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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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4.部下からのペイバック -1-

前田さんに付いていって、ホテル横の駐車場に止まった真っ赤な車までやって来た。

彼女は「鍵はかけてない」といって、助手席のドアを開けて中に入る。

私はどうすることもできず、運転席側のドアを開けて中に入った。


「あの、車運転するの久しぶりなんですが……」

「別にカーチェイスするわけじゃない。大丈夫だよ。ああ、キーを差し込んだらちょっと待ってて…冷めきってるうちは機嫌が悪い」


私は彼女に言われるがまま、キーをシリンダーに差し込んでじっと待つ。

カチカチカチカチ…という音が聞こえてきて、やがてその音の間隔が長くなった。


「それで…別に冷えてるって言っても冬じゃないから、掛かるはず。キー回してみて」


そう言われて、キーをひねる。

セルの回る音がしたが、エンジンは掛かる気配がなかった。

アクセルを煽っても、結果は変わらず。


私はキーを元に戻して首を傾げる。

前田さんはふーっと煙草の煙を吐き出すと、灰皿に吸殻を入れるついでにシフトレバーの後ろにある2本のレバーのうちの一本を引いた。


「もう一回」


その言葉と共に、キーを捻ると、今度は一発でエンジンが目を覚ます。

アクセルを煽っていないのに、タコメータの針は上がったり下がったりと忙しそうだ。

見ると、前田さんが、引いたレバーではない方を細かく動かしている様子が見えた。


「何か特別なんですか?この車」

「いや別に、チョークなんてこの時代の車ならよくあったの…君の彼氏に聞いてみるといい。きっとあるはずだから…さて、出よう。昨日の倉庫まで」


彼女はそういうと、グルグルとドアに付いたハンドルを回して窓を開けると、再び煙草を一本取り出して咥えて、火をつけた。


私はそれを横目に見ながら、ゆっくりと車を車道に出して、流れに乗せていく。

平日の早朝。市の中心部を通ることもあって、道の流れは鈍く、私は重たいクラッチとハンドルに少し苦労しながら走らせる。


横眼に見えるは、平然とした顔で煙草を煙らすセーラー服姿の前田さん。

シートベルトもせずに、足を組んで、膝上にレコードを開いて鋭く冷たい目でそれを見つめていた。


3つ目の信号につかまる。

だいぶ長い車列が出来ているから、このままだと後2,3回は信号に捕まったままだろう。


「煙草、何時から吸ってたんですか?」


私はそんな彼女を見て、何となく思ったことを口に出した。

ラジオも8トラも付けていない、無言の車内…何時もなら心地よいといって黙っているのだが、前田さんが横にいると、どうにも沈黙が段々重く感じてきた。


「……パラレルキーパーになって2日目。一誠に連れられた2周目の6軸…訪れた先の日向で初めて吸った」

「2周目の日向?ってことは、まだポテンシャルキーパーの方の前田さんが生きてた頃ですか」

「そう…まさかあの時笑ってた2周目の僕とこうやって仕事する羽目になるとは夢にも思わなかった。レコードによれば、土砂崩れに巻き込まれて…その遺体は遠い未来に骨になって"発掘"されるんだから」


彼女はそう言って小さく口元を笑わせる。

私は聞いていて少し背筋が凍り付いた。


「……2周目の僕にはちょっと嫉妬してる。暫くの間、後2日我慢できなかった自分が許せなかった」

「……へぇ」


ちょっと間をおいてから、普段よりは少しだけ人っぽい声色で言った前田さん。

今まで聞いてきたロボット染みた言い方が、少し剥がれかけていた。


「レコードを持つ者が、何か大きな事件を引き起こして世界を終わらせたり、精神が尽き果てて使い物にならなくなって…狭間へと堕ちて行くのは、割と良くあること。レコードキーパーでなるのは珍しいのだけれど」


彼女はそう言ってまだ長い煙草を灰皿のふちにひっかける。

信号待ちの車の中。彼女は膝上のレコードを閉じた。


「レコードキーパーがそうならない…他の2つは色んな世界を見ているから…?」

「きっとそう。下手に海外行くよりも、別の世界に行った方がよっぽど印象深い。そんな中、自分が生きてた世界の可能性世界ならば、消える世界でもがく自分がいて…軸の世界なら、レコードに成すがままの自分がいる。自分…いや、"そっくりさん"を見てしまうとね、自然と自分が哀れに、情けなく思ってくるものさ」


彼女はドアに肘を付いて頬杖を付きながら言った。

開いた右手をセーラー服のポケットに突っ込むと、先ほどまで私が使っていた小型の拳銃が出てくる。


「何も仕切りも無いのに、分厚いガラス越しに自分の人生を外から見せられるっていうのも酷なもの。だから、長い間この仕事をやってると、1年に1度はレコードを持っていた者を狭間に追い込む仕事をすることもある」

「……その、どうやって?レコードキーパーは不老不死…殺そうにも殺せない…狭間に行くのもレコードの示し次第では?」

「方法は、無いわけじゃない。罷免コードがあるの…一定数の投票と…その人が罷免されるべき理由がハッキリしていれば、レコードは対象から不老不死の効果を外して…普通のレコード違反と同じように僕達に処理させる。殺された後は、それだけで狭間行き」


彼女はそう言って右手に持った拳銃を自分の喉元に付き当てて見せる。

どうも遊んでいる見たいで、撃ったふりをしては銃口を外している様子だった。


「中森琴も、もうそろそろ危ない。レコードキーパーの間には罷免コードは知られていないのだけど。普通、使わないからね。今の状況が露呈してそれを使われれば、きっと票は集まるはず。そして、僕かポテンシャルキーパーの前田千尋が直々に手を下す…そうはならないのは、一重に君たちのお蔭といってもいい」


