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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
78/125

3.氷点下20度の笑顔 -3-

「!」


唐突に聞こえた、エンジンの始動音に私は体を震わせる。

いつの間にか、門の戸が開き、小屋の中にあった部長のZのエンジンが掛かったのだ。


私はそれでも、階段裏から飛び出さず、整ったアイドリング音に耳を傾けた。


「おかしいな。出てくると思ったんだけど。いない?杞憂かしら」


階段裏から聞こえた声に、私は顔をニヤつかせた。

やっぱり、罠だった。


「……いいか」


開いた玄関から、月明かりに照らされた部長の人影が階段脇の、私が隠れている場所の横まで伸びてくる。


私は不思議な高揚感を感じながらも、部長が去るのを待ち続けた。

部長の人影が小さくなり、ドアが開く金属音が聞こえて…やがてアイドリング状態だったエンジン音が変調する。


バックギアに入れられて、ゆっくりと路地に出ていったようだった。

黒猫マーク特徴的な、この時代にしては明るいヘッドライトが家を一瞬照らすと、エンジン音は去っていった。


私はそこまで待ってようやく、家の外に出る。

嫌な汗で濡れた背中が気持ち悪かったが、夜風に当たればすぐにそれも乾いていった。


「行っちまったぜ。追いかけるか?」

「そんな目立つマネしないよ。勝神威の私の二の舞」


私は駆け寄って来たレンの言葉に答えると、手にしたマシンガンの安全装置をかけた。


「どっちに行った?」

「港の方だ。倉庫の方」

「了解。部長も、私達が来てることくらい、分かってるみたいだったけど」


私は路地から車の方に戻りながら、口早に言う。


「まだ、前田さんの事には気づいてない。言ってなくてよかった」


私はそういうと、横を歩くレンの方を向いた。


「じわじわと、存在感だけ感じさせて…好きに動けなくしよう。今日の23時まで」

「言うに易しに典型だぜ。それ」

「できるよ。向こうも条件は同じ。私とレンを殺しても、殺せ切れない。手を出せば泥沼になることは分かってるし…何より向こうは事を起こすまでレコードに影響を及ぼしたくないはず」


