4.部下からのペイバック -4-
「俊哲!いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「はーい、一丁上がり……」
手早く芹沢さんを仕留めると、すぐに私は部長に銃口を向ける。
彼女はちょっと離れた場所で、手に持っていた拳銃の弾倉を入れ替えるのに手間取っていた。
「次は…貴女の番?」
「こ…来ないで!……何なのよ…こんなに早いはずじゃ……」
私は、私が知ってる部長ならば絶対に無いだろうという仕草をじっと見つめながら、どこか楽し気に銃口を向ける。
馬乗りになっていた芹沢さんはもう動かない。
私はゆっくりと彼の上から立ち上がると、再び彼女の方に顔を向けた。
「いや…嫌…」
部長らしくもない震え方。
私はそのまま引き金に力を込めていく。
だが、私の引き金は引かれることは無かった。
バァン!
派手な銃声と共に飛び散る部長の頭。
私は咄嗟に銃声の方向に顔を向ける。
丁度頭上から聞こえたから…
私は咄嗟に上を向いて銃を向けたが、それよりも"何か"が飛び降りてきた方が早かった。
「グェ!」
私に覆いかぶさるように、押しつぶすように落ちてきたそれに潰された私はみっともない声を上げる。
頭の整理もつかぬまま、銃が手から零れ落ちた私は、気が付くと何者かに引っ張り上げられていた。
「殺す前に楽しそうな顔してちゃダメじゃない」
そしてそのまま腹部に痛みが走る。
感触からすれば、膝か足が腹部に突き刺さったよう…
痛みに目を見開くと、私と同じ髪型をした女が私の顔面に拳を放った直後だった。
避けれるわけもなく、まともに食らって…そのまま私は口元から血を吐き出してよろける。
よろけてからは、そのまま首元を捕まれ、私は何度も硬い岩の壁に頭を叩きつけられると、そのまま意識を薄めていった。
息も絶えかけ、虫の息になるまであっという間に追い詰められた私は、そのまま床に叩きつけられる。
「ぶは!」
無様に血を吐いて、吐いた血が顔に掛かった私は、薄っすらと開いた目で襲い掛かって来た女を睨んだ。
「随分と勘がよくなったのね。ここまで来ると邪魔なだけだわ。こんなになるなら育てなければ良かった。狭間にでも送っておけば良かったわ」
前田さんと同じ声…
薄っすらと見えるシルエットは…部長だった。
「でも、ここまでね。貴女には狭間がお似合いよ」
そう言った直後、部長は余裕たっぷりな表情を崩して背後の柱に素早く隠れる。
「想定外。だけど、負けない」
そして、そのまま銃口を向けられて数発撃ち込まれ、私はなすすべもなく死体になり下がった。
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ほんの少しの間、無の空間に居た私は、すぐに現実に帰って来る。
5回死んだわけでは無いのに、鈍い痛みを発する体に顔を顰めながら目を開けると、私に方に手を差し出す前田さんが視界に映った。
ゆっくりとその手を掴むと、彼女はそっと手を引く。
私はそんなに力を使わずに立ち上がると、一瞬酷い立ち眩みに襲われてふら付いた。
「くぅ……」
頭を押さえて収まるのを待つ。
その間、前田さんは何も言わなかった。
彼女の吸ってる煙草の煙の匂いが鼻につく。
私はようやく、クラクラ来ている感覚から逃れられ、前田さんにオーケーサインを出した。
「これでもまだ狭間には送らない?」
そう言って、床に転がった私の拳銃を差し出される。
私は少し傷ついたそれを受け取ると、小さく頷いた。
「少し酔ってるだけですよ。更年期…って」
「僕も更年期と呼ばれる年だったことはあるけど、あんなことはしなかった…この様子だと見張りに付けたメンバーがどんな目に会ったことか」
彼女は淡々とそういうと、手に持っていた拳銃の弾倉を入れ替えた。
「ま、いい。僕達の目標は達してる。後は可能性世界からの流入を気にしながら夜を待つだけになった」
前田さんはそう言って、部長が飛び出していった礼拝堂の扉を開ける。
高台に建った教会からは丁度、坂の向こう…海を望めた。
「…レコードも融通が効かない。オンかオフしかないんだから…」
彼女は遠くに見える海を見て目を細めると、そう呟くように言って拳銃を仕舞いこむ。
私も彼女の横に立つと、横目で前田さんを見て先を促した。
「14時12分です。後9時間ちょっとですね」
「綻びは全部摘んである。中森琴も、監視の目があれば…"レコード"に縛られればそうそう動けないはず…」
彼女は私の横でそういうと、再び煙草を咥えて歩き出した。
車まで戻り、前田さんは何も言わずにエンジンをかけて、函館の町に車を紛れ込ませる。
途中、立ち寄ったスーパーで軽食と飲み物…そして、彼女の吸う青い箱の煙草を買うと、スーパーの駐車場でほんのひと時の休憩時間を迎えた。
