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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
80/125

3.氷点下20度の笑顔 -5-

「前田さんに言わせれば、2周目の部長や芹沢さんが普通だそうで…」

「相手にしたくないね…でもよ、警察署で騒動を起こすってことは…その後どうするんだ?俺等みたいに銃のサイレンサー持ってる訳じゃないだろ?」

「そ、10時38分。芹沢俊哲が一発目の銃弾を放ってから、半日ほど…函館の町は大騒ぎだって」

「大騒ぎ?」

「今日、警察署にいる職員の4分の3が殉職…何も"会合"の場…その近くにいたのは芹沢さんだけじゃない。部長とか、昨日札幌の銀行を襲った人達がバラバラになってそこにいるんだって」


私はそう言いうと、一旦シートベルトを外す。

レンは少しだけ驚いた顔をして私の方に首をゆっくりと回すと、少し間を置いてから口を開いた。


「武装して?」

「武装して」


レンの言葉に合わせて言うと、彼は両手を小さく上げて見せる。


「その後は?」

「12時までに警察署付近の騒動は収まるよ。警察側の損耗過多でケリがつく。それから…夕方まで、彼らは函館のど真ん中にある高級ホテルで優雅に過ごすのさ」

「はぁ?」


私がレコードを見ながらそう言うと、レンは声を上げて私の方に体を寄せた。

私も特に避けることはせず、レコードの該当部分を指さして見せる。


「どんな手で…?」

「函館駅付近の道…今日から工事だから規制がかかる。車の流れも悪くなって…オマケに今は本州から2,3の高校と、北海道内から1つの中学校が修学旅行に来ているそうだよ…」

「……で?」

「元々、芹沢さんを除いては、素顔で来ていないみたいだね。変装してたみたい。だから、警察署を襲撃して、あらかた片づけたら、人混みに紛れて変装を解いて…あとはゆっくりとホテルに戻る…そんなところ……ん…?」


私はレコードを見ながら、ふと違和感を感じる。

一瞬、言葉の詰まった私を見て、レンが口を開いた。


「仲違いを起こすには随分と息の合った連中だよな。最期は芹沢さんが裏切るのが発端だっけ?」

「……そのはず…だけど」


違和感を感じたまま、私はレコードのページを捲る。

彼らの最期の数時間。

それを見ても解消されない。


確かに、前田さんが言う通り、部長や芹沢さんを撃ち抜く人間は居ない。

でも、何故か2人は撃たれることになっていて…その前は?


私は指でレコードを辿っていく。

撃たれる少し前…以前は部長が裏切りに感づく手筈だった。

私はその時を目指してレコードを読み進める。


戻って戻って、今この瞬間に巻き戻る。

ついに芹沢さんは裏切る行動を起こさなかった。


私はそれを見て顔を引きつらせた。

何度も見ていたようで、斜め読みしていたせいで…ついぞ読み損ねた幕間の歴史…?

いや違う。一昨日…日向で聞いた事…その後自分で読み進めたレコードとは記載が違う!


私がそれに気が付いて、ハッとした表情を浮かべた時、スーパーの前を1台の赤い車が通り過ぎて行った。


私とレンは咄嗟に、通り過ぎていく車の運転席に目を向ける。

普通のZよりも鼻先が長い、特徴的で流麗な車。

運転席に収まる格好いい女は、駐車場に止まっている私達の車を見て少しも表情を変えなかった。


「どうする?」


レンの声が耳に入る。

目線の先には、部長の車の後ろ姿が目に映った。


色々な考えが頭に浮かんでくる。


"風が吹けば桶屋が儲かる"…


ふと、榎田さんの顔と別れ際の一言が頭に浮かんだ。


「………追っても無意味!レコードで捕捉しておくから、このままでいい!」


私はすぐにでも追いかけて!と言おうとした気持ちを抑え込んでそういうと、再びこの時代の芹沢さんのレコードを追った。


「昨日とレコードが違うの!最悪、今いる前田さん達がやろうとしていることが間違いになるかもしれない!」

「……それはレコードが不安定だからか?だとしても今部長を逃す意味は?」

「こんな不安定な時だからこそ…風が吹けば桶屋が儲かる…私達の行動のせいでレコードがどんどん変わっていく…」


私は今この瞬間のレコードを表示させる。

相手は誰だっていい。


"数秒でも狂った人間のレコード 函館市内全て"


そうやって、ペンで書かれて、本に飲み込まれていった文章。

その直後から、レコードは次々と赤文字を吐き出してきた。


"3秒の遅延"

"19秒の遅延"

"39秒の前倒し"

"46秒の前倒し"


次々と上がってくるレコード。

位置は、丁度カレンやリン、チャーリーが居そうな位置だった。

何故なら、数十秒レコードを狂わされた人間の名前に見覚えがあったから。


"中森琴"

"芹沢俊哲"


「……なるほどな。一杯食わされたってわけか」


私のレコードを覗き込んだレンが呆れたような声で言った。

チラッと表情を見ると、あきれ顔だが…その裏にはお手上げといった成分も見える。


「狙ってやってるのだとすれば、部長、将棋とかオセロ強いんじゃないかな?」

「案外ゲームとかは下手だったけどな。アナログデジタル問わず」

「参った…今はまだ"結末"は変わってないけれど…昨日一日だけで大改編されるレベルなら…ちょっと影響を与えすぎている」


そう言って私は再びレコードに目を落とした。

そう言っている合間にも、レコードは微細なズレを報告してくる。

早朝も早朝…トワイライトな時間からちょっと進んだだけでもこれだけ上がってくる。

これが人通りの多いお昼時だとどうなることだろう?