車の元まで戻ってくると、私はちょっと小さく、悪い笑みを浮かべた。

助手席のドアを開けて、ストンとシートに腰を下ろす。


「エンジンかけないで。倉庫方面なら、行くのはきっとさっきの場所しかない」

「理由は?」

「空き家の無い住宅街を意味もなく走って時間を潰す人でもない」


私は問いにそう答えると、懐中電灯を付けてレコードを開いた。

右腕に付けた時計が3時20分を指す。

思った以上に進んでいない時間に少し目を見開くと、私はレコードで部長の位置を割り出した。


よくぞこんな深夜でも、偶には車が通るものだ。

そう思っていたが…函館といえば、朝市もあるわけで…港に近い場所になればなるほど人通りが出てくる。


あと数十分もすれば朝日が登る。

漁師たちが忙しそうに港を行き来する時間もすぐだ。


「漁師町って朝早いよね」

「じっちゃんの朝は朝じゃなかったな。11時まで酒飲んで、少し寝て、2時には出てったよ。で、午前中に帰ってきて寝て…ってな」

「なら、部長は港側には出ないだろうって考えられる。あの人はきっと倉庫群で時間を潰す」


私はそう言ってから、レンの方に指をビシッと指す。


「ジリ貧になったところで、次、どうしよう?」

「次?」


私はちょっと困惑顔を浮かべるレンを見ると、そのまま続けた。


「結局、見守ってるだけじゃこっちが辛くなるだけ」

「さっき23時までって…」

「確かに言った。案が出るまではそうするしかない…けど、やっぱり、きっとどこかで破綻する」


私はそう言いながら、レコードのページを捲った。


「まだ、部長は他の人間のレコードは狂わせてない。あの倉庫は遠い先まで人は来ない…閉じ込めるには丁度いいけれど」


レコードを見ながらそう言った私は、ふとレンを見る。


「どうした?」

「…いや、レン。ちょっとだけ、手を入れてみてもいいかもしれない」

「というと?」

「部長を少し追い詰めて、一定の方角に逃げるように仕向けるんだ」


私はそういうと、レコードを閉じてマシンガンを手に取った。


「今は函館の奥地。このままあの人の思い通りに動かせないようにすればいいって思ったんだけど、どう?」


私がそういうと、レンはほんの少し笑みを浮かべてエンジンをかけた。


「それで行こう。やらないで後悔するよりかはマシだ」


レンはそう言いながら、バックギアを入れて車を道路に出す。

夜中でもお構いなしにアクセルを踏み込むと、元来た道に戻りだした。


「さっきよりも遠くに止めようぜ。もし部長を止められるなら…止まってくれるなら、無理に今の作戦を続ける必要はない」

「オッケー…」


交差点を左に曲がったレンは、軽く華奢なスーパーカーのアクセルを踏み込んだ。

それも、ほんの少しでアクセルから足を離す。


「で、どう追い込む?」

「特に何も。ただ、この時代の芹沢さん達に近づかないように…函館の端っこを移動させてやれば、多少骨は折れるだろうけど、持ってくれると踏んでる」

「なら海沿いだな。昔の仲間の傍にカレンさん達がいることも知ってるだろうし…運が良ければ前田さん達と鉢合わせするかもしれない」

「レコードには影響を及ぼさないように、人気のないところを選ぶだろうから、向こうは端っから選択肢が少ないってわけ。ちょっとだけ、部長に挑んでみよう」


それなりの速度で突っ走っていき、倉庫群が遠くに見えてくる。

レンはそれを確認すると、ブレーキを踏んで速度を殺した。

倉庫群のずっと前の、小さな交差点を曲がって路地に入ると、適当な路地脇に車を止める。


止めて、暫くアイドリング状態を保ったまま、私とレンは息を落ち着かせた。

2人で向き合って、目だけで分かりあうと、レンはエンジンを切って、私は助手席のドアを開ける。


私が外に出ると、一歩遅れて出てきたレンが小走りで私の横に並んだ。

歩きながら、レンは彼の銃を抜き取って、ホルスターを持ち手にくっつける。

安全装置を外すと、私が何時もやっていたようにスライドを少し引いた。


「あんまり中途半端に引くと、不調の原因になるんだって」

「……リョーカイ」


私はレンにそういうと、マシンガンを構えた。

100mほど先に見えた倉庫に照準を合わせる。


「夜に寝れない日は、外に出て銃を撃つ。芹沢さんが全ての世界の勝神威で持っているマンションの地下が、射撃場になっててね」

「ちょっと待て、初めて聞いたぞ」

「初めていったから」


私はそう言って小さく笑うと、構えたマシンガンの銃口をちょっとだけ下げる。


「銃の扱いなんて、レコード持ちには…レコードキーパーには必要ない。本来は…だから言わなかったし、誘わなかった」


淡々と、歩みを進めながら私は口を開く。


「ただ…仕事で銃器が入り用になるのはもう何度目だっけ?って」

「俺がレナと組みだした時…東京に戻った時…昭和に戻った最初の頃…で、今か」

「4度…細々としたのも入れればもっとある。私はもっと多いよ」

「だろうな」

「レンのように、レコードキーパーになって一発目の事件で1度。それからは半年に一回、定期的に私に"掃除屋"の依頼が入った」


私は倉庫が目前に迫って来たのを確認すると、ゆっくりと足を止める。


「こんな昔話はここまでにして…帰ったら、射撃場に連れてって上げるから、今は部長を驚かせることに取り掛かろう」


私はそういうと、レンの顔を見上げた。


「先に行くから、付いてきて」


短くいうと、私は馬鹿正直に倉庫の正面の道を進みだした。

1つ目、2つ目の倉庫を通り抜けて、先に進む。

さっき、前田さんと遭遇した倉庫よりも先にいると踏んだ私は、少し小走りで…それでも慎重に、大胆に先を急いだ。


さっき前田さんと遭遇した倉庫は、シャッターが開きっぱなしになっていたが、明かりは消されており、中には誰もいないようだ。


それを横目に見た私は、奥に残る3つの倉庫に目を向ける。

時間はあったのだから、真っ赤に目立つ車を倉庫の中に入れる程度は出来ただろう。


私はそう考えながら、シャッターが開いた痕跡がないか…車のタイヤ痕が無いかを見て行った。


雑草の倒れ具合…倉庫脇の勝手口の付近の汚れ具合。

人気のないところで、人の痕跡はやけに目立つ。


私は銃口を視線の先に向け続けながら、それを探すと、一番奥の倉庫に目を付けた。

さっきと同じように、勝手口の方に回ると、レンのことを気にせずにカギの付近に銃弾を撃ち込んでドアを壊し、蹴り破って入っていく。


「アタリ…」


中に入ってすぐ、部長の車が目に入る。

私は他の倉庫と同じように、乱雑に散らかった倉庫の中に意識を集中させた。


「レン、別れて、近づく意味はない」


後ろに付いてきたレンにそう言って離れさせると、私は物陰の合間を縫って深くまで入っていく。


視線と、耳に神経を傾けて、私は中へと進んでいった。


赤い車の周囲に、乱雑に置かれた棚…埃を被った段ボールが積まれたそれを遮蔽物にしながら、ゆっくりと進む。


レンの立てる足音に気を取られながらも、レン以外の人の気配を探っていった。


丁度、入り口から入って一番奥……シャッター側に行ったレンとは逆側に行ったから、倉庫の出口から一番遠い所までやってくる。


倉庫の端に来た私は、一度小さく息を吸うと、まだシャッターの前あたりでおっかなびっくりに銃を向けて進むレンを見た。


私は不意に屈んで、ゆっくりと銃を構える。

徐々に太陽が顔を出して、うっすら光が差し込みだした倉庫内…レンの近くに別の陰が見えた。


息を潜めて、人差し指に神経を尖らせる。


カチッと何かを押したような…何かを引いたような音。

レンの目前に現れた女の人影。

照準器の先に映ったフワッと揺れる髪。


人差し指に力を込めるにはそれだけで十分だった。


引き金に力を込めて、亜音速で飛ぶように弱装の拳銃弾が放たれる。

直後、私の視界は真っ白い光に奪われ、聴力は一切無くなった。


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