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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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4.部下からのペイバック -5-

蛍光の黄色に塗られた腕時計の時針が23時半を指した。

それまで不気味なほど何も起こらず、私と前田さんは淡々と港の一角に銃口を向け続けている。


「来た…23時36分。レコード通り、芹沢俊哲他7名が到着…準備して。合図を出す。数秒なら時間はズレてもいい」


スコープ越しに見える景色に映ったのは、クルーザーボートの近くに止まった3台の車。

1台は銀色のポルシェ911…乗っているのは芹沢さんと部長だ…2周目の。

後の2台も外車のセダンだった。


「あんな狭そうな車でも5千万ちょっとは積んでるわけだ。見て。遠巻きに警察車両が幾つか見える。覆面だ。上手く隠れているけれど、上からはバレバレだ」

「でしょうね…本来ならここにも警察官が居たんでしょ?」

「そう…本来有り得ない銃声で彼らは動き出す…そしてレナ、君の同僚たちが居ない。警戒しておこう」


前田さんはそういうと、吸っていた煙草を柵のネジ穴に差し込む。

私はそれを横目に見ると、ほんの少しだけ銃口を右にずらした。


刻一刻と、その時が近づいている。

私は徐々に心臓の音が高鳴っていることを自覚できた。


スコープ越しに見える芹沢さん達は、順調に盗んだお金をクルーザーに運んでいる。

それを見ていた私は、不意に耳に聞こえた金属音に敏感に反応した。

それは、前田さんも同じ。


「銃をお願い!」


すぐに銃から手を離してバッと振り向くと、梯子の方に人影が見える。

右手には消音器の付いた拳銃、私と同じ髪型…シルエットで誰かが分かった。


「チェ!」


私は前田さんが動くよりも早く、飛び出すと、彼女の盾になるように立ちはだかる。

梯子を登ったばかりの彼女は、気にすることなく私に銃口を向けて撃ってきた。


「…ぷは…!」


容赦なく銃弾が撃ち込まれていく。

あっという間に8発。

全て胴体を貫いていったが、私はゾンビのように立っていた。


出来る限りの気味の悪い笑みを浮かべて、口から血を吐き出しながら撃ってきた相手を見る。


「もっと…撃ってみてくださいよ…耐えて見せますよ?…ねぇ!」


部長は少しだけ驚いた顔をしながら素早く弾倉を抜いて、新しいのをポケットから抜き出す。

すぐに入れ替えられた拳銃から、再び私に向かって弾丸が放たれた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


