3.氷点下20度の笑顔 -4-
ホワイトアウトした視界と、何も聞こえなくなった世界で、唯一触覚と重力だけを感じ取る。
手先の感覚だけで、弾の切れたマシンガンを手放して、拳銃を抜き私は咄嗟に自害した。
喉元を躊躇なく撃ち抜いて絶命した私は、すぐに意識を取り戻す。
ホワイトアウト状態から一瞬で視界と聴力を取り戻した私はすぐにレンの方へと拳銃を向けた。
バン!
目の前の棚が音を立てて倒れ、その奥に見えたのは、私の方向へと銃を向けた部長。
何もかもを奪われ、もがいているレンがいたが、部長は彼のことを一切気にしていなかった。
私は部長に照準を合わすと、引き金を引いた。
互いに、至近距離ながら、咄嗟の出来事だから焦りが見える。
私は近場の物陰に、部長は車の方に飛び込んでいく。
それまでに私は思いつく限り引き金を引いた。
カン!ゴン!と部長が大切にしていた車に風穴が開く音がした。
やっと物陰に隠れた私は、銃に目を落とすと、スライドが開きっぱなしになっている。
内心毒づくと、空の弾倉を地面に捨て、ポーチから新たな弾倉を抜いて銃に差し込みスライドを引いた。
そうしている間に、シャッターが勢いよく開く音が聞こえ、すぐ直後にエンジン音が聞こえた。
私はその音を聞いて飛び出し、運転席に座った部長を確認した。
銃を向けるが、引き金は引かない。
部長が後ろのガラス越しに道を確認し、バッとこっちに向き直ってから、私は笑顔を浮かべて引き金を引く。
1発…
2発…
3発…
部長は撃たれてもお構いなしにレンを跳ね飛ばして倉庫の外に出ていくと、勢いよく倉庫街から逃げていった。
私は倉庫の外まで出ていくと、ふーっと溜息を一つついて銃を下ろす。
安全装置をつけて、ホルスターに拳銃を仕舞いこむ。
「レン、生きてる?生きてたら、リセットかけるけど」
「一回プロペラシャフトでかき混ぜられてみれば、んなこと言わねぇよな」
ゆっくりと、レンの轢かれた方に体を向けると、ぴんぴんした様子のレンが立っていた。
どうやら車体底に巻き込まれてシェイクされたらしい。
私は小さく肩を震わすと、すぐにレコードを取り出した。
「海沿い側に逃げたみたい。北上してる」
「追うか?」
「そうしよう。部長に倣って、海沿いの道を行ってね」
私はそういうと、レコードを仕舞って、代わりに倉庫に放り投げたマシンガンを拾い上げる。
咄嗟に投げた際に、引き金が引けてしまったのか、排出できずに銃に挟まった薬莢が確認できた。
カシャン!と、レバーを引いて薬莢を外に出して、弾を薬室に送り込む。
適当に1発、倉庫の壁に試打してみて、動作が正常なことを確認すると、私はそのままレンに向き直った。
「行こう」
何も言わない彼にそう言った私は、マシンガンの安全装置をかけて元来た道を歩き出す。
レンは普段のように左横に付いてきた。
「何時だ?」
「4時過ぎ…車のラジオも付けておこう…昨日、札幌の銀行で起きた強盗事件が取り上げられてるに違いない」
倉庫街を出て、車まで戻ってくる。
2人それぞれがシートに収まり、普段通り煩いエンジン音を背後に聞きながら、私はラジオの音量を上げた。
AMに合わせて、適当にチャンネルを合わせると、硬い声色のキャスターがニュースを読み上げるだけの番組に行き当たる。
「平成になれば、テレビも見れるのになぁ…」
「こういうのを体験すると、便利すぎただと思った平成が恋しいよな」
「そうそう…あ、レン。海沿いを北に行って…位置は…そんなに遠くない。すぐだよ」
「了解」
エンジン音と、ラジオの音量に負けぬよう、張った声で言葉を交わすと、レンは何時ものようにギアを1速に入れて車を動かした。
広い道に出ると、丁度ラジオがCMに入る。
私はレコードを開き、この時代の芹沢さん達が起こした銀行強盗の顛末をレコードに映し出した。
揺れる車内で、荒れる文字を書きなぐって、読み込ませる。
普段よりもちょっと間をおいて、浮かび上がったレコードに目を移すと、丁度耳にニュースの声が入って来た。
"続きましては、昨日午後3時、札幌市は…ザ…ザー…現金およそ…ごせ……ザー"
"警察は…ザザ…証…ザー…して、付近を捜…ザー…犯行に……ザーーーーーーー"
ノイズだらけのニュース。
レコードで補うと、こうなった。
「昨日の3時、札幌の街中…駅前通りの銀行を襲って5千万をせしめた人達が見つからないってニュース」
私はレンに聞こえるように、声に出して言う。
「初動の捜査で見つかったのは、強盗に使ったと思わしき品物。近くの河川敷から、毛糸の帽子が9組。ススキノの路地からは捨てられた盗難車のカローラバン…」
"これら…ザー…として……ザザ…警察はまだ犯人一味が…ザー…として…"
「証拠品や、金の一部が近場で見つかってるから…警察はまだ犯人が札幌に居るものだと思って、今日も捜査を続けるんだって」
私はレコードに表示された、部長達の足取りを見て、まんまと策略に引っかかった様子を聞いて小さく笑った。
