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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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4.部下からのペイバック -2-

「18歳。これでレナと同い年」


そう言った彼女はクルっと体を反転させる。

丈の短いセーラー服からチラッとお腹と背中が見えた。


「背、伸びましたね」


彼女についていって倉庫を出た私は、横に並んだ時にボソッと言う。


「15歳かそこらで止まると思ったんだけど、結局18まで伸び続けた」

「うらやましい限りです」

「そう?」


前田さんはそういうと、運転席に乗り込んでいく。

私も手に持った長いライフル銃の安全装置を入れると、抱きかかえるようにして車に乗り込んだ。


「本当は、ポテンシャルキーパーの2人と手分けして、こうやって居ないはずの人間を消して回って…最後に2人を狙撃する手筈だった…」

「結局、邪魔が入れど予定通りなんですね」

「余計なことをされる前に君達が来て動いてくれていたから。昨日レナに会うまで僕も気づかなかった」


彼女はそういうと、掛かりの悪いエンジンに火を入れる。

何度かアクセルを煽って回転を落ち着かせて、それからゆっくりとギアを入れて、アクセルを踏み込んだ。


私は不意に来る振動に少しだけ顔を顰めると、助手席の窓を全開にする。


「……そういえば酔いやすい体質だったっけ。良くスーパーカーの横に乗ってここまで来れた」

「ははは…最近、車は酔うときと酔わない時があるんですけどね…」


車道に出てから、ボソッと言った前田さんの言葉に苦笑いを浮かべて返すと、彼女はそれっきり何も喋らなくなる。


次に彼女が口を開いたのは、五稜郭という文字が路上の看板に現れてからだった。


「最初の標的は金田正幸…34歳の冴えないサラリーマン。彼は本来可能性世界にしか存在しない男だった…それ以外は、本当に罪もない…冴えなくてうだつの上がらない男…ちょっと先の路地に止めるから…それからは先行する僕に付いて来て」


彼女はそういうと、ウィンカーを上げて大きな通りから住宅街のような路地へと車を滑り込ませた。


すぐにハザードが焚かれて、車は路肩に止まる。

前田さんはサイドレバーを上げるとすぐに車から降りた。

私は動きの素早い彼女に合わせて降りた後、ちょっと急ぎ足で彼女の背中を追う。


気づかぬうちに、彼女はこの前も使っていた大型の拳銃を抜き出している。

少しだけつんつるてんなセーラー服にはちょっと似合わない、黒い拳銃を片手に、周囲を見回す彼女に倣って、私も首を振って周囲を見た。


別に、部長が何をしでかすかわからないのを除けばただの平日。

幻覚に近い存在の私達に気づくものも、銃を向けるものも居ないのに…何故こんなことをしているだろう?


目の前で不意に止まった彼女の横に並んだ。

丁度物陰に当たる誰かの家の門の前。


前田さんは、銃を持っていない出て私を制すると、ゆっくりとその手をポケットに入れて、拳銃用の消音器を取り出して銃口にクルクルと取り付ける。


それが終わると、もう一回。

私が持つライフル用と思われる、大きな消音器がスカートのポケットから出てきた。

私はちょっと驚くと、銃口についていた部品を外して、渡されたそれを銃口に取り付ける。


「……一体なぜ?」

「去年から、僕達もこの世界とその周りを色々と牽制してきたから…金田が本来存在する可能性世界からの流入は防げていたはずだったけれど…3日間、監視の目を外せばコレだ…」


前田さんはそう言って物陰から顔を出して行き先に指を指す。

それにつられてちょっと体を乗り出すと、どこかの商事会社だろうか…結構な数…といっても7,8人の作業服姿が見えた。


「多いですね」

「アレは全部可能性世界からの流入組…こうも直ぐに入られるとは……だけどまぁ、いい。予定よりも数は多いだろうけど、早いところやってしまおう。悩みの種は君の上官だけで十分だ」