部長にカレン…

リンにチャーリー…

2人の前田さんと元川さん…

私とレン…合計で9人。


「9人も火種に近いところで動けばどうなるかってわけか…どうする?レン。諦めて部長を狭間送りにする?」


私は小さく口元を笑わせてレコードを掲げた。

レンは苦笑いを浮かべて両手を上げる。


「無理にでも部長を止めるかもっとかき混ぜるか……俺らが行動することによってレコードがズレるのはどの道構わないんだろ?」

「そ。ただ、今日中に2周目の部長と芹沢さんが死ななきゃ、私達の部長はどう動くのかって所。きっと、破滅上等で接触すると思うよ」

「……桶屋は2周目の芹沢さん一味。最終的に彼らのレコードが変わらなければ良いわけだ…今は?6時前?」

「5時45分」


私は時計を見てそういうと、レンは車のキーを捻った。

早朝の住宅街に轟音が響き渡る。


カチャ!っと音がして、シートベルトを締めたレン。

私はレコードを開いたまま、ちょっと驚いた顔をしてレンを見た。


「レン?」

「一番近い奴の場所教えてくれ。カレンさんか?チャーリー?」


レンはそう言いながら、ギアをせわしなく動かす。

バックして、駐車場を出るまでに、私はレコードに目を落とした。


まだ、2周目の芹沢さん達はホテルにいる。

きっと、3人ともそんなに離れた場所にはいないだろうことは簡単に想像できた。


「全員、ホテルの近くにいるよ。駅近くの高い建物だからすぐに分かる」

「了解…作戦変更と行こうぜ」


車道に車を出したレンはそう言ってアクセルを踏み込んだ。

私は急いで窓を半分閉めると、シートベルトもしていない身を半分シートから乗り出してレンの顔に自分の顔を近づけた。


「どういうこと!?」


元気の良いエンジン音に負けないように声を張る。


「2周目の芹沢さん達は放置だ!部長を全員で囲えばいい!近づけさせないように。身動きを取れないようにな!」


レンがそう叫ぶと、右手を胸元に出してきて右肩を掴むと、私のことを抑えつけた。


「きゃ!」


直後、車が一瞬宙に浮き、すぐに地面に沈み込む。


「悪い。こんなに跳ねるとはな」

「いえ…大丈夫。ありがと。シートベルトしておくから……」


私は顔を少しだけ赤しながら、シートに深く座ると、シートベルトを体に巻き付けた。


「前田さん方も運よく近くにいたりしないのか!?」


レンは私がシートベルトを締めたことを確認すると、そう叫ぶ。

レコードに目を落とした私は、すぐに頷いて答えた。


「いるかもしれない!ホテルの周囲。そこらでしかレコード違反は出ていない!」

「そこらでしか!?部長も近くに居るってことか?」

「……多分!」

「チェ!一回は部長を撃ち殺す覚悟は決めておこうぜ!」


レンはそう言ってギアを上げると、更に車は速度を増した。


「役者は揃ったって訳だ。普段俺らがどれだけ他人のレコードを狂わせてるか良く学べたな!」

「でも、大丈夫?街中で撃ち合うだなんて…」

「わざわざ近づくってことは、向こうもそれなりに作戦立ててるんだろうけど、前田さんまでは想定外だろうぜ」


国道に出た車は、朝のまばらな交通量の中を右に左に交わして行く。

このまま真っすぐ行けば、すぐに駅前にはたどり着きそうだ。


「全員集めて、部長を囲って23時まで牛歩戦術。2周目の芹沢さん達には無事に地獄に落ちてもらおう」

「了解!」


私はそう言ってレンの肩を突いた。


「すっごく悪人面してるよ。レン」

耳元に届くようにそういうと、レンは表情を砕けさせて笑った。


「俺らのやってることは悪役そのものだぜ」

「それもそっか」


私もそう言って小さく笑うと、レコードを閉じて膝上に置き、代わりにマシンガンを安全装置をかけてから足元に置き、拳銃を抜いて何時ものようにスライドをほんの少しだけ引いた。



函館の中心部…というかは分からないが、駅まではあっという間だった。


レンは適当に、大きな通りに路駐された一般車の列の開いたところに背の低い車を滑り込ませる。


右に顔を向けると、背の高いホテルが見えた。

カレン達がいるなら、その"城下町"であるこの近辺だ。


エンジンを切って、すぐに車を下りた。

レコードをジャケットの中のポケットに仕舞いこみ、左手に持った拳銃を一度見降ろすと、歩道にいるレン右横に収まる。


「場所は?」

「この近辺ってことしか分からない。別れて探そう。見つけてミウラの所に集合ね」

「了解。部長とかち合ったら?」

「殺して」


私とレンは並んで歩きながら、短い言葉を交わして拳を付き合わせると、それぞれ別の路地へと駆けこんでいった。


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