「9人は多すぎるな。カローラも見つけたところでどうなるもんじゃない。防犯カメラなんて今の世の中じゃそうそうありゃしないだろうしさ」
レンが言う。
「その通りだよ。証拠に飢えてる人達に、あからさまな証拠を置いておいて、それに夢中になってる間に遠くに逃げる。ちょっと時代が進めばそれが難しいんだろうけど、今はその程度で欺けたってわけ…この強盗事件、1周目の世界でも部長達がやってのけたことだけど…」
私はレコードに目を落として話を続けた。
"なお、この事件では…ザー…はっぽ…ザー…り…警備員1名がじゅう……また、さから…ザー……このこと…ザー…もんた…ザー"
丁度、ニュースは話の続きを語ってくれた。
ノイズだらけで聞き取れたものではないが。
「2周目の芹沢さん達は、ガードマン1人と逆らって襲ってきた一般客を1人、見せしめとして惨殺してる。やり口は惨いもの…」
「惨殺?ただ射殺じゃなくてか?」
海沿いの道に出て、ノロノロと幹線道路を走らせていたレンは、思いがけない言葉に驚いた様子で目を開いた。
「そ、惨殺。銃は使ったけど、もう一つ、ノコギリを使ったんだって」
「……想像したくないな」
"続いては…今日の天……"
2周目の芹沢さん方が起こしたニュースが終わる。
私はラジオを切って、レンの方に顔を向けて肩を竦めて見せた。
「2周目の芹沢さん達は、1軒の強盗のたびに2,3人は殺してたみたい。証拠をバラまいて、惨殺した死体に目を向かせている間に姿を眩ますのが常套手段だったみたいだね」
「……参謀って、確か……」
「部長と…今は居ないけど、カレンだね」
私は窓を開けると、溜息を一つ付いた。
「どうやってカレンが強盗団から抜けたのかが不思議だよね。普通、口封じに殺される」
「レコードにはどう書いてる?」
「ああ、正確には抜けてないみたいだね。結婚して、子供が出来て…ちょっと現場を離れている間に、壊滅したから…」
私はレコードの別のページに表示させた、2周目の芹沢さん達のレコードを見ながら言う。
「前田さんが言う程ヤクザな連中でも無かったんだな。手口は残忍だけど」
「表の顔はしっかりしてるからね。成金趣味って程、下品な事はやってない。お金持ちのスリルの味わい方にしては趣味が悪いけど」
「スーパーカーに時計…十分に金持った人間が最初に手を付けそうなものはやってるけど…普通に生活してる分にはただの一般人だったってか?」
「そういうこと。ススキノで遊び歩いたりとかしてないし、金遣いは荒くなかったみたい。むしろ慎重そのものだね」
「ま、適当に名義誤魔化して口座作って…金を分散させて置けば勝手に増えるしな」
「そういうこと…個人情報がうるさくない時代だから、他人に成りすますのも簡単でしょ」
私はそう言ってレコードのページを捲る。
部長の真っ赤なZによって微妙にレコードを狂わされた者の情報が次々と上がっていた。
「レン。このままずっと真っ直ぐ。見えてくる交番を左に曲がって…すると、公園に突き当たる…その駐車場に止まってるみたいだね」
「手出しできねぇな。街中じゃないか」
「そ…ちょっと離れたところに止まってよう…待った。この近くだと…適当な民家の前とかは省くと…スーパーの駐車場かな。公園近くの。行けば分かるよ」
「了解…」
レンは言われたまま、日が昇ってきて、徐々に一般車が紛れるようになってきた道を走らせる。
目印の交番は、信号を2つほど越えた先に見えた。
「真っ直ぐ行けば公園だけど、2つ行った先を右へ曲がればスーパー」
「…待つとして…どうするんだ?」
「どうするも何も、流石にこんな街中で銃は撃たないよ。次の部長の動きに合わせる」
私はそういうとレンは小さく頷いて、低速でグズるエンジンをなだめながら、角を曲がってスーパーの駐車場へと入っていった。
「で、今日は何が起きるんだ?」
「…部長が死ぬまで?」
「ああ」
スーパーの駐車場の隅っこに車を止めたレンに尋ねられた私は、膝上に置いたレコードを開いた。
「まず…10時に函館の警察署内で芹沢さんが"会合"の場を持つ」
私は、2周目の部長達のレコードを表示させたままのページを見て言った。
「会合?」
「そう…1周目もそうだったらしいけど、この頃には、道警の一部の人間が芹沢さんの裏の顔に気づきだしていたみたい。そこで、芹沢さんは"取引のため"に函館の警察署を訪れることになってる」
「今の芹沢さんなら、平気な顔して皆殺しにしそうだな」
レンは顛末を聞いてニヤッと笑う。
私も小さく笑って「正解」と言った。
直後に、レンの表情は苦笑いに変わる。
「同じ世界の1周目2周目でそんなに変わるかね?」
「1周目でレコード違反をした人間は、違反しないように大改編されてるんだって」
私は少し暑くなってきた車内に風を入れようと、助手席のドアのハンドルをぐるぐる回す。
髪をかき混ぜていくくらいの、早朝の涼しい風が入ってきた。