その直前。

私は雄たけびを上げながら部長に特攻していく。

3,4発新たに食らい、最後の一発を喉元に受けた私は、おびただしい量の血を吹き出しながら部長につかみかかった。


「くっ…しぶとい」


部長は少しだけ気味の悪そうな声を上げて私を蹴飛ばすと、弾倉の残りを撃ってくる。

私はそのまま1度死を迎えたが、フラフラとよろめく中で再生して見せる。


「さぁ!まだまだですよ部長!私は、レナは、もっと痛い目に合ってたんですから!これくらい…これくらい何のこともない!」


最高に狂った笑顔を向けてもう一度私は飛び掛ろうとする。

その刹那。ガシャン!背後から物音が聞こえて来た。

一瞬、注意をそちらに向けた私が、再び前に向き直ると、3つ目の弾倉を詰め込んだ部長が焦りの表情を浮かべながら私に銃口を向けている。


「居なくなってよ!邪魔しないで!」


まるで教会で殺された可能性世界の部長のような声を上げて、部長は引き金を引く。

再び5,6発食らうが、それでも私は表情を笑ったままに固定して、前田さんの盾になり続けた。

私はフラフラになりながらも、痛みも感じずに唯々笑い続けていた。


すぐに、背後から掴みあげあられると、私は成す術もなく掴んできた人の思うがままになる。


「あと3分後。選手交代」


耳元に聞こえてくる部長の…前田さん冷たい声。

よろけていった先…後ろ手に倒れ込んだ私の横には、長いライフル銃が転がっていた。


「は…はっ………」


ぼやけた視界に映るのは、部長を体術で圧倒する前田さんの姿。

左手に拳銃を持ち、もう一方の手では消音器を持って、殆ど足技だけで圧倒していく。


痛みがようやく回ってきて、何もできない私は唯々死を待つだけになる。

左手に掴んだ拳銃も、消音器がないせいで迂闊に撃つとレコードを破壊しかねなかった。


視界の前では、抵抗する部長を躱しながら、的確に急所を突いて行く前田さんが居た。

あの部長が、いとも簡単に振り回されている。


狭く、夜露の乗った鉄鋼の上で、彼女は舞うように部長を追い詰めていった。

彼女の性格にそぐわず、必要以上に痛めつけるように蹴りを入れていく。

時折ふら付く部長を、銃を持ったままの左腕だけで掴むと、柵に顔面を叩きつけたりと、兎に角派手にことを進めていた。


そこまでやられてでも、なお、部長は偶に前田さんの蹴りを躱して反撃の一手を繰り出してくる。

それでも前田さんは攻撃が外れた直後には既に回避し始めていて、部長の拳も足も当たる気配が無かった。


胸元を思いっきり蹴り上げられると、部長の口元からは血が吹き出し、手に持っていた拳銃がクレーンの外へと落ちていった。


「…レナ!リセット!」


首元を思い切り突いた前田さんは、一瞬部長から私に顔を向ける。

私が何も出来ていない様子を見ると、彼女は左手に持っていた拳銃に素早く消音器を取り付けて、銃を突き出し、私に向けて引き金を引いた。


丁度脳天を撃ち抜かれた私は一瞬暗闇に沈んでいく。


視界が途切れる寸前。

力をふり絞った部長が前田さんの右腕を掴みあげたのをしっかりと見ながら……


「痛……!」


すぐに目を覚ました私は、さっきは拾えなかったライフル銃を掴みあげて、痛みを発する体を強引に動かす。


直後に聞こえた何かが落下した轟音。


一瞬の静寂。


時計を見ると、23時51分を指している。

前に見えたのは、ボロボロになりながらも、這い上がって来た部長の姿。

私は頭の中を空っぽにすると、手に持ったライフル銃を両手に握りしめて部長の元へと駆けだした。


「……!」


フラフラになった彼女は、私が勢いよく駆けてくるのを驚いた顔で見ているだけ…

私は容赦せず、肩当ての木の部分を思いっきり部長の胸元に突き刺すと、背後によろけた部長の腹部を思いっきり蹴飛ばした。


「……ふー…ふー………しぶといのはどっちだ……」


クレーンの梯子の位置から、綺麗に背を下にして落ちていく部長を一瞥した私は、すぐに振り返って銃口を2周目の部長へと向けた。


時計を見る。

23時52分55秒…


遠くに見える煙草の煙は、さっきと同じように揺らめていた。

スコープを覗いて見える、木々の揺れも同じ。


私は息を整えながら、柵に寄り掛かってライフルを構えると、息を止めて部長の様子を見る。


心臓の鼓動が高鳴り、世界に私とスコープ越しに見える部長しかいないかのような錯覚に落ちて行く。


スコープ越しに見える部長は芹沢さんの目の前で両手を広げながら、何かを言って詰め寄る。


そして怒ったような顔を見せて、立ち止まる。


私はゆっくりと引き金を引いた。


「……!」


消音器を付けていない銃撃音は、夜の港に派手に轟いた。

ズシっとくる重い反動を受け流すと、すぐに次の標的に照準を向ける。


胸元を貫かれて、派手に血しぶきを上げた部長の血をベッタリ浴びた男が次の標的だ。

私は錯乱して周囲を見回す芹沢さんに的を絞ると、動きを止めた一瞬を縫って引き金を引いた。


吸い込まれるようにして、銃弾は芹沢さんの首元を貫き、首から真っ二つに崩れ落ちていく。


私はそれをスコープ越しに確認すると、構えを解いて床にへたり込む。

ふーっと溜息をついて、上を向くと、満天の夜空が広がっていた。


遠くからパトカーや救急車のサイレン音が聞こえてきた頃。

私はようやく立ち上がって、ライフル銃を持って梯子に手をかける。


重たいライフル銃を抱えながら、それでも何とか落ちずに降りきると、周囲を見回した。

転落していった前田さんと部長は何処へ行ったのだろう?


そう思った私は、クレーンから少しだけ離れた場所で、血だらけで地面に転がっている2人を見て思わずギョッとした。


ライフルの安全装置を入れて、2人の元へと駆け寄っていく。

背中から放射状に伸びた血液が、ゆっくりと元に戻っていく様子を見ると、溜息をついた。

2人とも転落死して、そのまま眠ってしまったらしい。

だから、生き返るのが遅いんだ。


私はライフルをそっと前田さんの横に置くと、丁度タイミングを図ったかのように彼女は目を覚ます。


「あ、起きたんですね」

「ああ……ちょっと時間がかかったみたいだね。その様子じゃ、上手く行ったみたい」


彼女はそういうと、私が差し出した左手を掴みあげて、体を起こす。

ほんの少し顔を顰めた様子だったが、すぐに彼女は元に戻って、セーラー服のポケットから取り出した煙草を咥えた。


「終わりよければ全てオーライって所?」

「そういうことにしておきます」


煙草に火を付けて、何もしゃべらずに吸いだした前田さんは、元の冷たい無表情で部長を見下ろすと、私に手招きして歩き出した。


私はちょっと驚いて、ライフル銃を拾いなおして彼女の後を追う。

追いついて、横に並んだ時、前田さんは煙草を口から離して煙を吐き出した。


「放っておこう。これでヤケを起こすようなら、僕はもう相手にしない」


そう言って、彼女は私の抱えていたライフル銃を掴み取る。

私はベストに付けていたライフル銃の弾倉を外して渡すと、彼女は無言で受け取った。


「これから帰るんですか?」


私がそう尋ねると、彼女は小さく頷く。


「もう一人の僕とその相棒を連れてね。途中まで乗せてく…乗って」


彼女はそう言って、遠くに止めた赤いスポーツカーを指さした。


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