夜3時を過ぎた頃だった。
レンは何時ものように角を曲がっていき、アパートの駐車場に車を止める。
エンジン音が消え、ライトもふっと消える。
車を降りると、少しだけ体が重かった。
それでも眠いというわけはなく、寧ろ頭は冴え渡っている。
鍵の掛かっていないアパートの扉を開けると、私は部屋の明かりを付けた。
レンがカーテンを閉めて、居間の真ん中に突っ立ってふーっと溜息を一つ。
「どーする?」
「お風呂で…」
私はそういうと、居間を抜けて、洗面所に入っていった。
ボイラーの電源を入れて、風呂場に入り、お湯を出す。
居間に戻ると、レンはラジカセの電源を入れて、電波を合わせていた。
私は居間に繋がっている台所の冷蔵庫から、瓶のコーラを取り出すと、栓を抜いて一口飲み込んだ。
「あ、俺にも一本」
それを見ていたレンに言葉に手を上げて反応すると、もう一本取り出して栓を開ける。
居間に戻って、レンに一本手渡すと、小さく乾杯して2人並んでソファに座り込んだ。
特に何も言葉を交わすこともなく、黙ってラジカセから流れる音楽に耳を傾ける。
かかっている曲は、2人組のアイドルユニットの曲だった。
この前、何処かで飲み明かした時に部長とカレンがノリノリで、完璧に踊っていたのにちょっと引いた曲。
「さて…今日はどうしようか?普通に学校でも行く?それとも、何処にもいかないでノンビリ?」
半分ほど飲んだコーラのコップをテーブルに置いてそう言った。
レンはコップを持ったまま、少し考える素振りを見せると、ハッとした顔をする。
「そう言えば言ってたよな、芹沢さんのマンションに行くって」
「ああ…そうだった。そうしよっか」
そういえば、と、さっき函館で言っていたことを思い出した私はそう言って、立ち上がる。
居間を出て、風呂場の戸を開けると、熱気の白い煙が私の顔を伝っていった。
そんなに広くない浴槽だから、すぐにお湯が溜まっている。
すぐにお湯を止めて水を出すと、風呂場の戸を閉めて居間に戻った。
「お湯、湧いたけど入る?」
「お先どうぞ。俺も後で入るよ」
レンに一声かけて、彼からの返答をもらった私は、手で了解と合図を出すと、階段を上がって、寝室の箪笥から私とレンの分の下着と寝間着を取ってくる。
その時に、レコードの自分の年齢を15歳に書き換えた。
下に降りて、洗面台に着替えを置く。
パッと服を脱ぎ、着ていたものを洗濯機に投げ込んで、洗面台置かれたバスケットから適当な手ぬぐいを手に取ると、風呂場の戸を開けた。
水を止めて、代わりにシャワーを出してパッと体を流す。
昭和になってちょっと質の悪くなったシャンプーとトリートメントで髪を洗い流し、平成ではまず使わなかった石鹸を使って体を洗う。
その後、湯舟に浸かってボーっとすること数分。
膝立ちになったくらいの高さにある、引き戸のすりガラス窓に目を向ける。
膝立ちになって、鍵を開けてガラガラと窓を開けると、丁度高台になった位置にあるアパートから街の景色が見下ろせた。
居間の一番大きくて見ごたえのある窓と同じ面にあるので、そこと同じような景色が見下ろせる。
膝立ちになって見えるのは顔くらい。
湯気が立ち込めるが、覗けるような場所じゃないから、そんなに恥ずかしい思いをすることなく外を見れる。
丁度、空が徐々に明るくなりだす頃。
暗く静まり返った街が徐々に明るくなるのをボーっと見届けると、私は湯船から立ち上がった。
風呂場から出て、バスタオルを引っ張り出してきて体をさっと拭き上げると、さっと下着を付けて寝間着を着る。
バスタオルと手ぬぐいを洗濯機に放り込むと、洗面所に置いてある、唯々風量があるだけのドライヤーを付けて髪を乾かした。
最後に、眼帯を付けていない自分の顔をじっと凝視してから、レンに貰った眼帯を付ける。
「いーよー」
洗面所を出てそういうと、すぐにレンが居間から出てきた。
何も言わずに何時ものようにすれ違うと、居間へと入っていく。
つけっぱなしにしていたラジオはそのまま、私は部屋の明かりを消してカーテンを開けた。
カラカラと窓を開けて、普段、布団とかを干している柵に手を掛ける。
ラジオから流れてくる音源は、フォークソングに切り替わった。
1週間で流行りも何もかもが入れ替わりそうな平成とは打って変わって、この時代は2,3年前ですら"最近"らしい。
ちょっと前にかかっていたような曲が、普通に最近の曲のように紹介されて流れ出す。
ラジオからの音源に耳を傾け、徐々に明るさを増す街の景色を眺めていると、不意に甲高いエンジン音が聞こえてきた。
遠く…幹線道路の方から聞こえてきた音が、徐々に近づいてきて、高音が低音に変ってくる。
それでも、大きな音を発するのは変わらない。
柵に手を掛けて身を乗り出すと、アパート前の道に黄色いライトが灯った。
ボーっと見下ろしていると、やがて2台の赤い車がアパートの敷地内に入ってくる。
1台は、カレンのフェラーリ。
もう一台は、部長のZだ。
私は止まった2台をボーっと見下ろすと、小さく手を振って出迎えた。




