3.氷点下20度の笑顔 -Last-
車1台分あるかどうかといった路地に入った私は、周囲を見回しながら、それでも冷静に進んでいく。
小さいながらも銃を片手に歩いているが、まだ早朝なおかげか港よりも人は少なかった。
路地を突き当たり、目印にしたホテルに近づいていく。
何人かの人間が遠くに見えた。
何台かの車が私の横を通っていった。
私はそれらになるべく干渉しないように進んでいく。
歴史の空白を縫うように、私は捜し歩く。
もう一本。路地を突き当たって右に曲がる。
遠くに赤く背の低い車が見えたような気がした。
私は咄嗟に元の路地に戻って誰かの家の塀に背を預ける。
そっと顔だけ出して、先を見ると、赤い車は確かに遠くに止まっていた。
だが、それは部長のZの丸い目でも、四角いテールランプでもない。
丸い4灯のテールランプに、下半分が黒いツートンカラーの車だ。
私はそれを見て表情を緩めて、ほっと一息をつくと、路地を曲がって駆けだした。
50mくらい、小走りで走ってその車に近づく。
丁度、ホテルの裏手側の空き地の傍だった。
私は跳ね馬のマークがついた車の運転席を見ようと体を屈める。
中で眠たげな顔をしたカレンが、私に気づくと驚いた顔を見せた。
「レナか…驚かせないでくれ」
「珍しいもの見ちゃったね。リンとチャーリーは?」
車を下りてそういったカレンに私は元の用件を聞く。
彼女は私の左手に握られた拳銃をチラッと見下ろすと、少し先の方に指を向けた。
「ちょっと先。2人…ホテルから借りたブルーバードだ。あの青いの」
そう言われて、指を指した方を見ると、青い四角いセダンが目に止まる。
2人の性格からすれば不満たらたらな車だろうが…車内で眠れる分、バイクよりはマシだろう。
薄っすらと車内で眠っていそうな2人の人影が見えた。
その奥…一瞬だけ見えた鼻先の長い赤い車。
それを確認した私は
「了解……丁度よかった。こっから駅前通りまで行ける?」
私は2人を確認すると、カレンにそう言って立ち去ろうとする。
「え?ああ。行けるが…待て」
カレンはそんな私の肩を掴んで止めた。
「チャーリー達も連れてそこに行って。そして私達のミウラの近くに止めて待ってて」
私はカレンの方に向き直ると、早口で言う。
「どういうことだ?話が見えないが…」
「お願い。前田さん達を連れてすぐ行くから!」
そう言いながら、私はカレンから離れていく。
青い車の横を駆け抜けて行って、赤いZが通り過ぎた方に道を曲がる。
見えたのは少し遠くにハザードを付けて止まった車の後ろ姿。
角を曲がった私の数歩先に、私と同じ髪型をして、表情が良く見えない部長の姿。
咄嗟に左手に握りしめた拳銃を突き出す。
部長も、滅多に持ってるところを見ない彼女の拳銃を私に突き付けた。
こういうのをなんて言っただろうか?
メキシカンスタンドオフだったか?
私はほんの少しだけ息を切らして、蛍光塗料が塗られた照準器の奥に見える部長を見据えた。
私に向けられた拳銃は、丁度今テレビアニメで出てくる大泥棒が持つものと同じ拳銃だ。
聖子ちゃんカットじゃなく、私と同じように右側を隠すように伸ばした髪型。
私がジャケットとベストさえしていなければ、私をそのままそっくり一回り大きくしたような白いYシャツにジーンズ姿の部長は、どこか楽し気で、氷のように冷たい微笑みを私に向けていた。
氷点下20度の笑顔とはこのことだ。
私は頭をフル回転させてこの次をどうすればよいかを考え始める。
「天下の往来で銃を向けるだなんて、貴女らしくないですね」
「それはお互い様じゃない?レナは何処に居たって分かるものね。さっき家に来ていたでしょう?」
「ええ…埃だらけの中でコソコソしてた年増さんを探しに来たもので」
私はそう言って口元を笑わせた。
部長の目は刻一刻とシリアスな笑みになっていく。
「どうします?このまま罪なき一般人のレコードでも狂わせましょうか?それとも死なないのを良いことに撃ち合いでもしますか?」
「口の減らないお嬢様に仕立て上げたつもりはないのだけれどねぇ…良いのよ。今のまま貴女が何もしなければ…貴方達がいてくれればそれだけで、私は目的を達してる」
売り言葉に買い言葉。
部長は普段の余裕そうな態度を崩さずに私をじっと見据えた。
「なるほど……なら、私の思った通りに事が運びそうですよ」
目的を達している…その一言を言ったのは部長が少し私を舐めて掛かってきている事の証明だった。
私は自分の考えが間違えいない事を確信すると、引き金に力をそっと込めた。
消音器のついた拳銃。
早朝の街角…それも、人気の無い場所では、発射音など誰も気に留めないだろう。
引き金を引き切る瞬間。
私の体は不意に横に引っ張られる。
「え?」
驚いて目を一瞬離した隙に、部長は銃を下ろして振り返った。
私は何もできず、体を引っ張られた方に顔を向ける。
「そこまででいい」
驚いた顔をして向いた先に居たのは、白髪の女の子。
耳に聞こえてきたのは、鋭く唸った部長のZのエンジン音だった。
「あと34秒で手遅れになる所だった。だけど、今のタイミングで中森琴を逃がせたのはラッキー…あんな場所に集めたんじゃレコードに影響が多すぎる。こっち…近場のホテルに部屋を確保してる」
前田さんはそういうと、私の手を引いて歩き出した。