彼女はそう言って私の方顔を向けた。

私は、ようやくノロノロと動き出した前の車を気にしながら、ほんの少しだけ意識を前田さんの方に向ける。


「部長って、カレンにとっては唯一の親友で、チャーリーやリンに取っては姉替わり。私にとっては使い物にならなくなった親の代わりみたいな人でしたから」

「恩を返すのが今ってわけ?」

「はい…向こうはどう思ってるかわからないですけど…私、レコードキーパー成りたての頃は厄介者扱いだったから」

「みたいだね。1度、成りたての頃の君に会ってるんだけど、その時は動いてるのが不思議なくらい、傷だらけだった…それが今じゃ僕の横で運転してる。不思議だ」


前田さんはそういうと、灰皿に置いていた煙草の灰を落としてから咥えた。

私は再び赤になった信号を見て、クラッチとブレーキを踏んでギアをニュートラルに戻す。


「……その、傷だらけの頃っていうと?」

「まだレコードキーパーになって1月も経ってない頃だと思う。もう、幾つもの世界を見てきて、結構な数の人間を見てきたけれど、一目で印象に残った……そうだ。ロシア人を追っていた最中だったはず。合ってる?」

「その時期は…そうですね。そんなこともありましたね…その時も前田さんは仕事でここに?」

「いいや。何の用か忘れたけど、偶々寄っただけだったはず……ああ、そうか…」


前田さんはそう言いながら、何かが解せたように言う。

私は少しだけ首を傾げながら彼女を横目に入れた。


「昔君が持っていた拳銃に、この前使ってたライフルもソ連製だったね」

「そうです」

「その時迷い込んでいたロシア人の物じゃない?」

「アタリです。拳銃も、ライフルも。彼の物でした」

「そう…じゃ、その身のこなしは彼の叩き上げ?」

「知ってるんですか?」


私は唐突に出てきた、私にとって最初の事件の話に少し困惑しながらも、彼女の問いに聞き返す。


「思い出した。アイザック・"アシモフ"・風戸…日系3世のロシア人。ちょっと処置が面倒な男だったけれど…そう言えば監視に行った同僚が言っていた…傷だらけの少女を連れて歩いてるって」


前田さんがそういうと、私は小さく苦笑いを浮かべた。


「そんなに私って目立ってたんですね」

「それはもう……………さて、目的地が見えたかな」


前田さんは雑談ムードを一変させて表情を消した。

遠くに見えてきたのは、昨日私とレンが訪れた倉庫街。

私は小さく頷くと、前田さんは灰皿に煙草の吸殻を突っ込んだ。



倉庫街の中まで車で入っていき、昨日前田さんと遭遇した倉庫の前に止める。

エンジンを切ってキーを前田さんに渡すと、彼女は新たに咥えた煙草の火を付けた後で受け取った。


2人そろって車を降りると、前田さんは重たそうな倉庫のシャッターを一気に持ち上げて開く。

私はそれをボーっと見ていると、ガシャン!と大きな音を立てながらシャッターが開いた。


「レナ、君は今からとある警察官の代わり。今日の23時48分に中森琴を…その直後に芹沢俊哲を狙撃する役目…」


暗い倉庫の中に入っていった前田さんは、そう言いながら倉庫の棚に置かれた長いケースを引っ張り出してくる。

ちょっと重そうなケースを机の上に置いて、ロックを外して開く。


私は中に入っていた物を見てちょっと眉を上げた。


「使ったことある?」

「無いです」

「そう…なら、これからちょっと練習がてら数人消して回る間に覚えて」


彼女はサラっとそういうと、重たそうな長いライフル銃をヒョイと持ち上げて、箱型の弾倉をカチッと挿し込んだ。

そして、左側のレバーを引いて、パッと手を離す。


「消す……?って…レコード違反は何処にも出てないんですけど…」

「中森琴に聞いていない?本来居るはずのない人間が居るって話」

「はい……」

「そう。そういう人がいるの。やり直した世界で起こる初期トラブル。普通はやり直した直後に処理して回るものだけど、それ以上にこの世界は脆かったから…2年たった今やってる。結構消す人が多かったから、ちょっとここら辺は後手に回った」


彼女はそういうと、スコープの付いたライフル銃を私に寄越した。

私はズシっとした重みを感じながらも、なんとかそれを両手で持つ。

前田さんはそれから、変えの弾倉がついたポーチを私のベストにひっかけてくれる。


「丁度、2周目の中森琴が最期を迎える時期だから、丁度よかったの…ついでにそっちも監視できる今がね…だから、レナ。今日の23時までに5人、消して回るから、それまでにこの銃の癖は掴んでおいて…安全装置はこれ…」


彼女は呆然として聞いてる私にそういうと、レコードを開いて私に見せた。


「5人…全員バラバラな場所にいる。中森琴のこともあるし、順番は考えないといけないけれど…全員、狙撃出来る位置に居てくれている。最初は五稜郭だ…」


そう言った前田さんは、レコードの最後のページを開くと、何かを書き換える。

すぐに前田さんの背が少し伸び、セーラー服の丈が短く…スカートも長めだったのが膝くらいまでになった。


私は何も言わずに、彼女をじっと見つめている。

彼女は、さっと自分の身なりを見て、気にしていない風な素振りを見せると、レコードをポケットに入れて代わりに車の鍵を取り出した。


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