私は少し冗談を混ぜたように言った前田さんに、小さく苦笑いを浮かべながら頷いた。


「後は任せる。撃ち漏らしたのを僕が片付ける…行こうか」


私が頷いたのを見た前田さんは、そう言って物陰から駆けだしていく。

安全装置を外した私は物陰から出ると、石壁に寄り掛かるようにして座り込み、背中をそれに預けるようにしてライフル銃を構えた。


十字線上に映り込んだ男を見て、それからゆっくりと引き金を引いた。


「ッ!…」


予想以上に重たい反動が肩にめり込み、後ろの石壁と相まって痛みとなって襲ってくる。

スコープ越しに見えたのは、上半身から血を吹き出しながらバラバラに吹き飛ぶ男の姿。

私は思わず構えを外して、少しだけ痛みに目を瞑ったが、すぐに構え直して次の標的に銃口を向けた。


遠くで聞こえる騒ぎの声は、前田さんが向こうにたどり着いたことを表している。

私はそれで混乱している男たちの内の1人に照準を合わせると、引き金を引いた。


「…!」


再び重い反動。

結果は外れ。

近場にあった車のボンネットに風穴を開けただけだった。


私は痛みに少し涙を流しながらも、すぐに照準を修正してもう一発、銃弾を放つ。


「グゥ……」


すると、丁度腹部に当たり、男は何かに弾かれたように吹き飛んだ。


私はそれを見ると、次の標的に銃口を向ける。

前田さんが大立ち回りしている姿をサラっと見て、丁度彼女にとって死角の位置にいた男に十字線を合わせた。


男にとっては彼女の死角…物陰の裏に居るわけだが…私にとっては丸見えの位置。

私は息を止めて、痛みのせいで頬を流れる涙が流れるのを感じながら…じっと待った後に引き金に掛けた指を引く。


4度目の反動。

しゃがんでいた男の頭部に当たった弾丸は、男の頭をスイカのように割って真っ赤に内容物を飛び散らせた。


私はそれから銃を構えたまま、前田さんを探す。

スコープでとらえた彼女は、男たちが全て息絶えているのを確認すると、私の方に振り返ってオーケーサインを出した。


腕の力が抜けて、ライフル銃を膝上に落とす。

鈍い痛みを発する左肩を、右手で押さえて何度か揉んだ。


少しの間、痛みが引くまでその場に座り込み続け、ようやく立ち上がれたのは前田さんが全ての人間に注射器を撃ち込んで、この世から文字通り"消滅"させた後のことだった。


「反動がきつかった?」


煙草を咥えながら戻って来た彼女はそう言って私を引っ張り上げる。

右腕を持って持ち上げられたから、古傷を痛めることになった私は更に顔を顰めた。


「おっと。ごめんなさい」

「すいません…左肩はすぐ治ります…でも、右は古傷で……」

「少しの間は我慢して…次に行こう」


私は痛みをこらえながらも、ライフル銃を持ち上げると、前田さんはそう言って車の方へと戻りだす。


「この様子じゃ、あと4人消すまでにどれだけ余計なものが混ざっていることか…」


車に戻ってすぐ、前田さんはそう言って煙草を灰皿にもみ消す。

エンジンを掛けると、さっきよりも勢いよく車を走らせ始めた。


「次は2人同時に仕留められる。狭い場所だから、M21は必要ない。PPKを使って」


そう言って前田さんは遠くに見える看板を指さした。


「4人のうち3人は港に近い場所にいる」

「分かりました……」

「兎に角、12時過ぎるまでには3人を消そう…後の1人は厄介だから」


そう言って前田さんは黄色になった交差点に突っ込んでいき、多少雑な操作で車の向きを変える。

タイヤが悲鳴を上げて、私も顔を青ざめさせたが、横目に見た彼女は居たって平気な顔をしながら、アクセルを踏み込んだ。


「2周目の僕の方が運転上手なんだ…勝ってるのは人を殺す腕前だけ」


彼女はそう言いながら、全く笑ってない目を細める。


「次の場所はちょっと狭いけど、M14を使い続けて慣れて…どうせ相手は反撃してこない」

「分かりました」

「反動は逃がせばいい。さっきみたいに何かに肩を押し付けて、全部肩で受けてるんなら、それは僕だって痛むよ。普通、女が持つものじゃないから」


私にそう言った前田さんは、そう言って雑に車線を変える。

私は頷きたかったが、振られる車と酔いが回る感覚に流されて、何もできなかった。


「ちょっと歩くけど、ここに止めよう…」


もう幾つか角を曲がった先。

前田さんはそう言って歩道の上に車を止めた。

エンジンを切って、そのまま外に出ていった彼女から、ちょっと遅れて私も車外に出ていく。


「う…」


頭を押さえて少しフラ付いたが、すぐに頭を振って無理にシャキッとさせると、ライフル銃の安全装置を解除して彼女に続いた。


「3人の他に消す人います?」

「……確認してみよう」


物陰に止まった前田さんの後ろに付いた私は、そっと物陰から顔を出す。

遠くに見える海の傍…水揚げされた魚が下ろされる建物が見えた。


消す対象は3人だが、そこに居たのは10人ちょっとの大人たち。

私は少しだけ首を傾げて前田さんを見た。


「あの建物の2階に1人…そっちは僕がやる…レナは下で網から魚を外している2人をやってほしい」

「その…良いんですか?普通の人も交じってるのに…」


私はちょっと驚いた顔を見せて前田さんに尋ねると、レコードを開いた彼女は静かにレコードを閉じた。


少しの間、私の問いに答えずに、彼女は少々暗い顔をしながら煙草を咥えた。

ゆっくりと火を付けて、ふーっと一つ、煙を吐くと、その視線はゆっくりと私の目に合わせられる。


私は彼女の態度に少しだけ眉を上げた。


「良い」

「え?」

「網から魚を取ってる2人が本来の目標…あの建物と、目の前に泊まった船の周囲にいる人間は2人とは別の世界から来てる"異世界人"」


彼女はサラっとそういうと、片手に持った煙草の灰を落とした。


「そんなに紛れ込んでて…大丈夫なんですか?」

「別に気しないで良い。この分だと建物にも何人か居る…そして、この街も、もう…結構な数が入ってきてる…妙だ…昨日確認した時は、まだ何も起きてなかったのに…でも、良い。早く片付けよう」


そう言って動き出した前田さんに合わせて、私も重たいライフル銃を抱えて後についていった。


拳銃を片手に建物の裏手に回った彼女と別れ、私は一旦、港の小屋の裏手に隠れて息を整える。


ふーっと溜息を付くと、重たいライフルに目を落として、覚悟を決める。

左腕に力を込めてライフル銃を構えながら小屋から出ていった私は、照準の十字線に最初の1人目を映し出す。


ゆっくりと、息を止めると、間髪入れずに引き金を引いた。

直後にガシュ!っという、消音器をしていてもそれなりには轟く銃声。


銃口が跳ねあがり、上半身がのけぞるかのような反動を受け流した私は、遠くに見える撃った男の倒れていく様子を見て命中したのを確認した。


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