「良く気付けましたね」
私は驚きながらも、前田さんに歩調を合わせるとそう言った。
彼女は私の手にある拳銃を掴んで取り上げると、彼女が持っていた同じ拳銃を私に寄越す。
美しい仕上げの、新品同然の拳銃だ。
「中森琴に付いていたから…そこに宮本簾が来た。話を聞いてるうちに平岸レナ。君が中森琴に銃を突き付けてた。流石に心臓に悪い…ヒヤッとしたよ」
「すいません……でも、あのままじゃレコードが…」
「聞いたよ。その通りだ。僕もその点では管理がなってなかった。中森琴にしてやられた訳だ…すまない」
前田さんはそう言いながら、私に渡した拳銃に目を向ける。
私は少し困惑しながらも、彼女に手渡された拳銃を見下した。
さっきまで持っていた、大鷲の紋章が入ったのとは違って、新しそうな見た目をしていた。
「ワルサーPPK…丁度使いやすそうにしてたから、新品を調達してきた」
「新品…通りで綺麗……」
「慣らしてはあるから、問題は無い。こっちの…僕のはちょっと思い出があるから、あげられなくてね」
前田さんはそういうと、まだ仕舞っていない拳銃を眼前に持ち上げた。
珍しく、目付きが鋭くない前田さんを見て、私はちょっと呆気に取られる。
「へぇ……思い出、ですか?」
「レコードに逆らって、これで自分を撃ち抜いた。それだけだけどね」
前田さんはそう言って、微かに自嘲気味の笑みを浮かべると、すぐに撃鉄を戻して懐に仕舞いこんだ。
「さて…今の現実に戻ろう」
彼女はそう言いながら首を振った後に、すぐ前に見える小さなホテルを見上げた。
後ろをついていって、ホテルの中に入っていくと、まだ早朝で仕事も何も始まっていない薄暗いロビーを越えていく。
階段で2階に上がり、104号室の扉をノックもせずに開けた。
見ると、狭い入口に結構な人数分の靴が並んでいる。
そして、開いた引き戸の先には、思い思いの場所にいる面々の姿があった。
開いた窓際にいるのは、煙草を咥えて煙らせているポテンシャルキーパーの方の前田さんと元川さん。
その近くにカレンとリンが居て、4人で何かを話していた最中らしかった。
レンはチャーリーと地図を広げながら何かの相談中に見える。
彼らは入って来た私と前田さんを見ると、各々の動きを止めて集まって来た。
「さて…状況を整理しよう」
白髪の前田さんが静かに切り出す。
黒髪のままの前田さんは煙草を煙らせたまま小さく笑った。
「レコードが私達のおかげで書き換わった。それだけの事…中森琴には退場願う?」
「……退場させるだけなら、ここにいる中森琴の部下たちを追い出すけどね。そこまで僕も鬼じゃない」
2人の前田さんはそう言いあって似通った小さくも怖い笑みを口元に浮かべる。
「時間はおいそれと戻せないけれど、着地点を揃えることはできる。それはもう一人の僕が詳しいから任せよう。目標は22時までに、昨日の0時時点のレコードに合うように仕向けられる?代わりに、夜の仕事は無しでいい」
「……問題ない。多少は荒療治だろうけど。良い?由紀子…それで」
「大丈夫。問題なし…ただ、もう一人欲しいかな?」
ポテンシャルキーパーの2人はそういうと、短くなった煙草を灰皿でもみ消してレコードを開きだす。
それを見ていた私達レコードキーパーの方に、白髪の前田さんが振り向いた。
「そう…なら、宮本簾。君に頼むことにして…」
白髪の前田さんはサラっとそういうと、私に視線を合わせる。
私はレンの肩をポンと叩いてから、ポテンシャルキーパーの2人を指した。
「これも経験ってことで」
「お…おう…」
レンは戸惑いながらも、自然と前田さんと元川さんの輪に入っていった。
「レコードの方は丁度、うってつけの人間が居たから良しとして…」
前田さんは淡々と事を進めていく。
「方針を変える。"レナ"…君は僕と…後の3人は上司の周囲を固めるんだ」
「え……?」
「代わる代わる近くにいることを悟らせて釘付けにするんだ。最低でも、今日の20時まで…理想は22時まで出来ればいい。その後は、この時代の中森琴が最期を迎える場所に来てほしい。絶対に彼らの邪魔をさせない位置に陣取れば、それだけで良いから」
前田さんはそういうと、私の肩を引っ張って傍に寄せる。
カレンたちは一瞬驚いた顔を見せた後、小さく頷いて仕事に就いていった。
唯一、残された私は手招く前田さんに付いて部屋を出る。
私は少し緊張しながらも、私よりもちょっと背の高い白髪の少女の後を付いていった。
「そういえば…車はランボルギーニだったっけ」
「はい……今はもう、私は運転してないです。ハンドル重たいし…」
「そう…ま、捕まるわけでもないし、いっか…」
彼女はそういうと、着ていたセーラー服のポケットから車のカギを取り出した。
「前田さんって、設定年齢何歳何ですか?」
「15歳。レコード上の、享年に合わせてる」
私はそれを聞いてポカンとしている間に、彼女は鍵を私に寄越して、彼女は胸ポケットに入った青い煙草の箱から一本取り出して…咥えて火を付けた。
「……え?」
「このホテルの駐車場に止まってる真っ赤なフェアレディZ。運転は任せた」
彼女は小さくそういうと、私を見て小さく冷たい顔で笑って見せる。
「一体、私は何をさせられるんですか?」
「居るはずの人間の代わりだよ」