背の低い車の屋根に菓子パンと瓶に入ったコーラを置く。
私は菓子パンの袋を開けると、中に入っていたアンパンに齧りついた。
「アンパンと牛乳。ドラマみたいなセットにしたかったんですけどね。瓶の牛乳が無いとは」
「ドラマ…ああ、そういうこと…何も張り込むわけじゃない。けど良い勘してる。これが終わったら23時まで、狙撃地点にいよう」
彼女は私の言葉に小さく苦笑いを浮かべながら返してくれると、すぐ元の表情に戻ってそう言った。
「前田さんは何か食べなくても良いんですか?…何も飲んでないし」
「良い。別に空腹にもならないし、喉も渇かない。一誠もそうなんだ」
前田さんはそういうと、煙草を取って私に見せる。
ロスマンズ…ロイヤル?と金色の英語で銘打たれたパッケージが見えた。
「パラレルキーパーは、普通の世界に住処は持ってない。セーフハウスみたいなのはあるけれど…なんていえばいいんだろう。宇宙の果てにある大きな人口惑星の中の居住区にでも住んでるって言えばいいのかな」
「……スターウォーズのデス・スターみたいな?」
「そう…そこから、エレベーターを使ってこの世界にやってくる…居住区の中では空腹にもならないし、喉も渇かない…僕達は他のレコード持ちと比べて、もっと人間からかけ離れてるみたい…不思議だよね」
彼女はそういうと、私の方を見て小さく笑う。
私はアンパンを齧りながら、小さく頷いた。
「でも、何で君がパラレルキーパーにならなかったのかが不思議だ。レコードの判断基準って、どうなってるんだろうね」
「前田さんでも知らないんですか?」
「知る由もない。何となくってだけ………」
彼女はそういうと、まだ半分ほど残っている瓶のコーラを私の方に滑らせてから、屋根の下に指を指す。
私はアンパンの最後の一口を食べながら頷くと、スーパーの袋にアンパンの袋を詰め込んで、コーラを持って助手席に入っていった。
「標的までは200m。この前の世界と同じ場所に陣取ることになる。作業のために設置されたクレーンの上…高いところは平気?」
前田さんはそう言って私に一瞬目を向ける。
私は少し考えた後で、小さく頷いた。
「大丈夫…だと思ってます」
「距離は問題ない?200m」
「これではまだ撃ってないですけど。東京で使ってた銃なら450mまでは当てれました。これもさっき撃って感覚はあるので、問題はないと思ってます」
私はコーラを飲み干して、パンの空き袋と同じようにスーパーの袋に詰め込むと、縛って足元に置いた。
そして、抱きかかえるように持ったライフル銃の位置を調整する。
「さっきまで脚立は使いませんでしたけど…この分じゃ最後まで脚立なしですかね?」
「高所からの狙撃って言っても、距離はあるから2脚は立てられる。フォアグリップもストックのパッドもあったのだけれど、どうせもう一人の僕が使うと思って…持ってきてはなかった…それは申し訳ない」
「いえ…大丈夫です」
私は徐々に元の冷たさを戻していく前田さんに倣って、徐々に仕事の時みたいな感覚に浸っていく。
前田さんは空いている道に車を通していき、特に何に障害もなく港までたどり着いた。
車を物陰になるような場所に止めて、私と前田さんは車から降りる。
降りてすぐ、海風の涼しい港の道に出た前田さんは、遠くに見える大きな建造物を指さした。
「あれだよ。今回の仕事場」
そう言って、彼女は昼下がりの、人が疎らな港を歩いていく。
私も、ライフル銃を抱きかかえるように持って後に続いた。
「銃、僕が持とう。梯子を登らせるのは酷だ」
「すいません」
スタスタと、目的のクレーンまでやってくると、彼女はそうって私からライフル銃を受け取って、慣れた手取り足取りで梯子を登りはじめた。
私もすぐに後を付いていく。
上を見上げると、前田さんの服装上、見えるものが見えたが、別に同性なので気にならなかった。
2,3の梯子を登って、ようやく操縦台のような部屋のある高さまでやってくる。
地上で感じた海風も、ここでは少し強く感じた。
幾ら鉄で出来ているとはいえ、風でほんの少しだけ揺れている。
「さて…ここだ。ここに銃を設置して、待つだけ…日差しが強いけど、我慢だ。雨で危ないよりはマシといった所」
前田さんはそう言って、ライフル銃の先端に付いた脚立…2脚を広げると、何処からか取り出した器具を使って通路の柵に固定する。
私は彼女のジェスチャーに従うがまま、ライフル銃を構えてスコープを覗き込んだ。
低い安全柵に合わせて、硬い床の上に膝立ちになり、それでいて下の方へと照準を合わせるので、ちょっと窮屈な射撃姿勢になる。
「ちょっと辛い体勢なのは我慢。先を固定しているから反動はそんなに気にしなくていい」
彼女はそういうと、私の肩を掴んでそっと引いた。
私は構えを解いて、ライフル銃から離れる。
「15時前…予定は少し狂ったけれど、このまま待とう」




